エッセイスト 咲夜

【1】 イメチェン その1

 

「あ、く…………、そこ……、ああ、いく……いくう〜、も、いっちゃう〜〜」
「お、おれも……」
「あ、もっともっと、きてきてきてエエ〜ン。あ、あん、ああ〜ん」
「さくや……。締まるよ、すっごい、締まる」
「は、や、くウウ〜ん、あん、あん、いいわあ〜。は、お、ああ、あああああ〜〜〜〜………!!!」

 あたし、駆け出しのエッセイスト水鳥咲夜は、一仕事を終えた後、担当編集者の郷家キツネと恒例の戯れを楽しんでいた。

 原稿提出日の一日の流れはだいたいこんな感じだ。

 書き終えた原稿を編集部に提出する。そして、担当編集者の郷家キツネにその場でチェックを受ける。たいてい書き直しが何箇所かある。

 ひとつ。出版社や編集部には、「文章の書き方」のアウトラインがあって、それに合致していないといけない。例えば、ここでは「子供」は「子ども」でなくてはならないし、「出来る」は「できる」である。あたしではないが、「言う」と「云う」を使い分けている作家がいる。これも「言う」に統一させられる。出版社や編集部によっては、「言う」ではなく「いう」のところもある。
 別に何だって意味が通ればいいのだけれど、ひとつの書籍や雑誌の中で、表現方法が異なっているのは変だし、「一般的に現在においてこの表現はこういう書き方になっている」というのに近づけようという意図もある。

 ふたつ。文章作法のチェック。同じ単語が連続するとか、反語が続いているとか、語尾に同じ母音が連続しているとか、文章がやたらと長く何が言いたいのかわからないとか、そういった類のことだ。

 みっつ。矛盾。同じ作者があるテーマについて、ひとつの主張を持って書いているのに、それとは異なることを言っているなど全体を通しておかしな部分が無いか。また、さっき○○は△△であると書いているのに、その直後に○○は××である、と異なった意見を述べていないかとか、そういうことである。筆者が思い込みで書いている部分が事実と相違している場合もあるので、編集者は関係各所に問い合わせたり、資料をひっくり返したり、インターネットで検索したりもする。

 よっつ。筆者のイメージにそぐわない表現のチェック。
「咲夜はさあ、生活実感等身大で売ってるエッセイストなんだから、これはまずいよ」
「だって、ここが今回の原稿のキモなんだから、はずせないわよ」
「おまえ、プロだろう? 主義主張を曲げずに、他の表現してみろよ」
「う〜ん」
 そうして、あたしは頭を抱え込んでうんうん唸る。
「作家やライターを目指す素人さんは、こういうことは自分でやるんだぜ。それを、懇切丁寧に編集者がチェック入れてやってるんだから、感謝して欲しいね。なんでプロの方が甘やかされてるんだろうって思うよ」
「わかってるわよ。ちょっと黙ってて」
「はいはい」

 キツネは一昔前のお坊ちゃんみたいな、あるいはどこか田舎の良家のお嬢さんみたいな、オカッパヘアーをしている。裸になればそこそこいい筋肉のつき方はしているんだけど、無駄な贅肉がついていないせいか、服を着るとそれほど恰幅良くは見えない。せいぜい、中肉中背の印象である。その上に、オカッパの穏やかな顔が載っているんだもの、男としてはイマイチ迫力に欠けるのだ。
 けれど、仕事人としてあたしと対峙しているときの彼の目は厳しかった。そして、編集部の机を借り、持ち込んだノートパソコンを開き、書き直しをしているあたしを見守る目は、厳しい中にも、優しさが込められている。
 あたしはキツネのことが好き。
 でも、男として、というよりも、一人のプロとして。
 こういう男と恋人同士になれたら……どんな感じなのだろう? あたしたちは身体を交わす仲だけれど、恋人じゃない。

