銀河鉄道999

第3話 夢の星(中編) 

 

「う……」
 目覚めと同時に鳩尾に鈍い痛みの余韻を感じ、カゲローは上半身を起こしかけて、しかし断念した。再び上半身の力を抜き、そのまま重力に任せて身を横たえる。背中に当たったのは、意外にも柔らかくて温かい感触だった。それらはカゲローの背中や後頭部をそっと支えてくれる。
 場末の食堂で殴られて意識を失ったにしては、あまりにも違和感のある部屋に寝かされていた。天蓋付きのベッドである。
 部屋の中央にベッドがあり、部屋そのものは大きくはないが、それはベッドが立派だからそう思えるだけで、カゲローがタイタンで生活していた自分の部屋に比べるとタップリと余裕があった。ベッドの脇にはサイドテーブルがあり、水差しとグラスと活花があった。ピンク色のカーテン越しにふうわりとした光があふれ出し、部屋全体を照らしている。特殊照明のようにも思えたし、自然光のようにも感じられた。

「いったい、ここは……」
 ハンバーガーを食べ、金を払おうとしたら、殴られて、気を失った。そのような荒っぽい事態になっているのに、目が覚めたら高級なベッドに寝かされていた。わけがわからなかった。
「お目覚めかい? すまなかったな」
 覚えのある声が聞こえた。食堂で隣に座った男だった。その時は、必要なこと以外は喋らない、そして必要以上に距離感を縮めようとはしない、そんな男に思われたが、「お目覚めかい?」には親近感すらこもっているようにカゲローには思えた。声の明るさと抑揚が明らかに違っていた。
「あんなところで、あんな高額紙幣を出すもんじゃないぜ。カウンターに札がのせられた途端、キミは寄ってたかってボコボコにされ、全財産巻き上げられてたさ」
 なるほど、そういうことか。この男は親切で、しかしとっさのことだったから、あのような行動をとったのか。
「ありがとう」と言いながら、今度こそ上半身を起こす。痛みの余韻は続いていたが、動作に支障をきたすほどのものではなくなっていた。
 声の方角、ベッドの足元には、壁の間際に2人掛けのソファーが置いてあった。男はそのソファーに深く腰を沈め、足を組んでいた。とても「すまなかったな」などという態度ではない。それに、よく考えたら何も気絶するほど殴らなくっても良かったのだ。札を持った手を掴んで、カウンターの下へ押し下げる。それだけで事足りたはず。そう思うとカゲローは、徐々に頭に血が昇り始めた。
 

 カゲローはベッドから降りると、男のところに急ぎ足で近寄り、目の前に立った。
「いったいどうなってるんだ? 詳しく説明してくれよ」
 殴り返してやりたい気持ちもあったが、とりあえずは危機から救ってくれたようではある。喧嘩をしても始まらない。頭に昇った血を必死で下げながら、なるべく感情をあらわにしないようにと心がけながら、訊いた。しかし、それでも平静ではなかったようだ。カゲローの興奮を男は見抜いているようだった。
「ま、ま。そういきりたつな。まずは自己紹介でもしようぜ」
 軽くあしらわれているのか、それとも冷静になる機会を与えようとしてくれているのか、カゲローには判断しかねた。ただ、ここで「何が自己紹介だ、このやろう」と胸倉を掴むより、相手のペースに乗る方が得策と思えた。宇宙の荒野ではナメられたり軽く見られたりして「低い立場」が確定してしまうと、それは弱みを握られたのと同じだ。主従関係の「従」になってしまうとも言える。ここで「従」にならないためには、相手のペースに乗る余裕を見せるのもひとつの方法だとカゲローは思った。食堂で殴られたときのように、不意を突かれるのでなければ、一発で気絶させられるなんてことはないだろうが、腕力では相手のほうが上のようでもあった。
 それにカゲローは、もともと争いごとが好きではない。なのに、旅立ってからというもの、神経がピリピリすることが多かった。
 そうしなければ身の安全を守れないという事情もあるが、ならばなおさら、何でもかんでも「受けて立つ」のではなく、本当に必要なときだけ臨戦態勢をとるという的確な判断力も必要だ。
「自己紹介……。ああ、そうだな。そうしよう」
 ようやくカゲローは落ち着きを取り戻しつつあった。

