ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

24.

「今日は、休みにしたらええ」  オーナーに休日を言い渡された真也は、しかし、何もすることがなかった。空気を入れ替えるために、店の雨戸は開けた。そして、特に何をするでもなくボーっと店内を見回し、うろつき、店の外に出ては振り返り、そしてまた店に戻った。
 すると不思議なことに、レジはアソコへ動かしてみようとか、このディスプレイ台は撤去して店内を広く見渡せるようにした方がいいとか、色んなことを思いつくものだ。
(これって、結局仕事をしてることになるよなあ)

 仕入れる商品だって、テストケースとして始めるようなものだし、さほど品数を揃えられるわけも無い。売れ筋商品を見極め、売れない物は早々に返品し、新たに需要のありそうなものを仕入れる。脳みそを回転させねばと考える。
「でも、こんなのは、物販する上では当たり前のことだよなあ」と思った。

 問題は、年間を通しての商店ではないということだ。12月の中旬にオープンするとしても本格的にスキー場が稼動するのは年末になってからだろう。そして、おそらくは3月下旬には店じまいだ。
 雪の状態にもよるが、よくてもせいぜい4月の10日前後、すなわち春休みが終わるまでだ。売れ筋を見極められる頃には閉店、なんてことになりかねない。

 年末年始や連休と、普段の週末、そして平日では客層も違えば売れるものも違うだろう。
(そんなノウハウは、僕には、ない)
 真也はにわかに不安になった。
 繁忙期でも、おそらく年末年始と、春休みになってから残り少ないスキーシーズンを惜しむように滑りに来る客では、全く人種が異なるのではないだろうか?
 そんな客相手に、商品を売れるのか?

 まだ何もディスプレイされていない陳列台の上に腰を下ろし、腕を組んだ。
 そこに「まいど〜」と業者の一人が現れた。
 既に何度か顔をあわせたことのある、日本氷菓の営業マン、P氏だった。

「アイスクリーマーの調子、どうですか?」
「あ、うん、別にどうということはないけど」
「実は、せっかくですから新しいアイスクリーマーを導入されたらどうかなと思いまして……」
「別に不自由はないけど」
「でも、従来の製品ですと、2種類のソフトクリームと、そのミックス、合計3種類しか販売できませんよね。だけど、この新しい機械なら、理論上無限の種類のソフトクリームが販売できますよ。無限、といっても、フレーバーは20種類くらいしかないんですが」

 この店に昔からあるマシンは、右と左にふたつの種類のソフトクリームの素の投入口があり、それぞれを単独と、ミックスするの合計3種類で限界だ。例えば、「バニラ」「チョコ」そして「バニラ・チョコミックス」となる。これにストロベリーや抹茶を加えたければ、もう一台アイスクリーマーを用意しなくてはならない。
「それがどうして無限大になるの?」

 真也はあまり真剣に話をしていなかった。今日は「休日」なのだし、ボーっとしながらもどこかで店の構想を考えるという程度のものだからだ。

「機械は1台です。そこに1回用のカップをセットします。カップの底のシールを剥がしてセットして、機械で上からギューって押さえるんですよ。すると、その穴からソフトクリームが出てきます。それをコーンをぐるぐる回しながら受ければ、普通にソフトクリームが出てきます。カップから直接コーンへ行くわけですから、マシンは汚れないし、ソフトクリームも清潔ですよ」
「へえ〜」
 真也はようやく話を真面目に聴く気になった。

 従来のマシンだと、毎日営業終了後に中身を空っぽにして洗浄しなくてはならない。洗浄そのものも面倒だし、機械の中にあと何個分の材料が残されていようと破棄しなくてはならない。これがもったいないと思っていたところなのだ。

「ソフトクリームは、バニラやチョコやストロベリーやメロンや抹茶などの他に、マロンやバナナもありますし、オレンジシャーベットとか黒ゴマとか豆腐とか、とにかく種類が多いですよ。売れ筋はバニラですけど、風変わりなタネを食べたくて、繰り返しお客様にお越しいただくことも可能です」
「なるほど」

 リピーターについても真也は実は頭を悩ましていた。
 1シーズンに何度もスキーに訪れる客もいるだろうが、そういうスキーヤーは極力節約するから、このような店に出入りすることはあまりないだろう。しかし、リピーターの確保は商売の基本である。となれば、2泊3日とか3泊4日など、限られた日数で遊びに来る客を、その一度のスキー旅行の間に、何度この店に足を運ばせるかが勝負である。
 ひとつのメニューでバリエーションを増やす、というのは魅力的だ。

