ロシアンルーレット

敗 者 復 活 戦

 

5.

 柳麻里絵はシャワーを浴びると、ホテルに備え付けのシャツを着て出てきた。
 ペラペラした安手のパジャマ、という感じである。前ボタンがみっつ。胸のVゾーンが広めで、乳房が見える。バスローブのように裾は長くない。背の低い麻里絵だからかろうじて隠れるが、身長のある人なら陰毛が丸見えになるだろう。
 ベージュを基調とした生地にピンクの抽象的な模様がうねっている。

 いかにもこれから「やります」という二人にはうってつけで、真也は欲情した。だが、欲情してばかりもいられなかった。シャワーの後、真也も同じようにお仕着せのパジャマを羽織った。男性用はベージュにスカイブルー。多少サイズは大きいが、真也が着ると性器を隠すことは出来ない。鏡を見ると、先端部分は勃起して服の中に隠れているが、玉がブランと揺れている。
 気にしていても仕方がないので、バスルームを出た。

 それにしても、不思議な感覚だった。自分にはミコという恋人がいて、「言い合い」程度に揉めることはあっても、基本的にはうまくいっている。性的にも満たされている。なのに、さっき再会したばかりの、しかも、にわかには誰だったか想い出すこともできなかった女性と、今まさに、セックスしようとしているのだ。

 不思議な感覚ではあったけれど、今、ここでこうしていることに違和感はなく、ミコへの罪悪感もなかった。

 麻里絵はベッドの上に足を投げ出して座っていた。視線はどこにもあっている様子は無かった。真也がバスルームから出てきたのにも気がつかない。うつろな目。半開きの唇。既にある程度セックスの愉悦に身を委ねているように真也には思えた。

 股の開き加減がだらしない。伸ばした左右の足の爪先同士の間隔がざっと60センチ。後ろに手をついて身体を支え、腰を前に出し気味に座っているから、性器があらわになっていた。
 麻里絵の性器は、真也の見慣れたミコのそれとは異なっていた。ミコと比べて毛が薄いのは気にならない。個人差があるのは真也の認識の範疇だ。だが、性器そのものが随分違う。
 色が濃く、開いている。

 ミコの場合は普通の肌の色の中心部にかすかに陰部とわかるものがある。ピンクと茶色の中間色、ちょうど絵の具やクレヨンの肌色が少し濃くなった感じだった。
 麻里絵はひだがしっかりとその存在を主張し、中心部の穴もまるで男性器が差し入れられた状態のように開いている。色も黒に近い。照明の加減で開いたヴァギナの中が見え、そこは綺麗なピンク色だったが、ぐっちょりと湿っていた。
 そのつもりで見ると、乳首の色も随分黒ずんでいる。

 麻里絵は売春で日々の糧を得ていると言った。
 経験を重ねると色が濃くなるのだろうかと真也は思った。自分のペニスの先端だってかつては恥ずかしくなるほど麗しいピンク色をしていた。今はそうではない。健康ランドなどの大浴場では、そこだけ日焼けしたかのように周囲と違った色の物を見かけることは少なくない。やはり使い込めば黒くなるのだ。
 それはそれとして、ぽっかりと開いたヴァギナのなんと隠微なことか。おいでおいでと誘われているかのようだ。
 金銭の代償として毎日違う男に抱かれ続けると、ひだがはみ出し、縁がめくれあがって、穴は開きっぱなしになるのだ。爛れ乱れたセックス漬けの生活が麻里絵の性器をこんなにしてしまったのかと思うと、真也は吐きたくなるほどの嫌悪感を憶えた。そして、同時に極度に興奮している自分に気がつく。
 相手は職業としてセックスを選ぶような女だ。今さら何の遠慮がいるだろう。
 あの穴に膨張しつくして固く張り詰めた自分のものを力の限りぶち込んで、奥の奥までぐいぐいと突き上げてやりたい。
 真也は破壊願望に近い激しい衝動に駆られた。

 上半身だけのパジャマの、ボタンとボタンの間から、真也のペニスはそそり立っていた。それを目にした時、真也は驚愕した。太さも長さも、これまで目にした自分自身のどれよりも、猛り狂っていたからだ。
 相手が売春婦だからだろうか?
 そうではない、と真也は思った。
 ここにあるセックスは、セックスのためのセックスだからだ。自分達はまさにセックスのためだけにここにいるからだ。恋愛の一過程としての営みではない。ひたすらに快楽を求めていい。本能的にそれを察知して、真也自身も最大級の臨戦態勢になっているのだった。