 しかし、まだカゲローは宇宙を旅する者としては不注意であったといえよう。腰に巻いていたホルスターがなくなっていることに気がついていない。もちろん、銀河鉄道からの支給金を入れた財布も懐にはないし、シュナイデンナイフを収めたデイパックも身近には無かった。ベッドに眠る時にこのようなものは身に付けたりはしないので、起きたばかりのカゲローにとっては当たり前のことかもしれない。しかし、本来ならば枕元やベッドのすぐ傍に置いておき、目覚めと同時にこれらを装着すべきである。いや、場合によっては武器や貴重品は身に付けたままで眠ることも必要だ。安全の保証された場所などありえないという心構えを忘れてはならない。宇宙の旅人の鉄則である。

「俺はベリーナ・リューデスハイム・フォン・ローゼ。これでも一応、伯爵家なんだけどな、堅苦しいから親しい友人は、ベリ、って呼んでくれてる」
「伯爵家?」
「俺は嫌なんだけどさ。生まれる家は選べないだろ?」
 その通りだが、贅沢なことを言ってるなとカゲローは思った。父が宇宙開発に携わる任にあたっているから決して貧乏ではないが、それでも裕福な暮らしをしていたわけじゃない。自分より貧しい人もたくさん知っている。しかし父が行方不明となり、給与支給が打ち切られてわずかな補助金となってからは、生活の苦労がひしひしとのしかかってきた。金の面もあるが、それだけではない。一方、貴族という奴は、生活の苦労など知らず、「堅苦しい」だの「生まれる家は選べない」など、悠長なことを言っていても許されるのだ。
 反感や皮肉を込めてカゲローがそう指摘すると、ベリは苦笑した。
「ま、そう言うなよ。俺は俺で、この家を出て、普通に働いて、自活してるんだからさ。今日、実家の客間にいるのは特別だよ。おまえ……と、失礼、名前、教えてくれよ」
「カゲロー。夏草陽炎」
「夏草陽炎、ね。うん。カゲロー君を殴り倒しちゃったから、介抱するためさ。特別にね」
「それには感謝するよ。と言いたいけど、殴ったのはそっちだし」
「だから、悪かったよ。そうするより仕方なかったってのは、わかってくれないかな?」
 殴らなくても、手を掴むだけで済んだだろう? と反論するのはやめた。カゲローはベリの言い分を認めてやることにした。
「わかったことにする。だけど、君で呼ぶのはやめてくれないかな? なんだか、下に見られてるようで、気分が良くない」
「じゃあ、ファーストネームを呼び捨てだ。それでいいだろう? カゲロー、ベリ、の仲で行こうぜ」
 よし。それなら対等だ。
「ありがとう」と、カゲローは言った。

