四季 four seasons
=1= 宇宙海賊の包囲からの脱出(2)

 

「ベッシャーが、軍人とはなあ……」
「そんなに、似合わないか?」
「ああ、似合わない。ていうか、おまえ、線が細いだろ? 顔だって、いかつくないし、ガタイだってでかくない。どっちかっていうと、学者っぽい。それに、そもそも反戦論者だ」
「身体の錬成は欠かさずやってるよ。それに、体力も反射神経も動体視力も標準以上だ。持久力だって悪くないぜ」
「わかってるよ。見た目の問題だ」
「見た目で軍人して、どうする」
「いや、見た目は大切さ」
 友人のアードルンは、飲み干した紙パック牛乳のパッケージを掌の中でクシャっと丸め、腰を上げた。
 そのまま立ち去るのかと思ったら、わざわざまた振り返った。
「おまえが軍人にこだわる理由が、俺にはわからないよ」
「アードルンだって、俺と同じ軍人コースじゃないか」
「いや、俺なら誰かに『やめておけよ』って言われたら、きっとコース変更するだろうなあ。結構、ぐらついているんだよ、こう見えても」
「なんだ、お前こそ、コース変更したいんじゃないか」
「誰にも何も言われなければ、そんな行動すらおこせないほど、ぐらついてるのさ。ま、お前と違って、少なくとも『平和は戦って勝ち取るもんだ』くらいには思ってるけれどな」

「自分で言うのもナンだけどさ、俺はぐらついてなんかいないぜ」
 そう言おうとして、言えなかった。
 こっぱずかしくて口に出せずにいるうちに、既にアードルンが僕に背を向けて歩き始めていたからでもあるし、僕自身、全てを語ってしまうことを躊躇していたからでもある。

 どうしたって争いは避けられない。だったら、最小限の被害で、最大限の効果をあげ、さっさと争いを終結させてしまえ。
 このようなことは、好戦家には無理だ。だから、反戦論者こそが軍人になるべきだ。しかし、そういう人間が末端にいたって意味が無い。作戦その他を指揮する、中枢部にいてこそそれは実現できる。
 おそらく僕は、「それは、俺だからできることなんだよ」と友人に言うのが嫌で、結局何も言えなかったんだと思う。僕には信念も情熱も確信もあるけれど、僕は尊大な自信家じゃない。そう友人に思われるのが嫌だったのだ。


 ハイスクールの就学期間は3年である。僕は軍人コースを選んだわけだから、3年の後には軍隊に配属になる。研究コースでも評論コースでもないから、まず間違いなく、デスクワークではなく、前線の現場に出ることになる。
 コース変更の機会は与えられるが、たとえそうしたところで、軍人になることには変わらない。研究所勤務になるのか、デスクワークになるのか、その程度の違いがあるだけだ。

 職種自体を変えてしまうコース変更はできない。しかし、ハイスクールで学んだ職種と無関係の職業につくことは、法的には問題ない。
 非常に狭い道だが、選択肢には次のようなものがある。
 ひとつは、無関係な職種の門戸を自ら叩くことである。しかし、もともとハイスクールは就職を目的としたもので、多くの知識や技能や資格をその間に取得するので、会社や組織も当然、その中から新人を採用する。だから、コース違いの者が採用される確率は非常に低いし、採用されたとしても、他の新卒採用者に比べて低い位置からのスタートになる。もっとも、その会社や団体が、あえて門外漢(あるいは、別コースの専門家)を欲していれば別だが。
 もうひとつは、「独立」である。しかしこれは、さらに可能性が低い。ハイスクールを出たばかりの若造が、独立して、いったい誰が信用してくれるだろうか。本人が優秀でスキルもモチベーションも高かったとしても、最初から相手にされなければ、成功などありえないからだ。
 それに、多くの職種にはそのために必要な資格というのがある。就学中に取得できるようにカリキュラムは編成されている。これを独学で新たに取得するのはとんでもなく高いハードルなのだ。
 また、いったんハイスクールに入学すれば、その時点で「進学」というのはない。高等教育機関である「ユニバーシティ」は存在するが、「ハイスクール」の上に「ユニバーシティ」が存在するのではなく、並立しているからだ。つまり、入学年齢はどちらも同じで、「ユニバーシティ」は「ハイスクール」よりも在籍期間が4年〜10年長くなる。
 今のところ、編入制度もない。