 まてよ。だとすれば、取り扱い商品を増やすよりも、ひとつの商品の種類を増やすことがポイントになるかもしれない。
 オーナーはおばあさんだとしても、実質店は任されるわけだし、ソフトクリームのマシンを自分の一存で新しいものと取り替えたところで問題はないだろう。
「そうおっしゃると思っていました。新しくソフトクリームを販売される方は、たいていこちらの製品を選ばれますね」
 問題は、このアイスクリーマーにはリース制度がないことだ。すなわち、買取である。ソフトクリーム自体は「スキー場価格」で売れば原価は50%である。残りの50%で機械代を出し、かつ利益を、スキーシーズンの短期間で上げることが出来るのだろうか?
「ソフトクリーム型の電照看板やポスターなどはこちらでご用意させていただきますし、この付近ではこれを導入しているところはありませんから、珍しいフレーバーを常備しておけば、繁盛間違いなしです」
 営業マンの「繁盛間違いなし」などアテになるものかと思ったが、わざわざここまで足を運んでくれるのだ、彼にもそれなりの勝算があるのだろう。
 真也は「わかりました。お願いします」と答えた。

 夕方、祥子が再び現れた。キャンディの散歩のためである。しかし、一人ではなかった。見覚えのある青年を3人も連れている。
 ソフトクリームの試作品を作ったときにモルモットとして連れてこられたバイト生のうちの一部だった。
「え〜、あの人が祥子ちゃんの彼〜」などと言う声が聞こえる。
「なるほど、だからソフトクリームとかただで食わしてくれたんだ」

 そういう解釈もあるのか。あの頃、僕と彼女はまだなんでもなかったんだけどな。真也は苦笑いした。
「だから、もうあたしも、去年のようなことは出来ないわ」
「だったら祥子ちゃんだけ、部屋に来なけりゃいいじゃん」
「ダメよ。あんなことはもう禁止。バイト生どうし乱交してるなんて噂が広まったら困るもの。あたしは監視員として参加するわ」
「じゃあ、俺らの性欲はどうしてくれるんだよ」
 冗談めかして言ってるが、半分は本気だろう。

「スキー場でいくらでもナンパできるでしょ?」
 彼らと祥子はさらに二言三言言葉を交わし、祥子の声を聴きつけたキャンディがのっそり店先に現れる頃、バイト生たちは回れ右をした。休み時間でもなんでもなく、仕事中に抜け出してきたのだろう。

「じゃ、頼むよ」
 真也はシェパードにチラリと視線を投げながら言った。
「その前に、ちょっと……」
 背伸びをして真也にキスをする祥子。
「おいおい、僕達はかりそめのこいび……」
 という前に再び唇を塞がれる真也。
「一人なんでしょ。ちょっとだけ……」

 奥に引っ込んだ二人は、おばあさんの不在をいいことに、居間で抱き合った。
「まずいよ」
「バスの時間には、まだ間があるわ」
「でも、ミコは車で……」
 言いかけて、真也はしまったと思った。恋人が今日やってくることを祥子には話していなかった。

「すぐすむから。大丈夫」
 まるで、ワクチンの注射を嫌がる小学生に、お医者さんがかける言葉みたいだ。

 祥子に右手をつかまれた真也は、そのままスカートの中に導かれる。祥子は下着をつけておらず、しかもたっぷりと塗れていた。何の前戯も必要としなかった。
 祥子は真也のズボンとトランクスを半分まで脱がせ、まだ完全に勃起していないソレを口に含んだ。
 唾液をタップリと口の中に貯め、舌で先端部分に塗りこめながら、自らの頭を前後に揺らせて、カリの部分を微妙に唇で引っ掛けながらピストンする。舌を絡めながら。

 手はペニスの根元を強く弱くマッサージし、もう一方の手で玉袋を弄んだり、表面を微妙に摩擦させたり、指先でアナルを刺激したりした。
 真也はあっというまに最強の状態に導かれた。

「入れて……」
 バイト生たちに「噂が広まったら困る」と決然と言い放った時の凛とした表情は、もうない。淫靡に満ちたとろけるような目と唇からは、スポーツに励む女子高生の姿などもう想像も出来ない。

「悪いね。時間がないからトバすよ」
「うん。速攻でイカせて」
「わかったよ」

 ここまで来たら、一切の自制が効かなくなるのは真也もこれまでの経験からよくわかっていた。
 自制か。真也は心の中で嘲笑した。いったいどうしてそんなものが必要なのかとすら思う。セックスしたい男と女がいて、他の要素が入り込む余地など無い。

