Boy Meets Girl
「side TACT」

7.Etude
 
 キリエに引っ張られるようにして、クネクネと路地裏を歩いた。バーをでて、横道を数回出たり入ったり。そして、鉄さびでボロボロの階段をゆっくりあがった。

 入ると、それだけで終わりのような部屋だった。とても生活をしているとは思えない空気を感じながら、辺りを見渡したがやっぱり何もない。薄いレースのカーテンが、申し訳程度にぶら下がった窓から、繁華街のネオンがチカチカと入る。彼女は狭い部屋に不釣合いな、大きなベッドに身を投げ出した。僕はまだ酔いに支配されているせいで、何がなんだか判ってなかった。

 チカチカ……ミラーボールを連想させるカラフルな光が、時々部屋を照らした。上半身を起こしてキリエが穏やかに笑いかける。
「おいで……」

 僕は手を引かれてそのまま倒れこんだ。先日図書館で見た、春画やポルノを思い出しながら、おそるおそる、彼女のうなじに唇を這わせる。ハッカとジンとうっすらと汗が入り混じった匂い。いや、それとは別のキリエの匂い。濃厚で、甘い蜜にトリコになる蜂は僕だ。

 あらためて起き上がり、僕の下のキリエを眺めた。あのショートボブは艶やかな扇に変わり、ブラウスを押し上げる二つの丘はどれほど柔らかいのか? なだらかなウエスト…… そして僕の膝が押し開く彼女の太腿。細い両腕は僕の肩に食い込むアンカー。体重をかけてしまうと、潰れてしまいそうなキリエに、僕はゆっくり停泊する。

「愛しいヒトとくっつきたいって思わない?」
 今までの僕を覆すキリエの価値観。
「セックスだけじゃないの。でもね、愛しいヒトには触れてほしいの」
 ギシギシとベッドが悲鳴をあげ始める。
「肌をくっつけるって気持ちいいのよ?」
 途切れ途切れなキリエのコトバを拾いながら、まだ迷っている。

 僕は彼女にどうしてあげるべきなのか?

 彼女が僕の顔を引き寄せて、額を付き合わせる。
「ねぇ……タクト……あたしのコトどう思う?」
「どうって……楽しい。とても。キリエといるとすごく楽しい」
 するとキリエが唇を押し付けてきた。薄い皮膚一枚で僕らは繋がっている。

 バーで感じたあの昂揚感……心臓は今にも破裂しそうで。いや心臓だけじゃない……ハレツシタイ。ブチマケタイ。奇妙な衝動。
「あたしも……タクト……もっと一緒になりたいの……」

 キスは僕を融かすドラッグ。何度も何度もキリエの舌を追い求める。その合間に見える白い歯は海底の真珠。まるでトレジャー。僕だけのたからもの。

 はじめて思った。

 ボクはキミになりたい。

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