四季 four seasons
=1= 宇宙海賊の包囲からの脱出(3)

 

 同一の船団でない場合、相互の意思疎通なしに100宇宙マイル以上の接近は許されていない。これを破った場合は戦闘の意志有りと判断されても文句は言えない。海賊船はもはや今の段階で、我々の4隻に対して、減速や転回をしても100宇宙マイルを維持することは不可能だった。
 教官船が通信を開く。
「こちらは旅客船パイロットの教習中である。これ以上の接近は、戦闘の意思ありと判断し、バナスミルより軍事船の出動を要請することになる。そうなれば貴殿らの船団は宙(そら)の藻屑となろう。すみやかに転回せよ。すみやかに転回せよ」
 このような警告は無意味であることは、僕にはわかっていた。敵船団は6点8面包囲を敷いている。既に戦闘態勢なのだ。警告に今更敵が従うわけがない。あきらかに時間稼ぎだった。

 ディスプレイには刻々と教官どうしのやりとりや、当局からの新しいメッセージが表示される。
『A35宙域パトロール中の第6艦隊が出動。現在訓練宙域へ急行中』
 なすすべもなく通信モニターを見つめていた生徒たちが、一様に安堵の吐息を漏らした。一個艦隊もが駆けつけてくるとは、大げさだが心強い。しかし、間に合うのか?

「間に合うのかよ?」
 クラスメイトのワグナが呟いた。
「僕も、同じことを考えていた……」
 音もなく近づいてくる気配を背後に感じた。ふり返るまもなく、ポンと肩を叩かれる。隣のワグナも同じように肩に手を置かれていた。女性教官のイシュル先生だ。階級は少佐。
 冷たくキツイ表情そのままに授業も厳しいが、僕たちに注ぐ視線はいつも暖かく、軍服に包まれたその身のこなしは機敏だが、ふとしたときに女性特有のしなやかさを感じる。
 今もそのしなやかな動きで、イシュル先生は口元に人差し指を当てた。
「しゃべらないで」の意味だ。

「宙域についての授業はまだ本格化していないわ。多くの生徒は、A35宙域からここまで、どれくらいの距離があるかわからないの。だから、一個艦隊がかけつけてくるっていうだけで、随分船内の空気は落ち着いたわ。パニックは避けたいから、間に合うとか、間に合わないとか、そういう会話を大きな声でするのは避けて頂戴」
 僕とワグナは顔を見合わせて、それから頷いた。

「海賊船団の武器の、射程距離はどれくらいなんだろう?」
 ワグナが、僕とイシュル先生の耳にだけ、ようやく届くだけの声量で言った。
「解析中よ」
 艦橋正面の大パネルに映し出される光点は、海賊船団が包囲を狭めつつあることを示していた。まもなく100宇宙マイルを切るだろう。

 船内がざわついた。なんだろうと周囲を見渡すと、みんなの視線が通信モニターに集まっていた。そこには、「K85宙域より第7艦隊転進、バナスミルより第14艦隊出動」と表示され、それが画面の上部へ向かって流れていく。
「お、すげえ!」
「助かったぞ。これで救われる。間違いない!」
 生徒たちのテンションがあがり、熱気が上昇する。

 バナスミル。それは、僕たちが生まれ、育った星だ。
 バナスミルはバナール星系に所属している。恒星バナールを中心に24の惑星と87の衛星で構成された星系だ。乱暴に言うと、人類の故郷「太陽系」の2倍強の規模で、広さは8倍程度だと授業で習った。
 太陽系が銀河系の中にあるように、バナール星系はさらに大きなシュベスター銀河系に含まれている。
「たった4隻の教習船を守るために、みっつも艦隊が出動するなんて……」と、イシュル先生は唖然とした。
「威嚇だろうな。敵が通信メッセージを傍受していると判断して、こういうことをやってるんだろうよ。さっさと逃げないと、鉄くずの一片も残らないほど、徹底的に攻撃するぞ、と。でも、だとしたら、本当にこちらに向かってるかどうかは疑問だな。敵はたったの20隻程度。本来なら小隊で十分対抗出来る。圧倒的な戦力の差で瞬滅させるにしたって、中隊でいい。3艦隊も出動なんて、ブラフさ」
「僕は、ブラフじゃないと、思うな……」と、僕は呟いた。
「なぜ!?」
「これ見よがしのブラフは、威嚇どころか相手にそれと悟らせてしまうだろう? だったら、それはもうブラフの効果すらない。それに、嘘で『第14艦隊出動』なんて、言うだろうか……」

