第3話 プレゼント「青空」   =7= 



 ああ、「愛の泉」ね。最初は儲かると思ったんだよ。上手くのせられたって感じかなあ。長谷川さんは随分親身になってくれたよ。俺はさ、「まんまとはめられたよなあ」って、白けた気分になっていたけれど、あの人は何も疑ってなかったよ。自分も儲かると思っていたし、自分が勧誘した人にも儲かって欲しいって思っていた。騙されてたことにきが付かなかったんだよ。だから、信じて、一生懸命営業してた。
 亡くなられたことは知っていたよ。でもさあ、さすがに葬儀には行けなかったなあ。長谷川さんに騙すつもりはなくても、結局俺は組織に騙されたようんもんだから。長谷川さんはいい人だったけれど、恨みがないと言えば嘘だよ。俺だって、人間だもん。500万持って行かれて、平気でいられるわけないでしょ。
 だから、もう、関わりたくないんだよ。正直言って、長谷川さんの人の良さに、辟易しててさ。「俺はもういいんだよ」って言っても、「がんばればきっと成果が上がりますから」って。
 騙されたって、思った瞬間に、頑張る気なんて失せるよね。
 頑張るってことは、新しい誰かを騙すってことだから。
 まんまと乗せられた俺も悪いから、恨み事は言いッコ無し。500万は諦めた。
 だからある意味で長谷川さんが死んでホッとしてる。俺がちっとも頑張らないでいるから、あの人には負担をかけていたんだよ。精神的にね。だから、「一抜けた」って言えなかったんだ。きっと「それじゃあ仕入代金をまるまる損するじゃないですか。どうして頑張らないんですか?」って。真剣に励ましてくれるのが、目に見えていたからね。
 とにかくもう俺は、関わりたくないんだ。


 僕と清花は頭を下げてその場を辞した。
 なんともやりきれない気持だった。
 「長谷川さんは本気だったんだ。ちっとも胡散臭いとは思ってなかった。。。。」
「うん、そうね。純粋だったのね、きっと」
「僕や清花よりも、ずっと」
「純粋さが、時として人を傷つけるものよ」

 え? 愛の泉? 冗談じゃない。はめられたなと思いながらも、コツコツ売ってたんだ。会員も二人勧誘した。だけどそこまでだ。長谷川だったからまだしもやれたんだ。
 長谷川が死んだと思ったら、長谷川の上だと言って、手塚とかいうのがやってきた。長谷川はまだまともだったけれど、手塚はどうしようもないね。こいつはひどいやつだ。
 私が勧誘したのは、親戚だよ。絶対儲かるから一緒にやろうって勧誘した。二人勧誘でとにかく100万は取り戻した。けど、そのころから恨みつらみを訊かされるようになってきた。勧誘した親戚からな。それどころか、あっちこっちに言いまくられて、私は親戚筋からつまはじきになってしまった。そこへ手塚がやってきたんだ。もっと売れ、勧誘しろ、出来ないのなら借金抱えて死んでしまえ、って。
 私も私が勧誘した親戚も、そろって借金してたんだ。足ヌケした途端に代金を支払ったはずの品物を持って行かれて何も残ってない。それでもまだ、借金が残ってるんだ。利息が付いてね。あんた、愛の泉のものだったら、お金返して。え? 違う? 用が無かったら帰ってくれ。サラリーマンに一攫千金はないんだ。毎月ギリギリの生活しながら、ちょっとずつ返すしかないんだ。

 「清花、もうやめよう。何人に話を聞いても一緒だよ」
「でも、依頼者に報告書を書くだけの題材は集まっていないわよ」
「それはそうだけど。。。。でも」
「ね、お願い、一人だけ」
「ああ」
 僕と清花の担当は、長谷川さんが勧誘した4人の全てに当たることだった。
 (秋月と恵子は、長谷川以外の手塚の配下を回ることになっている)


