ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

33.

 長野の市街地でランチを楽しんだ真也とミコは、そのまま国道沿いのラブホテルに入った。久しぶりの、何の気兼ねもいらないセックスの始まりだ。
 2人は、チェックインと同時に脱がしあいながら、唇を求め合った。あわやそのまま濃厚なセックスに突入か、という状態だったが、自分の汗臭さが気になったミコは、「お風呂、先に……」と、キスとキスの合間に呟いた。暖房のため、知らず、汗をにじませていたのである。

 そこで真也がバスの用意を始めたのだが、既に裸だ。バスタブの床面にうっすらとたまり始めた湯が気持ち良さそうに思えて、思わず足先を浸してしまった。それがいけない。そのまま、蛇口から流れ落ちる暖かい湯に視線を向けているうちに、湯はどんどんたまってくるし、身体は蒸気に包まれてくるしで、気持ちはどんどん「のんびり入浴」に傾いてくる。最初はバスタブに湯をはるだけのつもりだったのだが、ついつい入浴してしまった。

 思えば、おばあさん家での入浴は、義務というか、仕事の一環のようなものだった。特にミコが来てからは、4人が交代で入らねばならない。最後の客が帰ったら閉店というファジーな営業時間だったから、閉店を待って入浴していたのではいつになるかわからないし、明日のこともあるから、「手の空いたものから順に、さっさと入浴を済ませる」というのがいつのまにか不文律になっていた。
 1日の疲れを癒す、などというのとは縁遠い、まさしく身体の汚れを落とす作業であったのだ。まして恋人同士だからと、真也とミコが一緒に入るなど、無理な相談だったのである。

 それに比べれば、このラブホでの入浴は誰にも気兼ねする必要は無い。思う存分、くつろげる。意識したわけではないが、半分ほどたまった湯に、寝そべりながら浸かった真也は、心の底からくつろいだ。

「ねえ、ちょっと、まさか寝てないよね〜?」
 待ちくたびれたミコが、風呂場を覗く。
「ああ。寝てないよ。ちょっとまどろみそうなだけ」
「もう!」

 身体の一部を隠そうともせず浴室に入ってきたミコは、ホテルの暖房のせいなのか、少しばかり肌が赤味がかっている。照明のせいかもしれない。

 真也が占拠しているバスタブに自分の身体もねじ込んできた。広い浴槽ではない。真也が寝そべって入ったら、それでほぼ余地がなくなる。その真也の上に、同じようにミコが身体を横たえた。ちょうど真也はミコのベッドにされたような按配だ。
「やっぱ、くつろいでたんだ」

 ミコは、真也のモノに手を伸ばした。ちっとも大きくない。さっき、むさぼるように唇を求め合ったときは、真也のモノは自分の身体に食い込むように屹立していた。でも、いまは寝そべっている。
 しかしそれは、ミコに触られて、すぐに反応を始めた。
 その反応に満足したミコは、指でソレを弄びながらも、真也の言葉に耳を傾けた。

「なんか、お風呂でゆっくりするっての、久しぶりなんだよ」
「あの理屈言いの真也が、実社会に出て、それなりにがんばったってことよね」
「なんだよ、それ」
「だって、アソコじゃ職場も生活も一緒だから、お風呂だってゆっくり入れなかったんでしょう? 起床イコール仕事もスタート。屁理屈をこねる前に働けって環境よね」
 真也は返事をしなかった。さっき、自分がしみじみ考えていたこと、それと同じことにミコが気付いてくれていたのが嬉しかった。

 返事をしないかわりに、ミコの手技に導かれて、真也ご自慢の巨根は本領を発揮し始めた。
「ん、きたきた……」
 ミコは嬉しそうにつぶやいた。その表情は淫靡に彩られていたが、2人とも仰向けになった状態では、真也はミコのその表情を拝むことはできない。
「真也の、大好き……。こんなに、大きくなって……。はやく、ちょうだい……」
 ベッドルームに戻ると、テレビにはアダルトビデオが流れていた。ミコは真也を待ちながら、エッチな画面を楽しんでいたらしい。
 そうか、ミコの身体が紅潮してるように思えたのは、こんなのを観てたからだったのか。
 ベッドに向かうミコを後ろから抱きしめた真也は、立ったままミコの中に自分自身を打ちつけた。