「なら、話の続きだ。カゲロー、キミはいったい何者なんだ?」
「何者って、別に……」
「悪いけど、荷物を預って調べさせてもらった。俺のアパートなら問題ないが、何しろ伯爵家の玄関をくぐってもらうわけだろ? 家の者には『友達が気分を悪くして倒れた』ってことにしたが、それでも妙なものを持ち込まれては困る。で、武装解除させてもらった」
「武装解除?」
「銃もナイフも預らせてもらってる。悪く思うなよ」
 ここで初めて、カゲローは銃も財布もデイパックも手元にないことに気がついた。
「あ!」
「今まで気付かなかったのか? 不注意だなあ。この星の住人か? 旅人か?」
「旅人だよ」
「密航者か……」
「バカ言え。銀河鉄道の正規の乗客…ってことになってる」
 正規の乗客だ、と断定せずに、「ことになってる」などと言ったのは、自分でパスを買ったのではなく、貰ったという後ろめたさがあるからだ。それと同時に、なぜ自分にパスが渡されたのかについても、まだ実はよくわかっていないからでもあった。
「銀河鉄道の乗車券って、通勤路線とか正規の任を帯びた遠隔地への赴任とか認められた場合を除けばバカ高だって聞いたぞ。そんな金、どうやって工面したんだ? それとも、カゲローが正規の任を帯びた人材だとでも言うのか? まさかな、そんな男がオフィシャルホテルやオフィシャルレストランでない所に足を延ばすとは思えんしな。それとも、正規の任を帯びた乗客が、物好きにも下町へやってきたか?」
「いや、その、多分……」
 俺は物好きなんだろうな、とカゲローは思った。
「そうか。物好きの部類か。だったら気をつけるんだな。庶民の服装をして、銃やナイフなんかの武装を整えたって、そんなもの形だけだ。それで身を守れると思ったら大間違いだぜ」
「わかってるよ。身にしみたよ」
 カゲローはシュンとした。
「ところで、銀河鉄道のパスはどうした? ホテルにでも預けてるのか?」
「いや、いつも身に付けて……あれ?」
 カゲローは蒼くなった。ジャケットの内ポケットは空である。いつもそこに入れておいたのに。
「……おまえ、まさか!」
 武装解除のための身体検査。そのときにベリによって抜き取られたとしか考えられなかった。
「おっと。急に殺気を振りまくな。俺じゃない。確かに、荷物検査はした。そして全ての持ち物は預からせてもらった。だが、パスなんてどこにもなかったぜ」
「そんなバカな」

 内ポケットにはボタンをかけてある。今、確認すると、それは外れていた。
 記憶を辿る。改札を抜けてパスをしまい、確かにボタンをかけた。駅舎を出る前だ。それ以降、触れてすらいない。
 勝手にボタンが開いて落ちるという可能性は低い。そんな構造にはなっていない。その後、もしジャケットからパスを抜き出すことができるとしたら、気絶している間しかない。
「ベリ! おまえ、親切ぶってるが……ぐ!」
 カゲローは身を乗り出し、ベリの襟首をつかもうとした。だがその瞬間、逆に自分の手首をつかまれ、捻り上げられてしまった。
「貴族ってのは、そのたしなみとして格闘技も習得するんだ。おまけに俺は野に下った男だ。喧嘩慣れもしてるぜ。一発でのされたこと、忘れたんじゃないだろうな」
 つかまれた手首に鋭い痛みが走る。それだけじゃない。ツボでもあるのか、身体を動かそうにも脳の指令に従ってくれない。
「いいか? よく考えろ。俺がおまえのパスを盗みたけりゃ、お前をとっくに殺してる。今、おまえが生きていることが、俺が犯人でない何よりの証拠だ」
 そう言うと、ベリはカゲローの手を離した。
「熟練のスリにやられたんだよ。ここにはいろんな輩がいるぜ。貴族だからって、銀河鉄道の客だからって、のほほんとしてたら、明日には路上生活者さ」

 パスの大切さは、リドリームからさんざん言い聞かされていた。カゲローは絶望的な気持ちになった。
「あなたには、当局から発行された身分証明書がない。だから、パスは唯一のIDカードでもあるのよ。もし失くしたら、その星に置き去りにされ、しかも何の身分も無い浮浪者として扱われるわ。生まれ育った星ならともかく、異星で浮浪者というのはすなわち死を意味するわ」
 そしてリドリームは、「命とパス、どっちが大切だと思う?」と、訊いた。
 カゲローはもちろん「命」と答えた。
「パスよ」
「どうして? 命が無くなれば、旅することもできないじゃないか」
「パスをなくせば、命も失くすと思いなさい」

