ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

9.

 正常位で麻里絵に挿入した真也は、その中でしばらく動かなかった。マニュアルに「そのまま動かしてはいけません」と書いてあり、それに忠実に従ってるかのごとき、静かなセックスの始まりだった。
 真也は腕で自分の体重を支えることはしなかった。引力に導かれるままに二人の肌と肌が密着している。

 その柔らかさ。温かさ。

 真也はただじっとしていることによって麻里絵の存在を確認していた。深く結合しているだけだが、身体のあちこちからポッ、ポッと官能が燃える。中心部に芽生えた熱はどんどん周囲に広がってゆく。
「ん、あ……」
 いつもは激しく声を立てる麻里絵も、今回ばかりはもどかしそうに息を吐く。
 腰をいったん引いた真也は、抜ける直前で動きを反転させ、やはりゆっくりと奥へ突いた。

 にゅぷ……。くちゅ……。
「ひ……、あ……」

 柔らかい肉壁と硬い芯が、お互いの存在を主張しながら、ひたと寄り添っては引き剥がされる。引き剥がされた次の瞬間にはそれぞれの別の部分と絡み合う。その繰り返し。
 擦れ合うのではなく、ひっついては離れてゆくのが実感できるスピード。それは急激な官能を呼び覚ましはしないものの、一度生まれた快感を決して消し去りはしない。恍惚がそっと確実に育ってゆく。

 実はこれは、ミコの好きなセックスのスタイルである。射精までの時間が常人より長い真也に、ミコが考案してリクエストした方法なのだ。
 真也がイクまでの間、ひたすらに激しく腰を振り続けられ、何度も意識を失ってしまったミコ。これではたまらないと考え出した苦肉の策であった。ボロボロにならずに真也との長時間セックスをやりとげるためのアイディアだったが、試してみると効用はそれだけではなかった。ミコもまたそれまで経験したことのない深い快感を得たのである。
「イク」状態にまで高められているのにイカない。それどころかさらに昇り詰めてゆく。
 ミコとのセックスをすっかり忘れていた真也だったが、「一日中ハメて過ごす」ことになった時、ふいに思い出し、麻里絵にも応用しようとしたのである。

 金曜日の夜から月曜日の朝まで、さすがにインターバルは何度も挟んだものの、真也とミコはセックスばかりしてすごした事が何度もあった。徐々にスピードを上げては最初のペースに戻すということを繰り返しながら、真也は頭の中で計算をした。金曜日の夜7時から月曜日の朝7時までなら、合計60時間。途中ふっとまどろんでしまいそうになることはあるが、眠りはしなかった。飲食と排泄以外はずっと抱き合っていたから裕に50時間は何らかの行為をしたことになる。そのうち30時間は挿入していた。そんな濃くて長いセックスをミコは真也と2人で開発してきたわけだが、はたして麻里絵はどうだろうか?

 麻里絵の息が激しくなり、真也の動きを全く無視して腰を振りはじめた。
 麻里絵は手を真也の背中に回したり、元に戻してシーツをぎゅっと掴んだりしている。
(どうする? このままイカせてやろうか?)
 一瞬そう思ったが、まだまだ先は長い。これまでにない膣の収縮を感じたとき、真也はペニスを奥深く突き刺すのと同時に麻里絵の肩をガッチリ抱いて、動きを制した。

「まだ、イクなよ」
 耳元で囁く。
「う、うああああああ〜〜〜!!!」
 切ない声が麻里絵の唇から広がってゆく。
 絶頂と同じ快感を全身に走らせながら、それでも麻里絵はイカなかった。
「う、うそ。うそおおおーーー!!」
 イカずにさらに深い快感がこの先に待っていることを悟った麻里絵。気が遠くなりそうだった。

 ふたりはつながったまま半回転して、上下を入れ替わった。麻里絵は抜けないように注意しながらゆっくりと上体を起こして体制を整えていく。真也の上に座った形になった麻里絵は、さらに回転をして前後を逆にした。そして真也は上体を起こす。これでやっと背面座位のスタイルになった。

 麻里絵を乗せたまま真也はズルズルとベッドの上を芋虫のように進む。縁に来たところで、ベッドから足を床に落とす。麻里絵も同じようにする。そして二人は立ち上がった。麻里絵はお尻を突き出しており、真也は膝を曲げている。
 ソロリ、ソロリと前進。
 ベッドの上とはまるで違った刺激が想像を絶する形で麻里絵を襲う。キッチンに立つまでの間に麻里絵はイッってしまった。