 麻里絵はのろのろと四つん這いでベッドの端まで来ると、上半身を起こして真也のペニスに唇を当てた。唇の間から差し出された舌で麻里絵は真也をいとおしそうに舐める。
 真也は快感の虜だ。甘美のほろ酔いが真也の獰猛な精神状態を徐々に抑える。
 真也はゆっくりとパジャマのボタンをはずし、脱ぎ捨て、裸になった。その間中、麻里絵はフェラチオをしている。先端部分を口に含み、唇の圧力でカリを刺激しながら、じゅぶりじゅぶりと音をたてる。両手も休んでいない。根元を強めに右手の親指と中指で挟み、その間で折り曲げられた人差し指がピンピンとペニスを押し出すようにしながら圧迫をしていた。左手は掌で袋をすくい上げてゆっくり回しながらかすかな摩擦を睾丸に注ぎ込み、伸ばした指の先が股間の筋をまさぐった。
 麻里絵の指紋のひだすらも感じるほど真也は敏感にさせられていた。
 声を出さずにいられなかった。
 やがて麻里絵は真也の股の下をくぐって、アナルに舌を這わせた。

 それからどういう展開になったのか真也はよく覚えていない。ミコとのセックスのようにパターンなどはまるでなかった。主導権の取り合い、せめぎあい。
 ミコもいつの間にかパジャマを脱いでいた。

 真也は全身のいたるところを愛撫し、嘗め回した。麻里絵もそうだった。どこをどのようにしても麻里絵は狂喜して悦んだ。特に乳首とクリトリスとヴァギナが感じるようだったが、それぞれ微妙に反応が違う。中でもクリトリスへの刺激にはミコとは比べものにならないほど反応した。真也は舐めながらじっくりと観察した。ミコの倍くらいの大きさがある。いや、それ以上かも……。ずっとミコしか知らなかった真也には、一般的にどの程度の個人差があるのかなどわかりようもなかった。

 麻里絵は自分の愛豆を糸で縛ったり洗濯バサミで挟んだり、ときには針で刺したりして一人遊びをしていた。切ないほどの苦しさが心地よく、そういう趣味の男と夜を共にすることもまれにあり、すっかり肥大してしまったのだ。おかげでキツイ刺激に慣れ、同時に感度は常人に比べてはるかに開発されていた。
 真也のクリトリスへの攻撃の強さに比例して、麻里絵は握った真也のペニスを上下させた。それはほとんど条件反射のようなものだった。真也は何度もイキそうになった。しかし、ミコのヴァギナで全体を包まれての射精に慣れていたので、手での摩擦だけではものたりなかった。最後のところで射精できなかった。それにしても、手だけでその寸前まで導かれたことはこれまで一度も無い。

「あ〜ん、我慢できない……」
 悲痛ともいえるよがり声を麻里絵が発する。

 挿入もされていないのに麻里絵は既に3回もイっている。そして、今、また昇りつめようとしていた。だけど、このままイクのはいや。身体の中いっぱいに満たされた状態でイキたい。
 真也を受け入れてしまいたかったが、真也にはまだそのそぶりはない。
 麻里絵はたまらなくなって真也を押し倒して上にまたがり、真也の中心に向かって腰を沈めた。

 ミコはどんなに身体が高ぶっていてもほとんどの場合コンドームの着用を要求する。「入れて」と「つけて」のふたつの言葉をタイミングよく発する。あんなに乱れていたのにそのことだけよく冷静に言葉にすることが出来るなと真也が感心するほどである。
 安全日にはそのまま挿入することを許してくれるが、「ただし、外で出す自信があるならね」と付け加える。もちろん真也はそれに従う。

(このまま中にぶっ放したい)
 そんな欲求にかられることもあるが、最後の段階で抜いてしまう。それは一種の強迫観念にすらなっていた。
 だから、コンドームを装着していないペニスを何のためらいも無く自分から受け入れる麻里絵の行動はカルチャーショックですらあった。そして、麻里絵のその行為は極度に真也の興奮を高めた。リスク回避の最後の一線すら麻里絵の性欲にはかなわないのだ。