 祥子を壁に手をつかせて、真也は後方から思い切りぶち込んだ。
「あ、うん、いい〜ん」
 腰の一振りで、祥子のヴァギナからは汁が迸る。
 何度かの突きでたっていられなくなった祥子は、その場に崩れた。その祥子を仰向けに転がした真也は容赦なく覆いかぶさる。ミコがいつ到着するかと思うと、心に波が立つが、それでも止めようとは思わなかった。

 真也は太腿を抱えて自分の肩にのせ、そのまま膝をついて上半身を起こした。祥子はちょうど腰を90度折って、足を天井に向けている状態になる。真也はゆっくりと祥子の穴に自分のものを沈めた。
 ズブ……、ヌプ……。
 自分の中に出入りする真也のそれを見て、祥子はますます身をよじって喘いだ。
「はん、あん、いや〜ん。真也のが、激しくあたしの中に、入ってくるの〜〜」
 本人の意思とは無関係に、腰がひくひくと震えてくる。

 真也も一切のセーブをしなかった。
 ただただひたすらに自分の快感を押し上げるために、欲望のままに腰を使う。祥子の性器が充血してぷっくり膨らんでくるのがわかった。
 昨日に続いて生での挿入だが、このままではヤバイとか、外で出そうとか、そんな想いはいっさい湧いてこない。
 乳首への愛撫も、クンニも、一切行っていなかったが、何時間もかけた前戯を得た後のように、祥子は敏感に官能曲線を一気に上昇させていった。

 祥子がイクのがわずかに早かったようだが、その瞬間の痙攣と締め付けで真也も爆発した。
 子宮の中に直接精液をぶちまけるような、深くて長い射精だった。
 挿入したまま、息を整えようとする真也。だが、祥子はあっさりと起き上がって、「すっごく気持ちよかった」と言うと、さっさと下着を身に付けた。
「キャンディが待ちくたびれてるわ、きっと」
「おい、せめて拭いていけよ」
「いいの。走ってるうちに中からドロって垂れてくるのがまたいいんだから」
 祥子はキャンディのリードを手にした。

 身繕いを終えて真也が再び店先に立ったところへ、バスが到着した。おばあさんが降りてくる。両手に抱えたスーパーの袋だけでなく、背中にも膨れ上がったデイパック。食料品以外にも色々と買い込んできたようだ。
 真也がアイスクリームの機械を新しくしようと思うと報告しながら、おばあさんの荷物を持ってやる。
「好きにしたらええ。あんたが稼げるかどうかはあんた次第だからな」
 勝手なことをしてと叱られたらどうしようかと思っていた。おばあさんには「しようと思う」と報告したが、実際はもう営業マンに「導入します」と宣言した後だったからだ。

「ところで、ほれ、あんたの彼女はどうした? まだ来んのかい? 今夜はご馳走だ。すき焼きでもしようと思うてのお。鍋は一人では寂しい。二人でもまだ少ない。3人ならなんとかなる」
 ほどなくミコもやってきた。父親に借りたというセダンから、運んでもらった自分のパソコンとプリンターを引っ張り出す。
 デスクトップパソコンを手に持つなど、購入して設置したとき以来だ。思ったよりもズシリと重いが、狭くて急な階段を持って上がるのは苦痛ではなかった。むしろ、懐かしかった。パソコンと毎日にらめっこしながら就職活動をしていたのだ。久しぶりに手にして愛着すら感じていることに気づいた。

 電話線の配線をしなくてはインターネットにもつなげないが、今の自分にはどこか企業のホームページにつなぐ必要も無ければ、メールチェックだっていつのまにか「生活必需」ではなくなっっていた。
「これ、おみやげ、というかプレゼント、というか、就職祝いよ」
 ミコがインターネット用の携帯プロバイダと契約してくれていた。スロットにアンテナ付きのカードを差し込むだけで、ネット接続することが出来る。
「あたしの名義だから、使用料はあたしに払ってよね」
「わかってるよ。じゃんじゃん儲けるから」
「ほんと?」
「ああ、熱心に真面目に、商売に励むよ」