「あ、そ、いきなり……、ん……」

 潤いつつあったミコの蜜壷だが、まだ十分に開ききってはいない。無理矢理ねじ込まれて、メリメリと押し開かれる感覚が、またえもいわれぬ快感を誘発した。前のめりになりそうな身体を真也が後ろから支える。しかし、その手の先端はミコの乳房に、指先は乳首にあった。
 急速に身体の力が抜けていくミコ。しかし、真也に抱きかかえられて、身体を横たえることもできない。脱力感と空中浮遊の奇妙なバランスの中で、身体の芯から同心円状に深い快感が全身に広がってゆく。

「もう、ダメ……」
 ろくに腰も振っていないのに、イク寸前まで昇りつめるミコ。

 ミコと真也は毎晩交わっていたとはいえ、やはりどこか遠慮があったのだろう。何もかも忘れて没頭することができてはいなかった。その最後の、薄いが強力な壁を叩き壊した今、あとは本能の赴くまま快楽をむさぼり続けることになるだろう。
 前戯もろくになく、いきなり挿入したのに、あっというまにイキそうになる。これまでも何度かは経験がある。こういうとき、ミコは、連続でイキ続ける。精神崩壊にも似た状態になり、自我が保てなくなって、ただひたすら快感の虜になってしまう。

 ある意味、それは醜態だ。
 でも、相手は真也。もう、どうでもいいや、と思った。

 真也がさっそく中で出したのにも気がついたが、一度や二度の射精でどうなる真也でもない。任せておいたら、さらに激しく腰を振っている。
 ああ、もう好きにして……。

 ミコに長野駅まで送ってもらった真也は、そのまま東京へ向かうミコと別れて、スキー場へのバスに乗った。なつかしいバスだ。川上荘で住み込みのバイトをするために、このバスに乗ったのは、どれくらいぶりだろう。1年も2年も前の話ではないのに、懐かしく思えた。もし、川上荘で予定通りバイトを始めていたとしたら、何らかの用事で再びこのバスに乗っても懐かしさなど感じなかっただろう。それほど、この数週間、いろんなことがありすぎた。

 シーズン真っ只中のスキー場に向かうと言うのに、バスは空いている。正月休みが終わったせいもあるだろうし、終バスということもあるだろう。このバスでは、宿の一般的な夕食の時間に間に合わない。そもそも、こんな鄙びた路線バスでスキーリゾートにやってくる客がどの程度いるだろうか。
 特急に接続して、スキー場へ直行するバスもあるが、そっちは午後4時台に運行を終えている。

 真也が戻ると、夕食の食卓は整っており、真理子と祥子がいた。
 祥子が顔を出すのは久しぶりだ。川上荘も年末年始の喧騒を脱したに違いなかった。

「やあ、久しぶり」
「ほんと、ね」
 祥子の顔には、疲れは全くなかった。これが不思議だった。出会ったあの日、そのままの溌剌とした感じがする。一方で、1日休んだとはいえ、真理子はなんとなく気だるそうにしてるし、真也だって疲れが完全に癒されたわけじゃない。
「あれ? おばあさんは?」
「早々に寝たわ。張り詰めてた糸がプツンとキレたみたいって」と、真理子。
「ふう〜ん、やっぱり年齢が年齢だからなあ」

 真也は心配になった。まもなく正月明け最初の週末がやってくる。そのあと、波状攻撃のように連休もある。平日のスキー場は週末ほどではないかもしれないが、学校団体がやってくる。正月明けが極端に暇になるのは、正月にいっせいに大勢の人が休暇になる反動であって、そのあとはシーズン終了までダラダラと忙しさが続くのだ。

「大丈夫よ」と、祥子は言った。「おばあさんは、客商売のベテランだもの」
「ベテランでも、疲れるときは疲れるだろう?」
「まさか。ベテランは、お客のいないときにグッタリとして、客が来たらシャンとするのよ」
「じゃあ、キミはベテランじゃないってことか」
「どうして?」
「川上荘だって、客足は遠のいてるんだろう? なのに、イキイキしてるじゃないか」
「……だって。ば〜か……」

 一瞬、真也は祥子が何を言ってるのかわからなかった。
 だけど、すぐに気がついた。ミコが帰ったからだ。
 しかも、接客に忙殺される三賀日も無事にやり過ごした。
 つまり祥子は、真也とセックスするために遊びに来ているのだ。

 真也がそれと悟ったのを、祥子も気がついたらしい。
「あまり夜遅くまではいられないから、軽く、ね」
 真理子がそばにいるので、あからさまなことは口に出せない。「軽く」と言いながら、ご飯を茶碗によそう。
「都会から来たバイト君の世話もあるんだろう?」
 それは、おしゃべりやお酒の相手とか、横暴な客や厳しい川上荘の主に対する愚痴に付き合うとか、そういう意味のつもりだった。祥子は、雇用者側の人間だが、バイト君たちにとっては年下の妹のような存在で、彼らにとっては仕事を終えて祥子とおしゃべりすることが、絶好の息抜きになっている。真也もそのことは心得ているつもりだった。
 しかし祥子は、一瞬、表情をくもらせて、かすかに俯きながら、「今日は、それは、いいの」と返事した。

 表情はすぐに元に戻ったが、真也は気がついてしまった。
(彼女は、今年も、バイト学生たちの夜の相手をさせられている!)
 そうならないために、真也は祥子の恋人、ということになっていたのではなかったか?

