語り部は由美
高校3年生 塾とラブホ(1)





 2年生になってしばらくすると、こんな噂が流れた。
「大人しそうな顔してるけど、裸になると凄いらしい」
 これは本当だ。オナニーしながら鏡を見て、自分でもそう思う。どうしてあんな淫乱な表情になるのか、自分でもわからない。性的快感に身を委ねるのがこの世の最上の悦び、といわんばかりの表情になる。肌はなんとなく艶っぽく輝くし、目はトロンとして、唇は半開き。
 セックス大好きなわたしでも、「こんなの自分じゃない」と叫びたくなる。嫌悪感を抱く。だって、1日中セックスのことだけを考えて暮らしているんじゃないんだもの。
 でも、同時に、いやらしい表情をしている自分に、とても興奮する。表情だけではない。はしたなくも両足を広げて、指でこすりまくるそのはしたない格好。自己嫌悪に陥りながらも、同時にそういう自分が果てしなくいとおしい。
「誘えば誰とでも寝るんだって」
 こんな失礼な噂も流れた。
 しかし、これは嘘だ。
 まわりの男が全てわたし好みだったら、確かに誰とでも寝たかもしれない。
 事実、高1の夏の傷(誰かにうつされた性病)が癒えたあと、わたしは同学年の自分の好みの男とは全て寝た。だから、もうあとは誰も残っていなかった。
 誘われたこともあるし、自分から誘ったこともある。けれど、どちらかというと、なんとなく気が合ってやっちゃった、という方が多い。こういうのはどちらともなく惹かれあうものなんだなとつくづく思ったりした。
 人数は5人。3クラスしかないんだから、そのうち「寝てもいいよ」と思える程度には好みの男が5人しかいなくても仕方なかった。
 その中の誰かが言ったのだろう。あるいは、男の子同士で話しをしているうちに、「俺も由美と寝たよ」「俺もだ」なんてことになったのかもしれない。
 
 5人のうち、「付き合ってください」って告白されて、順を踏んでセックスに至ったのは一人だけ。けれど、彼は「1回やったから」といって、その後は頻繁に求めて来る、なんていうタイプではなかった。わたしは毎日でもしたかったので、欲求不満だった。彼の両親の帰りが遅いときに彼の部屋に誘われて3回ほどしたきりだ。学校帰りにそのへんの公園で、なんてのでもわたしは良かった。とにかく毎日でもしたかったのだ。
 セックスで満たしてくれないことがわたしの中の不満として蓄積されて、いつのまにか気持ちまで醒めてしまっていた。だから、別れた。告白されたときは心が蒸発しそうなくらい舞い上がったというのに、冷めるのは早かった。
 残りの4人のうち、恋人同士になれたのは一人だけ。あとの3人は、ただ気が向いたときに、お互いの性欲の捌け口として抱き合っただけだった。時期が重なっていたときもある。
 いずれにしても、あの夏の日のようにセックスの泥沼にとっぷりと浸かってわけがわからなくなってしまう、なんてことはなく、かといって、精神的に満たされることもほとんど無く、長続きはしなかった。
 とにかく、好みの男の子は全て試して、そして、結果として、全てうまく行かなかった。
 3学期になる頃にはすっかりわたしは、「男が欲しい」という気持ちは失せていた。心も身体も寄り添うことの出来る相手が欲しいとは思っていたけれど、いま、そういう人がいないからといって、無理してパートナーをキープしようとはこれっぽっちも感じなかった。だから、彼氏がいなかった。
 ただし、コーサンには時々抱かれていた。セックスがしたかったというより、何もかも忘れられるその瞬間が良かった。
 そのままの状態で2年生に進級した。
 そして、突然のように、わたしに対するいやらしい噂が、まことしやかに流れるようになってしまったのだった。
 
