銀河鉄道999

第3話 夢の星(後編) 

 

「シーガルジップ……、裏の中の裏……。乗り込むどころか、行動を起こしただけで、消されちまう。そんな連中相手に、どう立ち回ろうってのさ」
 カウンターの女が言った。
「そこのがどれだけヤレる男かは知らないけど、あんたと二人つるんだって、太刀打ちできる組織じゃないってことくらい、わかってるんだろう?」
 そこの、が自分のことだとわかって、カゲローはくさった。いくらなんでも「そこの」はないだろう。だが、こんなところで名乗るつもりもなかった。後々のことを考えたら、身分を明かさないほうがいい。
 確かにここにいる連中はベリに一目置いている。しかしそれは単にベリの腕っ節が強い、というだけのことではあるまい。例えばここでベリを殴り倒すことができたとしよう。それはこの場だけの力関係だ。何しろベリは、このあたりの揉め事を治めた実力者だ。ベリを信じて、ベリに従っている連中が大勢いるということの証である。そんなやつらが黙ってはいないだろう。
 一方カゲローには、そんな仲間はいない。
 パスを奪い返すという今回の行動は、きっと誰かしらの恨みを買う。だから、自分が誰であるかの痕跡は、なるべく残さないほうがいい。パスさえ取り返すことができたら、そっと静かにこの星を去るのが賢明だ。
「ま、ベリが動くってんなら、せいぜい情報流通の妨害くらいはしてやるよ」
 女は片目を瞑った。

 カゲローがベリに連れてこられたのは、オフィス街の高層ビルだった。さっきまでいた酒場とは天と地。あるいは裏と表。明るく清潔で、ロビーや廊下ですれ違う人も、エレベーターに乗り合わせたビジネスマンも、みんなきちんとした身なりで、「裏社会」と縁のある場所には到底思えなかった。
 二人は中層階でエレベーターを降りる。目の前にはカウンターがあり、受付係の女性が品良く笑顔で迎えてくれた。
 ベリが名乗ると、「承っております。76号室をご利用ください」と、キーを渡してくれた。カードタイプの薄いキーだ。
 廊下の片側は連続窓で、町の風景を見おろせる。はめ込み式の窓だから、風も音も感じることはできないが、それでも活気は伝わってくる。大勢の人が動き、空気が熱気を帯びているのがわかる。
 街を見下ろす窓の反対側にはドアが並んでいて、ドアの中央には番号が振られている。指定された76号室。ベリがドア横のスリットにキーを宛てると、ふっと吸い込まれ、密閉されていたドアがふわりと浮くように開いた。
 中は小さなオフィス。キーボードとディスプレイだけがデスクの上に備え付けられていた。

 何か荒っぽいことが待ち受けているのかと身構えていたカゲローにとって、オフィスルームでの1時間ほどの格闘は、拍子抜けでもあった。格闘といっても、ディスプレイと正対し、キーボードをたたき続けていたのはもっぱらベリ。カゲローにはなにもすることがない。
 相手に面と向かっての対決なら、カゲローだってなんらかの役に立つ。銃を構え、トリガーに指を添えて、照準を合わせておけば、たとえハッタリだとしても睨みを利かせることにはなるはずだ。
 しかし、相手がネットワークでは、ハッタリもポーカーフェイスも通じるまい。
「なあ〜に。あっちだってディスプレイに向かって操作しているのは人間だ。相手が強面であろうが、腕っ節が強かろうが、ネットワークの世界では関係ない。まずはことを少しでも有利にしておかないとな」

 オフィスルームを出て次に二人が向かったのは、やはり都市部の綺麗な高層ビルだった。
 とはいえ、オフィスルームを借りたビルとは少し雰囲気が違う。まるで立場の異なった者たちが、フロアや部屋をそれぞれ借り、てんでバラバラに活動をしている雑居ビルである。どことなく感じが雑然としていた。もちろん受付嬢なども存在していない。しかも、カゲローとベリがエレベーターから降り立ったフロアには、何もなかった。
 あるのは床のあちこちに積もった埃と、ちぎれたり丸められたりした紙くず、そして、人の出入りも時々あるのか、放置されたドリンクの空き缶や食品のパッケージくらいである。
 荒れ放題、というのとは違う。窓ガラスはきちんとはまっているし、割れてもいない。照明もつく。しかし、ろくな手入れはされていないようだった。デスクもなければ、何らかの機器もない。いったい誰が何のためにこの部屋に出入りしているのか、さっぱり想像がつかなかった。

