四季 four seasons
=2= 辺境惑星の反乱(4)

 


「キミへの命令だが、まずは食事をすませたまえ。それから、私の私室へ同行してもらう。全てはそれからだ」
「は、え?」
「え、じゃないよ。早くしてくれ。間もなく作戦会議が始まる。それまでに一通りのことは説明しておきたい」
「はい」
 僕は残りの食事を再び喉に詰め込み始めた。
「それにしても、随分長いこと待たせてしまったな。思った以上に時間がかかった。すまなかったな。こんなところで1人きりだなんて、不安だったろう」
「はい。正直言って、そうでした。なにしろ担任から『危険人物として隔離』だなんて言われましたから。大佐が仕組まれた段取りのひとつだろうとは思っていましたけれど、それでも……」
「それくらいでへこたれるようなヤワな神経では困るよ。だが、すまないと思ってるよ。けれど、他にキミだけをクラスメイト達のいる大部屋から引き離す方法を思いつかなかったんだ」
「僕は大部屋でいっこう構いませんけれど……」
「それでは私が困る。大部屋からいったいどんな理由でキミ1人を連れ出すというんだね? 大佐であり今回の作成指令の総責任者という立場の私がハイスクール生を連れ出したとなると大問題だ。ならば、危険人物として私の直轄管理下に置くしかあるまい」
「なるほど、ごもっともです」と、僕は言った。
「食事も終わったようだし、納得してくれたなら、付いてきてくれ」
「はい」


 支度を終えた僕は、大佐の私室に招かれた。大佐と連れだってセンターの廊下を歩いていても、誰も僕を咎めない。軍事行動に同行する民間人の制服を着ていたからだ。
 招かれた大佐の私室はシンプルだった。大佐の椅子を中心に三方を囲むシステムデスクと、その手前にソファーセット、あとは壁を埋め尽くした書棚と公式宇宙図があるばかりだ。傍らに流しと給湯器が備え付けてある。私室というよりも執務室である。士官は私室に寝泊りのための設備を持ってもいいことになっているが、ソレらしきものはない。奥にパーテーションで仕切られたスペースがあるが、そこにベッドがあるのか、それとも秘密の会談のための椅子やテーブルがあるのか、僕には判断のしようがない。

「じゃあ、戦況を説明しておこう」
 大佐は僕をソファーに座らせると、さっそく口火を切った。
 それによると、こんな状況である。
 パナスミルセブンを飛び立った第5艦隊は、折に触れ本星に向けて要求を発信してきた。要求は簡単で、軍事の為のみの星という位置づけをやめること。すなわち、セブンに商業や工業を誘致し、農業が可能となるような環境改善を図ること、観光開発を認めること、である。
 一個艦隊を率いての行動であるから、それは「陳情」などではなく、明らかに軍事行動である。要求を呑まなければ攻撃を辞さないという態度の現れであった。
 それに対して、当局からの回答は、硬直したものだった。セブンが攻撃を前提として一個艦隊を率いてやってきているにもかかわらず、これまでのものといささかの変わりも無かった。 すなわち、セブンには教育・医療・福祉・娯楽など人が人らしく生活するのに必要なものは既に完備されている。軍事以外の仕事に就きたい者のために、移住および移住後の生活も保障されている。セブンは最前線基地として、屈強でゆるぎない軍備を備えた星でなくてはならない。 セブンは独立国ではない。バナール星系全体としてバランスのとれた国造りをしているのだから、全体方針を理解せよ、というものである。
 通信によるやりとりは平行線を辿り、その間に第5艦隊は本星に接近した。そして、ついに、本星は第5艦隊の攻撃エリアに捕らえられてしまったのだ。「軍事行動に出るのか?」という本星からの問いかけに、「事と次第による」と、第5艦隊は返答してきた。
 本星のセンター周辺地帯に1級防空防護システム作動の警戒警報が出されたのはこの直後だ。本星守備を任務とするガード特務隊の指揮下に第8艦隊が急遽入り、特務隊長のブランモン大佐が総指揮をとることになった。

