ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

14.

 真也は香織の中で動いた。  前後のピストンと腰をひねった回転に加えて、ペニスだけをひくひくと上下動させたりもした。  こんなことを、不規則に繰り返す。

 香織はその都度、違った反応をした。
 下半身が跳ね、声を出し、真也の背中に回された手に力が入り、眉間の皺が深くなり、乳房が震え、潮を吹き、瞼が開いたり閉じたりし、膣がキュキュっと締まった。

 それらの反応が小さくなってくる頃合を見計らって、真也は香織への責め方に変化を加えた。するとまた香織は新たに与えられる快感に身を委ねた。

 もちろん香織だって、一方的に快感を与えられるだけではなかった。真也の背中に回した手を巧みに異動させ、アヌスや睾丸を弄び、唇を重ねて舌を入れ絡めた。
 そんなことを繰り返すうち、やがて2人は体位を変える。深い挿入を維持するために自然と位置が整うこともあったし、どちらかが希望を言い、相手がそれに応じるということもあった。

「ねえ、真也、感じてる?」
 唐突に香織が訊いた。この時、真也は仰向けに寝転がっており、香織は真也の上にまたがっていた。いわゆる騎乗位だ。この体位には向かい合う場合と女性が背中を向けている時とがあるが、今の2人は前者である。お互いが感じあっている表情を確認できるから、羞恥心と興奮度の両方が刺激される。

 真也がいかに強いとはいえ、それはペニスが長持ちするということであって、腹筋背筋その他色々な身体の部位は疲れてくる。舐めすぎで舌など感覚が半分なくなりつつあった。
 そこで真也が「上になってよ」と香織に頼んだ。
 彼女はそれに応じ、香織はごく自然に真也の方を向いて腰を沈めたのだった。

「感じてるよ。それも、かなりね」
「でも、全然イカないじゃん」
「香織がイカないから、ね」
「だって、一緒にイキたくて我慢してるのよ」

 真也は驚いた。女の子がイクのをセーブできるなんて聞いたことが無い。肌を重ねた女性の数は限られているからなんとも言えないが、少なくともそういう女性を真也は知らない。
 騎乗位になってから主導権を握っていたのは香織だが、真也だって香織の動きにあわせて腰を突き上げていた。しかし、香織の一言で驚いた真也は思わず腰の動きを止めてしまった。

「どうしたの?」
 真也は正直に言った。キミのような女性は初めてだ、と。
「真也だってコントロールできるんでしょ? わたしだって、できるわ」
 香織は悪戯っぽく笑った。そして、膣を締め付けてくる。思わずうめく真也。

 同時に香織の表情も快感に彩られてゆく。自ら締め付けを強くすることによって、香織の膣もまたペニスからの圧迫を享受しているのだ。

 ヴァギナを収縮させた香織は、それまでの規則的な上下動をやめた。ゆっくりと、確実に、腰を沈めてゆく。真也の先端は思いも寄らぬ重圧に押しつぶされそうになった。
 香織の穴は標準的なそれと比べて特に深いわけではない。だから真也のペニスを完全に飲み込むことは出来ない。真也の長さを全て受け入れる女性は、そう多くはないだろう。だが、香織は、真也のものを完全に女肉の中に飲み込んでしまいたいと願っていた。

 既に性器は、香織の奥までガッチリと食い込んでいる。しかし香織は、それがさらに深くなることを切望した。
 押しつぶされそうになりながら真也の欲棒は耐えた。
 それを受け止めた香織の窪みは、それは無理ですとばかり、跳ね返す。その圧力で、真也はさらに怒張した。

 痛い、と真也は思った。
 同時に、香織は悲鳴を上げた。

 快感に彩られた喘ぎ声が激しくなったのではない。本物の悲鳴である。想像の範疇を超えた恐怖に出会ったときに発せられる本能の叫びだった。
 しかしその一瞬後、香織は深い恍惚に包まれていた。

 香織の空洞ははちきれんばかりの真也のペニスによって隙間無く埋め尽くされ、二人はがっちりと密着をしていた。真也は身動き出来ないほどの圧迫感を下半身に感じていたが、身を震わせるとヌルリと性器どうしがこすれる。
 真也も香織もタップリと愛液を分泌させていた。

 真也の膨張と香織の収縮で深く密着した性器は、しかし溢れんばかりの潤滑油で自由自在に動く事が出来た。わずかな動きが猛烈な快感を呼び寄せた。
 それは香織も同じだったのだろう。内臓を突き破らんばかりに深く挿入されることを望んだ香織だったが、再び腰を動かし始めた。
 途切れては繋がる喘ぎ声に混じって、香織は「お願い、一緒に……、一緒にイコう。ね、真也ぁ」と切ない声を漏らす。
「ああ、一緒に行こう」

