銀河鉄道999

第1話 地球へは還れない(後編) 

 

 翌朝、カゲローは、朝食のルームサービスによって起こされた。呼び鈴が鳴ったのだ。ベッド脇のサイドボードの受話器を取る。
「朝食をお持ちしました」
 サイドボードのボタンひとつでドアは開錠できる。カゲローは下着姿で眠っていたが、特に何をどうすることも無く開錠ボタンを押し、「どうぞ」と言った。
 ワゴンを押して入ってきたのは、妹の洋子よりもまだいくつかは幼そうな少女だった。年端もいかぬ少女に男の下着姿を見せるなんて、さすがにカゲローも「いかん」と思った。慌ててもう一度布団に潜り込む。
「こんなところから、ゴメンよ。置いたら、行っていいから」
「はい、かしこまりました」
 言葉遣いも立ち居振る舞いも、立派なホテルマンだ。プロだ。洋子よりも小さな女の子が、こうしてちゃんと仕事をこなしている。だったら洋子も、きっと手に入れた仕事をひとつひとつこなし、給料を稼ぎ、しっかりと生活していくだろう。もうあまり気にするのはやめよう。

 彼女の運んでくれた食事を下着姿のままで食べるのは失礼に思え、カゲローはもう一度シャワーを浴び、服装を整えてから、食事の用意されたテーブルの前に座った。誰に声が届くわけではないのに、手を合わせて「いただきます」と宣言する。
 スープも玉子焼きも冷めていた。温かいうちに食べれば、もっと美味しかったろうにと思う。でも、寝ぼけたまま、下着姿で、彼女の運んでくれた朝食を食べるなんて真似はしたくなかった。失礼だと思った。
 昨日の夕食は、がめつくも食べ散らかした。でも、ちっとも失礼だとは思わなかった。だが、今朝は違う。どうしてだろう。昨日のウエイターも、今朝の少女も、ホテルマンとしての仕事をこなしていた。どこが違うのだろう。
 少し考えて、カゲローはすぐにわかった。昨日のウエイターは、言葉遣いは丁寧だったかもしれないが、心がこもっていなかった。どこかカゲローのことを見下していた。見下される原因は外見しか考えられなかった。背もそれほど高くないし、貫禄などというものとも程遠く、若い。ビジネスマンでも軍人でも政治家でも学者でも学生でも貴族でもない。どこをどう見たって貧乏旅行者だ。
「ちくしょー! それのどこが悪いんだ!」
 カゲローはあのウエイターに改めて腹が立った。
 しかし、少女は違う。ベッドの中で、下着姿で対応したカゲローだったが、彼女はカゲローを見下したりはしなかった。職務に忠実だった。職務に忠実といっても、マニュアルに添った対応をしたということではない。ただ彼女は、一生懸命だった。
 あの歳で仕事に就いているのだから、何らかの事情があるはずだった。万が一にもクビにでもなろうものなら、たちまち生活に困窮するであろう事情だ。
「そりゃあ、一生懸命になるよなあ」
 いや、それだけじゃないとカゲローは思った。彼女は誇りを持って仕事に取り組んでいた。旅人を真心こめてもてなそう。その気持ちが滲み出ていた。
 ここでもひとつ、カゲローは大切なことを学んだ。
 人を見下したら、自分も見下される。一生懸命ことにあたれば、人は認めてくれる。そういうことだ。

 コーヒーはポットに入っていた。だから、時間をかけてゆっくり朝食をとった後でも、暖かだった。ミルクと砂糖をタップリ入れたコーヒーを飲みながら、火星の空を眺めた。昨日、宇宙から列車に乗って、僕はあの大空を舞い降りてきたのだ。そう思うと、空が懐かしく思えた。
 その時、やはり懐かしい音が響いた。
 フォ〜〜〜〜……。
 汽車の警笛である。
「あっ」
 小さく声が出た。窓の外を、超特急999号が駆け上がってゆく。
 火星を出た999号は、次の停車駅だった地球には寄らない。僕にはもう用の無い列車だ。カゲローは窓際に駆け寄り、999号を見送った。まるでそれに応えるかのように、999号はもう一度警笛を鳴らした。