「キミを作戦会議に正式に参加させるために、苦労したよ」と、大佐はため息をついた。
「正式に、ですか?」
「そうだ。正式に、だ。あらかじめキミの立てた作戦を持って私が発言したのでは、肝心なところで、キミの意見を聞くことが出来ない。軍議というのは、丁々発止やりあうものだからね。だから、その場その場でキミも適切な意見を述べられるように場を整えないといけない。簡単なのは、キミを作戦会議に出席させることだ」
「はい。ありがとうございます」
「かといって、キミはまだハイスクールの生徒だ。軍人としての階級がない」
「そこで、民間登用なんですね?」
「そうだ。手続きさえ踏めば、どのような民間人からでも、意見を聞くことが出来る。私と行動を共にすることも出来る」
「ご一緒させてもらえるのですね」
「ああ。だがキミはまだハイスクールの生徒であり、未成年だ。これをなんとかするハードルは高かったよ」
「ハードルは越えられたんでしょうか?」
「もちろんだ。だからこそ、キミはここにいる。しかし、キミの立場は微妙だ。いいか、キミが自由に軍議で意見を述べるためには、立場を充分わきまえてもらわねばならない」
「はい」
「筋書きはこうだ。私が登用した民間人はキミじゃない。キミの担任だ。キミは担任の身の回りを世話するアルバイトの若者という立場だ」
「なるほど!」
 僕はポンと手を打った。軍人の場合は将官以上でないと付き人は認められないが、民間人には身分に関わらず付き人が認められている。
「キミの担任は声帯が弱い」
「いえ、そんなことはありません。授業中は常に大声で……」
「だから、ここではそういうことにしておくんだ。キミの担任は発言の度に、キミにその内容を耳打ちしたりメモに書いたりして渡す。キミは担任に代わってそれを発言する。こういう建前だ。もちろん担任はキミには何も指示しない。指示するポーズをするだけだ。その後に、キミは自由に発言すればいい」
「わかりました」
「それと、ひとつ付け加えておくが、今回のこの手の込んだ芝居のために、キミの担任は教師を辞職せざるを得なくなった」
「? なぜですか?」
「キミのクラスは、有事のためにセンターに集められている。その指揮をするのは当然、担任の役目だ。だが、キミを軍議に出席させるために、キミの担任はクラスの待機場所から離れることになる。これは許されないことだ。だから、辞職してもらった」
「辞職をすれば、新しい担任が来る、ということですか?」
「そうだ。自らの職を辞してもキミの才能にかけてくれている担任に、キミは報いなくてはいかん」
「はい」
 長い間またされたのは、これら一連の手続きを踏むためだったのか。
「それにしても、たかだか僕一人を連れていくために、随分手間がかかるんですね」
「それが制度というものだ」
「軍隊もお役所ですからね」
「そうだ。だが、制度というのは、きめが細かければ細かいほど、抜け穴があるもんだよ」
「僕が大佐と行動を共にするのは、抜け穴のおかげなんですね」
「その通りだ。勉強になっただろう。本来キミたち学生が学ぶべきは、こういう社会構造だよ。軍事テクニックなんかは軍隊に正式に入隊してからでも遅くはない。いや、それ以前にセンスのない奴はいくら勉強をしてもあまり役に立たないのだが、まあこれは学生に言う台詞じゃないな」
「はあ」
「ま、教育制度について、ここで語っても始まらない。それより、間もなく会議だ。キミの意見は担任を通じて発言してくれ」
「はい、わかりました」
「くれぐれも、私に送ったあのメールのようなことは、発言しないでくれよ」
 僕は照れ笑いをした。
 大佐に言われて、センターに向かう車中で大佐宛に送ったメールには、「データ不足で作戦など立てられません。でも、大佐のおそばにおいて下されば、名案のひとつやふたつ、すぐに浮かぶでしょう」だった。


 殺風景な会議室だった。大きなひとつのテーブルを囲んで、7人の男と二人の女が座った。軍議、作戦会議。どう呼ぼうと、いかに効率的に相手を叩きのめすか、という算段をする場だ。僕はここで、「いかに効率的に、出来れば軍事行動を伴わずに、いざこざを終結させるか」を語らなくてはならない。同席する連中と、立場も考え方も、半分は異なっている。さて、どうするか。