 第14艦隊。わが軍、最後で最強の艦隊と言われている。選りすぐられた兵士。優秀な指揮官。厳しい訓練。最新鋭の装備。その真の軍事力は、一部の上層部しか知らない。
 ベールに隠されたその姿は、敵への情報漏洩を防ぐためだとも言われているし、あまりにも強大は軍事力のために、全公開すればそれだけで世界が揺れるからだとも言われている。
 他の艦隊と異なりパトロール活動には従事せず、ただひたすら訓練に訓練を重ねている。軍人というよりもまさに戦闘マシン。

 通信モニターに、新しいメッセージが表示された。
「解析完了。敵船団は『アルテミス団』と判明」
「ち、やっかいな」
 イシュル先生が舌打ちをし、「超カリスマのアルテミスが、外れモンを集めて統括した集団」と、ワグナが後を継いだ。
「その通りよ」
 イシュル先生は苦々しい表情をして、吐き捨てるように言った。
 アルテミス団……その存在は社会問題になっている。どの星にも市民として馴染むことが出来ずに、飛び出した連中の集まり。
 今のところ、定まった住処(星)を持たず、ゲリラ的にどこかの星に乗り込み、民間人を犠牲にして略奪を繰り返す。そうして力を蓄え、仲間を増やす。彼らの最終目的は、安住の地の確保である。独立、といってもいい。絶対君主制の独裁国家の設立だ。

 いわゆるハズレ者にはいくつかの種類があり、浮浪者的な者もいれば、哲学的な者もいて、宇宙を流浪するうちに似たもの同志が集まってコミューンを形成する。長い長い放浪に疲れ果てたそういうハズレ者は、本人達が希望すれば宇宙難民として認められ、どこかの星に受け入れられる。
 やがて、またあちこちの星からハズレ者が宇宙へ飛び出し、似たもの同志が集まってコミューンを形成する。そんな繰り返しが宇宙のあちこちで起こっていた。
 もっともアルテミス団を宇宙難民として受け入れるところなどあろうはずがない。また彼らもそんな気はなかった。軍事力を付けて豊かな星を乗っ取るつもりなのだ。

 アルテミス団は力が全ての集団だ。力こそ全てだと思っている荒くれた連中が超カリスマのアルテミスの元に集った。内部規律は「力の関係」だけ。強いものは上へ、弱いものは下へ。弱者に対する思いやりや、平等の精神などが欠落している。このシンプルなスタイルは、社会の複雑なシステムからはみ出した者にはさぞわかりやすかろう。
 彼らの今回の戦闘の目的は明らかではない。おそらく、貨物船を襲うつもりだったのだろうが、もしかしたらどこかの星へ侵略に行く途中だったのかもしれない。それとも示威行為が目的で最初から狙いは僕たちだったということもありえる。ともあれ、確かなのは我々が標的にされたということだ。

 旅客船に対する彼らの常套手段は、包囲して白旗を揚げさせ、船内の物資や女をあさり、見所のありそうな男達をさらって、あるいは奴隷として従属することを了解した者を拉致し、あとは宇宙の果てしない空間に放り出す。軍事船なら、傘下に従えるか、または戦う。国際法を無視した荒っぽいやり方だ。
「本星より海賊討伐のための部隊が出発した。この星域から撤退するなら今のうちだぞ」
 教官船から海賊達への警告が再び発せられたが、アルテミス団はひるまない。
 我々を殲滅させてから逃亡しても十分に間に合うからだ。
「白旗を掲げるのはお前たちだ。無条件降伏をするなら攻撃しない。ただし、無条件降伏イコール私の傘下に入ることだ」
 間髪を入れず、「無法者に対して降伏などしない」と、教官の返答。
 そうこうするうちに、6点8面包囲は、ますます小さくなっていた。
 いま、ブリッジにいるのは、僕とワグナと、イシュル先生、そして、副教官が1名とクラスメイトがあと6名。
 あらかじめオリエンテーションで指示された訓練の手順などもはや何の意味もなく、すべきことを失った僕たちは、ブリッジの中央に浮かんだ球形の透明なディスプレイの周囲に集まっていた。球の中心がこの船だ。会話も途切れてしまった。
「これも、事前に仕組まれた訓練の一貫だったらいいのになあ」
 ワグナが言った。
 全く同感だ。
 だが、ブリッジの計器類が発するあらゆる警報が、これが訓練ではなく、実戦だと告げていた。
 僕たちとアルテミス団との距離は、70宇宙マイルを切った。標準的な性能の「長距離砲」ならもう届く距離である。敵の一斉攻撃が始まれば、僕たちは数分ともたないだろう。