「そううなだれるなよ。盗んだパスで銀河鉄道に乗れるとはとうてい思えない。詳しいシステムは知る由もないが、パスには本人認証の機能があるって聞いた事がある。しかもバレたら死罪だ」
「じゃあ、パスを盗んだ奴が駅に現れたら!」
「そう。その場で御用だ」
 それなら、駅で待機していれば、なんとかなりそうだ。
「荷物を返してくれ」
「まあ、待てよ。駅へ行くつもりかもしれないが、駅に犯人が現れるとは限らないぜ」
「どうして!」
「スリは単に現金やクレジットカードを盗むつもりだっただけなのかもしれない。だったら、盗んだものが本人以外使いようのないパスだと知って、がっかりして捨ててしまった可能性が高い」
「捨てられたら、おしまいだ」
 またもや勢いよくダッシュをかけようとするカゲロー。
「落ち着けって!」
 ベリはカゲローの襟首をつかんだ。
「よそ者の、しかもこの星の『裏世界』を知らないおまえが、町を走り回ったって犯人を捕まえることなんてできやしないさ」
「だったら、どうしろと!」
「それに、スリの顔を覚えているわけでもないだろう?」
 それはその通りだが、今のカゲローにとっては、草の根を分けてもパスを探し出すしか道は無かった。
「銀河鉄道のシステムがいかに優れてても、所詮人間の作ったものだ。それを破る方法もあるかもしれない。破る方法が無かったとしても、他人のパスでのうのうと乗車する抜け道があるかもしれない。スリだってバカじゃないんだ。罪を犯してまで盗むなら、役に立たないものをターゲットになんかしないだろうな」
「じゃあ、僕が999号の客と知って、最初からパスを狙っていたと?」
「アレだけの大金を持ってたんだ。普通、プロのスリならそれを狙う。だが、カゲローが盗られたのはパスだ。最初からパス狙いだった。駅を出たところからつけられてた。そう考えるほうが現実的だとは思わないか?」
「それなら、やっぱり駅で!」
「だから、慌てるなって。いずれにしても、盗んだパスじゃ何の手も打たずに乗るのは不可能だ。万一犯人が、盗んだパスでそのまま乗ろうとする間抜けなら、カゲローがいなくても、スペースディフェンスポリスが捕まえてくれる。パスは戻ってくるさ。だけど、何らかのシステム破りを施すのなら、パスの所持者は悠々改札を通り抜ける。犯人の顔を知らないカゲローが張ってても無駄だ。たとえ犯人の顔を知ってたとしても、パスが第3者に流れてたらお手上げしな」
「第3者に、流れる?」
「可能性はこれが1番高いんだよ。ケチなスリごときが、その先、何の補償もない宇宙に出るとは考えにくい。それより、パスを横流しして大金を得るほうがいいだろう?」

 なるほど、ベリの言うことはもっともだった。
 カゲローも、ベリの話を聞きながら、徐々に冷静さを取り戻していった。
 確かにやみくもに走り回っても、パスは取り戻せそうに無い。しかも、ベリはカゲローなんかよりよほど状況をきちんと分析していた。しかし、だからといって、パスが取り戻せる可能性が高くなったわけではない。見境無く動き回るのが無駄だと思い知らされただけなのである。
「そうがっかりするな。これも何かの縁だ。俺のできる限りのことはさせてもらうよ」
「え?」
「だから、俺は俺なりに、パスを取り戻すのを手伝ってやる、って言ってるんだ。迷惑だってのなら、手を引くけどな」
 迷惑だなんてとんでもない。ここに来て頼れるのはベリだけだ。
 カゲローはベリの正面に立ち、そして礼儀正しく頭を下げた。それは貴族が公式の場で挨拶をするのと同じ作法にのっとっていた。父から教わったやり方だ。
「ふう〜ん。カゲロー、おまえ、まんざら悪い育ちでもないんだな」と、ベリが感心した。

 宇宙探査で功績を挙げている父は、度々公式の場で表彰などを受ける機会があった。だから、礼儀作法なども一通り習得していたのだ。そして、カゲローにもそれを教えていた。子供にそんなものは必要ないだろうとか、習得できないだろうとか、そんな判断をせずに、きちんと育ててくれた父のありがたみが、身に染みた。

