性愛日記(2)  by 江口洋介 その2





 





 親友の健君の家を訪ねると、結婚した筈のお姉さんがいて、そのセクシーさに負けて、童貞を失いました。昭和52年の夏休みでした。
「お姉さん、健君は何時帰って来るんですか。矢張り心配です」
 未だに全裸状態で、23歳のお姉さんは、僕の萎びた状態のチンポを弄っています。
「本当は今日は帰らないわよ。だから安心してもう一回トライしなさい」

 彼等の祖父と祖母は、初めは中野ブロードウエーで薬屋を経営してたのを、薬学部出身の父親が「薬九層倍」と知り、そんなには儲けなくても良いと、薬代を約半額まで落として、池袋、新宿、渋谷、上野辺りで薬のチェーン店を経営したのです。
 周りの薬屋からの嫌がらせを跳ねのけて、段々と知れ渡り物凄く儲かりました。今ではその真似を、あらゆる薬屋がやっていますが。

 そこで儲けてばかりはイケないと、今回の関東大地震みたいな時の為に、若者の保養施設を伊豆半島の至る所で、本当に約2千円位で宿泊施設を作ったのです。
 その一つの「伊豆高原保養所」に、息子と両親で車で出掛け、2泊3日で居なかったのです。お姉さんはそれを承知で、僕を呼んでセックスをさせて、童貞を奪ったのでした。

 彼女は「立教女学院短大」を出て、20歳で新宿の「伊×丹デパート」に勤務したのです。
 2カ月の研修後は紳士服売り場に配属になり、毎日が楽しくてしようがありませんでした。

 彼女の前に出たのが「オン×ード」という有名な、紳士服メーカーの社員でした。しつこく誘われて、何回かデートはしたのですが、余り興味の湧かない人でした。
 夏休み前の8月中旬に、社員の「納涼会」が、伊勢丹そばの屋上ビアホールで開かれて、彼女は下戸なのに進められると、つい深酒をしてしまい、酔っ払い皆が帰るまで、長椅子に寝ていました。気が付くと、すでに忘れられた感じで、48歳の部長が「おい、大丈夫か。タクシーで送ってやるよ」と肩を抱えられて、ビルの屋上からエレベーターで降りました。

 彼女はいまのタレントで言うと「米倉涼子」みたいな、伸長165p、B87、W58、H88のナイスボディーでした。
 胸が飛び出しているので、デパートでも評判で若手社員はこぞって、デートを誘いました。
 でも新入りなので、当分は仕事に専念するつもりでした。処女は17歳のときに、家庭教師の大学生に捧げていたので、ヴァージンではありませんでした。

 酔っぱらっているせいか、三浦友和似の部長に寄り掛り降りながら、エレベーターに誰もいない事をいいことに、何時の間にか唇を寄せてキスしていました。
 部長も気分が良くなったのか、タクシーで渋谷の高級ラブホに連れ込まれました。
 もう我慢できずに、二人とも全裸になり抱き合い、イキなりシャワーも浴びずにベッドに寝ころんで、互いの身体を弄りました。

 彼もラグビーをしていた様で、身体つきは物凄くSEXYで、筋肉盛りもりで、アソコは黒樫の棍棒みたいで、何時しかキャンディでも舐めるかのように、口と舌で巧みなフェラチオを始めいました。

 小便臭さはありましたが、肉頚を握り繊細な指でシコシコと擦り、躊躇いながらも隆々とした勃起物を口中に含みました。
「キミっ、まだ若いのに何でそんなに上手いんだよ〜」と言われ、彼も彼女の下半身を左右に開き、柔肉の閉じ目を大きく開き、ぬらぬらとした新鮮な赤貝を剥きだしました。
 淫液を舌に絡ませて、大陰唇のふちを畝の様に盛り上がらせて、こんもりした肉襞は満開でした。

 弾き割れたアケビの裂け口の様な、綻びを舐め回し純黒の繊毛を掻きわけて、溢れ出た愛液を吸い取って呉れました。
「あん、もう我慢できないよ〜、イ・レ・テ〜〜〜」
 ベッドの後ろに立ち、オマンコを全開で圧し掛かります。正常位から、側臥位に変えたり、背面騎乗位になったり、面白いほどテクニックを使い、仕舞には声も出ないほどの快感で、イキすぎるほど、白目を剥いてイキました。

