ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

23.

 ペニスの付け根に何かがグググウウっと込み上げてくるのを真也は実感した。モノ自体も熱く硬く膨張しきっている。はっきりとした質量が今にもマグマとなって噴出しそうだ。
 なのに、祥子の肉襞に包み込まれたそれが、どんどんトロケていくのを真也は感じていた。まるで幻想世界の中を漂う架空の生き物のようだ。

「あ〜、ひ〜、イク、イク、いっちゃうう〜〜」
 祥子の喘ぎに呼応して、真也はガツンガツンと先端部分を子宮口に激突させる。
「うわ〜。うわ〜!! ひい〜、イク、もうイク、おかしくなっちゃうよお〜〜」

 祥子のヴァギナの小さく柔らかい無数の突起が、触手となって伸び、枝分かれし、真也の神経細胞をひとつ残らず最大限に刺激した。

 むろん、触手だの枝分かれだのは真也のイメージだが、祥子のソコに変化が起こったのは事実である。相当な名器だ。
 真也は思った。自分が経験した女達は、個性は様々だがみんなそれなりに名器だったと。考えればミコが一番平凡だ。もっとも、ミコとは相当身体が馴染んでいるので、そんなことはまるで気にならない。
 最後の瞬間、真也はこれまでに経験した挿入の全ての快感を、同時に思い出していた。
 思いださざるを得なかった。
 経験した全ての快感を併せ持った祥子に、そうさせられてしまったのだ。

「う!」
 こらえきれずに真也がうめく。
「お願い〜。きて、きて、きてえ〜〜」
 1回、2回、3回。
 真也のペニスは自らその中身を搾り出すようにして精液の塊を発射し、祥子の中に打ち付けた。
 4回、5回、6回。
「ああ、イクイクイクイク〜〜〜〜」
 祥子の腰が跳ねた。
 さらに強烈な変化が祥子の穴の中で巻き起こる。真也のモノはただただ翻弄されるばかりだ。
 7回、8回……。
 打ち止めにさせてもらえない。
 はあ、はあ、はあ。
 大きく息を吐きながら、真也は全身の力を抜いた。にもかかわらず、さらに数回、真也は射精させられた。

「へへ、これ」
 祥子が取り出したのは、2本の缶ビールだった。部屋の外、廊下に置いてあったのだ。
「どうして、廊下なんかに……」
「だって、部屋の中は暖房がきいてると思ったんだもの」
「ところが、実は部屋の中も十分寒かったっと」
「そうよ。ストーブ、つけてくれてないんだから」
「もう寝るところだったんだよ」
「で、あたしと寝ちゃった、と」

 これまでとは会話のリズムが違うなと真也は思った。身体を交えたせいだろうか。それも悪くはないと思った。
 ふたりともまだ身繕いはせず、全裸のままである。旧式のストーブはカッカと暖かく、セックスの余韻も十分残っていて、服を纏わなくても寒さを感じなかった。それどころか、火照った身体に冷たいビールが美味い。

「良かった。あたしを抱いてくれて」と、祥子はしみじみと言った。
「あんな風にせまられたらね」
「へへ」
 祥子は照れ笑いをする。

「小野さんは、彼女、いるの?」
 真也は少し迷ってから、「いる」と答えた。迷った理由は、彼女がいるくせにあたしを抱くなんて、と思われるかもしれないと危惧したからだ。
「やっぱり……」と、祥子は呟いた。
「何がやっぱりなんだよ」
 正直に答えていいものかどうか、たとえ一瞬でも悩んだ真也にとって、祥子のその答え方は不満だった。
 やっぱり彼女いるんだ、と思うくらいなら、最初からアプローチなどかけてこなければいい。
 しかし、誘惑に負けたとはいえ、手を出してしまったあとでそんなことを祥子に言っても通じないだろう。

「だって、小野さんのセックス、とてもよかったもの」
「なんだよ、セックスのことかよ」
「そうよ。あんな風に抱かれたら、ちょっと離れられなくなるよね」
「セックスが良くたって、好きになれないヤツは好きになれないだろ? 心が惹かれなければ抱かれたいなんて思わないだろ?」
「そういう経験、あるの?」
「いや、一般論だけどさ」
「じゃあ、少なくとも、あたしのことは嫌いじゃないのね」
「そういう会話の運び方は、フェアじゃないと思う」
「ごめんなさい」
 祥子は素直に謝った。