「おまえたちか」
 声を掛けられて、カゲローははじめて、ベリと自分以外の誰かがこの部屋にやってきたことを知った。背中から肩にかけて、ピクリと筋肉が痙攣した。銃口でも向けられているのか? それとも、眼光するどく睨まれている? 自分の微妙な変化を相手に悟られまいと、カゲローは身を硬くした。
 ベリは既に人の気配に気がついていたようだ。自然体でゆっくりと振り返る。
「俺たちが、どうかしたか?」
 カゲローもベリにならって、そっと身体の向きを変える。
 そこにいた男は小柄で背も低く、だが華奢というのとは少し違った。洋服を通しての印象でしかないが、その下の筋肉はあらゆる無駄がそぎ落とされた、筋肉というよりむしろ鍛え抜かれた筋(すじ)。
 脳からの命令に対して、極めて短い時間で身体が反応する。そんな鍛え方がされているに違いないとカゲローは思った。パワーだけが取得の、だが緩慢で無能な輩というのをこれまで何度か目にしているが、この男はまるで正反対。瞬時にして一点を破壊する戦い方を心得ていそうだ。だからカゲローは、男が今、武器を手にしていないからといって、決して油断をしてはならないと思った。
 とはいえ、こちらが先に得物を構えるわけにはいかなかった。
 戦闘状態になるのを避けようとしているわけではない。戦闘状態、というなら、すでにそうだ。敵を目の前にして、何の分析もせず、反射的に武器を手にするということは、相手に「自分は弱い」と宣言しているのと同じである。
 交戦状態にあって「私は弱いですよ」などと示せば、それはすなわち敗北だ。
 自分の方が強いと相手に感じさせることができればよりベターだが、それがかなわなくとも、せめて「こいつの実力は? まるで読めない。用心しなくては」くらいに思わせなければ、交渉も取引も始まらないのだ。
 だが、そういう態度が相手には不満だったようだ。
「舐められたものだな」
 小男が言った。顔が悔しげに歪む。とりあえずビビッてくれるとでも思っていたのだろうか。そうだとしたら、この男の実力もしれている。肉体は鍛え上げられていたとしても、精神はヤワだといえる。
 ならば、勝機はある。カゲローは一瞬そう思ったが、しかしそれは文字通り一瞬でしかなかった。

「これでも俺はシーガルジップの準幹部だ。手柄をあげて幹部昇進のはずが、おまえたちがシステムをめちゃくしゃにしてくれたおかげで、全てパーだ。落とし前をつけてもらう」
 男が手を動かす。
 気をつけの姿勢から、肘を曲げ、肘から指先までを地面と垂直にする。そして、小指から手首のラインがカゲローとベリに向けられた。それはまるで斧の刃。
 カゲローは悟った。この男に武器は必要ない。身体そのものがそうなのだ。おそらく手刀だけではあるまい。

「笑わせるな。何がシーガルジップだ。準幹部だ。名乗られてたじろぐようじゃ、最初からしかけたりしないぜ。それにお前、本当にシーガルジップの準幹部か? 大物はべらべら身分を明かさない、相場はそう決まってる。『お前は準幹部だからすごいんだよ』とかなんとか組織に炊きつけられて、いいように使われてるだけの下っ端なないのかい?」
 挑発するように、ベリは唇の端だけをかすかに曲げて、嘲笑を表現した。さすがに表情全体を動かす余裕はなかったようだ。
「べらべら喋って、時間稼ぎのつもりか? だったら通用しない」

 小男の手がわずかに動いた。ほんのわずかだ。獲物への狙いをより正確に定める。そのためだけの微妙な所作。それでも窓からの陽射しが男の手に反射した。そんなはずはないのに、光の反射のせいで、男の手が金属製の刃物にも思えた。
 だがそれは、男の肉体の一部である。肉体の一部なのだから、男はそれを意のままに操ることができる。どんな名手が武器を扱うよりも、正確に、迅速に。肉体を鋼のごとくに鍛え上げるとは、そういうことだ。

 隙がない。
 カゲローもベリも同じことを感じていた。
 銃器やナイフを構えることもできない。
 それらを手にとるための動作をすれば、その瞬間、凶器である男の手が、二人の肉体を切り刻んでいるだろう。
 物を使って戦う者と、自分の肉体だけを武器とする者。その決定的な違いがそこにはあった。
 決意から攻撃へ。物を使って戦う者は、武器を手にしたり構えたりするのに、余計な動作を伴う。その分、時間が必要だ。そこを攻められたら、防ぐことも逃げることもかなわない。いわば、戦闘が始まった瞬間に勝負が決まってしまうといえる。

 どうすれば、勝てるか?
 方法がないわけではない。相手に先に攻撃をしかけさせる。見切ってかわす。避けながら武器を手にする。そして、相手が態勢を立て直すまでに攻撃をする。
 難しい賭けだ。まず、相手が先に攻撃をしかけてくるかどうかわからない。攻撃をしかけてきたとして、かわすことできなければその場で終わりだ。そして、首尾よくかわせたとしても、自分たちが武器を手にするよりも早く相手が態勢を立て直したら、またディフェンス側の立場になる。これだけ「たられば」の要素が多くて、どうやって勝利を手にするというのだ。
 せいぜい有利なのは、自分たちが窓を背にしていることくらいか。