 ユニバーシティに進むと、最初の3年が「総合必修科目」で、全てのハイスクールで行っている共通科目を中心に修得させられる。ただし、技術は伴わなくてもいい。知識としての学問だ。
 4年目からは専門分野に別れる。
 ユニバーシティの卒業生は、医者、学者、教育者、政治家、公務員などの道へ進むことになる。
 ユニバーシティ経由で軍人になる道ももちろんあるし、階級もハイスクール卒なら「3曹」から、ユニバーシティ卒なら尉官からのスタートと差があるけれど、ユニバーシティ出身者はデスクワークに終始する事務官になる場合がほとんどで、これも僕の希望とは違う。
 上級の指揮官になるためには、上の階級である必要があるけれど、事務官では仕方ない。やはり「最小限の被害で最大限の効果」を目指すには、確かに机上の作戦も大切だが、それ以上に重要なのが現場の指揮官だ。
 それに、階級なんて、武勲を挙げれば昇進できる。最小限の被害とは、敵だけでなく、味方にもいえることだ。現場を指揮してこそ出来ることである。殺戮に快感を感じるような人間ではだめだ。それによって最大限の効果を挙げればこれはまさしく武勲。僕の出世なんぞ前途洋々なのだ。……と、さすがにそこまで豪語するつもりはないけれど。

 いや、本当は豪語したいのだ。全て俺に任せておけば大丈夫、と。
 しかし、そんなことを言えば、安心させるどころか、「その自信が命取りになるのよ」と返されるに決まっていた。だから、こういったあれやこれやの軍に対する思いは、友人のアードルンのみならず、恋人のシャナールにすら伝えることが出来ずにいた。

 彼女とは同級生。ジュニアスクール時代に何度もクラスメイトになった。付き合い始めたのは、ジュニアスクールの最終学年になってからだ。
 その前年、僕たちは急速に親しくなった。同じ委員になったとか、クラブ活動が同じだとか、日直のローテーションで一緒になるとか、特別な何かがあったわけではない。気がついたらよく喋るようになり、2人で過ごす時間が多くなっていた。
「子どもから大人になって、色んなことが、お互い理性的に語り合えるようになったのよ。そしたら、意外と一緒にいるのが心地よかった。そうじゃない?」
 シャナールは時々、色んなことを分析して、それなりの結論を出したがる。賛成できるときも、反対のときも、どちらともいえないなあとしか答えられないことも僕にはあるけれど、僕と彼女が急速に仲良くなったことについて、シャナールはそう分析した。
「なのに、進級して別々のクラスになったじゃない。それがかえってよかったのよ。ほら、障害があると、愛は燃えるっていうじゃない」
 隣同士の教室で、いったいそれのどこが障害か、と僕は思うが、そんなことをいちいち口に出したりしない。彼女の機嫌が悪くなるようなことを言っても、僕にはなんの得にもならないからだ。

 シャナールは、ハイスクールに経理の学校を選び、会計士のコースに進んだ。
「お願い。軍人になんかならないで。戦争になったら、あなたは一番危険なところに行くことになるのよ。あなたを失いたくない。どうしても軍人になるんだったら、ユニバーシティから事務官への道を選んで。お願い」
 僕は、事務官では話にならないと思っていた。
 作戦・指揮系統に配属される保障があるならまだしも、総務や庶務や広報へ行くことになれば、武勲も立てられないし、昇進もたかがしれている。司令官への道は閉ざされたも同然だ。
「いや、そうじゃないんだ。戦争っていうのは、そういうもんじゃない」
「じゃあ、どういうものなのよ」
「いいかい。俺のような平和を望む者こそが、軍人になるべきなんだよ」
 話は平行線だった。
 なにしろ、決定打を口にすることが出来なかったからだ。「俺は出世して、上級指揮官になって、そして、戦争そのものを変えてやる」と。

