「キオト」
■■序
 何年前だったろうか? そう、大好きなあなたは言った。
「この街はもう死んだ街なのにまだ生を孕んでる……」
 私は言葉の意味をつかみかねて、ただ笑い流していた。

「建物を高くしないのはキョウトの景観を守るため。それとは別で寺院があちこちにあるのは、昔魔物の侵入を防ぐための魔方陣の役割があったんだ」
「ふ〜ん……やっちゃんって物知りやね?」
「この街はそうすることで守られてきた。もちろん、今も名残はあるし、第一……」
「やっちゃんの物知りは分かったから……おいしい和菓子屋さんに連れてッて……ほらほら」

 こんな時の康之は、もうなにをいっても埒があかない。だから、私は適当に相槌をうって背中を押す。じゃないと、また退屈な話で彼の言いなりになってしまう。

 キョウトの静けさは、降り積もる雪のせいばかりではない。きっと数え切れない"たましひ"の嘆きが、街を閉ざしてしまっているからなのだろうと。

 あの静かな街に冬がやってきた。
 先日TVに映った金閣寺は、真白の雪に消え入りそうだった。新幹線の窓から、真っ黒な壁が覆い被さるように迫ってくる。そんなに記憶力がいいわけじゃないけれど、あのものものしい黒い壁は前にはなかった。私はピンクのショールを羽織りながらホームに降りた。


 ところで、あなた。
 この街を尋ねるのは何年ぶりでしょう? まだ、私は忘れていないのに。いくら雪が降ろうとも、記憶から失せるどころか。一人でキョウトに来るのは初めてだった。前は康之に引っ張られてしぶしぶ来たのに。

 キョウト。
 あなたが好きだと言ったから。キョウトへ舞い戻る旅を選んだ。
 朧気な記憶だけを辿る旅。

 

モクジニモドル//ススム