 カゲローは油断していた。神経が弛緩していた。本当なら気がつくべきだった。999号の停車時間が、それぞれの星の1日と定められていることを。天体の自転周期は星によって異なるが、火星は地球とほぼ同じだ。
 カゲローが火星に到着し、ホテルに入ったあとで、すぐにとった食事は朝食でも昼食でもなく、夕食だ。そして、今食べ終わったばかりの食事は朝食である。夜は越えたが、丸1日が経過したわけではない。神経が弛んでいなければ、簡単にわかることだ。つまり、999号は本来の停車時間をまっとうしていない。
 何か異変が起こった、あるいは、起こっていると考えるべきだろう。
 宇宙を旅する者は、そういったことに気がつかなくてはいけない。神経を張り詰めていなければいけない。そして、なるべく早く気付き、なるべく早く行動をおこさなければならない。宇宙を旅する者の鉄則だ。
 だが、カゲローがそのことに気づいたのは、少しばかり手遅れになってからだった。
 999号に続いて、火星発地球行き「臨時特別装甲列車」がカゲローの視界を横切ったのだ。
「え? あ、あれ?」
 カゲローは間の抜けた声を出した。あれは自分が乗るべき列車ではなかったか? 999号の同じホーム、その向かい側に停車していた黒い列車。いや、まさか。偶然、似た列車が出発しただけさ。
 カゲローはそう思い込もうとした。
 発車時刻は未定であり、決まり次第ホテルに連絡する。そういう約束だった。
 乗り遅れてしまった。自分を残して列車が行ってしまった。それを認めたくなくて、カゲローはあの去り行く黒い列車を、自分とは無関係な列車だと思い込もうとした。だが、できなかった。あの砲台のシルエット。あれはまさしく特別装甲列車に他ならない。確かに同型の車両はいくつもあるだろう。しかし、あんな特殊な列車がたかだか火星に2編成も3編成もあるとは思えなかった。冷静になって考えれば考えるほど、結論は「乗り遅れ」しかありえなかった。

 それにしても、困ったことになった。
 カゲローはタイタンで乗車直後に、車掌から受けた注意を思い出していた。乗客が、故意・過失で所定の列車に乗り遅れた場合、以後の乗車券は無効として回収され、滞在のための支給金も全額返金しなくてはならない。幸いカゲローはまだ支給金には全く手をつけていない。なぜなら、このホテルの支払いは食事代も宿泊料も全てチェックアウト時に精算することになっているからだ。しかし、支給金を返還して、所持金の中からホテルの支払いをすれば、もう手元にいくらも残るまい。こんなことなら、下世話な下町の食堂でラーメンを食っておくんだった。カゲローは後悔した。

 やれやれ。これからどうするか?
 ともかくリドリームに会わなくては話は先へ進まない。そのためには地球行の列車に乗らねばならない。だが、ホテル代を払った残りの所持金で地球までの乗車券を買うことは明らかに不可能だ。だとすれば、仕事を探すしかあるまい。住む所も必要だ。できれば住み込みの働き口を……。
 いや、その前に、列車に乗り遅れたことをリドリームに知らせるべきだろう。だが、どうやって?
 カゲローの元に届いた手紙には、待ち合わせの場所や時間は指定されていなかった。ならば、リドリームは駅で列車の到着を待っていると考えるのが適当だ。999号は地球を経由しなくなったけれど、代わりに特別装甲列車が地球へ向かうことくらい、駅で情報を得るはずである。
 しかし、その列車にカゲローが乗っていなかったら?
 もとよりリドリームの連絡先はわからない。だから、カゲローは招待に応じるとも応じないとも返事をしていない。ならば、乗っているはずの列車にカゲローが乗っていなければ、最初から旅立たなかったと判断するのが順当だ。
 そこまで考えて、カゲローは泣きたくなった。
 僕はいったい、何のためにここまで来たんだ。おまけに僕はこの火星で、途方に暮れている。
 こういうときは、落ち着いて、まずは考えることだ。そして、なすべきことをピックアップして、順番をつける。闇雲に行動してもますます途方に暮れるだけだ。
 だが、残念ながら、カゲローにその時間は与えられなかった。