「とうとう行くのね」と、シャナールは言った。若く張りつめた肌なのに、無理に眉間にしわを寄せようとする仕草が、僕の心に痛く突き刺さる。
「模擬戦闘航海だよ。ただの訓練。戦火を交えるわけじゃない。それもたった一週間だ」
「でも、どこにも属さない宙域にでるんでしょ? 何が起こるかわからないわ」
「何かが起きたとしても、トレーニングの域を出るものじゃないさ。それに、学校のカリキュラムなんだからさ、万全のバックアップ体制があって、当たり前……」
 途中で、唇を塞がれた。シャナールの唇で。
 差し込まれた唇がもごもごと動く。まるで「わたしが言いたいのは、そういうことじゃないの」と、激しく主張しているかのようだ。

「今回の実習のことを言ってるんじゃないの。こうして、あなたは少しずつ戦争に近づいて行くのよ。それが嫌なの。それに、学校の訓練だって、万が一がないわけじゃないでしょ?」
「平和のために、働きたいだけなんだ」
「一人も死なない戦争はないわ」
「だけど、軍隊がなければ、皆殺しになるかも知れない」
「でも、誰かが死ぬわ」
「今はそうかも知れない。けれども、将来は犠牲者なく戦闘を終結するための軍隊に成長するかも知れない。それが僕の理想なんだよ」
「全ての星から軍隊が無くなれば、そうなるかもね」
「軍備は徐々に縮小方向に向かうよ。近い将来」
「それじゃダメなの。一斉に放棄しなきゃ」
「出来るわけがない」
「その通りよ。好戦派だけじゃなくて、あなたのように軍備を少しでも肯定する人がいる限りはダメ。意識の改革が必要なのよ」
「平和のための軍備すら否定するんだね?」
「そうよ。平和のためには軍備なんていらないもの」
「僕一人が、軍人をやめても何も解決しない」
「そうじゃないの。一人一人がやめることが大切なの。それが意識の改革なのよ」
「そういう時代が来ればいいと、僕も思うけれど」
「でも、行くのね。平和のために」
 皮肉がいつまでも頭の中を駆けめぐった。

 僕たちの訓練航海は、安全なはずだった。どこの領土にも属さない宙域ではあったが、戦闘地帯では明らかになかった。
 おまけに訓練船は万が一を考慮して旅客船に模して作られていた。旅客船や貨物船、調査船など軍事目的以外の船は、宇宙国際法でいかなる場合もその安全を確保し、航行を阻害してはならないと定められていた。
 例えば、ワープの失敗で突然旅客船が戦闘宙域に現れた場合は、旅客船が待避するまで戦闘は中止される。
 なのに、僕たちは襲われてしまった。シャナールの言う「万が一」が起こってしまったのだ。

 こちらは訓練艦が3隻、教官用の艦が一隻の合計4隻。一方相手は20隻をこえる海賊の船団だった。我々の星では、「1単位」と称される一番小さな編成に近い。5単位前後で「小隊」を組む。さらに規模が大くなると「中隊」「大隊」「艦隊」となる。
 海賊船の「1単位」ごとき、少なくとも「小隊」単位で行動する軍にとっては一捻りの規模だが、なにしろこちらは4隻からなる旅客船の一行でしかない(実際は軍用船だが)。もしこれが本物の旅客船なら、圧倒して降伏させるには十分な規模だ。

 どこの領土にも属さないいわゆる「公海」の、非戦闘宙域である。なるほど、稀に巡回してくるパトロール船の目を盗んで、隊商を襲うには絶好のエリアだ。旅客船は基本的には時刻表に添った運航なので、ダイヤに存在しない船を見つけて、不定期の貨物船だと思って彼らは近づいて来たに違いない。
 貨物船のはずが、近づいてみたら旅客船だった……からといって、手を引いてくれるわけがない。彼らが逃げれば、我々はそれをトレースして当局に報告する義務があることを、彼らは知っている。すなわち、逃げることは、自滅を意味する。
 だから、軍隊の応援が来るまでに、旅客船なり貨物船なりを殲滅して、収集された記録もろとも消し去り、そして逃げなくてはならないのだ。
 つまり、戦いは避けられない……。