 わたしは噂を無視した。
 無視、といっても、それはあくまで自分の中での話しである。だって、正面切って、「おまえ、あの噂は本当なのか? だったら、やらせてくれよ」なんて言って来る男なんていなかったからだ。もしいたら、させてあげたかもしれない。そういうことを堂々と言って来るだけでわたしの中でその男はランクアップされる。だから、もしかしたら、「好み」の範疇にまで格上げされていたかもしれないのだ。
 けれど、陰でそんな噂を囁き合う男たちなんて、多少わたし好みに近かったとしても、それだけで大幅にランクダウンだ。
 新しい学年になって美由紀も梓も別のクラスになったので、わたしと特別に親しくしてくれる女の子はいなかった。もっとも、同じクラスになったとしても、二人とも休みがちだったから、結論としては同じだったろう。
 以前わたしに、「ウリで金回りが良くなっても、派手になったらだめ、すぐにばれるから。お金を使いたいのなら、まともなバイトもすることね」と教えてくれたのに、この二人はすっかりウリに没頭していて、化粧もアクセサリーも持ち物も、会う度に派手になっていた。誰もがこの二人を「まともじゃない」と感じていた。
 たまに彼女達と廊下で擦れ違ったりして、そんなときに言葉を交わしたりするのだけれど、それだけでわたしも色眼鏡で見られた。
「あんな子と話をしているから、妙な噂を立てられたりするのよ」なんて忠告してくれるクラスメイトもいたけれど、わたしはそういう子が一番嫌いだと思った。
「噂のネタにされるのは嫌だけど、男を知りもしない子に、そんなことを言われるのはもっと嫌だわ」と言ってやった。
 それでまた噂が広がってしまった。
 けれど、噂が真実であると断定するには証拠が無い。勉強もアルバイトも地道にやってるわたしから、そんな証拠など出てくるはずがないのだ。

 コーサンから、アルバイトを辞めてくれ、と言われた。クビである。高2の夏休みが終わろうとしていた。
 理由を聞くと、深刻だった。売春の元締めをしていることがどこかから漏れ、近いうちに調査が入るらしいという。
「今、捜査がすすんでいるらしいんだよ。だから、俺も最近は一切斡旋をしていない。多分、あげられることはないと思うけれど、念のために、由美ちゃんはここにもう出入りしない方がいい」
 コーサンの店のウエイトレスというアルバイトに未練はなかったけれど、コーサンには未練があった。
「アルバイトはやめても、時々抱いて下さい」
「いや、もう当分、由美ちゃんは僕に会わない方がいい」
 そして、それっきりになってしまった。
 コーサンとの縁が切れてしまうと、わたしは男の人との接点が全くなくなってしまった。セックスに対する飢えはなかったけれど、なんとなく淋しかった。客として喫茶店に入るのならいいだろうとコーサンの店に出かけた。でも、休んでいた。定休日を変えたのだろうかと思ったが、その後開くことは無かった。コーサンのことは諦めた。

 2学期が始まると、珍しく梓が、「ちょっと、いい?」と、声をかけてきた。
「いいけど、なに?」
 美由紀も梓も、今年の夏は別行動だったようだ。それぞれ別の遊び仲間が出来たらしかった。美由紀はどちらかというと「数」派で、ナンパされては楽しんでいた。梓は特定の仲間を作っているようだった。売春サークルのようなものだと聞いた。斡旋役の男の子も似たような年齢で、彼らとはお金抜きで刺激的な乱交もしているらしかった。斡旋役といっても「遊び」感覚で、そういう話があると紹介するという程度。梓自身でも客をとっていた。
「そんなことばかりやってたら、そのうち、ヤバイことになるよ」
 何度か美由紀に忠告されていたが、梓は聞く耳を持たなかった。それで梓と美由紀の仲も少し冷め気味だった。
 美由紀は比較的学校には出てきていたけれど、梓の欠席は目立つようになった。
「明日、付き合って欲しいの」と、梓は言った。
「明日って、学校あるじゃないの」
「うん、わかってる。だけど、メンバーが足らないの。由美はまじめだから、1日ぐらいサボっても大丈夫でしょ?」
「出席日数とか、そういうのは大丈夫だけど、いったい、なんなの?」
「ちょっとヤバ系の人なんだけど、男の人が5人。女の子も5人必要なの。一人、10万円くれるわ」