「なにかいい方法はないかしら」
 イシュル先生は、誰にともなく言い、そして、腕を組んで沈黙した。
「いい、方法か」
 無意識だったが、僕の口から反芻の言葉が漏れた。
「マジで考える気か?」と、ワグナ。
「うん」と、僕は返事する。
「こっちがいくら強がったって、しょせん旅客船だと向こうは思ってて、船も物資も無傷で手に入れるつもりなのだろう。だから、今のところ、攻撃をしかけては来ないんだ。従わない民間人など、あとで宇宙に放り出せば済むんだし。けど、奴等の包囲から脱出しようとすれば、こちらが軍事船であることが知られてしまう。となれば、同時に、総攻撃を浴びる」
「つまり、捕まるか、滅ぼされるか、さ」
 ワグナが言った。悟りなのか、諦めなのか、声に力がこもっていない。
「僕たちの船の装備で、『逃げ』と『守備』を同時に行う作戦があれば、助かるよ」
「もうひとつ、『攻撃』が必要だろう? 黙って逃がしてくれるわけなどない。かといって、総攻撃をかけられたら守りきれない。だったら、効果的に攻めるしかない」
「こちらに攻撃能力があるとわかったら、そのとたんに総攻撃をうけるぜ」と、僕。
「だから、捕まるか、滅ぼされるか、さ」
 ワグナは力なく笑った。
「諦めないで。考えて!」
 その場に座り込もうとしたワグナの肩を、イシュル先生が掴む。ものすごい握力だ。ワグナはイシュル先生に吊り上げられ、腰を下ろすことが出来なかった。
「みんなもよ」
 一同を見回す、イシュル先生。授業中の、あの厳しい表情をさらに上回る、恐ろしい顔。鋭い声。
 しかし、目はいつもどおり温かい。その目は、「みんな、助かろうね」と語りかけていた。

 僕は考えた。敵はどんな奴等だ? 敵を知らなければ、戦い方など決めようがない。敵はどんな奴等だ? 繰り返し、自分に問う。
 アルテミス団の装備は、不明だ。力で奪ったいくつかの都市や、あるいは星もあるかもしれないが、それらは戦闘の果てに、である。そこに軍事基地があったとしても、相当のダメージを受けているに違いない。彼らにはそれを復旧するだけの資材や技術はおそらくないだろう。だからこそ、いまだに定住地を定めず、海賊船団として宇宙を泳いでいるのだ。
 だが、だからといって、彼らの装備を侮るわけにはいかない。宇宙空間に浮かぶドックを手に入れているかもしれないし、既に持っている船内に、それなりの工場や研究施設があるかもしれない。いずれにしても、未知数だ。
 わかっているのは、力とカリスマで統一された集団であるということだ。

 カリスマ?

 僕は、あることに気がついた。カリスマ組織には最大の弱点がある。トップが倒れれば、総崩れになる。
 そして、僕の理想とする戦闘、最小の被害で最大の効果をあげる方法のひとつが、素早く敵のトップを取ることだ。トップが不在となれば、士気は下がり、統率は乱れる。つけいるチャンスはいくらでも生まれるだろう。
 どうすれば、トップを取れる?
「敵船団の中に、海賊の頭目はいるのでしょうか?」
 僕の質問に、イシュル先生は即答した。「いるわ。アルテミス団は、大切な行動を取るときは、そこに必ずアルテミスがいる」
「じゃあ、アルテミスのいる船、旗艦は特定できますか?」
「できるわ。それくらいのデータは既にこちらの手の内よ」
「じゃあ、方法があります」
 僕は、断言した。
「お、おいおい。まさか敵の旗艦に、突っ込むってんじゃないだろうな。そんな作戦、成功するわけないぞ。敵旗艦にたどり着く前にやられっちまう。それに、無事辿り着いたって、突っ込んだんじゃこっちの命もなくなる。そんなのは作戦とは言わないぜ」
 ワグナに言われるまでもない。
 僕は、敵旗艦を粉砕し、かつこちらに一人の犠牲者も出さない作戦を、みんなに語った。
「採用」と、イシュル先生が言った。
「教官船に暗号通信で伝えるわ。多分、OKが出るわよ。準備を進めましょう。ワグナ、敵旗艦の座標の計測と打ち込みをはじめて。ピークとライナはアローンゼロのスタンバイね」
 アローンゼロは、一人乗りの小型機だ。戦闘能力は高くないが、機動性に富む。
「僕は?」
「ベッシャーは私と一緒に通信室よ」
「はい」



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