 4回目の絶頂に達した麻里絵はゼエゼエと息を乱しながら、真也に並んでベッドに仰向けになった。麻里絵の動きにあわせて腰を突き上げていた真也もいささか疲れていた。
「なんなの、こいつは、もお」
と、麻里絵は真也のペニスを握った。
 指先で弄びながら、「長持ちしすぎ。全然イカない。いっつもそうなの?」と、真也に問う。
「まあ、そうだけど」
「すごいのね。でも、こんな客とは寝たくないなあ。イカせてナンボの商売だもんねえー」
 インターバルを置くと普段は萎えてしまう真也だが、麻里絵は最小限の刺激で巧みにそれを阻止しながら、おしゃべりを続けた。
 狂おしく焦れったい感覚が間断なく真也を襲い、勃起を維持させられ続けた。

 麻里絵が学校を辞めた原因は、タバコだった。
 放課後、帰宅前にトイレに寄った。その時に、タバコを吸っているクラスメイトたちに出くわした。法律でも校則でも禁止されている行為だが、クラスメイトの多くがタバコを吸っているのは知っていたし、それを咎める気持ちなど毛頭なかった。ただ、自分は興味をもてなかっただけである。ただ、その日、その時、トイレは無人だと思っていたので、先客がいることに驚いて「あっ」と声を出してしまった。それがタバコを吸っていた同級生たちを刺激した。

 麻里絵が歩く校則であることをみんな知っている。けれど、それが単に「興味がないから校則どおりにしている」だけとは誰もしらない。だから、校則の固まりである麻里絵が喫煙現場を目撃して声を立てようものなら、「チクられる」とクラスメイト達が思っても不自然ではない。
 彼女達はいわゆる「不良」と呼ばれるような連中ではない。そういうグループはトイレでコソコソタバコを吸ったりしない。もっと、堂々としている。
 靴下だの髪型だの、ちょっとづつ校則違反をしては、「人権しんがーい!」「個性を無視してるよねー」なんぞと嘆きあってる連中だった。不良のレッテルを張られているメンバーのように授業をサボったりもしない。いささか受講態度がよろしくない、という程度だ。そういう中途半端な、そしてどこにでもいる標準的な少女達だった。

「柳もさー、吸えばー?」
「え……、でも……」
「こんなのどってことないって。みんな吸ってるし。気分転換だよ」
 紙巻の一本とライターを手渡された。共犯にしてしまえば、チクられる心配はない、喫煙処女たちが咄嗟に出した結論がそれだった。
 麻里絵も「別に、いっか」という気分になった。興味がなかっただけで、タバコが嫌だと思ったこともなかった。

 火をつけて、煙を吸い込む。
「あ、そうじゃなくて、肺までぐーっと吸い込むのよ」
 言われた通りにして、むせた。喉の奥がイガイガした。涙が出た。
「ちょっとだけ我慢しなくちゃ。吸い込んだら、しばらく肺の中でためておくの」
 そう言って実演してくれたのは学年一の童顔で小柄な少女だった。ややもすれば中学生に見える。後で思えばムキになることはなかったのに、なんだかばかにされたような気分になって、負けてたまるかと思ってしまった。

 相変わらずむせたが、繰り返すうちにだんだん平気になってくる。
「10秒、我慢してごらん。もうあたしらはなんともないけど、初心者はくるよー!」
 初心者といわれてまたムキになった。
 麻里絵はタバコをぐーっと吸い込んだ。口の中に多くの煙がたまっているので、唇を少し開いて外気と一緒に一気に肺に入れる。むせそうになるのをぐっとこらえる。くらくらーっと眩暈が襲い、次に嘔吐感がこみ上げてきた。
 き・も・ち・わ・る・い……
 遠くから話し声が聞こえて、クラスメイト達は便器にタバコを放り込んで水を流し、さっとその場を立ち去った。気分が悪くなってその場にしゃがみこんでいた真理絵だけが先生に見つかった。

 喫煙は、校則では停学になっている。だが、停学といってもせいぜい3日だ。親の呼び出しと反省文の提出などもしなくてはならない。
 これまでその処分を受けた者はたくさんいる。停学があけたらみんなケロリとして登校してくるし、反省文に「2度といたしません」と書いたってそれで禁煙する者なんていなかった。
 麻里絵もそうしていれば何事もなく高校を卒業できただろう。だが、出来なかった。停学の3日間が終わると、なんだか全てが馬鹿馬鹿しく思えた。その日提出するはずの反省文を破り捨てて、学校へは行かなかった。
 父親は怒ってそのまま会社に行った。母親は泣いた。
 とりたてて成績が良かったわけではないが、まじめだけが取り柄だった麻里絵だから、いきなりの停学に母親は強くショックを受けていた。おまけに、登校拒否。母を傷つけたと思うと心が痛んだ。だけど、どうしても学校へは行けなかった。
 麻里絵は、涙する母親に、やはり自分も泣きながらごめんなさいを繰り返した。

