遥かな草原の香り
=16=     

 

 威容を誇る前社を避けるようにして酷いデコボコ道を進む。あれほど大きな建物が、振り返ればもはや森の中に隠れてしまっている。木々の枝葉の隙間にかすかに人工物らしきものが見えたのもつかの間、もはや鬱蒼とした原生林だ。
「うっぷ」
 酸っぱいものが喉元にこみ上げ、あたしは思わず飲み込んだ。
 うえ〜、気持ち悪りぃ〜。
「酔った?」
「ま、まさか……」
 そうは言ったものの、あたしには乗り物酔いの経験がそもそも、ない。乗り物酔いとは果たしてどんなものであるか、ということを知らないのである。
「なんか、ちょっと気分、悪いけど」
「それが乗り物酔いだよ。なにしろ、身体中の体液が常に攪拌されてるようなものだからなあ」
 確かにそうだ。身体中の体液どころか、脳みその中に棒を突っ込まれて、かき回されているような気分だ。それも、一方向にではない。一切の規則性を持たず、ぐっちゃんぐっちゃんにされている。
「う、げえ……」
「空を自由に飛び回るスーパー女の子とは思えんなあ」
「スーパー女の子って、なによ、それ」
「もう少し我慢しな。展望台がある」
「て、展望台イ?」
 ここは物見遊山な観光客を寄せ付けない、深山ではなかったのか?
 あたしがそれを指摘すると、物見遊山な観光客は来ないが、本殿までは信心深い人たちが歩いてやってくるという。その道は、いわゆるハイキングコース、あるいは遊歩道といった風情で整備されているが、その所々に休憩所があるのだ。それは小川のほとりであったり、展望の開けた場所だったりするという。休憩所には東屋やベンチがしつらえられ、すぐその近くを、車の走れる道が通っている。その道が、あたし達が走っているこの酷道である。
 東屋を整備したり、ゴミを回収したり、けが人・病人などを収容するためのこの道は、関係者しか使わないので、人道のようにきちんと整備されていない。だからもう、えぐられた轍も、水のたまった穴も、ほったらかしなのだ。
「さあ、ついたぞ」
 フルダは車を停めた。

 崖と谷に挟まれたそこには、崖を少し削って、車一台の駐車スペースが設けれれていた。その脇に、人ひとりが登れる程度の小路がある。一気に自分の身長ほどの高さをよじ登るような感じだ。それが東屋に続いている。ここからも屋根が見える。
 車の中では空気がこもりがちだが、車から降りて外気を浴びた途端、あたしは生き返った。心地よく冷やされた空気が肺の中を満たしてくれる。
 だが、何か違和感が……。
 それが何だかはよくわからない。ただ、これまでの空気と少し違う。これまでの……、それはどこだろうと考えて、すぐに思い当たった。

 以前訪れたもうひとつの世界、戦いの前にパワーを満たしてくれた森林や温泉、そんなところとは空気の種類が違うのである。
 それだけじゃない。ここは確かに狭い車の中に比べたら気持ちがいいけれど、自分が元いた世界のあの猥雑な空気の方が、まだすっきりしていたように思うのだ。
 それは例えば、学校の屋上とか、自宅でシャワーを浴びているときとか、……少しばかりエッチなコスチュームを身に付けたときとか……。
 清々しいエネルギーが身体に満ちていく、あの感覚がない。この世にある自然たち、植物や小動物たちなどが話しかけてきて、そしてパワーをあたしに注ぎ込んでくれるあの感覚。セックスの快感にも似た、フルダから「源力」と教わったアレだ。目に見えないほどの小さな、だけど大量のエネルギーの粒子がちくちく刺さるほどに押し寄せてくるあの刺激。それがほとんど感じられない。
 そのせいかどうか、深呼吸をしても車酔いの気持ち悪さはなかなか解消されなかった。

 なかなか解消しない気分に、うう〜ん、と唸っていると、いったん車に戻ったフルダがミネラルウォーターを持ってきてくれた。ペットボトルをフルダの手から奪うように手にしたあたしは、キャップを外して一気に喉に流し込む。鮮やかな爽やかさが口から喉を駆け抜け、一気に胃へ落ち込んだ。
 水の流れ落ちていくその部分から源力が体内に染み渡ってゆく。
 しかし、胃に入ってしばらくすると、その源力もあっというまにあたしが吸い取ってしまうらしく、気持ちよさは長続きしない。そこでまたペットボトルの水をあおる。また気持ちよくなって、それはすぐに消える。