「わかった。俺は俺なりに全力でことにあたる。俺だって、貴族っていう表の顔と、下町の不良っていう裏の顔を持ってる。両方に顔がきく」
「ベリ……」
「そんな、情けないような、人にすがるような顔をするな。ナメられるぞ。俺とお前は対等だ。俺は対等な関係の友人のために動く。お前も、俺が動くのを当然として受け止めろ。これからちょっとばかり荒っぽいところへ行くが、そこでも俺の風下に立つな」
「荒っぽいところ?」
「盗んだパスとか、そういう非合法なものを扱ってる地下組織さ。……俺だって、ドリームワークプラネッツなんて格好のいいことを標榜しておきながら、実は多くの人間がここで夢をなくし、そして堕落していくこの星が、このままでいいとは思っていない。けど、それを変えるほどの力も持っていない。せいぜい今は、色んなところに出入りして、世の中を勉強している、その程度のものさ。だけど、いずれは、とは思ってるんだぜ。でなきゃ、こんな二重生活なんてしてやしないさ」
「世を憂う貴族ってとこか」
「そんなんじゃない。ただ、貴族って奴が、気に入らないだけさ。自分たちが安穏としてられるからって、世の中の下層に目を向けようともしない貴族がね」

 カゲローがやってきたのは、とある酒場だった。
 それは昼だというのに、暗い路地にひしめいた酒を飲ませる店のひとつだった。どの店の扉も中が覗けるようなガラスなどはまっておらず、中をうかがうことはできない。「暗い」というのは単に路地が狭いために陽が差しにくいせいもあるが、その場所そのものが持つ雰囲気が暗さに拍車をかけている。
 陽が暮れて、ネオンが灯ればそれなりに賑やかな通りになるのかもしれないが、どこもまだ開店前のようで、人通りも無い。いずれ夜が来てそれなりの往来になったとしても、1日をまじめに働いた人々が自分を癒すために立ち寄る場所としては不相応だろう。どちらかというと、夜にしか活動をしない人々が集まる所のように思えた。