 宇宙海賊達の船は明らかに戦闘フォーメーションを敷き、急接近してくる。第一艦橋の正面から上部天井にまで広がるメインモニターに映し出された海賊船団は、急接近しつつも確実に戦闘フォーメーションに移行しつつあり、僕たちは第1級警報音に包まれながら、なすすべもなくそれを見ていた。
 通信モニターには、黒い画面に黄色い文字が次々下から現れては上昇し、やがてモニターの上端に達した行から消えてゆく。教官船と僕たち教習船の添乗した先生達のやりとり、そして僕たちの住むバナスミル星の当局とのやりとりなど、暗号化された通信が翻訳されては映し出されているのだ。
 事態が深刻なのは、実戦経験のない訓練中の僕たちにだって、十分すぎるほどわかった。
 幸い、僕たちの船は旅客船を装ってはいるが軍用船だ。実践に用いるのと同様の装備を備えている。「1単位」程度の海賊船団ならおそらく互角に戦えるだろう。ただし、僕たちは大きなハンデを背負っていた。なにしろ搭乗しているのは、実戦経験のないハイスクールの1年生なのだから。

 バナスミル星からは、さっそくこの近くに駐留している第6艦隊が駆けつけると、応答が返ってきた。
 果たして、それまで海賊船は攻撃などしないでいてくれるだろうか。だとしたら、僕たちは旅客船を装ったまま、のらりくらりと時間稼ぎをすればいいだろう。しかし、彼らが問答無用で攻撃をしかけてくるのなら、我々だって偽装をといて反撃に出なくてはならない。だが、軍用船としての装備を備えていると奴等が知れば、それこそ全力で攻撃をしてくるに違いない。そうなれば、我々はひとたまりも無い。
 一番いいのは、僕たちがさっさと退避してしまうことなのだが……。

 しかし、どうやって?

 教官船の指示によって、僕たち4隻は、限界まで接近した。これ以上近づけば、お互いの引力によって、衝突を起こすというまさに限界位置だ。これにより、僕たちの船と船の間には、一人乗りの小型戦闘艇すら進入の余地がなくなる。こうしておいて、対防御の方向を少しでも減らそうというわけだ。
 ちょうど敵に囲まれた剣士2人が背中合わせに構え、それぞれ背後から近づく敵をパートナーに任せ、自分は正面からの敵だけに応戦するのと同じ戦法である。

 しかし、多勢に無勢。僕たちはこれといった対応策を見出せないまま、ついに6点8面包囲によって捕らえられてしまった。
 宇宙空間にこういう表現はそぐわないが、自分たちを中心にして、前後左右上下の6点にそれぞれに、敵方が陣取ったのだ。これが6点包囲。さらに、前後左右の4点に、上と下からそれぞれ線を引くと、上側に4面、下側に4面、合計8面の三角形が出来上がる。そのそれぞれの面の中央にも艦を配置する。こうすることで、それぞれの三角形を面とみなし、ひとつの面につき4艦が睨みを効かす事になる。
 合計すれば艦の必要数は14になる。しかし、8面をそれぞれ4艦が担当するので、32艦に取り囲まれているのと同様の包囲網となるのだ。
 戦力に圧倒的な差がある場合、きわめて有利なフォーメーションだ。火力を一気に中央に集中させれば敵艦を殲滅することができるし、逃げ出そうにも隙がない。かといって、じっとしていればどんどん包囲網は小さくなってゆく。ますますピンチになるのだ。

 3隻の練習船のうち、僕は2番艦に搭乗していたが、艦内は警報音がけたたましく鳴り響いているにもかかわらず、シーンと静まり返っていた。どうにも手の出しようのないフォーメーションに包囲されて、同級生たちは意気消沈していた。
 その中で僕1人、これは演習じゃない、実戦なんだ。生きて帰るには勝たなくちゃならないんだ。と、神経が研ぎ澄まされ、血が熱く煮えたぎってくるのを感じていた。



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