 呼び鈴のチャイムがけたたましく鳴った。2度……いや、3度だ。カゲローが返事をする間もない。さらにノックの音が響き、カゲローが何の動作もしていないのに、扉が開いた。ホテルのユニフォームを着た男が3人、どやどやとカゲローの部屋に入ってくる。駅で彼を迎えたホテルマンと同じく、全員がライフルを携行していた。
 カゲローは、正直、怖いと思った。
 駅では、自分と客の身を守るために、日常装備の一環として、ライフルを身に付けているのだと感じた。そのものものしさにカゲローは馴染めなかったが、しかし恐怖は感じなかった。だが、今は違う。男たちの形相を見ればわかる。ライフルの銃口の先にいるのは自分である。カゲローは戦慄した。
「チェックアウトの手続きをお願いします」
「わ、わ、わ、わかったよ」
 みっともないと思ったが、震えが止まらなかった。
「だけど、ちょっと待ってくれよ。これからどうするか、考えがまとまらないんだ」
「当ホテルには関係の無いことです。あなたは当ホテルに、銀河鉄道のお客様としてお泊りいただいたのです。しかし、その資格を喪失しました。ただちに退去してもらわねばなりません」
 ホテルマンは、2人がかりでカゲローの左右の脇をそれぞれ抱え、もう1人がカゲローのデイパックを持った。
「わ、ちょっと待ってくれ。は、はなせ、離せ〜! な、な、話せばわかるって、な、ってば」
 もう何を言っても無駄だった。カゲローはそのままフロント前まで運ばれ、床に放り出された。3人目のホテルマンがカゲローのデイパックを彼に向けて投げた。幸い顔面直撃は免れたが、左耳に熱い痛みをもたらした後、デイパックは床に転がった。

 カゲローの頭に血が昇った。
「てんめえ、この野郎……!」
 銀河鉄道の乗客でなくなった自分を、もはやホテルの客でもないとして扱うのは我慢しよう。約束通り出発時刻が告知されなかったことには不満が残るが、確かに自分もウッカリしていた。少なくとも、寝る前には自分から確認すべきだったとは思う。あるいは、何度も電話があったにも関わらず、熟睡していて起きなかったのかもしれない。だとすれば、半分は自分の責任だ。
 しかし、だからといって、部屋から2人がかりで引きずり出し、挙句の果てに床に放り出し、あまつさえ荷物を投げて寄越す。それは、人が人として人に対する正当な行為だろうか?
 違う、とカゲローは思った。
「金は、払ってやる」と、ゆっくり立ち上がりながら、カゲローはズボンのお尻をパンパンと払った。ロビーの床にはチリひとつ落ちていなかったが、それがホテルのものだと思うと、目に見えない微粒子でさえ身体に付着しているのが不愉快だった。「だが、金を払った後は、僕とお前達は対等だ!」
 背筋をピンと伸ばし、胸を張った。
 見下されてたまるか、とカゲローは思った。
 そうなのだ。こいつらは自分のことを見下している。銀河鉄道の客という身分を失ったカゲローは、よりどころの無い貧乏旅行者であることには違いなかった。しかし、だからといって、人として見下されるいわれは無い。
 眼光強く周囲を睨みつけるカゲロー。だが、ホテルマン達はそんなカゲローこそが滑稽だとばかりに、ゲラゲラと笑い始めた。
「こいつ、対等だってよ」
「999を降りたら、浮浪者も同然のくせに」
「生意気な浮浪者は、ライフルで撃ち抜いてもいいんだ。知ってたか?」
「害虫駆除、害虫駆除」
 こいつら、最低!
 カゲローは思った。一度は頭に血が昇ったが、急速に熱が冷えてくるのを感じた。こんなヤツら、相手にしても始まらない。とっとと金を払って去るだけだ。アテはないけれど、ともあれ駅へ行って事情を説明しよう。
 男たちを背にし、カウンターに向き直ろうとしたとき、カゲローは周囲の空気が急激にどす黒くなる気配を感じた。とっさにカウンターを背にする。男たちがライフルを構えるのと、それは同時だった。
 マジかよ、こいつら。
「ぼく、調子に乗ったら、痛い目にあうんだよ。宇宙に出る前に、もう少し勉強しておくべきだったね」
「もっとももう、手遅れだけどな」
「きひひひひひ」
 身の危険を感じた。
 足元のデイパックが、じりり、じりりと小刻みに震え始めた。最初カゲローは、自分の足が震えているのかと思った。ついさきほど、ホテルの部屋に男たちが踏み込んできた時、それは経験している。
 だが、その時とは微妙に感じが違う。すぐにわかった。震えているのは自分の足ではなく、すぐ横に転がっているデイパックだった。
 じりり、じりり……。
 振動するようなものなど、何も持っていない。だが、気のせいなどではない。
 まさか、とカゲローは思った。
 ぐずぐずしてはいられない。男たちはライフルを構え、照準を合わせようとしている。カゲローは咄嗟にデイパックに手を突っ込み、その震えの原因たる物体をつかみ出した。手にしっくりと馴染むそれは、父と妹の心、シュナイデンナイフだった。
「おいおい、まだこのボーヤ、勉強が足らないようだぜ。あんなチャチなナイフで、銃器にはむかおうってんだ」
「冗談で狙いを定めただけなのに、本気で撃たれたいらしいな」
 カゲローはナイフの柄を右手でしっかりと掴み、さらにその上から左手で握り締めた。身体の正面、ちょうど臍の前に持ってきて、下腹に力を込める。
 その時である。ナイフの反応が強くなり始めた。
 じじじりり、じじじりり、じじじりり。
 光を放っているわけではない。だが、ナイフの周囲の空気が、ほんのりと輝いている。
 オーラだ。カゲローはそう思った。
「おい、あのナイフ、まさか」
「へ、こんなガキが、あれを持ってるわけ無い」
「いや、あの輝き、あの振動、間違いない」
「何だってんだよ。何をビビッてんだ?」
「だから、ヤバイよ、ヤバイよ、あれ、マジでヤバイって」
 顔面に恐怖を貼り付けて、ヤバイを連発しているのは、カゲローにデイパックを投げつけた男だった。
「やられる、やられる。やらなけりゃ、やられる」
 その男は、安全装置を外し、トリガーに手をかけた。
「バカ、よせ。あんなナイフで俺たちに勝てるわけ無いだろ。冷静になれ」
 トリガーにかけた指が、じわり、と動く。
「やめろ! 虫けらでも、殺したら罪だ! ここは戦場じゃないんだ」
「み、……見たんだ、その戦場で。間違いない……あのナイフだよ、あのナイフ」
 トリガーにかけた指に、力が込められる。