 長谷川さんについて訊きたいですって? あなた方、誰? 警察じゃないわよね。
 あ、そう。ならいいけど。
 まあ、警察でもいいけどね。私が殺したわけじゃないから。でも、似たようなものかもしれないの。
 あの人はね、そう、私のことを娘か孫みたいに思ってくれてたと思うんだ。知り合ったのは、キャバクラ。「学生がこんな所で働いてたらダメだ。もっと、まじめに、人の喜んでくれる仕事をしなくてはいけない」って、説教されてさ。
 で、そうことを言う人が、まさかマルチの勧誘してるとは思わなかったから、紹介してくれた仕事の内容を聞いて驚いたわ。
 でも、話しているうちにわかったの。この人は、マルチだということを知らない。まっとうな仕事だと思ってる。
 私の方が先に気が付いちゃったのよね。
 500万くらいなら持ってるし、キャバクラの仕事もなんだかなあって感じだったから、ま、やってみようかなって、わかっていながら誘いにのったのよ。
 キャバクラのお客さん相手に売りまくって、15セットほどはいたかなあ。元は取れたんだけどね。
 でもほら、会員を勧誘した方が手っ取り早いし、売ったお客さんを勧誘して、これがまたうまく引っかかるのよ。
 長谷川さんに説教されながらも、バイトは続けていたのよね。でも、ほら、商品の販売だけじゃなくて、会員の勧誘となったら恨みも買うわけ。大金を投資させやがって、って。
 それが店にばれて、くび。
 で、勧誘はもうやめたんだけど、それが原因で、また色々とあるわけよ。
 私が代理店になったら、私の上の販売店も特例で代理店になれるの。長谷川さんは結局私を含めて4人しか勧誘していないから、販売店のままなのね。そのおかげで、その上の手塚も代理店のまま。代理店っていうのは、配下の販売店が代理店になった時点で自動的に「総代理店」になれるんだけど、それを目前にして長谷川さんが足踏みしてしまったから、手塚は焦っていたみたい。
 だけど、私が5人勧誘して代理店になったら、長谷川さんも代理店になる。すると手塚は、配下に一気に二つの代理店を持つ総代理店に昇格するわけよ。
 だけど、長谷川さんは先に勧誘した4人の内、わたしを除く3人のフォローに追われて、新規勧誘どころじゃなかった。
 それで、「じゃあ、私がもう1人勧誘して、特例でおっちゃんを代理店にしてあげる」と言ったの。私も4人勧誘してたから。
 だからもちろん、手塚にも目を付けられていたわ。やいのやいの言ってくるの。
 手塚っていうのは、なんだか自分の事しか考えてないような、金の亡者みたいな所があって、「ふーんだ、あんたのためになるなら、もうわたしは一人も勧誘しませんよー」なんて気分にさせられてたんだけど、おっちゃんのためになるんだったら、やってもいいかなって思ったの。
 そしたら、すごく怒られてね。
 「金になるから仕事をする、それだけのつもりでやるんだったらやめてしまえ!」って。
 あんな激しいおっちゃんの口調を聞いたのは初めてだった。
 「組織がマルチだからって、末端で仕事をしている我々が誠意のある商売をしなくてどうするんだ。それで大手を振ってお日様の下を歩けるのか」って。
 「おっちゃん、知ってたの? これがマルチだって」
 「ああ、知ってるよ。だが、組織がマルチであろうとヤクザであろうと、きちんとした仕事をすれば、人を不幸にすることはない」
 そう言われて、私は泣いちゃった。
 私は、自分が女であることを武器にして釣った魚を、自分を儲けさせてくれる道具としてしか見てなかったから。
 いつの間にか私も、すっかりマルチの一員になっていたのね。
 おっちゃんは「今日は気分が悪い」って言った。
 さっき手塚が訪ねてきて、「親戚でも友達でも、騙してでも勧誘しろ! 草原にローラーをかけて砂漠にしろ」って言われたんだって。
 「貴様、私の勧誘した販売員の所にも出かけて行って、同じ事を言っただろう!」
 「ああ、言った。長谷川君。きみがなかなか配下に叱咤激励をしてくれないからね」
 「それで一人、失踪してしまった。貴様のせいだ」
 「ふん、根性のないヤツに、この商売が務まるか」
 そんなやりとりがあったって、教えてくれた。
 幸い私は成績を上げていたから、手塚が会いに来ても、そこまでは言われなかったけれど。
 「失踪して、自殺した。さっき、連絡があったよ」と、おっちゃんは言ったわ。
 で、私はもうおっちゃんを見ることが出来なくなって、ずっと顔を伏せていたの。
 「今日は天気がいい。空を見上げてご覧。みごとな青空だ。気持がいいだろう? きちんとした商売というのはね、お嬢さん、わずかな代金と引き替えに、この青空をプレゼントするようなものなんだよ。後ろ暗い気持で商売をしたらダメだ。商品を買った人、商売に携わった人みんなの幸せを願って、するものなんだ。そうすれば、きっと自分の上にも青空が広がってくれる。わかるかい?」
 わかるかい? と訊かれて、わかりましたって、答えられなかったの。
 私はおっちゃんの言葉に叩きのめされたような気がして。
 涙が次から次へこみ上げてきて、で、ごめんなさいとしか言えなくて。それもきっと、おっちゃんの耳には届いてなかったかも知れないわね。
 「今日は本当に気分が悪い。でも、君はわかってくれたみたいだね。少しは良くなったような気がするよ」
 私はその場を走り去ることしかできなかったわ。で、最後に、チラッと、おっちゃんを見たの。
 とても顔色が悪くて、本当に気分が悪そうだった。でも、わずかに、空を見ている目だけが、ちょっと青空に希望を見てるみたいだった。
 その後よ。おっちゃんが死んだの。嫌なことがあって気分が悪かったのではなくて、本当に体調が悪かったんだって思い当たったのは、おっちゃんが死んだって知ってから。ああ、そういえば、顔色が悪かったなって。
 だけど、きっとそれも、私までがマルチに毒されてるってことをおっちゃんが知ったからに違いないわ。だって、最初は顔色悪くなかったもの。
 病は気からっていうじゃない。私のせいで、おっちゃんの心も身体も悪くしちゃったの。今はそう思ってるわ。
 だからって、いまさら、何もしてあげられないけれど。