 数日が過ぎ、親子3人で話し合うことになった。
「私も泣かないから、麻里絵も泣かないで。冷静に、話をしましょう」と母は言った。麻里絵は頷いた。
「喫煙に対する罪の償いは3日間の停学で終わっている。堂々と学校へ行ったらいい」と父は言った。
「どうして学校へ行くことが出来ないの?」と母は言った。
「わからない」と麻里絵は答えた。
「でも、学校へ行っても空虚なの。何もないの」と付け加えた。
 麻里絵に言えるのはそれだけだった。

 同級生の親達と比べたら、自分の両親は厳格で厳しいと麻里絵は思っていた。だから、登校拒否などしようものなら、引きずってでも学校に連れて行かれるに違いないと覚悟をしていた。
 けれど、そうではなかった。
 厳しい分、何事にも真剣だった。
 自分の不条理な登校拒否にもまじめに取り組んでくれたと麻里絵は思っている。

「気の済むようにすればいい。高校は義務教育じゃない。他になにかやりたいことがあるのならすればいいし、ないのなら見つかるまでなにもしなくてもいい」と、父は言った。
 その瞬間、母は異論を唱えようとしたが、父のまっすぐな眼差しに、開きかかった口を閉じた。
「殺人とか強盗とか人の道に外れたことをしなければなんでもいい。まっすぐに生きてくれればそれでいい」
 母はゆっくりと頷いた。泣かないと自分から約束した母は、涙を必死にこらえていた。

 麻里絵は結局、身動きが取れなかった。物分りの悪い両親に無理やり学校に連れて行かれたほうがもしかしたら良かったのかも、とすら思えた。
 そして、自分のことを真剣に考えてくれている両親に対してそういう感情を持ったことに罪悪感を憶え、ますます追い込まれていった。
 何も出来ない。何も動けない。何をしていいのかもわからない。両親に、申し訳なかった。

 父に薦められて、散歩をするようになった。少し、気が晴れた。一歩、進めるような気がした。けれど、帰宅をして、何もしていない自分に文句のひとつも言わず3度の食事を出してくれる母の顔を見ると辛かった。
 散歩の時間が長くなった。それが深夜に及び、時には帰らなくなった。外出時間が長引けば長引くほど戻り辛くなった。そんな時、ドラッグに出会った。ふらふらと歩く麻里絵の姿を同級生の一人が見つけ、誘ったのだ。タバコの吸い方を教えてくれた童顔の彼女だった。

 何人かの仲間がいた。
 そのうちの1人の部屋だったと思う。
 トリップを憶え、セックスを憶えた。
 最高に気持ちよかった。どこへでも行けた。
 クスリが効いている間は誰とでも寝る事が出来た。
 男と寝たらお金がもらえた。家に帰らなくても生活できた。

 真也の精液が急激にせりあがってきた。麻里絵の指の動きが特に変わったわけではない。なのに、突然の変調だった。
「でそう!」
 真也が叫ぶと、「入れて!」と、麻里絵は言った。
「いつでもできるように、ずっと自分の指でしてたから……」
 片方の手で真也のペニスをまさぐり続けながら、もう一方の手でオナニーをしていたのだ。さすがにセックスを商売にしているだけあってソツがないなあ、などとどうでもいいようなことを真也は考えながら、サイドテーブルに置かれた小物入れに手を伸ばした。蓋を開ければコンドームが用意してあるのは確認済みだった。

「生でいいって」と、麻里絵は言った。
「でも……」
「そのまま入れて」
 しかし真也は、中で出したいという欲求にかられていた。生で入れたら射精の直前に抜かなくてはならない。ミコとノースキンでセックスをするときは外に出すのが慣わしになっていた。だが、今日はどうしても最後の瞬間に抜きたくなかった。麻里絵の中でそのまま果ててしまいたかった。
「中で、出したいから……」
「あはは、律儀ねえ。いいよ、そのまま中で出しちゃって。ピル飲んでるもん」

 

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