四季 four seasons
=2= 辺境惑星の反乱(3)

 

 僕たちを乗せた車は、センターの地下駐車場に直接乗り入れた。実用本位の作りだけれど、無機質というわけではない。駐車場にインテリアという言葉を使うのは気が引けるけれど、整然と並ぶ蛍光灯のほかに、色とりどりの半円球のカバーで覆われた照明があった。緑、青、オレンジ、ピンク、黄色、紫……。
 僕はすぐにその正体に気がついた。
「あれは、監視カメラですね」
「そうだ。よく気がついたな」
「同じ形のものがハイスクールにもあります。黒っぽい色ですけど」
「黒っぽいのはいわばサングラスみたいなものだからな。モニターを見るほうは色の影響を受けない。だが、ここのはカラフルだろう? モニターを見ると、黄色いカバーのついたカメラで取ったものは、やはり黄色っぽいんだよ」
「そんなんじゃ、監視カメラとしての性能を損ねませんか?」
「必要なら、あとで録画したものをデジタル処理をすれば、この色は消せるから問題ない。それより問題なのは、モニタールーム内にはたくさんある画面がズラリと並んでいることだ? そこに『1号カメラ』だとか『Aカメラ』だとか、事務的に番号を振ったんでは、監視員はそれがどこか瞬時に判断できない。それぞれほのかに色がついていることで、それが解決できる」
「へえ〜、そうなんですか」
 駐車場に入ったというのに、それなりのスピードで進んでいた車は、急にスピードダウンして、ひょいと曲がって停止した。あらかじめ位置がプログラムされていたのだろう。
「じゃあ、後は頼むぞ、イシダ少尉」
 ブランモン大佐は、さっさと司令部への直通エレベーターに消えていく。
 司令部へのエレベーターに乗るには、特別なセキュリティーチェックを受けなければいけない。といっても、エレベーターの前にセンサーがあり、それによって本人識別をしているから、IDカードを差し込んだり、暗証番号を入力したり、声紋や指紋を確認したりなんてことはない。普通にエレベーターに乗るだけだ。
 しかし僕などが近づこうものなら、アッという間に警報が鳴り、大勢の屈強な男達に取り囲まれるだろう。

「さ、キミはこっちだ」
 イシダ少尉に促され、セキュリティーレベル「中」のエレベーターで、各種ミーティングルームのあるフロアへ行く。
「まったく大佐は何を考えているのか俺にはわからん」と、イシダ少尉は言った。
 独り言なのか、僕に向けていったのか、多分両方だろう。

「大佐からの伝言だ。『事をスムーズに進めるために、キミには少しつらい状況が待っているが、全て私が仕組んだことだ』だそうだ」
「それは、どういう意味ですか?」
「知らん。だが、たかだかハイスクール1年生が、作戦指令に食い込もうとしているんだ。多少の辛い思いは我慢するんだな。俺は、お前がどんな目にあっても、気の毒だなんて思えない」
 イシダ少尉の僕に対する態度は、大佐が居るときと居ないときで、明らかに違った。大佐が僕のことを目にかけているから、大佐の前ではそれなりにしていても、僕と二人になれば「なんだこの小僧」位にしか思っていないことがすぐにわかった。大佐に付き従っていたところをみると、この人もきっと作戦畑の人なのだろう。であれば、こんなガキが大佐に重用されるのは面白くないに違いない。
 けれども僕は……。そのうちこんな男、追い抜いてやる。
 今だって、きっと少尉の作戦よりもはるかに優れたものを僕は立案できるだろう。これはうぬぼれではない。確固たるポリシーを持って練り上げた作戦は、間違いなく優秀なのだ。これは僕の信念だ。
 もちろん、確固たるポリシーはひとつとは限らない。いくつもあるのが普通だ。だから、そこにはいくつもの優秀な作戦が存在する。従って、会議でどれを採るかとなったとき、その判断は作戦の優秀さにおいて決するのではない。あくまでどのポリシーを採用するかに他ならないのだ。
 だから、僕の作戦が採用されるとは限らないのだけれど、でも、年少のガキのくせにコノヤローなんて感情を抱くような男に、僕の作戦が負けたりするわけがないのだ。