 銃声。

 その後に訪れる、静寂。

 銃声を聞くのと、眼を閉じるのと、どちらが先だったろうか。カゲローは、撃たれたと思った。これで、終りだ。父の生死もわからぬまま、送り出してくれた妹に何も報いることができぬまま、リドリームと会うことも叶わぬまま、運命を見定めるという目的すら果たせぬまま……。しかし、不思議だった。全く痛みを感じなかった。懐にしまえるようなピストルではない。ライフルである。ライフルで撃ち抜かれるというのは、痛みすら伴わないのか。
 だが、あまりにも思考がはっきりしているのが妙だった。死とは、こんなものなのか? カゲローは目を開けた。
 倒れているのは、ライフルのトリガーに指をかけた男だった。胸と、背中から血を噴き出しながら、静かに床に横たえていた。貫通していた。悲鳴を上げる暇も無かったらしい。誰も苦悶の叫び声を聞いていなかった。

「カゲロー、そのナイフ、しまいなさい」
 ホテルのエントランスから、女の声がした。ほんの少しハスキーだが、透明感のある声だ。そして、わずかに甘いビブラートを含んでいる。
「カゲロー、早く、そのナイフをしまいなさい。それは勇者のナイフ。卑劣な人間と戦うためのものではない」
 女の姿はシルエットだ。エントランスを背にしているせいで逆光になっているのだ。容姿はもちろん、服装すらわかりづらい。だが、スッと細い煙が立ち昇っているのは確認できた。銃器が弾丸を射出したあとに吐き出す、あれだ。
 引き金を引いたのは彼女だった。撃たれたのは、カゲローに照準を合わせたホテルマンだ。カゲローは救われたのだ。
「わたしはリドリーム。その青年、わたしが預かります。異論、ありませんね」
 誰も何も言わなかった。
「カゲロー、わたしと一緒に行きましょう」