「睨み合いか。さっさと攻撃を仕掛けないところを見ると、相手の力量を見切ることができないってところか」
「時間稼ぎは通用しない。そう言ったろう? 2対1でそっちが圧倒的に有利なんだ。そっちから仕掛けてきたらどうなんだ? もっとも、自信があるのなら、だけどな」
 会話による時間稼ぎを非難しながらも、小男だって結構喋る。それはともかく、具体的な行動に移らないベリの、本当の思惑が、カゲローにはわからなかった。
 しかし、だからといってまさかベリと打合せをするわけにもいかない。
 カゲローはベリの一挙手一投足に全神経を集中した。ベリが何かしようとしたその瞬間、その全てを察知し、自分もそれに呼応した行動をとるためだ。
 ベリと息を合わせて戦うこと、それしか勝つ方法はないとカゲローは感じていた。

(なぜだ?)
 小男の思考が揺れた。
(なぜこの男は、俺ではなく、もう一人の男に神経を向けた?)
 この男とはカゲローのことであり、もう一人の男とはベリのことである。
(何かあるのか?)
 小男の神経がよりベリに集中する。だからといって、もちろんカゲローに対して隙を見せるようなことはない。しかし、この些細な一連の心の動きが、カゲローたちに幸いした。

 気がついていたのはベリだけだった。
 小男の後ろの扉から、さらにもう一人の人物が現れたことに。
 もし、カゲローがベリに神経を集中していなかったら、カゲローもその人物に気づいていただろう。そして、そのことは表情に現れたに違いない。カゲローにはまだポーカーフェイスを装いきることなどできないからだ。過酷な宇宙の旅を続けるうちにいずれ会得するだろうが、今は無理である。
 ともあれ、状況が変化した。

「そいつの言う通りよ。軽々しくシーガルジップの名を口にされちゃ、困るわね」
 彼女の声に、カゲローは聞き覚えがあった。酒場のカウンターで眠そうに「まだ、開店してないんだけど」と言い、店を出るときに「ま、ベリが動くってんなら、せいぜい情報流通の妨害くらいはしてやるよ」と、片目を瞑った女だった。
「な!」
 小男は、何を言おうとしたのだろう。「なに」なのか、「なにもの」なのか。カウンターの女は、小男が台詞を続けることも、振り返るという動作を継続することも、許さなかった。
「動いちゃダメよ。あなたもシーガルジップの一員なら、私の顔を見るべきじゃない。あなたと私は、本来ならこうして同じ場所に立つことも許されないはずよ」
「う、く……」
 小男は何を察したのか、自分の全ての動きを封じた。
「そう。それでいいわ。でも、だからといって、あなたの運命が変わるわけじゃないけれどね」
 小男の表情だけが揺れた。女の言う「運命」とやらを覚悟したのかもしれない。
 女は、手に握った直径2センチほどの円筒形のものの、頭部のボタンを押した。
 くぐもった爆発音がして、小男の腹部から煙が沸き、肉の焦げる匂いが漂った。その数瞬後、彼はその場に倒れた。

「何が情報操作だよ。やっぱりおまえ、シーガルジップの一員、それも相当高い位置にいるんじゃないか」
 ベリが女に言った。
「そんなに高い位置にいるわけじゃないわ。まだまだ上があるもの。まあ、『おまえは準幹部だ』とおだてあげられて、いいように使われて、挙句の果てには軽々しい行動をとるような下っ端から見れば、そこそこ上位だけど」
「なぜ、黙ってた?」
「シーガルジップの一員であることを?」
「そうだ」
「察してたんでしょ?」
「なんとなく、な」
「だったらいいじゃない。たとえ相手がベリでも、本当は正体を明かしたくなかったのよ」
「水くさいな」
「上に昇るためには必要なことよ。シーガルジップを掌握する位置にまで行かないと、あなたの役には立てない」
「指導者にまでなるつもりか?」
「目標だけは、高く、ね」
「無茶はするなよ」
 カゲローは会話には参加しなかった。ただ、二人のやりとりを聞くだけだ。
 それによると、シーガルジップは準幹部、幹部の上にまだいくつものランクがあり、その最高位のグループが指導者であり、指導者の中にも順列があるらしかった。
 そしてカウンター女は、ベリがこの星を「ドリームワークプラネッツ」の名にふさわしい地にするための手助けをしようと、裏組織に入り、組織を掌握できる地位を手に入れようとしている。