 わたしは「いいわよ」と、返事をしていた。

 すごかった。朝から夕方まで、延々とセックスが続いた。場所はホテルのスイートルーム。午前中はとにかく突かれまくった。5人が入れ替わりたちかわりわたしの中に入ってきた。3人目が終わったとき、わたしの頭の中は真っ白になっていた。
「始めてなんだろ。なかなかやるじゃないか」
 3人目が終わると、隣でやっていた別の男に3人目が声をかけた。
「おい、交代だ」
「マジっすか? 俺、まだ、この子でイッてないっスよ」
「その子は俺がやる。お前は長すぎナンだ」
 上下関係があるらしく、4人目は途中でやめさせられた。4人目にやられていた女の子からその男がペニスを引き抜くと、はちきれんばかりにパンパンギンギンだった。黒光りしている。
「ほら、ケツ出せよ」
 4人目に言われて、わたしは四つん這いになってお尻を突き出した。間髪いれずに突っ込んで来る。見た目だけでなく、受け入れても確かに大きいと感じた。わたしの中がいっぱいいっぱいになって、熱く燃えあがった。お腹の奥の方にがっつんがっつんと先端がぶつかってきて、わたしはヒイヒイ叫び声を上げていた。痛くて苦しかった。この苦痛が快感に変わるのに時間はかからない。苦痛が消えるわけじゃないけれど、そういうセックスをしている自分に興奮してる。わけがわからなくなるまで、それほど時間はかからなかった。
「みんなで、いっぺんにしてエ〜」
 わたしは叫んでいた。

 わたしの望みは昼食後にかなえられた。昼食はルームサービスだった。みんなはセックスを中断して食べていたが、わたしは食事には手をつけず、ウロウロと部屋の中を動き回ったり、片隅に座ってボーッとしていたりした。またの間からドロドロと流れ出る精液を拭こうともせず、食事中の男達の股間にむしゃぶりついたりもした。5回ずつ放出しているはずなのに、それでも男達はわたしに飲ませてくれた。ものすごいタフな連中だ。
 食事が終わると、女の子達は順番に全員を相手させられた。わたしはトップバッターに選ばれた。
 アソコとお尻に同時に受け入れながらフェラチオをした。もう一人を両手でマッサージし、最後の一人は自分のモノを勝手にわたしの身体のあちこちに擦りつけていた。

 一月の間に4回参加して、40万円を稼ぎ、わたしはこの狂乱を引退。その後、妊娠して中絶した。
 このパーティーは梓が仕切っているのだけれど、だいたい2〜3ヶ月で女の子は身も心も傷ついて辞めていくのだという。梓の身体は既にぼろぼろで、女の機能を失っているらしかった。だから余計にのめりこんでいくのだ。わたしには10万円くれた梓だけど、本当は7万らしい。後の3万は梓の取り分というのが、他の女の子の扱いだった。梓には自分の10万の他に、4人分の3万円が手に入る。それが週に1回。もうやめられないと言っていた。
「もうちょっとお金がたまったら、高給売春クラブでも開くわ」

 わたしの高2のセックスはこれで終わった。
 3学期が始まろうとしていた。
 わたしは淡々と学校に通った。
 学校の中で彼氏を作らなかったし、噂にひかれて言い寄って来る男もいたけれど、相手にしなかった。はっきり「やりたい」とは口に出さずに、でも下心ミエミエなのがイヤらしく感じた。そんな男と寝たいとは思わなかった。
 噂はもはや過去のものとなった。けれど、どこかに皆の心の中に残っていたのだろう。まじめに付き合いを申し込んで来る男もいなかった。
 クラブ活動もしていなかったし、友達と言える友達もいなかったので、結構暇だった。することもないので、勉強をした。じりじりと成績が上がってきた。
 わたしは相変わらず露出過多の制服だったけれど、成績があがると先生も何も言わなくなった。それどころか、熱心に進路指導を始めたのだ。
 わたしも単純なので、ついその気になってしまった。
 高3になり、わたしは塾に通うことになった。
 そこで新しい出会いがあった。
 しかも、それだけじゃなかった。3年生の新しいクラスでも、わたしは告白されてしまったのだ。
「良かったね。しばらく男、無しだったんでしょ? つきあえばいいじゃない」
 同じクラスになった美由紀がわたしの背中を押した。梓はもう学校を辞めていた。
 塾でも告白を受けていたことを、美由紀は知らない。
「ね、ね、誰に告白されたの?」
 