 あの時から暫くは、会社でも洗面所や、屋上でも彼のペニスを咥えたり、私にはクンニをして呉れました。
 でもあるときに、女性社員に渋谷のラブホの入り口でばったりと合い、その事が評判になり、暫くはお付き合いできませんでした。
 でもお互いの裸は「ポラロイド」で撮影をして、毎晩のように激しくオナニーをしていました。

 所がそのある有名な洋服の会社員が、デートに誘われて、仕方なくお付き合いをすると、かなりな高級店に連れていかれて、彼の父親が製薬会社の社長でした。

 一度はアソコを試さないと結婚は無理と思い、近場の箱根に旅行をしました。暗がりでの性交渉でしたので、物の10分後に射精しても気が付きませんでした。
 そして、半年後に結婚したのです。
 そのころまだハワイに行く人は少ない時代に、ハネムーンはハワイに6泊8日でした。でも夜になり抱かれると、前の部長のペニスとは大違いで、約12pで仮性包茎で、皮を剥きながらの性交でした。

 ハネムーンを終えて帰っても、部長にご挨拶に行くと、部長室でチンポを出されて、思わずに誰もいない事を良い事にフェラりました。
 アレから、もう家でのSEXは興味が無く、部長には週に1回は抱かれていました。

 これも間の悪い事に、シティーホテルで休んでいたのに、ご主人の会社の部長が仕事で来ていて、私達を見かけたのです。
 ホテルキーを持つ部長を見て、彼は直ぐにご主人に電話を入れて報告。見事に8カ月目には慰謝料なしの離婚となりました。

 ソコに僕が弟に逢いに来ると解り、セックスを仕掛けて待っていたのです。

 2回戦はお風呂でソープごっこで、浴槽から飛び出したペニスを潜望鏡に見立てて、舐められたり、黒々とした陰毛にソープで泡立てて、身体の隅々まで洗って呉れました。

 我慢できずに、10畳間の和室に入り布団の中で睦まじく交わります。クリトリスは快感の震源地である事を知り、しっかりと皮を剥き露出すると、痛くない様に下から上に舐めてあげました。
 上下、左右、仕舞には8の字を書く様に舐め上げました。

 膣内には指を入れて、いわゆる”Gスポット”といわれる膣の腹側の上4pに入れて、硬くなるまで突つきます。
 段々と硬直して硬くなるころには、彼女は仰け反り挿入を求めました。
「お願いだから、早く入れてよ」正常位で脚を高く上げさせて、お尻を浮かせて膝を入れ込んで挿入します。いきなり奥は禁物で、膣口から5pまでが、もっとも気持ちが良いのだそうです。

 お姉さんの熱い溜息が漏れます。「あぁぁん、凄いよ〜〜」ぬかるんだ肉襞が硬茎を締めつけてきます。
 僕も堪らずに「おおぉぉぅぅぅ〜〜」声を上げて、しとどに濡れた赤貝の中にズブズブッと差し入れました。
 姉は悩ましげな声を上げて、くなりくなりと開いた双臀を蠢かしました。

「あんぁぁん、ダメだよ〜〜、イッチヤウよ〜〜、イクよ〜イクッイクッ」咥え込んだ女陰が口をパクつかせて、濡れそぼりトロトロと蜜を吐き出しました。

「おねいさ〜〜ん。僕もダメで〜す。出ま〜〜す」精を吸い出しに来た肉の蠢きに負けて、堪らずに一番奥に生で白い粘りをぶちまけてしまいました。
(心に残る最高のセックス掲示板より 2011年4月22日)

 
 いやいや、なんともはや、克明過ぎるお姉さんのエピソードですね。伝聞形式で書くのが面倒だったのか、それとも、昭和を舞台にした創作なのか、ここまで詳細だと判断しかねますが、まあ創作だったとしても、物語として楽しむことにして、それはそれで良しとしましょう。

 
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