 真也は香織にバックを要求した。ピストンによる摩擦と深い挿入感が比較的容易に両立できる体位だからだ。
 香織は、「いいわよ」と言った。

 しかし、真也がいったん抜いたペニスを見た香織は、それどころではなくなった。
「なんか、すごいのが入ってきてると思ったら、こんなだったんだ」
 学校の授業でトランジスタラジオを分解した少年のように香織は目を輝かせた。まだ仰向けになったままの真也。その中心から天に向けてそそり立つランドマークに、香織はゆっくりと顔を近づけた。

「入れる前は、こんなじゃなかったよ、ね……」
 自分の記憶に自信がもてないのか、首をひねりながらもさらに香織は顔を接近させる。
「普通は勃起してもここまでは大きくならない。でも、女の子の中に入ったら、こうなるんだ」
「ミコの中でも?」
 付き合ってる女性の名前を浮気相手の口から聞いて、真也はどう答えて良いのかわからなくなった。
「え? あ、ああ」
 思わず肯定してしまった。

 こんなになるのはキミだけだよとか気の利いた台詞のひとつでも言えればいいのにと真也は後悔した。なぜか脳裏に木工工房で出会った女性が浮かぶ。そうだ、彼女に対しても何か言葉をかけていれば、こんな関係になれたかもしれないのにと真也は思った。香織と寝ることに抵抗を感じていたのに、いざ寝てしまえば、他の女性にまで目移りしてしまう。女とはすべからずセックスの対象なのだとどこかで感じている自分を発見して、真也はいやあな気持になった。

 わかっていたのだ。香織と寝れば歯止めがきかなくなることは。
 だから最後の最後まで香織と肌を合わせることを躊躇していた。
 特別な事情のあった麻薬中毒の同級生とは違い、香織を抱くことには一切の理由を付ける事が出来ない。単に目の前で服を脱いで脚を広げた女をしめしめとものにしたに過ぎないのだ。

「あ、うあ、はあう」
 色っぽい声の主が自分であることに気付いた真也は、半分閉じかけていた瞼を大きく開いた。
 真也は香織のフェラチオに陶酔していた。香織はペニスの先端からアナルに至るまで、ゆっくりと舌を這わせていた。バックで繋がるはずだった2人だが、真也の尋常でないサイズのものを目にした香織は、指と舌で愛撫せずにはおれなかった。

 アダルトビデオの女優が脚を開いて股間に指を添え、自らの窪みを大きく開いて見せる。その気持がわかったような気がした。

 夜が更ける喧騒が減ると、微細な音が聞こえるようになってくる。
 真也は香織が丁寧に自分の性器を舐めている音と時計の秒針が進む響きがくっきりと耳に届くのを感じていた。

 真也の敏感な場所は柔らかい舌をツンと尖らせた香織の摩擦でひくひくと震える。肌と肌がふるふるとこすれあい、その合間を縫うようにして液体がねっとりと絡み合った。さっき「一緒にイコう」と言ったのを忘れたかのように、香織は愛撫を続けた。どれだけ長く丁寧にそれをしても、香織は満足しないのではないかと真也は思った。
 マフラーに細工したらしいバイクが真也の下宿のすぐそばを通り抜けていった。その振動さえも二人にとっては愛を深める道具だった。

 永遠に続くかのように思えた深い官能だった。が、真也は身を起こして香織にそれ以上のフェラチオを止めさせた。爆発の予兆がせまってきたからだ。まだ我慢することは出来たし、そうすることによって持続的に快感を得ることの悦びを真也は知っている。射精するその瞬間のなんとも言えない衝撃は他に比べようもないけれど、意識を失う直前のような痺れを味わいつづけるには射精をこらえなくてはならない。もっとも、それだけ執拗に相手が攻めつづけてくれなければ意味はないが。その点では、香織は極上の女性だった。だからこそ真也は、そろそろ一度くらい香織をイカせてあげたいと思う。これだけ自分を悦ばせてくれたんだから、彼女だって同等に感じさせてあげたい。
「イキたいんだろ? イカせてあげるよ」
 香織は口の周りに張り付いているねっとりとした液体を手でぬぐい、次に唇の上に舌を走らせぺろりと舐めた。

「うん、イカせて……」
「入れようか? それとも、クンニがいい?」
「入れて。後ろから入れながら、クリトリス、触って」
「ああ」
 香織は四つん這いになった。

 真也の大きさも香織の締め付け具合も尋常ではなかったが、バックの体制でピストンを繰り返す二人は、なんの変哲もないセックスをするカップルだった。
 真也は鏡に写った自分達の姿を見てそう思った。

 座卓の上にちょこんとのった、せいぜい10センチ四方の小さな鏡だ。出かける前にそれで自分の姿を確認する。たたんで片付ける事も出来るが、もう長い間おきっぱなしになっていた。
 ミコは洗面所に作り付けになっている大きな鏡を見ながら身支度をするから、この鏡はもっぱら真也専用だが、セックスで乱れた髪を撫で付けるときなどはミコも使うのだった。