 そこそこの大学に進学しよう。先生にも焚きつけられ、自分でもその気になって、塾通いなんてはじめたけれど、結構レベルが高くて大変。
 ひとクラス25人ほどで、そこに先生が3人もつく。一人は正式な塾の講師で、教壇に立って講義や板書をする。あとの二人は大学生のアルバイトだ。講義中は教室の後ろで立っているだけだが、これがプレッシャーになる。実際、よそ見をしていたり、ボーッとしたりすると、すぐに静かに近寄ってきて、そっと肩を叩かれる。
「集中して」
 耳元に囁くと、そのまままたアルバイト先生は教室の後ろに戻って行く。
「じゃあ、35ページの練習問題、1から3をやってみよう」
 先生が言い、みんなが問題を解き始めると、先生とバイト先生の3人が教室を巡回する。わからないところがあれば、いつでも手を上げて質問していい。
 講師の先生は40代半ばの男性。アルバイト先生は男女1名ずつだ。わたしはさっき、「集中して」と耳元で囁かれたときに、実はキュンとなっていた。他の生徒に迷惑がかからないように、バイト先生は膝をかがめて、本当に耳の傍に唇を近づけて、そっとささやくのだ。
 息が、耳を、かすめる。
 彼の名は市場先生。髪を短く刈り上げていて、細身で眼鏡をかけている。これといって特徴のない外見。彼の口元からもれた空気は、教室に充満しているピリピリしたそれとは、異質だった。人肌の柔らかいものを感じさせてくれた。
 勉強をしているはずなのに、わたしの身体は反応していた。その柔らかい空気が、セックスを連想させる。他の子はどうなんだろう。そんなことは気にならないのだろうか? わたしだけが過剰反応しているのだろうか。塾のこのクラスを見渡す限り、身体の芯まで性の悦楽を染みこませてしまっているのは私だけのように思えた。塾という場所、そして、みんな机に向かっている、という特殊なシチュエーションが、そんな印象を与えるだけかもしれない。でも、どう見ても処女・童貞な子達もいるし、経験のある子だって、わたしほどぐちゃぐちゃなセックスをしている子はいそうもない。
 市場先生を目で追っていると、わたしのふたつ前の女の子が質問のために手を上げた。やはり彼は、膝を少し折って、彼女の耳の穴に直接言葉を挿入するように話している。しかも、ノートに何かを書きこむとき、極端に身体を密着させたりもしている。そうしないと書きにくいのはわかるけれど、男子から質問を受けたときはここまで接近していない。
 わたしは市場先生が女子に密着状態で指導するその姿に、感じてしまった。
 1問目と2問目を解き、3問目に差しかかったとき、わたしは問題の矛盾に気がついた。これでは、解答を導き出せない。わたしは市場先生が傍にやってくるのを見計らって、手を上げた。
「どこが、わからない?」
「なんか、問題がおかしいと思いますけど」
「そんなことはない、はずだけど・・・」
 わたしはわざと極端に小さな声で問題点を指摘した。彼はそれを一言一句聞き逃すまいと、わたしの唇に耳を接近させた。わたしはわざと息を吹きかけながら喋る。唇が触れそうになる。
 わたしが言い終わると、市場先生は、「それは、キミの解釈が変だよ、ほら」と言った。
 彼はとうとう机の横の床に膝をついて、わたしの机の上ににゅっと顔を出した。わたしはここぞとばかりに接近。ううん、ここぞとばかり、なんて意識は無かった。自然と彼の顔に近づいたのだ。
「ほら、ね」
 と、彼は説明してくれた。唇と唇が触れそうな距離だ。
「わかった?」
「はい」
「じゃあ、がんばって」
 その場を離れようとする先生に、わたしは「あの」と、声をかけた。
「ん? まだわからないところがある?」
「いえ。ただ・・・」
「ただ?」
「先生が近づきすぎるから、つばがとんで、わたしの唇に・・」
「え?」
 それまで静かに話していたのに、「え?」だけが大きな声だった。
 周りの視線が集中する。
「あ、ごめんごめん。ナンでも無いから」
 その一言で、他の生徒たちはまた問題を解くために自分の机に視線を戻す。
「ごめんね。次から気をつけるよ」
「別にいいの。なんだか、キスされたみたい」
 わたしは悪戯っぽく笑った。
「そういうのは、終わってからにしよう」
 彼はその場を去った。

