「キオト」
■■キヨタキ
――山鳥のさえずりに包まれて、私とあなたの砂利を踏む音――
 タクシーで遠出をする。
 日頃ならホテルを起点に、地下鉄やバスで移動するのだが、康之がどうしてもここに来たいと言ってきかなかったから。康之は柔軟性と頑固さとうまく使い分けて生きている。同い年の私にはとうてい真似できない。
「響ちゃん、それ、イヤミか?」
 康之が口を尖らせる。
 これはウソ。怒ってなんかない。彼はこうして私を時々試すのだ。

 駅前の雑踏からはまったくかけ離れた自然のふもと。深呼吸すると肺まで行き渡る澄んだ空気。観光客で賑わう場所とは違う景観。鳥居を潜り抜けて砂利道をゆっくり歩いていく。私と彼の足音だけがついてくるように。ふと、康之が私の左手を握り締める。

 どうやらここは、お酒の神様がいる社らしい。私も康之もアルコールには目がないほうなので、松尾大社の名前は耳にしたことぐらいはあった。私は康之と見合わせて、へぇ〜っと声をあげてしまう。

 昔の、酒造の様子が残る小さな資料館が併設されている。ただの朽ちた木造の小屋に見えなくもないが、なんだか懐かしい匂いがする。おばあちゃんの家にいるような気分? そうそう、小さい頃よく泊りに行ったおばあちゃんの家。
 おばあちゃんが死んでからは、その村に行くこともなくなった。台風あとなど増水した川でよく橋が流された、今時、陸の孤島のような場所。

 私がまだ五つか六つの頃。
 レンゲを摘んで弟と一緒に、おばあちゃんのお隣の家に行くのが楽しみで泊りにいっていた。

 赤茶色の牛。
 狭い小屋の中で二匹の牛が並んでいる。彼らの前を木の板が二枚打ち付けられていて、えさを食べるときだけ、その間から鼻先を差し出してくる。
 なんてやさしい目をした生き物だと幼いながら感じていた。小屋の周辺は、犬やネコなんかと比べものにならないほど、動物特有の匂いがむっと鼻をつくけれど、私も弟も平気だったのだ。

 そして、私はやさしい目をした二つの大きな顔に近づいて、なにやら歌を歌いながら鼻筋をなでてみる。

 牛の気持ちは今だって判らないが、レンゲをもっていくとそっと口から舌をだし、私の手を舐めとるようにして食べる。その温かさになんだか和んだことを思い出す。

「おかあちゃん、また、おばあちゃんちに行ってもえい? 今度はいつ行ったらえいの?」
 これが母を悩ませる私の口癖だったと、おばあちゃんの葬式の後片付けをしながら聞いた。
 最後に田舎に帰ったのはいつだっけ?

「ちゃん? 響ちゃん? 響ちゃんってっ!」
 その声にはっとして振り返る。

 カシャッ
 ひゃぁっ

 私の喉から風のような声が漏れた。
「油断してる響子がわ〜る〜い〜」

 康之はカメラが好き。
 ううん、カメラでいたずらっこみたいにして、嫌がる私を撮るのが好きなのかも?

 山鳥の声だろうか? そこかしこを包むようにこだまする。神社の奥の方へ行ってみるとハイキングコースを示す立て札。春なら沢山の花々で賑やかになるのだろう。冬枯れた緩やかな坂道を目に、再び康之のほうへと戻る。

 康之が私のショールの肩を抱く。
 すると何故だか判らないまま涙が落ちてきた。私は子供のようにしゃくりあげながら、康之の胸に包まれていた。よしよしとでもいうように、私の頭を康之が撫でている。

 

モクジニモドル//ススム