 ほぼ一晩かかって原稿の修正を終えて……といいたいところだが、だいたい夜から朝にかけて原稿を書き、昼前に編集部に持ち込むから、実際は「昼から夜にかけて」である。
「はい、出来た」
「お疲れさん。編集長のチェックがまだ入るけれど、とりあえずこれでOKてことで」
「うん、行きますか」
「行こうか」
 あたしとキツネは、夜の街に繰り出す。
 一緒にご飯を食べて、それから、エッチ。毎月の恒例行事である。

 郷家キツネとは、学生時代からの付き合いだ。二人とも「物書き」を目指していて、キツネの方が先にプロになった。プロといっても、とあるタウン誌の編集部に潜り込んだのである。そこでは、記事をライターに注文したり、特集なんかを編集プロダクションに丸投げすることもあるが、編集者自身が記事を書くことも多い。郷家キツネというのもペンネームだ。
 学生時代に出していた同人誌の頃から彼が使っている筆名で、現在も記事署名はこれである。いずれ独立したいという夢を持っている彼は、後々のために、ずっと同じ名前を使っているのだ。

 あたしはというと、卒業はしたものの、物書きとしてはさっぱり目が出ないままフリーターを続けていた。そこに彼が声をかけてくれた。
 ただし、彼が編集部員を勤めるタウン誌での、あたしのキャラクターは作られたものである。「私はクリエイターです、っていう主張をしない、平凡な記事を書いて欲しいんだよ。普通のね。誰でも、『ああ、そうだね。わかる、わかる』ていう」
「だったら、自分で書けば?」
「ば〜か。俺は主張したいの」
「編集部員が個性を主張した記事を書いて、どうすんのよ」
「そう、それが困ったところでね。だから、代わりの人間が必要なのさ」
「だったら、あたしでなくてもいいでしょう?」
「いや、咲夜でなきゃダメだ。平凡といっても、素人視点で誰でも書けるようなものじゃ困る。書き方は平凡だけど、切り口とか『やっぱりプロだな』って思わせてくれる人でないとね」
「あたしはあたしで、書きたいものがあるのよ」
「だけど、物書いて、飯食えてないだろう?」
「ていうか、デビューもしてないわよ」
「だったら、やれよ。チャンスを逃すこと無いだろ」
「うん」

 このような次第で、あたしはデビューをすることが出来た。しかも、キツネが持ってきた仕事は、ちっさく署名が出るタウン情報記事ではなく、モノクロながら見開き2ページのエッセイ。タウン誌といっても情報の羅列だけでは読者はついてこない。要所要所に「読み物」が存在する。あたしに回ってきたのはそのうちのひとつだ。
「駅前の放置自転車」とか「路地裏散策」とか「午後のお茶はどうします?」とか「広告の品だけなぜ安い?」とか、毎回テーマは編集サイドで決めてくる。あたしはカメラマンと一緒に現場を取材して、それに自分の意見を織り交ぜて、エッセイを書く。
 いつしかあたしについた肩書きが「生活実感等身大エッセイスト」だ。放置自転車の時だって、邪魔だとか迷惑だとか行政はどうしてるとか放置する人はエゴイストだとか、そういう視点ではなく、「他に置き場がないから仕方ないのよ」なんてことをまず書かされた。「だけど、もしあなたが事故や病気で身体障害者になったら、あれは邪魔よね?」と続ける。
 おかげで、他の雑誌からもオファーが来るようになって、なんとかバイトに手を出さなくても生活していくことが出来るようになった。