 リドリームは、やはり女性だった。しかし、カゲローがイメージした女性とはおおよそ異なっていた。長い黒髪、切れ長の目、通った鼻筋、小さい唇。清楚で上品で暖かな女性を想像していた。
 イメージは根底から覆った。カゲローの隣にいるのは、黒の皮つなぎを着て、髪を深い緑色と茶色でまだらに染めた、ショートヘアーのボーイッシュな女の子だった。女の子、というのは失礼かもしれない。少なくともカゲローより2つか3つ、年上のようである。しかし、女性と言うには若すぎた。凛とした声で、かつ優雅に、「ナイフをしまいなさい」と台詞を発した女性と、同一人物とはとても思えなかった。そのことを質問すると、「宇宙は戦いの場です。服装にも髪型にも、機能性を重視するのは当然のことです」とリドリームは答えた。
 さらに年齢を訊ねようかと思ったが、思いとどまった。そのかわりに別の質問をした。
「どうして、ここへ?」
「あなたがここにいると、わかっていたからです」
「?」
「あなたが臨時特別装甲列車に乗れなかったのは、わたしが指示したことです。カゲロー、あなたが装甲列車に乗ることの無いように、出発時間を知らせてはならぬと、わたしが火星駅の係員に命令したのです」
 2人、肩を並べて駅へ向かいながらの会話である。
「どうして!」
 カゲローは声を荒げた。
「そのせいで、僕は、僕は……」
 その先は、声にならなかった。
 そのせいで、僕は、大いなる不安と恐怖に立ち竦まねばならない羽目に陥ったのだ。
 乗車券まで同封して招待しておきながら、それはないだろう?
 文句をつけたかったが、なんだか弱音を吐いているみたいで、言えなかった。
「いずれにしろ、臨時特別装甲列車も、地球へ向かうことは断念しました。地球は未知の恐怖にさらされて、危険なのです。装甲列車も待避することになったのです」
「危険って、車掌さんも言ってたけれど……」
「ええ。何もかもが、世界そのものが、崩壊してしまう危険にさらされています。それは思わぬ速さで進行しています」

「いったい、何が、地球に……?」

 地球人が宇宙に飛び出し、地球人以外の知的生命体と初めて遭遇したのは、もう遥か昔のことである。それは戦争の歴史でもあり、交流と協力の歴史でもあった。今も多くの勇者の物語が語り継がれている。
 それぞれの知的生命体が、その命の源である母なる星において、何らかの閉塞状況が起こったり、それが予想されたりした場合にとるべき道は、宇宙への旅立ちであった。自分達以外の知的生命体の存在を知らぬまま、それぞれの知的生命体は宇宙開発を続けてゆく。やがて、未知の者同士が出会うのは道理だった。
 初めから侵略目的で一方的に戦闘をしかけたり、しかけられたりすることもあった。理解を深めようと努力をしたこともあった。その結果、それぞれが住むべき範囲を決めてお互い干渉しないで済むような取り決めが行われることもあれば、同一の宙域に共存することもあった。助け合って宇宙開発を進めることも、共通の敵と戦うことすらあった。
 そして最近、地球を源とする知的生命体は、また新たな知的生命体と遭遇した。
 地球人は、これからのことを話し合うために、彼らを地球に招待した。