 一通りの意見が出そろった。
 ひとつめは、こうだ。現在本星にある全ての艦隊で包囲して、圧倒的な戦力を見せつけることにより威嚇、戦わずして白旗を掲げさせるという案。だが、これだと逆に相手の戦意を誘い、結果として第5艦隊を滅亡に追い込まなくては終結しなくなる可能性が出てくる。
 また、第5艦隊は「今の敵」とはいえ、同じ軍隊であるから、暗号は全て解読されてしまうという問題点がある。よって、戦闘中に通信によって逐一指揮するわけにいかない。つまり最初に「第5艦隊が降伏するまでは殲滅を前提に攻撃を続けよ」という指示を与えておくしかなく、第5艦隊が白旗を掲げなければ全滅に追い込むしかないのである。もちろんこちら側にも相当に被害が予想されるが、それ以上に「内輪もめ」で一個艦隊を失わざるを得ない状況になるかもしれないのは、いかにももったいない。

 もうひとつの案は、第5艦隊の旗艦を撃破して、指揮系統を奪い、降伏に持ち込む方法。戦法としては、円錐布陣をひいて旗艦へ向かって突入しつつ集中攻撃する、というのがよさそうだ。戦闘の結果は、圧倒的な兵力の差で本星側が有利だが、いわゆる通常の戦闘が行われることになり、やはり双方とも相応の被害が出るだろう。

 さらにもうひとつの案は、第5艦隊と本星の間に、第8艦隊による防御壁を築いて本星をガードしつつ、ガード特務隊がセブン側の特定の小隊を各個撃破し、被害を最小限に抑えながら相手の戦意を徐々に喪失させていく方法。パトロール中だった第8艦隊は既に呼び寄せてあり、いつでも作戦行動に移ることが出来る。だがこれも、セブン側が第8艦隊による防御壁を意に介さず、ガード特務隊殲滅に全力を挙げれば、こちらの被害は甚大だ。それくらいなら、正面戦争を行った方がまだマシなのである。

「いずれかを選ばねばならぬ。そして、選んだ限りは、司令官は、作戦を成功に導かねばならぬ」
 一同の中で、おそらく一番の長老が言った。最高司令官はブランモン大佐だし、階級だって大佐の方が上だが、年齢の差から来る迫力はいかんともしがたい。年下の上司に対して、プレッシャーを与えようとしているのだと僕にも理解できた。

「アスイさん、あなたのご意見は?」と、大佐が言った。
 階級を持たない民間人は、軍の中では年齢性別を問わず、誰からも「さん」付けで呼ばれることになっている。
 担任は僕に耳打ちをした。声帯があまり丈夫ではないため、「身の回りの世話係」の僕が担任に代わって発言するという建前にのっとった僕たちの行動だ。もちろんこれは演技である。担任は僕になにも告げていないし、僕は自分の意見をここで言うことになる。僕と担任と大佐だけが知っている茶番なのだ。
「軍隊は出動しない方がいいでしょう」
 僕はいったん言葉を切って、担任を見た。彼は、ゆっくりと一同を見回した。軍議において、「軍隊を出動させるな」という突飛な意見であったが、その言葉を継いで何かを発言しようとする者はいなかった。
 これが正味僕の発想だと知れれば、きっと「若造が何を寝ぼけている」ということになっただろう。しかし、表面上は取りあえず、担任の発言である。僕は、声帯の弱い彼に替わって言葉を伝えているに過ぎない。その演出が、かえって「重み」を醸し出しているようだった。軍議についたメンバーは、彼の次の発言を待った。

 担任は手元のペーパーに、さらさらと文字を走らせた。覗き込む僕。そこには、ただ統一感のない線がくねくねとのたくっているだけだった。そして最後に、「読む振りをして、好きなように発言しなさい。読むんだから、視線に注意すること」と書き加えて、僕にその紙片を渡した。
 一堂は僕に視線を集中させた。
 う、緊張!
 僕は(雰囲気に呑まれてたまるものか!)と自分に言い聞かせ、ペーパーに視線を走らせながら、発言を始めた。

 最初、そんなバカなと言わんばかりのざわめきが起こった。
 しかし僕は、白紙のペーパーを見つめながら、頭の中で組み立てた作戦を、なるべく理路整然と述べた。ざわめきは無視した。なにしろ僕の役目は、ペーパーに書かれたことを読み上げるだけである。まわりの反応によって萎縮することなどあってはならない。