 おばあさんはミコを歓迎してくれた。「なんたってあたしの惚れた男の恋人だからね」と胸を張る。真也は一呼吸してから「あたしの惚れた男」が自分のことだと気が付いた。
 ミコはすぐにわかったらしく、ケタケタ笑っている。上機嫌だ。
 おばあさんはまるで自分の娘に恋人を自慢するかのように、真也の良い所をあれこれと説明した。しかし、一方で、こてんぱんにけなしもした。
「優柔不断で決断力に欠けるくせに、やたら頑固だ。こんな男、世の中に出たって荒波にもまれて自滅するだけだ」
 だから、私が拾ってやったんだとも付け加えた。
「そーそー、その通りなのよ」と、ミコも膝を叩いて同調した。

 おばあさんの指摘は間違っちゃいないと真也は思うものの、ここに来てから「優柔不断で決断力に欠ける」場面など見せた覚えも無いし、居候の身分であることも、相手がオーナーであることもきちんと意識してそれなりの対応をしてきたつもりでもある。「頑固」などと指摘される言動をとったつもりもなかった。
 普段は頭でそう思っても口にする真也では無いが、酒のせいか、久しぶりにミコに会えて舞い上がっていたのか、感じたままを喋った。
「若いモンの目は誤魔化せても、年寄りの目は誤魔化せんよ」と、おばあさんはにっひっひと笑った。
 これまでに見せたことのない笑顔だった。これ以上深くならないぞというほど深く皺を刻んで、表情を崩すのだ。
「あたしだって、ごまかされませ〜ん」と、ミコも後に続く。
「なんだよ、若僧のくせに」と真也がへらず口を叩く。
「だって、さんざん苦労させられてるんだもん」
「俺が、いつ、お前に苦労させた」と、真也が文句を言うと、「じゃあ、気苦労」とミコは言った。
 なるほど、それなら、否定のしようがない。

 食物もアルコールも十分に摂取して、いつしか場は「真也の経営方針を語る」会になってしまった。
 きっかけは何だったろう?
「真也みたいな世間知らずの甘ちゃんに、お店任せて大丈夫なの?」と、ミコが言ったのが始まりだったかもしれない。

「ちゃんとしたビジョン、あるの?」
 もとより、アルコールで舌が軽くなったからの発言であり、本心ではミコだって真也を応援している。真也もそのことは十分にわかっていた。だからこそ、ビジョンを語り始めたのだろう。
「うん。お土産は品数をぐんと減らそうと思ってる」
「バッカねえ〜。お土産やさんでお土産を売らなくてどうするのよ。主力商品を弱体化させたら、成り立つ商売も成り立たないわよ〜」
「お土産なんて、ホテルのロビーや旅館の売店で売ってるよ。わざわざ寒い外に、お土産のために外出するやつなんて、たかがしれてる」
「だけどここ、バス停の目の前でしょう? バス待ちの間に、何か買ってくれるかもしれないわよオ。買い忘れとかにも気づくかもしれないし」
「忘れた客だけを相手にしてたってしょうがないだろ?」
「そりゃあそうかもしれないけど、じゃあ、何を売るのよ」
 語尾の伸びた酔っ払い口調だったミコも、だんだん表情が真剣になってくる。

「幸いここは、保健所の飲食店経営の許可もまだ生きてるし、おばあさんは食品衛生責任者の資格も持ってる」
「じゃあ、食べ物屋でもするの? それこそ、ホテルや旅館は食事つきなのよ」
 おばあさんは口を挟むまいと思ったのか、席を立って片付けを始めた。
「ゲレンデの食堂は混雑してるし、10時3時の休憩に、お好み焼きとか、アイスクリームとか、そんなものを食べたくなるときだってあるだろう? それに旅館じゃ、夕食は出ても、そのあとお腹が空いたってフォローしてくれない。観光地の一流旅館なら別だろうけれどね。このへんの旅館はそうじゃないからね。ホテルのレストランだって、営業時間はしれてるし、深夜まで営業してる飲み屋やラーメン屋があるわけじゃないし」
「つまり、飲食店で勝負するわけ?」

 真也は、アイスクリーム屋の営業マンが来たときに思ったことをミコに説明をした。
 品数を減らして、そのかわりにひとつの商品に対するバリエーションを増やす。

「じゃあ、お好み焼きだったら、ブタ玉とかイカ玉とか焼きソバ入りとか?」
「そうだな。そこまで考えが回らなかったけれど、その通りだよ。キムチとかネギ焼きとかスジ入りとか色々とね」
「そうすると、ラーメンも、塩、味噌、トンコツ、醤油、カレー、とか?」
「ラーメンかあ。それもいいな。もともとここのメニューにはなかったけれど、取り入れるのは悪く無いね。飲んだ後にはラーメンが食べたくなったりするもんな」
「ちょっとお、そこまで考えが回らなかったとか、もともとここのメニューにはないとか、そんなことばかり言ってて、構想どおりの食べ物屋が出来るの?」
「あ、いや、これから考えるよ」
「それと、あと心配な点がひとつ」
「なんだよ」
「既存の食堂もあるし、旅館やホテルでは食事を出してるわけだし、そんな中で新たに商売はじめて、恨まれたりしないの?」
「いや、それは大丈夫じゃろう」
 口を挟んだのはおばあさんだった。