「まだ、開店してないんだけど」
 カゲローが扉を開けると、眠そうな女性の声が聞こえた。
 店内は路地よりもさらに暗い。カウンターの上の照明がひとつだけ点いていて、お尻を半分だけスツールにひっかけたその女性は、タバコを吸いながらカウンターの上に新聞を広げていた。
 彼女からカゲローの姿は、シルエットになる。おそらく顔もはっきりとは見て取れまい。もっとも彼女は、カゲローの方を振り向きもしなかった。ぞんざいな口の聞き方からして、気の早い馴染み客がやってきたのだと思ったのだろう。
「おまえ、なんだ?」
 カゲローのすぐ近くで、男の声がした。ソファーに寝そべってでもいたのか、それまでカゲローはその男の存在にすら気がつかなかった。男はのっそりと立ち上がって、カゲローの前に立ちふさがる。
「なんだ、ベリか……」
 カゲローの後ろに立つベリの姿を認めて、男はすぐに身を引き、ソファーに腰を降ろした。暗さに目が慣れると、その男は下着のランニングシャツに、トランクス一枚の姿だった。
「ベリだって?」
 女が立ち上がって、店の壁に寄りかかる。静かな音がいくつか聞こえ、店内の照明が灯された。すると、他にも人がいるのがわかる。男が2人、女が1人。モゾモゾとみなが起き上がる。誰も彼も下着姿かそれに近かった。一晩中、酒と性にまみれて、そのまま寝込んでしまった、そんな感じの連中である。
「またやったな……」と、ベリが言った。「パーティーはいいが、ドラッグはやめとけと言っただろ。非合法は当局の狩の絶好の餌食だってのがわからないのか」
「ふん。お貴族様はいい気なもんだ。クスリでもキメなきゃ、やりきれないぜ」
 立ち上がった男は、すぐにふらついた。
「ほらみろ。足腰に来てる」
「へ」
「ベリ、言っちゃ悪いが、お前がこのへんを仕切るまでは、俺たちはもっと自由にやってたんだぜ。金だって、あった」
「だが、抗争は全部、終結させてやったじゃないか。力の無い奴から金を巻き上げて、それで他人も自分も傷つけて、そんな暮らしが終わったんだ。普通に働けばいいだろう」
「ふん。手打ちにつぐ手打ちで俺たちゃすっかり腰抜け扱いよ。もうどこにも睨みは利かない。抗争が終わったからって、俺たちがおまえに感謝してると思ったら大間違いだ」
「よしな!」
 カウンターの女がピシャリと言った。「ベリ、あんたの実力は認めるよ。あんたがこの一帯を仕切ってることにも文句は言わない。あんたが立てばあたしらも立つ。覚悟だってできてんだ。だけどさ、あたしら1人1人の生き様にまで、口を出して欲しくは無いね。」
「ああ。俺が立つまで、大人しくしててくれ」
「で、何の用だい? お目当ての子はいないよ。あんたの紹介で昼は工場で働いてる。それに、見知らぬ顔を連れてるな。いくらおまえのツレとはいえ、黙って迎え入れるとは限らないぜ」
 そう言った男の目が、ギラリと光った。
 カゲローは自分に「怯むな」と言い聞かせた。
 だからといって睨み返すでもない。ポーカーフェイス。この場に自分がいるのは自然なことなんだと連中に感じさせるのがベストだろう。
「単刀直入に言う」と、ベリが言った。昨日か今日、パスは流れてこなかったか?」
「パス?」
「銀河鉄道のパスだよ」
「なにを寝ぼけたこと言ってんだよ。あんなもん、流れてくるわけないだろう?」
 最初にカゲローの前に立ちはだかった男が、再び2人の前に立ち塞がった。
 縁のない話なら、そんなアクションをとる必要はない。バカバカしいと聞き流せばそれですむ。何か知ってるなとカゲローは直感した。
 ベリは目の前で仁王立ちするその男の肩に手を掛け、グイと払った。よろめく男。
「なにすんだ、テメ……」
 すごむ男のこめかみに、ベリは拳銃を突きつけた。とっさにベリの背中に自分の背中を合わせるカゲロー。カゲローの手にも銃。銀河鉄道から支給された最新鋭の高密度エネルギー弾が装填されたアレだ。片手で構えたにも関わらず、銃の照準は、店の照明が点いた後に起き上がった男の1人にピタリと向けられていた。

 カゲローは事前にベリから言われていた。赤いバンダナを巻いた男が、この店での1番の顔だと。何かことが起こったら、そいつに銃を向けて照準を合わせろ、と。
「ちょ、ちょっと待て……」
 バンダナの男が口にするのと、人間の筋肉にナイフがめり込む音がするのが、ほぼ同時だった。

 ベリに払われた男はいつのまにかナイフを取り出しており、ベリに拳銃を突きつけられながらも、カゲローを刺そうとしたのだ。しかし逆に、男はベリによってシュナイデンナイフでその手を刺された。男のナイフはカゲローのわき腹には届かなかった。
 ベリは男に刺さったままのシュナイデンナイフの柄を、そっとカゲローに握らせる。暗い店内のことである。カゲローは銃で照準を合わせながら、至近の敵をナイフで刺した。そう店内の連中には思わせることができただろう。
「ま、……待てと言ってるんだ……」
 バンダナの男は言葉を振るわせた。明らかにビビッていた。
 ベリの実力を認める連中のことだ。そのベリが連れて来た男が、銃もナイフも扱える奴というのなら、これまた恐ろしい男である。そう判断したのだ。
「待てない。銀河鉄道のパスは、どこだ?」
「こ、ここには無い」
「わかってる。こんなところにはない。だが、噂くらいならここにも流れてきてるだろう?」
「ああ、その通りだ」

 赤いバンダナの男が言うには、シーガルジップという集団がそれを手に入れたらしい。
「ち。やっかいな」と、ベリが言った。
「無理だよ。話してわかる連中じゃないよ」と、カウンターの女が言った。
「無理でも奪わないとな。こちらのお客さんが大金で買うと言ってくれてんだ」と、ベリはカゲローを見て、顎をしゃくった。
 打ち合わせどおり、カゲローは無表情を装った。