 発言が半ばまで達すると、ざわめきは無くなった。時折、隣の席の人となにやらコソコソと意見をやりとりする姿があるだけだ。だが、それも長くは続かない。
 そして、後半になると、もう誰もが私語をしたりため息をついたりすることはなくなった。僕の目を見たり、天井を眺めたり、あるいは頭を抱え込んだりするばかりだ。
 僕は一通りのことを語り終え、そして「以上です」と付け加えた。
 場は静まり返っていた。
「うん、さすがは民間人だ。我々軍人も被害を最小限に抑える作戦に心を砕くが、まず軍事力ありが発想の原点になる。しかし、アスイさん、あなたの作戦における軍事行動は、常に『どうしようもなくなったら最後に軍事力』という考え方に基づいている。まさしく、抑止のための軍事力、ということですね」
 最初に発言したのはブランモン大佐だ。担任のたてた作戦にものすごく感心したような口ぶりだが、大佐はこれが僕の立案によるものだと知っている。それでいて、しらじらしくも感心して見せるのだから、なかなかどうして役者である。僕は笑いを必死になってこらえた。
「でも、この作戦には欠点があります」
 20代後半とおぼしき女性士官が、髪をふりあげながら、立ち上がった。
「大統領はじめ要人が第5艦隊に丸腰で乗り込んだとして、話し合いのテーブルが用意されずに、人質となってしまった場合はどうするんですか?」
 その点はあらかじめ考えてある。僕の自信ありげな表情に気がついたのか、担任は「思うように発言しなさい」と耳打ちした。
「政治家の代わりはいくらでもいる。人質として立派に死んでもらおう。もともとセブンの反乱は、彼らの失策であるのだから。……と、言っておられます」
 先生の言葉を伝えるという形をとってはいるが、実はこれは 僕の素直な気持ちだ。
 そして、淡々とこれを言ってのける僕自身の心の中に、なにか冷え冷えとした固まりがあることに、僕は発言したあとに気が付いた。暖かみのかけらも感じさせない僕の声に、何かを発言する者はいなかった。腕を組んで考え込んだり、目を閉じて天井を見上げたりするばかりである。
 さすがにこれには空気が揺れた。
「要人が殺害される可能性を持った作戦など、軍部として許されるわけがない」
「いや、それは最悪の場合だし、作戦内容を理解した上で第5艦隊に乗り込んでもらうのだから、問題なかろう」
「殺されるかもしれないとわかってて乗り込む政治家がどこにいる! 死ぬ覚悟ができているのは軍人だけだ」
「軍人の代わりはいくらでもいる。戦場で立派に死んで来い。我々軍人がこう言われることは少なくないが、政治家の代わりがいくらでもいるとは、大胆な発言だ。しかし、やってみる価値はある。誠意が伝われば向こうも無碍には扱わないだろう」
「相手がどんな態度をとるかわからないのに、誠意だの何だの、妄想にすぎない。そもそも、誰がどうやってそんな危険な作戦を大統領に進言するんだ?」
 このとき、アスイ先生が僕に耳打ちをした。この軍議で先生が発言した唯一の台詞である。僕はそれを立ち上がって言った。
「私が説得しましょう。私も民間人。彼も民間人。そして、私と彼はハイスクールの同級生です。若い頃、この国の未来について熱く語り合った仲です。そして彼は国そのものを動かす大統領になり、私は優秀な若い人を育てるために教師となった。道は違うが、目指すものは同じです」

 場は静まり返った。
 要するに、誰が猫に鈴をつけるか、そういう問題なのだとアスイ先生は見抜いていたのだ。
「ならば是も非もありませんな。表面上は宇宙法や和平条約や同盟で平穏を保っているとはいえ、軍事力や経済力、その他様々な要素がからみあってバランスがとれているだけのこと。ここで内輪もめなどを起こし、大幅に軍事力を失くすことは、バランスを失うこととなりかねん。民間人の顔を立てるわけではないが、ここはアスイさんの意見に従うが得策と思えるが、いかがか?」
 最初に発言した長老が言った。
「異議がないようなら、作戦行動の詳細は以後、私から伝達する」
 ブランモン大佐の一言で、軍議は終わった。




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