 怒らせてしまったかなとちょっと後悔したけれど、その日の授業が終わると、誘われた。「終わってからにしよう」は、本気だったらしい。
「さっきのお詫びをするよ。そこの角を曲がったところで待ってて」
「お詫びって?」
「お詫びは、お詫びだよ」
 言われた通りにする。
「帰らないの?」と、声をかけてくれる子もいたけど、「親が迎えに来るから」というと、納得してくれた。もうすぐ9時半になる。
 することがないので単語帳をめくっていると、わたしの目の前に車が止まった。運転席に、市場先生。
「乗って」
「はい」
 わたしは助手席に乗った。
「お腹、すいてない? 食事でもご馳走しようか?」
「いえ、すいてません」
「そう」
 カーステレオからは洋楽の歌詞が流れている。
「これ、何を言ってるか、わかる?」
 彼は、カーステレオを指差した。
「いえ、わかりません」
「単語そのものは難しいものを使ってないよ。これくらい、わからないとね」
 なあんだ、説教されるのか、と思いながら、わたしは「すいません」と言った。
「ま、独特のイントネーションだから、わかりづらいかもしれないけど、わかるとすごいよ」
「どんなことを歌ってるんですか?」
「まあ、簡単に言うと、やりたい、やりたいって言ってるんだ。やれれば他の何も要らない、ってね」
 まさかとは思いながら、「やりたいって、何をですか?」と訊いた。
「決まってるじゃない。セックスだよ。キミだって、気持ちのいいセックスは好きだろう?」
 まだこのときわたしは、市場先生が、わたしを口説こうとしているのか、からかってるだけなのか、わからなかった。
「そうですね、気持ちの悪いセックスはイヤですものね」と、返事した。
「じゃあ、気持ちのいいセックス、しようか?」
「気持ちのいいセックスなら、したいです」
 どうして、こんなことを言ってしまったんだろう。エッチなことでも、なんか、とても自然に話せてしまう市場先生のキャラクターのせいかもしれなかった。
 彼には、全然脂ぎったところが無い。容姿のせいもあるだろう。男の性というのを感じさせないのだ。
 でも、「したいです」と応えたその瞬間、わたしはいやというほど先生の男を感じていた。
「わざとでしょ」と、わたしは言った。
「何が?」
「耳の中に息をかけたり、キス直前まで接近したり・・・」
「まあね。たいていの子は顔をしかめたり、さりげなく身体を離すけど、時々近づいてくる子もいるんだよね。そう言う場合は、誘えば大抵オッケー」
「あ・・・」
 じゃあ、わたしは「オッケー」のサインを送っていたのか。
「オッケーでしょ?」と、彼は言った。
「はい・・・」

 市場先生のセックスは優しくて丁寧だった。乱暴なところがひとつもない。それでいて、まったりと感じさせてくれた。とってもとっても長い前戯に意識が遠のきそうになる。気がついたら、ごく自然に彼のモノを手で触り、さらにフェラチオさせられていた。
 こりゃあ、処女の子だって落ちるよなあ。
 挿入のときに激痛を感じても、ここまでトロトロにさせられていたら、きっと我慢してしまう。
 愛撫だけで2回イッたわたしは、ついに挿入されて、叫びまくっていた。
 もう、だめ、ダメ。あああー、いやいやいや、おかしくなっちゃう。もうやめて、ああー、いやいやいやあー。だめだめー。ああーん、やめてやめてやめてー。
 挿入したまま体位を何度も何度も変えて、いつのまにか自分がどんな格好をしているのかもわからなくなってしまった。
 もっともっともっとお。突いて突いて突いてエ。ああ、だめえ。もうだめえ。いやあああー。

 次の授業のとき、わたしは市場先生から、ピルをもらった。
「正しい飲み方はここに書いてあるから。最後の最後にコンドームつけたら、しらけちゃうしね」
「わたし、彼、いるんです」と、わたしは嘘をついた。しばらくセックスから遠ざかっていたのに、先生に抱かれつづけたら、わたしはまたわけわからないくらいに没頭しちゃいそうでこわかったのだ。
「いいよ。彼だって、中で出したいだろう? 僕と付き合ってる限り、ピルはあげるから」
 わたしは受け取ってしまった。 