 前に崩れてゆく麻里絵の腰を真也は両手でガッチリと押さえた。麻里絵はバランスを崩してそのまま床に手を突いて倒れた。ひんやりした感触が掌に伝わってくる。真也もそれに引っ張られる。抜けるかと思ったが想像以上に二人の性器は食い込みあっていた。
 バックの体位になった真也はそのまま激しく突いた。
 その豹変ぶりに麻里絵は抵抗する。
「いや、ちょ、やめ、あああ」
 子宮を突き上げられてなおも止まらないその振動に、眩暈と吐き気を覚えた。

 男性器がもっとも実力を発揮するのは、挿入し、快感を貪っている時である。まさしく全開でぶっとばしている時に、そのまま突き続けたい欲望を我慢して、抜いて自分で確認すれば、それがどういう状態か確認できるはずだ。その大きさ、太さに、自分でも驚くことだろう。
 まして真也は、麻里絵と初めての時に、今まで以上にそそり立っているのを確認している。それがさらに麻理絵の中で、最大級になっているのだ。
 それがどれほどのモノか、何人もの男の相手をしてきた麻里絵にはわかっていた。

 まして、真也の持続力はケタ違いだ。
 麻里絵は怖くなった。
 このまま真也に抱かれ続けたら、おかしくなってしまう。セックスの快感の範疇を越えてしまう。
 麻里絵は逃げ出したい気分に襲われた。

 だが、いくら逃げようとしても逃れられない。それもそのはずだ。麻里絵が前へ踏み出すよりも強い力で真也は腰を繰り出している。しかも麻里絵は四つん這いで真也は立った状態だから、麻里絵が力なくヨタヨタ進んだところで真也が足を一歩踏み出せば麻里絵のそれを遥かに凌駕する。
 そして、麻理絵自身が、逃げることを望んでいなかった。
 どこまで深まるかわからない快感に恐怖を覚えつつも、心の奥底では、そこへの到達を望んでいたからだ。

「う、ああ、壊れる、壊れる、壊れるうううぅぅぅ!!」
 麻里絵が壊れると絶叫したのを受けて、真也は「壊してやる!」と叫んだ。
 真也はこれまでにないほどの力を込めて腰を押し込んでは引いた。亀頭が痛かったが太く固くなったそれにはなにほどのダメージも無い。
 麻里絵の奥にペニスが衝突する瞬間、ぐしゃ、ぐしゃという音が聞こえるようだ。
 麻里絵の膣が痙攣した。真也のモノをきつく締め上げ、強烈なバイブレーションを与える。
 脳髄に届くかと思うほどの得体の知らない官能が真也を今日始めての射精に導いた。ここ数日さんざん出しているのに、何日も禁欲した時のように大量の精液を麻里絵の中に放出した。
 麻里絵はとっくにイッてしまっている。身体を支えられなくなり、床にうつぶせになった。真也はその上に覆いかぶさる。
 麻里絵のよがり声は徐々に短く小さくなり、やがて失神した。
 膣の痙攣はまだおさまらない。意識を失った麻里絵を真也はなおも蹂躙した。無反応の女を責めたてるのは真也の趣味ではなかったが、どうしてももう一度射精してしまいたかった。

 ハメたまま食事の準備をするはずが、ふたりはキッチンにたどり着くことさえ出来なかった。さすがに二人とも空腹を憶えていたので、相変わらずハメながらも今度は注意深く刺激を与えないようにした。
「痛い、アソコが痛い」と麻里絵は言いながら、トーストを焼きコーヒーを入れた。
 食卓が整うと、真也は椅子に座った。真也の膝の上に麻里絵がのっかっている。
 食べながらも麻里絵は時々「本当に痛いの。抜いたらダメ?」と訊いた。
 しかし麻里絵は本当に抜いて欲しいと思っているわけではなかった。痛みに耐えながら異常なセックスをしていることが興奮を高めてくれることを知っていたからだ。
「濡れ方が足りないんだよ、きっと」
 真也は乳首を弄んだ。

 食事を終えると、テーブルの片付けもせずダイニングの床で二人はまた交わった。
 あそこがジンジン痺れている。客と連チャンでこなした後でもここまでにはならなかった。麻里絵は思った。これほど激しく愛してくれた人なんて今までいなかったわ。もちろん客だけではなく、彼氏を含めての話である。