 とはいうものの、実際のところ少尉という階級だって僕にとっては雲の上。そんな人に疎まれるなんて、なんだかやりにくくなりそうだ。
 僕の表情が曇ったことに気がついたのか、それとも言いすぎだと思ったのか、いったん僕に背を向け先を歩きかけたイシダ少尉は、「気にするな。俺のやっかみだ」と言って、今度は僕の後ろに回って肩に軽く手を置いた。
「さ」と、エレベーターへと僕を促すため、肩に添えた手に軽く力を込める。「軍では、機敏な行動が要求される。立ち止まってる暇は無い」
 少尉の手からはピリピリしたものが伝わってきたが、しかし、悪い人ではなさそうだ。

 ミーティングのための部屋は12階から30階までのフロアにいくつかずつ設置されている。このうち、通常レベルのものであれば20階以下のフロアのものが使われる。だが、エレベーターは20階を通り越し、21階で止まった。
 ここは20階までとはセキュリティーのレベルが違う。使用の都度、登録が義務付けられているのだ。誰でも入れるフロアではない。要人用の最高レベルセキュリティーが施されている28階以上とは比較にならないが、21階だってハイスクール生が普段立ち入れるところではないはずだ。
「C36ルームへ行くんだ。担任教師が待っている」
「はい」
「私は、ここまでだ。C36ルームは左に進めば、ドアにプレートがかかっている」
 どうやら僕はこのフロアへの立ち入りが大佐によって登録されているらしい。だが、登録されていないイシダ少尉は足を踏み入れることが出来ないのだ。
 エレベーターの扉が閉まる直前に、イシダ少尉は言った。
「叱責されても、耐えることだ」
 そういえば、大佐からの伝言にも『キミには少しつらい状況が待っているが』とあった。これからいったい何が起こると言うのだろう?


 テレビの強制放送では、軍人コースの学生全てに「集まる」ように呼びかけていた。僕の理解では、有事に備えた後方待機。大部屋に集められ、例えば住民の避難誘導の必要があればみんなで出動する。それもおそらくは、実際の指示などはその道の専門家が行うはずだ。僕たちの役割なんて、大きな荷物を持ってあげたり、老人に手を貸したり、赤ん坊を抱いてあげたり、そんな所だろう。
 おそらく僕のこういう想像はあながちハズレではあるまい。たった一人、僕を除いては。
 僕は指定された部屋の扉の前に立ち、インターホンのボタンを押した。小さなスピーカーから、聞き慣れた担任教師の声が流れてくる。僕が名前を告げると、「入れ」との指示。かちゃりと音がして、扉のロックが外れたようだ。
 廊下には短い間隔でドアが並んでいたから、小部屋であることは想像できたが、小さな机を挟んで向こうとこちらに椅子がひとつづつ、まさしく面談室のような状態になっているとは思わなかった。
「座れ」
 ふたつだけの椅子の一方には、担任教師が座っている。僕はもうひとつの椅子に、「失礼します」と敬礼して、腰を降ろした。

 担任は、僕の顔と机の上の書類を交互に見ながら、しばらく無言だった。
 やがて、「大変なことをしてくれたな」と、言った。
 僕は、返事をしなかった。
「こともあろうに、ブランモン大佐にメールを送りつけたんだって?」
「……はい」
「大佐は今回の出撃部隊の最高司令官だ。その大佐にメールで作戦を授けるなど、身の程をわきまえないにもほどがある」
 担任教師の口調は、淡々としたものだった。激怒される方がまだましだと思った。シュンとして俯いたまま、嵐が通り過ぎるのを待てばいい。しかし、担任はいちいち僕の表情を確認するかのように、僕の目を見て、言葉を切った。
「キミは、危険人物として、パナスミルセブンの反乱が解決するまでこの部屋に隔離される。わかったな」
「はい。。」
「そのあとのことは、私ではどうしようもない。どのような処分が下るかは、想像の他だ。私にはキミをかばいようもない」
 そうか、辛いこととは、そういうことか。大佐が仕組んだことだとわかっていても、担任にそんな風に告げられては、いい気持はしない。
「大人しくしていることだ」
 そう言って、担任は部屋から出ていった。