 ここまでの長い長い営みのため、真也の神経は敏感になっている。
 香織がどのくらいの状態なのかは手にとるようにわかった。
 時計のカチカチも時々聞こえてくる屋外の喧騒もすっかり聞こえなくなった。部屋の中に響くのは、パンパン、ニチャニチャというふたりの発する音と、香織の喘ぎ声だけである。

 暗い窓の外に浮かんでいた夜独特の人工の様々な色合いの光は力を弱め、そのかわりに窓全体がほんのりと色づいてきている。朝が近いのだ。
 こんなに長い間、女性と交わっていたのは久しぶりだった。
 ミコとのセックスはお互いにペースを掴んでいるから、身体が適度に充足したところでどちらからともなくフィニッシュへの道程を歩む。

 初めての香織とこんなことになったのは、お互い心のどこかに「自分のセックスはすごいんだよ」という思いがあり、それを相手に伝えようとしていたからじゃないのだろうかと真也は思った。

 真也は規則的に腰を前後動させながら徐々にスピードをあげた。疲れを感じるとしばらく動きをセーブしては再び活動を開始した。

 2人はほぼ同時に絶頂を迎えた。おそらく先にイッたのは香織だろう。
 真也への締め付けが急速にきつくなり、2人からあふれ出しているはずの愛液も潤滑油の役割をしなくなった。香織が最後の一瞬を迎えようとしている。そう感じた真也も香織の締め付けによって急に快感曲線を上昇させた。
 こうして2人はフィニッシュを迎えた。

 射精の瞬間、真也は大砲をぶっぱなしたような気になった。ドンっと放出した大量の精液の反動に戸惑った。それが、何度か続いた。身体の力を抜いた香織はそのままうつぶせに床に崩れた。後ろから挿入した状態のまま、真也は香織の背中に乗っていた。真也は力を抜いた。

 香織のしなやかな背中とその温もりをお腹に感じながら、真也はしばらくそのままじっとしていた。多分香織も同じように、真也の重みと温かさを背中で感じているのだろう。香織もそのままで動かなかった。
 若干のインターバルをおいてこのまま2回戦に突入することも真也には可能だったが、どうやら香織は軽いトランス状態にあるようだ。呼吸音は聞こえるものの、身体は無反応だった。

 香織のヴァギナはただの空洞へと変わっていた。やがてしぼんだ真也のペニスがツルンと抜けた。
 真也はゴロリと半回転して香織の横に仰向けに寝転んだ。

 不意に目を覚ました香織は、「時計、どこ? 今、何時?」と呟いた。
「あ、えっと」
 いつのまにか真也もまどろんでいた。

 香織は真也に教えられるより早く時計を見つけた。
「いけない、仕事……ん」
 香織の唇を真也が塞いだ。
 相手の存在を確かめるような、ねっとりと濃厚なキス。舌と舌がぐにゅりと絡み合う。
 口の中の隅々まで確かめ合った2人は、ゆっくりと唇を離した。二人の間に唾液のブリッジができ、すぐにそれは切れた。手の甲でそれを拭った香織は、唇の周りをペロリと舌で舐めた。
 昨夜もそんな仕草を見せたな、と真也は思った。彼女のくせなのだろう。

「真也って、そんな人だったんだ」
「そんな、って?」
「仕事に行く時間を気にしている女の子を、朝っぱらからいきなり襲う……」
「こういうの、イヤ?」
「イヤじゃないけど、社会人には現実ってものがあるもの」
「キスぐらい、いいじゃないか」
「キスだけで済むの?」

 多分、済まないなと真也は思った。香織が拒絶しなければ、また延々とセックスがはじまるのだ。真也が何も答えられないでいると、「ほうらね」っと香織が言った。

「もう、そんな顔をしないで」と香織は苦笑した。悪ガキに「困った子ねえ」と年上の女が呟くときの表情だった。きっと自分は渋い顔をしていたんだろうなと真也は思った。
「うん、タップリエッチした翌日、朝からまたするっての、わたし、嫌いじゃないよ。だけど、仕事だって休むわけにいかないじゃない」
 真也は「悪かった」と謝った。なんともばつが悪かった。

「いいのよ、別に」と、身支度を始める香織に、真也を責めているようなニュアンスはなかった。
「ま、仕方ないよね。エッチに夢中になって遅刻する学生なんてゴマンと居るんだし、社会人にならないとこの感覚はわからないわ」

 真也はショックだった。「社会人でないアナタはわたしより格下」と言われたような気がしたからだ。彼女に他意はなく、一般論を言っただけだとはわかっていたが……。

 

続きを読む

目次へ戻る