「迷惑だった?」
「そんなことは、ないけど……」
「けど、何?」
「一夜の戯れ、だったらそれはそれでいいけどね。キミは僕に彼女がいることを知ってしまったし、僕達はこれから、冬の間だけとはいえ、近所に住んで普段から顔を合わすわけだから……」
「あたしを抱いたこと、後悔してる?」
「後悔はしてない。そんなのだったら、最初から抱かない」
「じゃあ、小野さんのその、歯切れの悪い言い方はどういうことなの? 何がひっかかってるの?」
「まあ、色々と……」
 真也は言葉を濁した。本音を言えば、「一時の遊びで済まされないだろう?」であった。セックスをしたという事実をひきずりながら、今後どうやって祥子とのスタンスを保てばいいのか、わからなかった。

「あ〜あ、せっかく気持ちいいセックスをしたのになあ」
「こんな男でガッカリした?」
「ううん。そんなことないよ。少なくとも、うちに来てるバイト生より、まし」
「そっか、冬の間ずっと住み込だもんな、彼らは。キミはかわいいし、狙われるってわけだ。うまく落とせば捌け口になるし、春になればバイトも終わりだから、それだけの関係で終わらそうと思えば終わらすことも出来るし。でも、女の子のバイトだっているだろう? なにもオーナーの孫娘に目をつけなくてもいいのに」
「うん。実は、ちょっとあってね……」
 祥子は悲しそうにうつむいた。

 それは、2年前のスキーシーズンのことである。祥子は当時、高校1年生。
 それまでは義務教育ということもあって、両親も祖父も祥子に家業を手伝わせることはなかった。祥子の方から、遊び半分に手伝う、ということはあったにせよ。
 バイト生たちからも、どちらかというと「子供」という目で見られて、可愛がられていた。
 彼ら彼女らは、祥子にとってお兄さん、お姉さんであったし、おしゃべりをしたりゲームをしたりすることはあっても、最終的には「さ、そろそろ仕事だから、ごめんね、また今度」と、バイト生達の方からけじめをつけていた。

 高校生になってそれが一転。オーナー族の一員として、彼らに指示する立場になったのである。

 バイトに来た連中のうち何人かは、次の年もやってくる。一度きりで「もう二度とごめん」という顔でシーズンの終了とともに去る者もいれば、大学1年生でやってきて卒業まで毎年来る者もいる。
 宿泊業は早朝から夜遅くまで仕事が続くのでキツイけれども、要領よくやれば多少の昼寝も出来るし、休日にはリフトのシーズン券を宿から借りて、ただでスキーが出来るのだ。要はそういう生活が肌に合うか、合わないか、である。

 その年も、バイトにやってきたメンバーの中には、祥子と既に顔なじみになっているものがいた。
 これまで半ば子守的に祥子を扱い、「子供」という目で見ていたバイト生達は、祥子から仕事の指示が出ることに最初は違和感を感じ、抵抗を覚えたけれど、それは数日で解消した。なにしろ生まれたときからここで暮らし、ずっと家業を見て、手伝ってきているのだから、本格的にやらせれば仕事は要領よくそつがない。誰しも祥子を認めざるを得なかった。
 おまけに、祥子の両親や祖父に比べて、バイト生達に年齢が近い。
 祥子の両親からは言いにくいことでも、祥子なら平気で言う。バイト生達も、仕事上の雇用主に叱られるよりも、生意気な女の子にあれこれ言われる方が抵抗がなく、良い結果が出た。
 それを両親も祖父も評価してしまった。年上の人間でも部下としてきちんと使うことが出来る、と。

 その事件が単なる悪ふざけが発端だったのか、それとも、年上に向かって生意気な口をきくと反感を買ったからなのか、今でも祥子は判断がつかないと言う。
「中学を卒業して、家業の切り盛りも出来るようになって、祥子チャンも立派になったよねえ」
 その台詞は嫌味でも何でもなく、好意的に聞こえたと祥子は告白する。
「大人になった、ということかな。でも、こっちの方はどうかな?」
 そう言った大学4年のバイト生が、祥子の肩をつかんで、押した。
「半分、冗談だったと思うの。そんなに強い力でつかまれたわけでもないし、きっとその人は、そういう冗談をきっかけにもっと場を盛り上げようとしてたんだと思う」
 少しお酒も入っていた。祥子はそのまま押し倒されてしまった。あっけなく仰向けになった祥子に重なった男子大学生は、そのまま祥子にキスをした。