 最後の一人を訪ねる気力は既になかったけれど、訪ねても無駄だろうと思った。
 失踪して自殺した人がいる。今まで訪ねた3人が健在だったのだから、最後の一人がまさしくその人だろう。
「どうする、和宣」
「どうって?」
「報告書」
「うん、書くだけの材料は集まったよね」
「あなた、書ける?」
「出来ればあまり書きたくないけど、清花が嫌だっていうなら、僕が書いてもいいよ」
「わかった。じゃあ私が書く」
「ごめん」
「そのかわり、後で目を通してね」
「。。。。それも、ごめん、かな」
「そう」
「甘えるな、プロになれって、叱らないの?」
「まさか。プロだから、足りない部分をお互いカバーしあって、完璧な仕事に仕上げるのよ」
「そうだね」

 清花の書いた報告書に目を通し、「うん、これでいい」と言ってから、社長は頭を抱えた。
「どうかした?」と、清花。
「うう〜ん、今回は大赤字だ」
「え?」
 僕は自分の耳を疑った。
 必要経費を全て依頼者に請求し、かつ、調査員の日当も払わせるのだから、赤字になるわけがない。
「ほら、依頼者の了解を得ずに、じゃんじゃん調査員を投入したじゃないですか。当然その分の日当や経費は請求できません」
 そうか、今回はオールキャスト集合だった。
「でも社長、どうしてそんな迂闊なことを。。。」
「橘クンが、愛の泉と契約し、引き取ったクリーンハウスキットを完売して、利益を稼ぐ、そのつもりだったんですよ。利益だけを得たんじゃ申し訳ないですから、その分を見込んで調査員を投入したんです。でも結局、和宣クンは愛の泉に入りませんでした。だから、最初の約束通り、愛の泉との契約金として500万を経費で請求できないのはもちろんのこと、販売して利益を得ることも出来ません」
 「あ! なるほど」と、清花が叫んだ。
 「でも、秋月さんが60セットも売ったんでしょう?」と、僕。
「彼は、自分の担当しているマンションのエアコンとして、仕入れたにすぎません。聞けば、仕入れたそのままの値段で費用として計上されています。つまり、儲けがゼロなんですよ。もっとも、それは彼の工務店の内部のことですから、例え儲けが出たとしても『風の予感』にまわしてもらうことなんて出来るわけないですけどね」
「つまり、社長もマルチの被害者になったわけですね」と、面白そうに清花が言う。
「だけど清花、僕たちが立て替えてる経費や日当、これが出ないとなると笑ってばかりもいられないよ」
「まさか。社長はそんないい加減な人とは違います。ね」
 社長は苦笑いをするばかりだった。

  第3話 プレゼント「青空」 おわり



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