 不意に尿意を覚えた麻里絵は、オシッコがしたいと言った。この時ばかりはさすがに抜いてくれると思っていた。だが、真也は「じゃあ、トイレに行こう」と言っただけで、抜こうとはしなかった。
 立ち上がると今度は向かい合わせになっていた。
 後ろ向きになった麻里絵をゆっくり押す形で真也が前に進む。
「いや、突き上げないで。揺さぶったらもれちゃいそう……」
「でも、ぼやぼやしてたら、やっぱり漏れるだろう?」
 麻里絵はこらえた。下半身にぎゅっと力を入れると膣が締まる。
「うぐっ」
 真也は思わずうめいた。いつになく敏感になっていて脳髄を快感が打ちつける。だが、今日は既に2回もザーメンを放出している。ミコと一晩中交わっても真也がイクのはせいぜい4回。時間にして12時間だとすれば3時間に一回の割合だ。それにくらべれば今日は倍のペースである。多少敏感になったところで射精への欲求はこらえる事ができる。

 トイレにたどり着いたとき、麻里絵は激しい尿意に下半身がプルプルと震えていた。真也は手を伸ばして便座を上げた。両足を広げてそのまま便器にまたがるように麻里絵に言う。
「え? ウソ……。抜いてくれないの?」
「そのまま出したらいい」

 麻里絵は青くなった。オシッコのときくらいは抜いてくれると思っていた。性器とその周辺は疲弊していい加減だるかったし、トイレから戻ればすぐまた挿入されるにしても、放尿中は一瞬の弛緩が許されると思い込んでいた。
「でも、でも、立ったままなんて……」
「立ったまま、入れたままなんて、最高に異常なシチュエーションだろ?」
「そんなの、できない……」
「じゃあ、ずっと我慢しててもいいよ。だけど、俺はもう我慢できない」
「な! 今、何て……!!!」

 麻里絵は言葉の意味を理解しようとして、理解できなかった。いや、真也の言わんとすることはすぐに察する事が出来たのだが、認めたくなかったのだ。
 しかし、アレコレ麻里絵が考える暇など無かった。
 真也は挿入したまま放尿したのである。勢い良く飛び出した真也のオシッコは膣の奥をビシビシと打ち付けた。

「いやああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」

 その瞬間、麻里絵もオシッコをジョボジョボとしたたらせた。温かい液体が二人の足を伝って流れ落ちる。それだけではない。股間からあふれ出した小便はどこにどう当たって跳ねているのか、予想もつかない方向へと飛び散った。

 真也と麻里絵は一日中こんなことをして過ごした。
 放尿の後二人でシャワーを浴び、身体を拭い、今度は真也が麻里絵を抱っこしてソファーに戻った。デッキに入れっぱなしになっていたポルノビデオを再生して二人で観る。もう何度も通しで観ているのでストーリーもセックスの流れも熟知していた。一度目はビデオの営みに唖然となるシーンもあったが、既にそれを凌駕する境地に二人はある。
 昼食を取らずに、場所を変え、体位を変え、セックスし続けた。

 さすがに入れっぱなしというわけにはいかなかった。最初に逃げたのは麻里絵だった。ヒリヒリ・ジクジク・ズキズキと真也が動くたびにあらゆる種類の痛みに襲われ、耐えられなくなったのだ。
 一日に何人もの男と交わる麻里絵だから、普通の女性に比べればはるかにハードなセックスにたえらる。けれど、ずっと挿入をしているわけではもちろん無い。むしろ手や舌や胸や太腿など挿入以外の行為で男を楽しませることの方が多い。柔らかくネットリとした肉ひだで包み込み全てを受け入れるのは最後の瞬間が近づいてからなのだ。

 真也は麻里絵を逃がさない。まともに立つことが出来ない麻里絵はせいぜい一歩二歩と真也からあとずさる程度だ。真也は麻里絵を羽交い絞めにし、押し倒し、両足を広げ、クンニする。快感で痛みを忘れるまで舐め、しゃぶり続ける。そのうち麻里絵は自ら真也を求めるようになる。
 真也のものがしぼんで抜けてしまうこともあった。足腰に力が入らず、そのまま仰向けに寝転ぶ。猛り狂っていたはずのものが情けなくもしぼんでいた。下腹部にひっついているイチモツ全体が鈍痛の固まりになっていて、細胞がばらばらになってしまいそうだ。

 麻里絵が唇を添える。フェラチオは麻里絵の得意技だ。あっという間に無理やり立たされる。だが、モノが復活しても真也はその気にならない。疲れきっていた。麻里絵は容赦なく真也に乗り、ゆっくりと身を沈めた。広がりきった麻里絵の中にあっさりと包み込まれる真也。
 あれほど開いていたアソコが次の瞬間には真也のペニスを締め上げていた。