 何なのだろう、これは……。
 これまで、源力の気持ち良さがこんなにすぐに消えたことはない。これまでは気持ちの良い場所に身をおいていると、それはどんどん増幅していった。なのに、すぐにそれが消えてしまうのだ。
 三口、四口と水をあおり、そしてあたしは確信した。気持ちの良いのはペットボトルに封印されたこの水だけであって、あたしが今いるこの場所には、気持ちよくなる自然界のパワーがほとんど存在しなんだと。
 これはなかなか理解しがたいことだった。なぜなら、この地を訪れる人は信心深い人だけである。大勢の人間に荒らされるような地ではない。おまけにここは、わずかに整備されたハイキング道と管理用道路しか存在しない、大自然そのものの場所である。
 とはいえ、水のおかげであたしは若干回復したのだろう。気分の悪さはほとんど無くなった。まだ身体の芯に乗り物酔いの残りがコアのように固まっているけれど、それ以外はだいたい気分がいい。
「どう、気分は? 少しは落ち着いた?」
「うん、まあ……」
 あたしはフルダに、感じたことを告げた。
「そう、ここは源力に乏しい世界なんだ。だけど、ジャムがこんなに敏感に感じ取るとは思ってもいなかったよ」
「なんで、乏しいんだろう?」
「さあな……。こういうことに詳しい長老がいるから、後で聞いてみるよ」
「長老?」
「僕たちがこれから合流しようとしている仲間の1人さ」
「ふう〜ん」
「ジャムは能力が桁外れだから、多くのパワーが必要なんだろうな」
 フルダはしみじみと言った。
「あのさ……」と、あたしは気になることを口にした。「それって、ここじゃパワー不足で、あたしは活動できなくなっちゃうってことじゃないの?」
「……可能性はあるね。実は、ここに車を停めたのは、ジャムにはこのあと、自分で空を飛んでいってもらおうと思ったからなんだ。このまま車に乗り続ければまた気分が悪くなるだろうからね。場所だけジャムの意識にインプットして、自分で現地まで行けば、車に乗らなくて済むだろう? だけど、パワー不足じゃ、それも無理だろうね」
「うん。とても空を飛べそうな気分じゃない。歩くのだって、なんだか億劫。それに、フルダの意識をキャッチできない。これからどこへ行こうとしてるのか、まるでわからないもん」
「そうか……。とりあえず、全部、それを飲めよ」
 あたしは、うん、と返事をして、ペットボトルを目の前に掲げた。ラベルが貼ってあり、採水地に「霊験あらたかな深山奥深く、森林に囲まれた幻の湖に注ぎ込む渓谷の水」と書かれてる。
 フルダにそれを示すと、「そうなんだ。この水はなんだかとても気持ちが良くてね。ここだって霊験あらたかな深山奥深くなんだけど、それでもまだ浄化しきれない汚れがたまった場所なんだろうね」

 話が後先になるけれど、後に長老から聞いた話によると、「神頼みをしにやってくるような人たちは魂が汚れている。そんな汚れた魂が往来する遍路道は、自然の力をもってしても浄化しきれない穢れが澱んでしまう。まだ人がウジャウジャいる街中の方がマシ。なぜなら、夢や希望を抱いて毎日がんばってる純粋な魂もそこには多数存在するから」なのだそうである。

「とりあえず、もう一本、飲めよ」
「いや、もう……」
 運動して汗をかいたわけでもない。さすがに500ml2本はきつい。既にお腹がたぽたぽになりつつあった。
「でも、まだ気持ち悪いのが芯に残ってるだろ?」
「え? わかるの?」
 あたしは驚いてフルダに訊いた。
「ようやく、伝わってきた。ジャムからの意識が。車酔いの悪い気分が消えて、パワーも少し戻ったからだろうね。でも、まだ完全じゃないよなあ。ジャムの心にはいつも爽やかな風が吹いている。でも、それが感じられない」
「わかった。飲むよ……」
 2本を飲み終えて、あたしはようやくスッキリした気分になってきた。けれど、それは普通に戻ったということであって、力が漲るという感じにはまだ程遠い。まだ空を駆け巡るのは無理。でも、これならなんとか車でデコボコ道を走るのには耐えられそうだ。そのためにはたくさんのパワーが必要。それは事前に充電しておくようなものではなく、あたしを取り囲むたくさんの自然があたしの味方になって、常に力を注ぎ込んでくれなくては。
 だけど、わずかながらにもパワーはこの空間を漂っているようだ。そよそよと吹く風があたしの肌をこすり、気持ちよくなぶってくれる。まるで妖精が「僕たちはここにいるよ。忘れないでね」と囁いてくれているかのようだ。
 ああ、こんな汚れた空気の中だけれど、それでも自然たちは常にこうやって、あたしに話しかけていてくれたのね。
 それすらわからないほど、あたしは力を失っていたのだと気付かされた。
「風が出てきた。ちょっと肌寒いな」
「そんなことない。気持ちいいよ」
 そう答えたものの、あたしはブルっと身震いした。立て続けに水を合計1リットルも飲んだせいか、オシッコまでしたくなってくる。
「先を急ごうか。車に戻ろう」
「うん」と答えて、それからあたしは変な気持ちになった。これはオシッコがしたいんじゃない。アソコが疼いているんだ。
 セックスがしたくなった。気持ちよくなって、濡れているのがわかる。
「しょうがないお嬢さんだ」と、フルダはあたしに唇を重ねてきた。
(わかるの?)
(わかるよ。ビンビン伝わってくる)
 あたしは、返事した。
(あたしにもわかる。したいのはフルダだって同じでしょ?)
(そうだよ)