 確かに、川上荘にろくに訪ねてもいかなかったのは、まずかったかもしれない。忙しい時期ではあったが、その合間を縫って、ちょっと顔だけでも見よう、一言二言、言葉を交わすだけでもいいから、時間をとろう。そうするのが、恋人役の仕事ではなかったか。
「さ、食べて、食べて。真理子ちゃんも、疲れてるみたいだったし、今日はあたしが腕を振るったのよ」
 無理に明るく装っているようで、祥子のその笑顔が痛々しかった。

「な〜んか、何もかも、気付かれちゃったね」と、祥子は布団の中で呟いた。
 真也と祥子は、裸で抱き合っている。
「ごめんな。久しぶりだねって、むしゃぶりついちゃえば良かったのに」
「いいの。こんな女だって知ってても、抱いてくれるんだから、それで十分」
「それは、俺も一緒、だよ」
 祥子が「え? 何が一緒なの?」と聞き返す暇も無い。わずかに腰を浮かした真也は、次の瞬間、もう祥子の中に押し入っていた。

「うそ……、こん、な、いき、なり……」

 圧倒的な異物感に嫌悪にも似た拒絶反応が湧き上がる。祥子は慌てて真也から逃れようとした。だが、多少腰を引いたくらいでは、真也のモノは抜けなかった。こなした人数もかわした回数もベテランの域に属する祥子ですら、気分が悪くなるほど深く突き刺さっているのである。そう簡単に抜けるはずが無い。

 それどころか、腰を引くことでできた空間は、真也が再度鉄棒を打ち込むための絶好の餌食となった。
「あ、ひぃ……」
 子宮を強く突き上げられて、吐き気さえこみ上げてくる。

 だが、祥子にとって、それはとてつもなく愛おしく、救いに満ちた責めだった。
 毎晩、よってたかって、粗末な性器に蹂躙された数日間。それを打ち消すには十分だった。
 身体の内側を、全てを破壊しながら打ち付けてくる真也のモノは、やがてを祥子を包み始めた。

 真也はひとしきり祥子の中を堪能したあと、腰の前後動をやめた。そして、つながったまま上半身を起こし、右手で祥子の乳房をつかみ、左手は中指の指先で愛豆への刺激を始めた。
 官能から恍惚へ。深い世界への扉が開きかけたことを、祥子の表情から真也は知る。祥子の穴が律動し、粘り気のあるジュースが染み出してくる。ねっとりと真也に絡みついた祥子の肉壁が、フェラチオの最高技にも等しい官能を真也に与えていた。腰など振るまでもない。性器の相性も影響するとはいえ、祥子の名器と、真也の逞しい男根は、ただ繋がっただけで2人を未知の世界に旅立たせてくれる。

 ミコとのセックスだって、相性はいい。けれどそれは、お互いの身体が馴染んだ結果生まれた相性だろう。
 祥子はそうではない。最初から、とびっきりのセックスだった。
 締まるし、絡みつく。極上のヴァギナである。
 真也のように、太くて固くて長く、長時間にわたって射精をコントロールでき、しかも射精後もすぐに回復する極上のペニスが本来の威力を発揮するためには、それにふさわしい相手が必要なのだった。

 とはいえ、真也も祥子も相手を選ばない。
 自分のモノが相手に合わせるからだ。
 これでは、大勢の女が真也に夢中になり、大勢の男が祥子に夢中になるのも、無理は無い。
(俺のモノやセックスが人並みだったとしても、ミコは俺を恋人として付き合い続けていただろうか?)
 そんな疑問がふと真也の脳裏を掠めたが、今は祥子との最中である。
 あらゆる雑念をうち捨てて、真也は行為に没頭した。