「そこまでは良かったのです。でも……」
「その後が、良くなかった?」
「ええ」

 彼らのことを、地球人は水人族と呼んだ。身体の全てが水分でできていたからだ。
 地球人だって、体内に多くの水分を含んでいる。しかし、全てではない。だが、水人族は全てが水分だった。地球人でいう骨格や筋肉にあたる部分も濃度や粘度の異なる水分で構成されていた。体内に特殊な濃度のコアを持ち、その引力によって彼らは体形を保持していた。コアは地球人の心臓にも相当しており、コアの内部ではパラシウム5という液体核物質が核融合をすることで生存のためのエネルギーを得る。
 とはいえ、水人族も飲食をする。エネルギーはコアから供給されるが、新陳代謝によって老廃物が排泄されるから、それを補わなければ、身体はどんどん縮んで干からびてしまうし、地球人と同じく、ビタミンやミネラルは必要だったからだ。
 パラシウム5が核融合を起こし、エネルギーが取り出されると、パラシウム3という物質に変わって、排泄される。
「そのパラシウム3が、地球人にとって、大いなる厄災だったのです」
 水人族を地球に招いた日を境に、地球人の身体に異変が起こった。皮膚がドロドロになって崩れ落ちる奇病が発生したのだ。皮膚の次は筋肉も骨も侵され、やがては死に至る。
「というより、皮膚が粘着性の高い液体に変化してジュルジュルと流れ落ちると表現した方が正しいわ」
 原因は不明である。どうやらそれがパラシウム3によるものらしいこと、パラシウム3は微粉末で、空気中を漂ってどこにでも飛んでいってしまうこと、従って、地球を隔離しなければ地球を源とする地球人類の全てが滅亡してしまう可能性さえあることなどが判明した。つい先日のことである。
 ウイルスによる病気と異なり、潜伏期間というものがない。いつ発症するかわからない。いくつかの条件が重なり合って発症するらしく、パラシウム3の付着で即座に皮膚が流れ落ちるというわけでもない。これが余計にやっかいだった。付着に気付かないまま歩き回り、パラシウム3をあちこちにばら撒く結果となっている。もはや地球規模での汚染は免れないが、他の星に持ち込むことは絶対避けねばならない。
 このため、999号は地球へ寄るのを中止し、臨時特別装甲列車すらも待避したのだった。
「わたしも金星で足止めされました。カゲロー、あなたと会うために、地球に向かっていたのです。でも、辿り着けませんでした。わたしは金星で、あなたが火星にいることを知りました。999号の車掌が連絡をくれたのです。だからわたしは、金星から火星へ向かう列車に乗ったのです。到着があなたよりも後になってしまったので、辛い思いをさせてしまいましたね」
「いえ、そんな……」
 カゲローは照れくさそうに笑った。カゲローの表情など我関せずとばかり、リドリームは話を続けた。
「地球はパニックになりました。水人族は、純粋に友好のために地球への招待を受けたのだとわたしは信じていますが、地球人を滅ぼす機会をうかがっていた彼らが、招待されたのをいいことに、乗り込んできたのだという流言も流れています。地球は美しく、水も豊かです。彼らにとってはこのうえなく理想の星です。
 幾度かの戦いを経て、地球人はまず話し合いをすることを学びました。地球人が未知の知的生命体に出会えば、まず母星である地球に招待するのが慣例になっていることもこの宇宙では有名です。水人族はその機会をずっと待っていたのだと言うのです。そのような心無い流言のために、地球人と彼らの折り合いは悪くなり、つい先日、彼らはいったん地球を去りました。実体は、追い出されたに近い状況だったそうです」
 既に2人は駅に着いており、ベンチに腰掛けて話を続けていた。
「なんだか、駅が騒がしいな」と、カゲローが言った。火星到着時はあれほど森閑としていた駅構内に大勢の人が出入りして、ざわついているのだ。
 週単位で掲示された時刻表には、1本も列車が発着しない日もあるというのに、少し前から列車の到着と出発が頻繁だ。臨時列車がにわかに運行されているものと思えた。
「火星にも、避難勧告が出されたのです」
「危ないのは、地球だけじゃないの?」
「ええ」
 リドリームは伏目がちに、話を続けた。
「地球人は地球から逃げ出そうとしました。しかし、そんなことになっては、パラシウム3は他の星にまで蔓延してしまいます。当局は地球からの脱出を禁止しましたが、全てを取り締まることはできませんでした。全てに手が回らなかったのです。チャーターした宇宙船で、彼らは間もなくこの火星にもやってくるでしょう。それまでに火星に住む人たちも、この星から避難しなくてはなりません」
「じゃあ、火星も住めない星になってしまうってこと?」
「カゲロー、だからといって、不法に地球を脱出した人を責めてはいけませんよ。危ない場所から逃げようとするのは、自然な心の動きです。自分のことより先に、他人のことを考えられるのは、強い心の持ち主だけなのです」
「責めやしないよ。わかってるよ」
「さあ、私たちも、行きましょう」
「でも、僕は、銀河鉄道に乗れるほどのお金を持ってない」
 力なくカゲローは呟いた。

