「キオト」
■INTERVAL-4-
 夜は熱を和らげる。
 私の、そしてあなたの胸をなだめようと。
 海風は言葉をさらう。
 私の、そしてあなたの唇に触れて、世俗の憂さをはらさんと。

 ゆるやかに。

 田舎をでて何年になるのか、指折り数えてもとっさに思い出せない。そんな年に差し掛かったことを知る。

 バイクから人気のない海岸におりていく。私とあなたは、砂浜に腰を下ろして。水平線が白み始めるのを今か今かと待ちわびる。
 瞬間の真冬を思わせるように。夏でも明け方はぐっと冷え込む。私は風に乱れる髪の毛を押さえながらそっと康之にもたれかかる。こんな時だからこそ康之の胸は心強い。

 コンクリートとアスファルトで固められた日常から、遠く離れた世界がここに広がっている。瞬く速さで、昇り始める陽の光が、世界に熱と色合いをもたらす様を、私たちはこの目に焼き付ける。私の頬に、彼の頬に、いや、あたり一面が色を取り戻し始める。その瞬間と同化した感動で、一言もおしゃべりなんてできなかった。
 ただ、彼の腕にしがみつき。ただ、彼は私を抱きしめて。

「響子の見たい海じゃないかもしれないけど」
 私は目の前の波が跳ねる様子を眺めていた。ひたすら笑みがこぼれて、それだけで胸が一杯だった。きれいだと、心から思った。まだ、こんなにきれいな景色もあるんだ……と。

 肩を抱きしめる康之の手が私の頬をつつく。なにかキラキラと光る物が私の目をかすめた。
「え?」
 私は間近すぎる光に目を細めた。彼が私から離れて向き直る。彼が私の左手をそっととり、その光を薬指に押し込んだ。不器用にそして壊れものに触れるように。
「……やっちゃん……」
 私はおそるおそる左手を顔の前にもってきた。光の正体を眼前でまじまじと確かめる。一切の光を集めるその正体はダイヤモンド。それほど大きくないけれど。私は次のアクションにうつれない。指示のないエキストラのように、ただ、同じポーズで固まっている。
「響子、一緒になろ」

 砂浜に座り込んで向かい合わせたまま。子供の頃母に怒られたことを思い出した。こんなに砂まみれになったらまた怒られる。
「誰が俺たちを怒るんだよ?」
 康之が私の髪の毛を両手で撫でながら、次第に頬を挟み込み近づいてくる。彼の鼻先が触れ、その息の熱さに、私は花酔いに落ちるように、唇をそっと合わせる。

 キス。
 風の音。
 耳たぶから熱が広がるように。
 ふと離れて、康之と視線を交わす。
 そして、今度はしっかりと顔を重ね合わせる。

 世界に色が戻るように。
 私たちは、寄り添う砂の花となる。

 

モクジニモドル//ススム