 このあたりの宿屋にとっては、夜中かそれに近い時間帯に、「夜食を出せ」とか「酒とつまみを持って来い」なんて言われたらたまったもんじゃない、というのが本音なのだとか。晩飯を食ったらさっさと風呂に入って寝てくれるのがありがたいらしい。
 板前もパートのオバサンももう仕事を終えているし、規模の小さいところでは家族経営か、せいぜい住み込みの学生バイトを雇っているだけだし、いずれにしても対応できないという。
 しかし、そういう時に紹介する店がない。
 ホテルにしたって、都会のそれではないのだから、深夜12時1時までラウンジを営業していたりなどしない。せいぜい9時か10時までである。
「つまり、営業時間によっては、住み分けが出来て、逆に歓迎されるってこと?」
「そのとおりじゃよ」

 昼食にしても、平日などはゲレンデの食堂も空いているからわざわざこんなところまで食べに来る者はいないので、既存の食堂からクレームなどつきようもない。けれど、週末などは大混雑になる。「週末だけのために人を確保しておくこともできない」から、「多少客が奪われても、クレームがつくよりまし」なのだそうである。
「じゃあ、勝算はあるんだ」
「ある」と、おばあさんは断言した。
「随分前から思うとったことじゃ。じゃがな、一日中立ちっぱなしで調理して給仕して……。気づいた時にはそんな体力はなかったからの」
「そうかあ。おばあさんがそう言うのなら、間違いないかもね」
「さっきまで俺が熱弁しても半信半疑だったくせに」
 真也は異論を唱えたが、「そりゃそうよ」とミコはあっさりしたものだ。

「じゃが、問題もある」
「それは、なに?」と、ミコ。
「ひとつは、誰もこの店が、夜中まで食べモンを食べさせてくれる店だちゅうのを知らんということじゃ」
「営業とか広報とか、しなくちゃいけないってことね」
「もうひとつは、ワシとこの若モン二人じゃ、本格的な食べ物屋は出来ん、ちゅうこっちゃ」
「うん、なるほど……」
 ミコは、実質的な店長である真也そっちのけで、腕組みをして考え始めた。

「夜中まで飲み食い出来る所があれば、宿屋さんは助かるのよね。だったら、宿にパンフレットというか、チラシを置いてももらったらどうかしら。夜中に『腹減った。何か食わせろ』って客に言われて、それから紹介してもらうより、各部屋にチラシを置いてもらうの」
「全ての宿じゃ無理だろうが、いくつかは応じてくれるじゃろうな」
「人手は、なんとかなるわ。冬のアルバイトを探してる友達なんて、まだいくらでもいるもの。それに、地元の高校生とかも、夕方以降ならオッケーじゃない?」
「いや、高校生はいかん。ビールも酒も置いてるからな」
「大学生ならいいよね。春休み長いから、里帰りしてる子もいるかもよ」
「多くは無いじゃろうが、うちで一人や二人雇う分にはいけるかもしれんの」
「でも、そこまで人件費、かけられるかどうかよね」
「そうじゃのう」
 二人は考え込んだ。まさしく、真也そっちのけだ。

「それにさ、食べ物って難しいよね。腐るから。お土産は腐らないけど」
「それは同じことじゃ。春になって店を閉めたら、土産物だって余らせたらどうしようもないからの。来シーズンもオープンできるかどうかもわからんし。それにな、土産物の仕入れ値は6〜8割じゃが、食べ物の原価は2〜3割で済むからの」
「へえ〜、そうなんだ。じゃあ、最後に残った問題は、やっぱり人手と人件費かあ」
 またミコは腕組みをする。
 ようやく真也は、思いついたように口を挟んだ。
「アルコールを扱うなら、ビールや酒だけじゃなくて、チューハイとかカクテルとか、そんなものもやったらどうかなあ?」
「だからあ、商品のバリエーションの話はもう終わってるの。話題についてきてる?」
 ミコに一蹴されて、真也はしょげた。

 

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