「緊急措置として、列車には無料で乗れます。でも、別の星についたあとのことまでは、銀河鉄道株式会社も責任がもてません。だから、財も才能も無い人は、やはりこの星から出ることはできないのです」
「じゃあ、僕もタイタンに帰るしかないんだ」
「いいえ。あなたには大切な役割があります。運命によって定められた大切な役割です」
「運命によって定められた、大切な?」
「そうです。そのために、カゲロー、あなたはわたしと一緒に宇宙を旅するのです。長く、辛い旅になるけれども、きっとあなたなら耐えて、そして役割を果たしてくれるでしょう」
「僕が?」
「そうです。あなたはわたしと一緒に、999号で長い長い旅に出るのです。そしてきっと、地球を救う役割を果たしてくれるでしょう」
「それは、パラシウム3から、地球を守るということ?」
「いいえ。広い意味ではそれも含むけれど、それは医者や科学者の仕事です。カゲロー、あなたにはもっと重要で大切な役割があるのです。それが何かは、列車で旅を続けるうちに、自然とわかるでしょう」

 フオオオオォォォォーーーー!
 上空から聞きなれた999号の汽笛が降り注いだ。
「さあ、早くパスにサインをしなさい」
 リドリームは皮のパスケースをカゲローに手渡した。
 パスケースに収められたカードには、「銀河鉄道レールパス」という表題が記されている。表題の下に、それよりもやや小さめの字で「全線・全列車有効・無期限」と書かれ、さらにその下にカッコ書きで「999号を含む」とある。
 ICチップが埋め込まれたそのカードの右上には、NO.0010とナンバリングされており、最下部に署名欄があった。
「さあ、早くサインを。自筆のサインがなければ、このパスは有効になりません」
 カゲローは言われるままにサインをした。
「全線全列車有効の無期限パスはたくさん出回ってますが、そのほとんどには『999号を除く』と書かれています。999号は特別な任務を帯びた列車です。乗る人を選びます。でも、あなたのパスは『999号を含む』特別なパスです。ナンバーを見なさい。10になっています。999号でも有効なレールパスは、これまでにたった10枚しか発行されていないのです。それだけあなたに課せられた運命は、重要で過酷です。さあ、行きましょう」

 999号が入線するのと、カゲローとリドリームがホームに立つのは、ほぼ同時だった。まだ完全に停車しきっていない999号から、車掌が飛び出してくる。
「カゲローさん、ご無事でしたか。何よりです。カゲローさんをお乗せするために、戻ってまいりました。さあ、早くご乗車なさってください。すぐに出発します。遅れを取り戻さないといけません」

 カゲローを乗せ、「超特急999号」は再び大空に向かって邁進した。すぐに宇宙空間に達するだろう。
 カゲローの運命の旅路は始まったばかりである。

 

 いかがでしたでしょうか? 松本零士先生をリスペクトした作品、として評価していただけますでしょうか? それとも、全くダメですか?

 設定は、鉄郎が「遠く時の輪の接する処」への旅を終えた、さらにその後のこと、ということにしています。キャラクターは999号と一体である「車掌さん」「ガラスのクレア」「電子妖精カノン」だけが登場します。
 メーテルも鉄郎もハーロックもトチローもエメラルダスも大山昇太も有紀蛍もヘル・マザリアも出てきません。彼らの物語は、「今も多くの勇者の物語が語り継がれている」で終わらせてしまいました。
 自分が宇宙の中心だと思い上がっている最高神ヴォータンを、ギャフンと言わせる物語をこの手で書いてみたいような気もしますが、そんな誘惑にも負けず、全ては過去のことです。
 もし、銀河鉄道1000号が登場するようなことがあれば、チコとルナは出てくるかもしれませんが。

 オリジナルとは言いながら、いくつかのことは踏襲しています。気がついている方もおられるでしょう。シュナイデンナイフはコスモドラグーンをモチーフにしてます。食えるときに食え、とか、人を見下したら自分が見下される、などは松本作品に共通するメッセージです(だと、理解しています)。
 列車に乗り遅れてえらい目に会う、というのも、999では基本中の基本(笑)。主人公の名前である「カゲロー」も、トチローや鉄郎の韻を踏んだものです。

 ここまで連載が増えてしまうと、個々の作品の掲載頻度にまったく責任がもてませんが、そこんところはご容赦いただいて、どうぞ末永く宜しくお願いします。