 苦痛を乗り越えてしまうと、真也も麻里絵もいつまでもセックスしていられそうな錯覚にとらわれていた。麻里絵は「このまま死んでしまうかも?」とすら思った。死は甘美な誘いでもあり、計り知れない恐怖でもあった。
 麻里絵は「夕食ぐらい普通にしようよ」と提案した。
「最後の晩餐だもの、ね」

 セックスし続けることに真也はこだわるのではないかと麻里絵は思ったが、真也も相当疲れていたのか、「そうしよう」と返事をした。
 バスタブに湯をはり、ふたりは温もりの中に身を沈めた。何かに憑かれたように交わっていたのがウソみたいな安らぎの一瞬だった。
 欠けたものを必死に修復しようとしていたのかもしれないと真也は思った。
 ゆらゆらと湯に身体を揺さぶられながら、隅々まで愛撫しあった。ふたりはバスタブの中でようやく同時にイクことができた。

 二人は入浴を終えて身繕いを整えると、晩餐のための買出しに行った。それぞれ得意料理を作ることにして材料を仕入れ、ワインも手に入れた。CDショップにも寄り、BGMにするための音楽も探した。店員の勧めでインストゥルメンタルのアルバムを一枚購入した。窓辺に何気なく置くための花も買った。
「ついでに二人で住む家も買おうか?」と、麻里絵が言った。
「いいよ。でも、今は収入がないから、卒業して、就職してからだな」と、真也が応えた。
「小野くんなら食べさせてあげるよ」
「売春で稼いだお金で?」
「そうよ。そのかわり、思いっきりいやらしくてしつこくて激しいセックスで、わたしを癒してくれなくちゃダメ」
「それくらいお安い御用さ。だけど、麻里絵だっていつまでも身体が売れるわけじゃないし、俺だって年とともに衰えてくるだろうね。そうしたら、俺達の仲は、終わっちまうのか?」
「まだまだ時間はあるわ。その間にゆっくり仕事を探してよ。わたしは引退したら専業主婦。貞淑な妻になるわ」
「じゃあ、俺は詩人にでもなって暮らそう」

 手作りの料理を振舞いあった二人は、再びベッドに入った。いつまでも続きそうな長い夜だと感じたのは最初だけで、気がついたら窓の外が明るくなっていた。別れの朝だ。

 真也は麻里絵を乗せてレンタカー屋へ行き、車を返して清算をした。麻里絵はそこで自分のためのレンタカーを借りた。真也はその車で大学まで送ってもらった。そして二人は別れた。

 キャンパスに足を踏み入れると真也は急に眠気を催した。授業はあるはずだが、頭の中の曜日が定かでない。購買で適当に筆記用具をそろえて着席することも出来たがその気にならなかった。
 学生課や教授室などのある本部建物の掲示板には、真也を呼び出す旨の張り紙がしてあった。卒論のための教授との個別面談をすっぽかしていることに気がついた。5日前の日付だった。
 目はしょぼしょぼしていたが、徹夜でセックスしたせいか、頭の芯は冴えていた。けれど、脳みそのどこか一部がトロケているようなだるさに包まれてもいた。呼び出しに応じる気にはなれなかった。

 下宿に戻ると、「何してるのよ! 連絡頂戴! ミコ」と書いたメモが、新聞の山の中に埋もれていた。
 留守番電話は「留守」マークが点滅している。伝言が録音されている合図だ。
 パソコンの電源を入れてメールチェックをしながら留守録を聞いた。

 電話の半分はミコからのものだったが、後の半分は受験したりエントリーした会社からだった。2社の書類提出期限が過ぎていることを知った。3社の呼び出しをすっぽかしていた。そのうちの1社は小さな会社だったが、「是非とも」というニュアンスが色濃く伝わってきた。2次面接の案内も2社から入っていた。驚いたことに内定が1社あった。だが、これも期限が過ぎていた。
 メールもエントリーした会社からの連絡が5通届いていたが、これも全て時既に遅しであった。唯一間に合うものは、「合同就職説明会」の開催案内だけだった。今日の午後だ。
 いまさらどうでもいいやと真也は思った。

 留守電に残されたミコの声は次第にヒステリックになり、「どこに行ってるのよ。何してるのよ。もういい、知らない」という台詞が最後だった。
 就職を棒に振り、アルバイトはクビ、そしておそらくミコももう自分のところには戻ってこないだろう。教授との面談に顔を出さず呼び出しも無視したとあっては卒論だってどうなるかわからない。
「終わったな。何もかも」
 真也は不思議と空虚な気持ちにはならなかった。むしろ充実していた。

 床に寝転んで両手を宙に上げた。
 空気を掴む仕草をする。もちろんなにも掴めない。
「何もない。……気持ちいい」
 真也は呟いた。

 

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