 大佐が仕組んだ?
 本当にそうだろうか。
 腕時計を見る。小部屋に隔離されて、3時間が過ぎていた。その間、どこからも、誰からもアプローチがない。ただ穏やかに、静かに、時間が過ぎた。時は静かに流れたが、僕の心中はそうではない。大きな不安に打ち震えた。
 海賊船団から脱出する方法を考え出した僕を、将来の不安分子として、上手くおだてて処分しようとしているのではないのか?
 そんな根拠のない不安だ。
 自惚れているわけではないが、あの作戦がなかったら僕たちは全滅していた。全滅していれば、軍や学校は、世間から多くの批判を浴びたろう。だが、脱出できたのはいいとしても、「その立案者がハイスクール1年生で、軍や学校は僕たちを救出するための有効な手だてを講じる能力がなかった」などと吹聴しようなら、軍の面子は丸潰れだ。
 本人を抹殺してしまって一気に解決、そんな方策もあるかも知れない。噂は全くのデマで、ベッシャー・カテスラなる人物はもともといなかった。ありえることだ。軍の威信を守るためなら、僕一人の存在なんてどうでもいいことだ。
 そんな工作はいとも簡単に出来るだろう。事実、政治犯や思想犯の多くが、歴史から抹殺されている。

 いや、そんな妄想は馬鹿げている。たかだかハイスクールの1年生を大佐が迎えに来たのである。しかも大佐は、海賊船団脱出作戦を立案した僕に目をかけていてくれて、今回も何か良い作戦を立てろと言ってくれている。その上、「少し辛い状況が待ってるが耐えてくれ」とすら言葉を残してくれている。僕一人を抹殺するために、そんな面倒を踏むとは思えない。

 しかし、そうは思っても不安はある。その面倒な行程すらも、僕を始末するための段取りだったら?
 プライベートルームに僕がいるのを知った当局が僕を抹消するために、そもそも「緊急放送」や「セブンの反乱」すらも作り上げられたものだったら? 識別表の常時携帯は義務付けられているから、識別表から発信される電波によって、僕がどこにいたかを軍部は容易に知ることができるのだし、そのプライベートルームの一室だけに緊急放送を流すのは技術的にはわけない話だ。
 たかがハイスクール1年生のためにそんな手の込んだことをするはずなどありえない、と思いながらも、僕はその可能性を100%否定することは出来なかった。

 いや、やはりそういった工作はありえない。僕を拉致して始末すればことは簡単に済む。どう考えても僕一人を処分するために、手の込んだことをするわけがなかった。
 冷静になろう。冷静になって考えればわかるはずだ。大佐は僕に活躍の機会を与えるために、あれこれ手を打ってくれているのだ。冷静になれば、その結論しか出てこないはずだ。
 にもかかわらず、僕を不安にさせるのは、とりもなおさず無益に時間が過ぎていくからだ。僕は空間に放り出されたような虚無感と戦う。さらに2時間がたった。
 僕に対するアプローチはまだ無い。
 誰もこの部屋に来ない。まあ、隔離されてるのだから、それは当たり前なのだが……。

 僕は半ば諦めていた。処分されるなんて冷静に考えればありえないという結論に達しながらも、この時間の長さが僕をいらだたせる。消し去ったはずの疑念が何度も持ち上がってくる。結局のところ、何がどうなるのかは僕にはわからないのだ。だったら、ここでアレコレ考えても始まらない。ここは軍部の中枢であるセンターであり、セキュリティも決して脆弱ではない21階なのだ。逃げ出すことなどできようはずもない。僕には選択肢はない。ただ、運命を受け入れるだけなのだ。
 打つ手がないのだから、ここでアレコレ考えるのは、無駄でしかない。そう思うと、気が楽になった。まな板の鯉は運命を悟り、静かに待つだけなのだ。
 気が楽になり、気持ちが不安に震えることもなくなったけれど、しかし同時に僕は怒りがこみ上げてきた。
 何もかも管理されたこの世界って、いったいナンなんだ、と。
 人の住めない過酷な環境の星を開発したことも、他国に占領されないだけの軍事力も、どちらもすばらしい技術と設備の賜物だろうけれど、だからといって、一人一人が完全に管理下に置かれた世界で、それは本当の幸せと言えるのだろうか?