「今回のことが、その目標のための、障害にはならないのですか?」
 口に出かかったが、カゲローは結局、訊くことができなかった。尋ねるまでもなく、わかりきっていたからだ。カゲローのパス紛失など、知らぬ存ぜぬを通していれば、彼女はベリに自分がシーガルジップであることを語らなくてもすんだだろうし、盗んだパスで何かをしようとしていた組織の動きを阻止する必要もなかった。これが組織にばれたら、彼女の昇進に支障をきたすばかりか、下手をすれば処分されるかもしれない。小男はその体内に小型爆弾が埋め込まれており、スイッチひとつで命を絶たれたのだ。当然、同じことが彼女の身体にも施されているだろう。
 いわば、彼女は自分のために命をかけてくれたのだ。
 そんな女性に、わかりきったことを訊くのは失礼だ。
 やるべきことはただひとつだった。
 心から感謝することだ。
 いつまでも忘れないことだ。
 そして万が一、彼女に何かがあったら、自分もまた同じように命を賭して彼女のために動くことである。それは、借りを返すとか、恩を返すとかではない。一人の友人として、だ。

 そう、友人、である。
 お互いのことを深く語り合ったわけではないが、カゲローが今、ベリや彼女に抱く印象は「友人」だった。それ以外の言葉を思いつかない。

 二人はカゲローを駅まで送ってくれた。駅ではリドリームが出迎えてくれた。
「どうもありがとう」と、リドリームはベリたち二人に言った。「おおよそのことはわかっているわ」
 おおよそのことはわかっている、それはどういうことだろう。ふとカゲローは疑問に思ったが、すぐに忘れてしまった。「はい」とリドリームがパスをカゲローに手渡したからだ。
「あ、あ……。僕のパス……」
「取り返したわけじゃないわ。悪意のある者によって、あなたのパスが盗まれた。それが証明され、あなたが確かに正規の乗客であるということが認められた。だから、再発行されたのよ」
「再発行……」
「銀河鉄道には色々な制度があるわ。だけど、いったん失われたパスが、再発行の手続きまで進んで、再びパスを手にできるなんてことは、実は滅多にないの。こちらのお二人のおかげよ」
「うん。本当にありがとう」
 カゲローが深々と頭を下げる。
「いやあ……」
 ベリが照れくさそうに笑った。本当に照れくさそうだった。ベリが心のままの表情をカゲローに見せたのは、これが初めてかもしれない。

 こうしてカゲローは、リドリームとともに、再び999号の乗客となることができた。
「ねえ、リドリーム。もしかして、もしかして、だけど……」
「ん? なあに?」
「ずっと僕のことをどこかで見てた?」
「そんなことはないわ。あなたと連絡がとれなくて心配はしていたけれど。でも、あの二人がハッキングを始めてからは、少しは動向をつかんだって感じかな」
「そう……」
「それが、どうかして?」
「別に……」
 カゲローは口ごもった。
 カゲローはこう思っていたのだ。もしベリたちのような人との出会いがなく、パスを失くしてたった一人で途方にくれていたら、そのときはリドリームが助けの手を差し伸べてくれていたのではないだろうか、と。どこかでリドリームは自分のことを見守っていたに違いない、と。
 だから、「ずっと僕のことをどこかで見てた?」などと訊いたのだけれど、さすがに「いざというときは、助けてくれたんだよね」とは口に出せなかった。
 一方でリドリームは、カゲローの心の動きを察していた。
 そして、「いざというときは、助けてくれたよね」という台詞が飛び出してくるのを恐れてもいた。
 リドリームは、できる限りのことをカゲローにしてやりたいと思っている。しかし、それが本当にカゲローのためになるのかどうか、実は悩んでいた。
 カゲローが何か窮地に陥ったときに手を貸せば、カゲローは強くなれない。自分の力で切り抜ける術を身につけられない。やがてカゲローにも一人で旅立つ時が来る。それは長旅の末のことだが、そのときカゲローが一人前の男になっていなければ、死地へ送り出すことになってしまうだろう。
(だから、いつもいつも、優しく手を差し伸べるなんて、そんなことしないわ。それはあなたのためにならないもの)
 だが現実として、まだカゲローは一人で宇宙の荒野を泳ぐには幼すぎた。将来のために一人で切り抜けなさいと手を貸さなければ、そのまま命を落としてしまう事態だってあるかもしれない。けれどリドリームは、それも仕方のないことだと思っていた。今、助けを出して命を救っても、将来、独りになったときに自分の身を守れなければ同じことだ。そこにあるのは、やはり、死だ。
 自分の弱さのために死んでいくなら、早いほうがいい。その方が苦しまなくてすむ。
(この先、あなたにピンチがおとずれても、わたしはあなたをフォローしたりは、しないわ。いずれ一人前の男になるのなら、その途上に立ちはだかる困難だって乗り越えていけるはずだもの)
 リドリームの、苦しい決断だった。