 つまり、あたしはキツネによって作られたキャラクターであり、同時にキツネはあたしのデビューに手を貸してくれた恩人でもあるのだ。

 そして彼は、セックスフレンドでもあった。
 あたしたちには、お互いに恋人はいない。

「なあ咲夜。そろそろ別のものも書いてみないか?」
 あたしはキツネの腕枕で、ボーっと天井を見つめていた。セックスのあとはいつもそうだ。なにするともなく時間が流れていくのに身を任せているのが好きだ。
 キツネはその間も、あたしの身体の色んなところを触ってくる。これがとても心地いい。
 だけど、再び火が点くことは、とりあえずこの時点では、まだない。ヴァギナは少しだけ濡れている。あたしもキツネのものを、刺激し過ぎない程度に弄んでいる。彼は中途半端に勃起している。この状態が気持ちいいんだという。似たもの同士だ。
「別の、仕事って?」
「知り合いの編集者がライターを探しているんだよ。別の社なんだけどね。俺もそこで、匿名でアルバイトしてる」
「書いてるの?」
「たまにね。でも、どっちかっていうと、編集とデザインが主かな」
「ふう〜ん。そんなことしてて、いいの?」
「本当はアルバイト禁止だけど」
「バレない?」
「多分バレてるけど、大目に見てもらっている。近々退社して、フリーのエディター&ライターとして仕事は続けることになるだろうし、社の方も俺の意向は知っているからね」
「そーなんだ」
「で、どう? やってみない?」
「あたしは最初からフリーだから、注文が来たら、どこの仕事だって書くわよ」
「じゃあ、決定」

 しかし、それは今のあたしにとって、とんでもない企画だった。
「ちょっと、それって、今のあたしのイメージを覆すわよ」
「わかってるよ」
「そんなのが世間に出たら、生活実感等身大エッセイストとしての仕事、切られちゃうかも」
「切られても、生活できるだけのギャラは払う」
「だけど……」
「それに、新分野での仕事も舞い込んでくるだろうさ」
「保証はないけどね」
「可能性はあるだろ?」
「まあね」

 いつもなら、一回戦終わったあとのあたしたちは、ベッドで怠惰な時間を過ごした後、一緒にお風呂に入る。そして、お風呂でのいちゃいちゃを前戯にお互いの身体に再度火を放ち、2回戦に突入するのだ。
 だから、入浴までは激しい愛撫はご法度である。
 けれど、今日は違った。

 もぞもぞと布団の中に潜り込んだキツネは、あたしの一番敏感な部分にキスをした。
「あ、やん、うそお」
「嘘じゃないよ」
 彼の舌使いに腰が跳ねる。あたしの目の前には、いつの間にか大きく勃った彼自身。あたしは思わずむしゃぶりついた。
「特定の恋人も作らず、だけど性欲解消のために担当編集者とセックスする。生ハメ、中出し大好き。そのためにピルを愛用。妊娠の心配がないのをいいことに、二人目三人目のセックスフレンドを作って、出会い系でも男漁り。そんな女のどこが『生活実感等身大エッセイストだよ』」
「いや、いじわる……」
 いじわる言わないで、と言いかけたあたしの口の中で彼のモノが波打った。
「手技・舌技とも最上級。アソコも最高の締まり具合」
「それは、あなたが……、あたしを仕込んだ……」
「3P4P当たり前。乱交喫茶の常連さん」
「それだって、あなたが……」
「休日は24時間バイブ攻め。昇天失神しながらも、口には頬張ったままで……。しかもアナルと二刀流」
「……もう、やめ……て……」
「やめてもいいの?」
「いや。もっと。……お願い、もっと、もっと舐めてえ……」
「こんな女の何が『生活実感等身大』だよ。魔物のような女だよ」
「……魔物……、で、いい、から……、あ、ん、もっと、ああ、んんん、はあ、はあ、はあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こ、こんな展開になる予定じゃなかったんですよ。咲夜の生活のほんの断片を覗かせる程度の性描写のはずが、これじゃ淫乱じゃないですかあ。
 あ、この小説はエロを目的としたものじゃないですからね。そういう意味での期待はせんといてや〜。でも、これじゃ、エッチ系の展開もこの先書いてしまいそうな予感がしている峰でした。
 テーマは別のところにあるんですけどね〜。社会派小説ですよ〜。一応ね。