 そうだよと言うフルダの台詞。それが直接意識に働きかけてきたものか、あたしの口の中で舌がそう動いたのか、あたしにはもうわからなくなっていた。ただ、これからおこる気持ちのいい出来事をめいっぱい受け止めるために、ジュースがあふれ出してくるのがわかるだけだ。

 屋外でのセックスは初めてじゃない。けれど、こんなに露骨なのはこれまで経験がなかった。なにしろ、拝礼のための登山道の一角、それも休憩のために設けられた東屋での行為だ。いつ、誰がやってきても不思議じゃない。
 後で考えれば、せめて茂みに隠れるとか、車の中に戻るとかすればよかったのに、そんなことまるで思いつかなかった。
 着衣のまま性器だけを露出させてベンチに座るフルダ。その上に、下着は脱いだものの、スカートは履いたままで腰を降ろすあたし。雰囲気も何もない。ただ、性器と性器をつなぐためだけの行為。にもかかわらず、とても気持ちよかった。
 激しい動きはできないけれど、フルダが突くのにあわせて、あたしは腰を深く降ろす。フルダが抜くのにあわせて、あたしは腰を浮かす。フルダの大きさに比べてあたしのは小さいし、短い。内臓ごと突き上げられて、気持ちの悪いコアがその都度、破壊されていくのがわかった。
 ねっとりと絡みつくジュースが、お互いのパワーを増幅させながら、相手に与えてゆく。

 射精した後のフルダの性器を、あたしは口で綺麗にしてあげた。尿道に残っているエキスも、お皿に残ったソースをねぶりあげるように搾り取る。フルダも同じようにして、あたしの吹いた潮を最後まで舐めとってくれた。酒乱のおやじが、コップの底に残った一滴の雫すらも惜しんで口にするようだった。
 やがてフルダの出したものがドロリと太腿を伝わってきたけれど、さすがにそれをフルダは舐めたりしなかった。そのかわり、指ですくってあたしが口にする。エネルギーの塊だから、全部体内に取り込まないともったいない。

「元気になったようだね?」
 車に戻ったフルダは、エンジンをかけながらあたしに言った。
「うん。とっても。毎日でもしたいくらい」
「毎日? 1日に何回もしたっていいよ」
「そうね」
 それくらいしないと、ここでは身体がもたないような気がした。
 しばらくして、「覗きがいたの、気付いてた?」とフルダが問うた。
 あたしは「うん」と答えた。
 登山道の東屋なんかでしてるんだから、こちらが悪い。ならば、見たければ堂々と見ればいいし、見たくなければさっさと立ち去るとか、「こんなとこで何をやってんだ」とか罵ればいい。けれど、そのどちらでもなかった。見物人は、茂みに身を伏せ、顔だけ出して、しかも木の幹に半ば身を隠しながら、それでも目だけはいやらしく光っていた。
 あたしは「それが巡礼者のとる態度か?」と思った。
 何かを祈りに、真っ白な気持ちで、本殿への道をひたすら辿る。覗きなんてのは、そういう真っ白な思いとはまるで正反対のところに位置するように思えて、暗い思いにとらわれた。
 けれど、そんなのは一瞬。
 見たければ見ればいい。
 あたしたちのセックスはとっても清らかで、淫らで、果てしなく気持ちのいい、パワーと想いの神聖なやりとり。いくら邪な気持ちで覗かれようと、そんなものはあたしたちのところには届きすらしない。あたしは直感的にそう感じ、あっという間に覗きなど気にならなくなって、すぐにまたセックスに没頭したのだ。

 これも後で、長老とのやりとりを通じて、その正体がなにか理解する事ができた。
 神に祈りを捧げようとする人ほど、汚れた気持ちを持っているのだと。
 もちろん、全ての信者がそういうわけではない。一切の邪念を抱かずに信仰する人だって、いる。しかし、この登山道の空気が汚れているのは、相当数が澱んだ精神を持っているということだ。
 その澱んだ精神を包み隠し、自分に対して言い訳をするために、信仰という形をとり、わざわざ本殿まで徒歩で険しい道のりをやってくる。自分はこんなに素晴らしい信仰心を持っているんだというデモンストレーションだ。行動で示せば他者にもわかる。だがそれは、本心とは限らない。むしろ本心は別の場所にある。いわゆる偽善的行為のひとつなのだ。
 なるほど、信仰など、時間や場所を問わずできるもののはず。ただし、それでは他人にはわからない。
 信仰心のために、いてもたってもいられなくなり、何かに駆り立てられるように本殿へと向かう者と、形として残しておくために行動をとる者の違いが、そこにはあるのだった。

「おいおい、噛み切らないでくれよ」
 デコボコ道のために、跳ね上がっては着地する車の中で、あたしはフルダのものをフェラし続けていた。
(大丈夫、大切に扱うから)
「だけど、ちょっと怖い……」
(何言ってるのよ。こんなに感じてるくせに)
 さっき出したばかりとは思えないほど屹立したそれは、先端部分からトロリトロリとジュースを分泌させ続けていた。
「ま、車酔いされるより、ましだけどな」
(でしょ?)
 本殿はすぐそこだった。

つづく

 



[ホーム] [17]を読む