 わたしに彼がいる、というのが、嘘で無くなってしまった。
 高3の新しいクラスではじめて一緒になった男の子から、告白された。千代田君。
 目立たない人だった。市場先生にちょっと似た雰囲気があると感じたのは、華奢で眼鏡をかけてるからだ。でも、市場先生ほど、男のニオイは感じない。もちろんあんなに接近してこないし、ちょっとおどおどしたところのある人だ。
 成績も中くらいだし、運動はどちらかというと苦手だった。体育の授業で紅白戦などするとき、足を引っ張るからと避けられているらしかった。
 そんな彼が、わたしなんかに勇気を持って告白してくれたのが、嬉しかった。
「わたしのこと、どれくらいわかってて好きだなんて言ってるの? わたしなんかのどこがいいのよ」
 つっけんどんにするためにこんなことを言ったわけじゃない。わたしは本気で訊きたかった。
「そんなことわからないよ。でも、・・・好き・・・、なんだ」と、彼は言った。
 嬉しかった!
「それって、わたしの全部が好きってこと? わたしがどんな子でも、全然気にしないってこと?」
「・・・そんな風にきかれても・・・」
 彼はそれっきり黙りこんでしまった。
 あちゃー。悪いこと言ったかなあ。
「ごめん・・・」と、わたしは言った。「そんなつもりじゃなかったんだ」
 そんなつもりが、どんなつもりなのか、彼に伝わったかどうかわからない。
 言い直そうとして、でも、言えなかった。今度は自分でも何が「そんなつもり」なのか、わからくなってしまったからだ。
「こっちこそ、ごめん。好きでもない男から、こんな風に唐突に告白されたって、困るだけだよね」
 千代田君はうつむいた。うつむきながら、しゃべり続けた。
「だ、だけどさ、言わなくちゃって、思って。・・・・なんでそんなこと思ったのかな。僕なんかと付き合いたい女の子なんているはずないし、今までは好きになった子がいても、こ、恐くて告白なんか出来なかったのに。告白して、こ、断られて、気まずくなって、もう、目も合わせられなくなったらどうしようって、恐くて。そんなことに、なったら、もう、学校来れなくなるし。でも、なんか、・・・」
 彼はそこまで言うと、もうどれだけ待っても、何も言わなくなった。
 うつむいたままで、顔も上げない。
 かといって、わたしからの返事を待ってるわけでもない。
 わたしはわたしで、どうしていいか、わからなくなっていた。
 放課後の教室で、わたしと千代田君は、立ったまま、向かい合って、うつむきあっていた。
 わたしの心の中で、何かが生まれた。最初それは、小さくて、はかなくて、何かさっぱりわからなかった。けれど、じっと二人で立って向かい合っていると、その小さなものは、突然輝きを持ち、そして大きくなって来た。それが、千代田君への思いだという事に、やがて、気がついた。
 千代田君は、わたしの中では全然目立たない存在だった。それが、ただ、おどおどと告白されただけで、ザアーっと存在感を増して来たのだ。
 存在感? ううん、そんなものじゃない。
 人が人を好きになるのに、たくさんの時間なんて必要無いのだと感じた。
 外見でもなく、性格でもなく、どこが好きなのかわからないけど、好き。そんな告白を受けて、心が震えないわけないと思った。ストレートパンチだ。
「ゴメン、迷惑だよね・・・」
 どれくらいの時間がたっただろう。彼はそう言い残して、その場を去ろうとした。
「待って!」と、わたしは叫んだ。
「迷惑なんかじゃない!」
「え?」
 彼はきょとんとした目で振りかえった。
「迷惑じゃない。嬉しかった。好きだっていってくれて、とっても嬉しかった!」

 わたしは千代田君の胸に飛びこんで顔をうずめてしまった。
「でも、だって、けど・・・」
 女の子に抱きつかれて、それでも千代田君はおどおどしている。
「いいの! いいのよ!」
「けど、僕のことなんか、好きじゃないだろう?」
「そんなことない。今、好きになった!」
 わたしは彼の唇を奪った。