 腕時計を見た。小部屋につれて来られてから、既に6時間が経過している。このとき、やっとチャイムが鳴った。狭い部屋の壁にかけられた受話器をとる。
「ヨヒコ2曹だ。開けてくれ」
 なんだろう。また、初対面の軍人だ。
「はい」と、言いながら、僕はロック解除のスイッチを押す。
「食事だ」
 ヨヒコ2曹は、トレイに乗った何の変哲もない定食をデスクの上に置いた。

 のどが渇いていたので、食事に添えられていたミネラルウオーターをがぶ飲みしたが、食欲はない。こんなところに6時間も閉じこめられて音沙汰なしでは、食欲などわこうはずもない。ミネラルウオーターを飲み干したコップをデスクに戻したきり、食事には全く手を付けない僕を見て、ヨヒコ2曹は言った。
「大佐からの伝言だ。『食べられるときに食べておけ。戦場での鉄則だ』」
 トレイには、食事の他に、きっちりと封印された封筒が置かれていた。 「大佐から?」
 僕はがばっと立ち上がった。
 大佐からの食事と伝言。それはまさしく、僕が今回の軍事行動に必要な人物であるということを示している。抹消しようとする人間に食事など与えられるわけは無い。僕はホッとした。
 ホッとすると同時に、涙が出そうになった。
「で、大佐はどうおっしゃってるんですか?」
「知らん。直接話したわけじゃない。俺などが話せる立場のお人じゃない」
 それも、そうか。僕は再び椅子に腰掛けた。

 2曹は肘からかけていた紙袋を床に置いた。
「それから、着替えておけ。この中にキミの着るべき服がある」
 そう言って、ヨヒコ2曹は出ていった。
 僕は紙袋に近寄り、中を覗いた。軍隊の中にあるときに着るべき制服だった。だが、それは軍服ではない。民間人が軍隊と共に行動するときに着用する制服だった。
 基本的に民間人は軍内部に入ることはない。しかし、特に必要と認められたときは民間人用の制服を着用することでそれは認められる。軍人と別の服装なのは、明確にその役割を区別することや、何かあったときには、優先的に避難させたり、保護したりする対象であることを一目瞭然にするためである。
 僕はまだハイスクール生だから、軍人コースに在籍しているといえども民間人には違いないだろう。だが、軍人と認められなかったことが少なからず僕をがっかりさせた。

 しかし、それでも軍内部に入ることのできる制服であることには違いない。つまり、戦場へ連れていってもらえる、ということだ。
 いや、司令本部詰めで最前線へは行かないかも知れない。だとしても、僕が何らかの形で参画できることには違いない。
 さきほどまでの暗い気持ちがふっとび、僕は喜びに打ち震えた。身体中を熱いものが駆け巡った。 「食べられるときに食べておけ。戦場での鉄則だ」
 大佐の声が、現実のように僕の耳に届いた。とたんに空腹感を覚え、がつがつと食べた。半分くらい食べ終えたとき、再びチャイムが鳴った。インターホンの受話器からは、懐かしい大佐の声。たった6時間ほど聞かなかっただけだが、まさしくそれは「懐かしい」声であり、僕を心の底から安堵させた。

 ロックを解除すると、大佐が姿を現す。僕は箸を置いた。
「食べながらでいいぞ」と言いながら、大佐も腰を下ろす。「ハイスクール1年生、ベッシャー・カテスラに命ずる」
 今、まさしく、大佐から直々の命令が僕に下されようとしていた。




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