 一通りの行為を終えて、そのまま2人並んで休憩をする。その間に、どちらからともなく、相手にちょっかいを出す。そして、知らず知らずのうちに、再び行為が始まる。週末などに愛し合うカップルが泊まりで愛し合い、その結果、ほぼ一晩中なんらかのことをしていた、なんて場合はこういうパターンが多いだろう。
 しかし、真也も祥子も、明日、仕事のある身である。いつまでもそんなことを繰り返してはいられない。
 だから2人のそれは、ラブホテルという愛の巣を時間で借りたようなセックスと大差なかった。中身は濃かったかもしれないが、濃ければ濃いほど、回数を重ねれば重ねるほど、終焉の時はあっけなくやってくる。余韻を楽しむ間はない。布団から出た祥子はそそくさと衣類を身に付けた。

 真也も起き上がって身繕いをしようとしたが、祥子はそれを制した。
「ここでいいわよ」と、祥子は言った。「服、着るの、面倒くさいでしょ? そのまま布団に中にいればいいって」
「でも……」
「もう真理子ちゃんも寝てるわよ。2人して階段を上り下りしたら、目を覚まさせちゃうかもしれないし」
「じゃあ、見送らないから」
「うん。とっても良かった。ありがとね」

 ここのところ真也は、ミコとセックスしたあと、そのまま裸で眠ることが多い。もちろん隣にはミコが、やはり裸で寝ているわけだが、今日は祥子が去ってたったひとりだ。けれども、もう裸で寝るのが当たり前になってしまった。あらためて寝床から起き上がって服を着るのが面倒くさかったというのもある。
 真也はそっと目を閉じた。下半身にはまだ余韻が残っている。

 ミコと祥子。今日は立て続けに2人の女性と交わった。十分に馴染んで、身体の隅々まで知り尽くしたミコと、絶品のヴァギナを持つ天性の淫乱祥子。
 このふたりをもってしても、真也はまだ満足感を得るところまでは達していなかった。せっかくの休日だというのに、ミコ、祥子ともに、ゆっくりしていられない事情があったからだ。真也お得意の、朝までだって平気なタフさを存分に生かした執拗なセックスには程遠いといえた。
 ペニスもまだ完全に収まりきっていない。カチカチに張り詰めてこそいなかったが、大人しくなってもいない。

 真也は自分の典型的なセックスを脳裏に思い浮かべた。
 絶頂の至福に包まれ、ギリギリまで迫った射精を我慢しながら、さらに激しく性器の摩擦を増大させる。何度もイッてしまった女の子が、これ以上は無理、死んじゃう、もうわけわかんないと叫び、よがり狂う様子を見ながら、さらに深い官能に叩き落す。そうなるともう、女の子は何も考えられなくなる。きっと脳細胞が、快感の追求以外のことに対しては全く働かなくなるのだろう。人としての殻を崩壊させ、セックスマシーンと化す。その中に何度も何度も男のエキスを注ぎ込む。女はイキまくる……。
 今日はまだそこまでには達していない。物足らなさが残っているのだ。

(あんな、とりあえずやりました、程度のことで、彼女は本当に満足したのだろうか?)
 そんなことを考えていると、人の気配がした。
 真也は祥子が戻ってきたのだと思った。きっと彼女も物足らなかったのだろう。
 嬉しくなって、目を開く。
 だが、そこにいたのは、祥子ではなく、パジャマ姿の真理子だった。

「え? あれ?」
 起き上がりかけた真也は、全裸であることを思い出し、慌てて布団に引っ込んだ。
「どうしたの?」
「わたしも、したい……」
 ボソリと声を発し、真理子は真也の布団に潜り込んできた。

「したいって、……いったい、どうしたの?」
「だって、毎晩、聞こえるんですもの。それに、やっとミコさんが帰ったと思ったら、今度は祥子さん……。わたしだって、わたしだって……」

 真理子に魅力がないわけではない。しかしそれば、純粋に1人の少女として、1人の人間として、だ。もちろん、容姿も含めてである。とても魅力的な女の子だ。ただ、性の対象として捕らえたことはなかった。
 単純に仕事仲間、いや、それ以前に、同じ位置にいる人間として認識していなかった。……というより、さすがに真理子まで性の対象にしたら、そりゃあまずいだろうという自制が働いたというべきか。祥子のように「どうせあたし、こんな子だし、やっちゃっていいよ。あたしもやりたいし」的な雰囲気ぷんぷんのキャラクターだったら、遠慮なく「いただきます」だったに違いないが、アルバイトだってロクに経験の無い世間知らずなのだ。

「恋人が帰ったとたんに、別の女性としちゃうような、こんな男、相手にしたら、ダメだよ」
 足りない情事のために爆発しそうなアソコを持て余しながらも、真也は理性で語った。

 これがもし、真理子が慣れた女の子で、さっそくいちゃついてでもこようものなら、ブレーキはかからなかっただろう。でも彼女は、そんな風に身体を使って真也を求めては来なかった。言葉で求めてきたのである。「わたしだって、したい」と。これが真也の性欲を押し留めたのである。