「このとき、空気が変わったの。はっきりわかったわ」
 ちょっとー、やめなさいよー、などという女子の声も聞こえたが、やれやれーと囃し立てる奴もいた。
 そうこうするうちに、祥子は裸にされ、次々と犯される結果になったのである。
「女の子のバイト生もいただろう?」
「だって、だって、その子達も、他の男の子としてたもの」
 乱交状態になったのである。

 もちろん両親に相談などできるわけもない。
 仕事が終わったあとは、たいてい男子バイト生の大部屋に皆が集まっていて、雑談をしたりテレビを観たりお酒を飲んだりしてくつろいで過ごしている。翌日もまた、祥子はその場に誘われた。
 まさか同じことが起こるはずはないよねと思いながらも、「実は、ちょっと期待してたの。ひどいことされたとは思ったけれど、そんなに悪くなかったの。処女のくせに、いきなり大勢によってたかって犯されて、ちょっと……感じて、……たの」と、祥子は真也に語った。

 エスカレートすれば、やがて自然に鎮火する。5日間ほど続いた乱痴気騒ぎも、その後は「毎日」ではなくなった。
 けれど、時々、同様のことが起こった。

 特定の男の子に誘われるようになってからは、他のメンバーにわからないように、こっそりと祥子は身体を許していた。しかし、そういうのはなんとなく全体に伝わるもので、それからは乱交は一切なくなった。
 でも、最初に祥子に手を掛けた大学生からは、さらにこっそりと誘われた。断りきれなかった。どうしてきっぱりとした態度をとらなかったのか、自分でもわからないと祥子は言う。

 シーズンが終わると、まるで恋人同士のように思えた特定の彼とも徐々に疎遠になり、やがて連絡が途絶えた。
 そして翌シーズン。彼がまたバイトに来ることがわかって、祥子はときめいた。その間、恋人を作らなかった。祥子に最初に手を出した当時4年生の男子もバイトにやってきた。就職にしくじったとのことだった。
 祥子を中心とした乱交が復活するのには、この二人がいれば十分だった。

「で、今年はどうなんだよ」
「あたしが微妙に避けてるから、まだ何も起こってないよ。多分、これからも、起こらない」
「そうか、安心したよ」
「今から思うと、隙があったんだと思うわ。あたし自身も、ちょっと期待してた……んだろうね」
「バカだなあ」
「うん、バカだった」

 でも、今でもあたしはバカだ、と祥子は付け加えた。クラブの試合などがきっかけで知り合った同年代の男の子と、相変わらずさしたる恋愛感情もなく寝てしまう。
「あたし、きっと淫乱なんだと思う。今はエッチな関係のある男の子がいるから、きっとバイト生達とは距離をおくことが出来るのね」

「もっと、自分を大切にしなくちゃ、ダメだよ」  真也は祥子に説教くさいセリフを吐いた。
 真也だって自分の女性遍歴を考えたら、偉そうなことを言える立場ではない。ジャンキーの売春婦とセックス三昧の日々を送ったこともあるし、ミコの友達(彼氏がいる)に誘われるままに手を出したこともある。
 でも、祥子が色々な男と次々寝るのとは、根本的に違うような気がした。祥子の場合は、避けようとすれば、避けられたはずだ。逃げるとか、大声を出すとかいう意味ではなく、常に「セックスしない」という選択肢が用意されていたように真也は思うのだ。
 比して、自分の場合、いつだって「そうするしかない」というせっぱつまった想いが伴っている。
 勝手な理屈かもしれないが、真也はそう思う。

 とはいえ、真也の口から出たのは、「もっと自分を大切にしなくちゃ」というありきたりの台詞で、言ってから最悪だなと自分でも思った。既に寝てしまった女に言える言葉じゃない。
 しかし、「そうよね、大切にしなくちゃね」と、祥子は意外にも真也に同調した。