 ミコとも祥子とも関係を持ってる。だったら、わたしだって。──そんなことをいちいち言葉にするのは、無理矢理自分を納得させている証拠だと真也は思う。連日連夜のセックスにアテられたのは確かだろうが、身体の奥底から湧き出てくる性欲をセーブしきれなくなった、などというのとは違う。

「経験ないんだろ? だったら、もっと大切にしなくちゃ。月並みなことしか言えなくて、歯がゆいけど」
 真也は本当に歯がゆかった。肝心な、1番大切なメッセージを、どう言葉にしていいかわからない。
 月並みなその言葉は「始めてだったら、大切。じゃあ、2度目からは大切じゃないのか? 一度やったら、なんでもありなのか?」とも受け取れる。本質はそういうことじゃない。2度目も3度目も大切なのだ。
 補足の台詞を付け加えようとして、真也は思いとどまった。

「じゃあ、10回とか100回とか1000回とか、回数を重ねれば重ねるほど、大切じゃなくなってくるの?」
 真理子のそんな言葉が耳に届いたような気がした。いや、言葉の主は真理子ではない。ミコだったかもしれないし、祥子だったかもしれない。

 回数を重ねれば重ねるほど、ひとつの行為の重みは薄れてゆく。それは確かだけれど、だからといって、大切でないセックスなど存在しない。
 そのことが、うまく説明できそうに無いのだ。

 説明できるわけがない。ややもすれば詭弁になる。あるいは、理屈に理屈を重ねることになる。それでは、「気持ちよくなりたいからセックスする」という動機が成り立たなくなってしまう。
 それは言葉で説明するようなものではなく、身体で、心で、感じるものなのだ。

 そのためには、成長が必要である。身も蓋もない言い方をすれば、「セックスはガキの遊びじゃねーんだよ」とでもいうことになろうか。しかし、身体と心で感じられるように成長をするためには、それなりの回数が必要だろう。最初から意義のわかっていることなんて、この世の中にほとんどない。それなりの回数をこなすためには、最初の関門をまず通らなくてはいけない。処女喪失という関門だ。

 だったら俺は全く矛盾したことを主張しようとしているのか?
 真也はわからなくなった。

「わたしには、何も無いってこと、最初に言いましたよね。で、お酒ぐらい飲めてもいいんじゃないのって、飲み始めて……」
「そうだったね」
「だけど、そんな形だけのことじゃだめだって、気がついたんです。ここでお仕事をさせてもらって」
「だから、エッチもしたい?」
 コクン、と小さく、だがはっきりと真理子は頷いた。
「それだって、形だけ経験したって、意味はないと思うけれど」
「エッチには、相手が必要です。形だけじゃありません」
 きっぱりと言い切って、真理子はぎゅうと真也を抱きしめた。つまらない処女の捨て方はよせ、そう説得しようとしていたはずの真也なのに、いつしか臨戦態勢になりつつあった自分のモノが、真理子のお腹に食い込んでゆく。

「後悔、しない?」
 真也は問うた。
 もし、「後悔なんて、しません」だなんて強がりを言うようだったら、冷たい態度をとってでも追い返すつもりだった。
 だが、彼女の答えは違った。
「そんなの、今はわかりません。でも、多分、後悔のひとつやふたつ、するでしょうね」
「わかった」
 真也は意を決した。というよりもむしろ、この女をやってしまいたい、そんな感情に捕らわれたといったほうが正確だろう。
 抱きつく彼女をゆっくりと引き剥がし、そして、そっと布団の上に、仰向けに横たわらせた。

 まずは、優しくキスから。それも、いきなり唇ではなく、おでこに。
 頬や耳や瞼や顎にも。

 真理子の表情からキツイものが消え去ってゆく。柔らかさと暖かさに満たされた表情に変わってゆく。かすかに眉間に皺がよる。ギュっと閉じていた唇から力が抜けて、ふうわりと口元が開く。感じ始めているのではない。優しさしか表現していないキスで、真理子が官能に誘われるわけは無い。真理子に訪れた変化、それは安堵であった。
 真也は真理子が得たこの安堵そのままに、じわじわと官能を呼び覚ましてあげようと思った。

「セックスってこんなにステキなのね。始めてがあなたで良かった」
 なんとしてもそう感じさせてやろうと思った。

 それは手馴れた男女がより深い官能を求め合い激しくむさぼりあうセックスよりも困難かも知れないが、それでも真也はそうしてあげたいと思った。

 

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