 廊下にはまだ缶ビールのストックが残っていた。それぞれ3本も飲んだだろうか。その間に、二人の間でひとつの話がまとまった。
 それは、どんな状況になっても安易にバイト生と寝たりしない、そのための口実として、祥子は「あたしには恋人がいるので、裏切るようなことは出来ない」と真也を引き合いに出すことであった。
「俺にはちゃんと彼女がいる」
 真也も最初は抗弁したが、「冬の間だけ、小野さんがここにいる間だけ。お願い」と説得されてしまった。

「あたし、自分のこと大切にするから」と言われて、真也も頷かざるを得なかったのだ。
「じゃあ、あたしのことは祥子って呼んで。あたしも小野さんのこと、ファーストネームで呼ぶから」
 真也の横で裸のまま寝息を立てている祥子を見ながら、「俺はまんまとのせられたんじゃないか」と思った。

 祥子がいつ布団から出て行ったのだろうか。いつの間にかいなくなっていた。
 時計を見ると午前8時。階下に向かうと、既におばあさんは朝食の準備も、自分の食事も終えており、真也の分だけがテーブルに残されていた。

「おはようございます」
「昨日は遅くまで話し込んでたようじゃのお。今日は休日にしようと思うてな。ゆっくり寝てればええ。店の再開の目途もたってきたしのお」
「はあ、でもまあ、雨戸を開けて、空気を入れ替えて、掃除くらいします」
 おばあさんの歳の離れた親友に手を出したという罪悪感が真也にはあった。
「まあ好きにすればええ。わしはちょっと、上田まで買い物に出かけるが」
「留守番してますよ」
「何か必要なものはあるかい?」

 なにしろ真也には現金の持ち合わせがない。ここに来てから何も買ってはいなかった。けれど、当分住み込みで働く用意は持ってきていたので、当座必要なものは思いつかなかった。
 おばあさんの心配りに礼を言い、しかし、特に必要なものはないことを告げた。
「そのかわり、お願いがあるんですけど」
「なんだい?」
「週末に、つまり、明日なんですけど、東京からガールフレンドが僕のパソコンを運んできてくれるんです。それで……」
「泊めてやって欲しいってか」
「はい……」
「あんたと一緒の部屋でよければ構わんよ。食事なんぞ、2人分も3人分も一緒だしな」
「食事くらい、彼女に作らせますよ」
「まあまあ、そのへんは、女同士で決めるさ」
「よろしくお願いします」

 会話をしながら、真也は朝食をさっさと食べ終え、食器をシンクに運んだ。そこには、おばあさんの食器もそのまま置いてあった。
「洗い物、頼んでいいかのお?」
「はい」
「じゃあ、わしはさっそく出かけるから。そうそう、キャンディの散歩は祥子ちゃんに頼んであるから、心配せんでええ」
「わかりました」
 真也は祥子と二人で朝の散歩が出来るんじゃないかとひそかに期待した。昨夜、説教なんかしたにもかかわらず、やはり寝ると情がうつるのである。しかも、一人の女性として祥子はとても魅力的だ。たとえかりそめと言えど、その祥子と恋人を演じるのだから、悪い気はしない。
「ところで、パソコンってなんだえ?」

 キャンディの散歩に同行することは、祥子から断られてしまった。
 ひとつには、相当のスピードで走るので、真也にはきっとついてこれないであろうこと。また、トレーニングを兼ねているので、真也のペースに合わせることも、したくないのだそうだ。
 そしてもうひとつには、「あら、おばあさんがいないのに、真也まで席を外したらまずいでしょ?」と諭されたこともある。
「いや、今日は一応休日で」などと説明する暇もない。
「今日も、たくさん掃除するんでしょ?」と祥子に言われて、「まあね」と答えてしまった。

 キャンディと祥子の後姿を見送りながら、雨戸を空け、店に思いっきり朝日を呼び込んだ。空気がキリリと冷たい。
 ざっと店内を見渡した。相変わらず古ぼけてはいるが、清掃は行き届いている。何年も休業していたとはとても思えないくらい綺麗になっている。
「さて、今日はどこに手をつけようか」
 ひとりごとを呟きながら、真也はウロウロと店内を徘徊した。
 真也がイメージしたのは、掃除のことではなく、オープン後のことだった。どこにどんな商品を並べ、どんなディスプレイをし、そして、どんなPOPを作ろうか。何をいくらで売ろうか。食べ物も、物販も、何かお得なセットものを用意できるんじゃないだろうか。
 スキーシーズンは目の前だ。

 

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