アスワンの王子
凶都の4 乱舞の夜





 

 「そこに座ってろ。逃げるなよ。たとえおまえが逃げおおせても、銀竜詩人の仲間たちがひどい目に会うぞ」
 ヨウシャをつかんでいた検問官は手の力を緩めた。
 ヨウシャはコクンと頷いた。確かに逃げることは簡単なようだった。しかし、逃げるとは、都の外へ、ということだ。それでは目的は達成できない。都の中に向かって突進することも出来ようが、相手のフィールドを逃げ回るだけになるだろう。袋のねずみである。いずれにしろ、旅芸人たちに迷惑をかけることはできない。ここはお許しが出るまで我慢するしか方法はないとヨウシャは判断した。
 ヨウシャはトンネルの壁にもたれながら、ぼんやりと様子を見ていた。
 特権所持者の検問は順調に進み、伸びかけていた列が無くなった。
 手持ち無沙汰になったのか、さきほどスズナスに「門番に出世したな」とからかわれていた男が近づいてきた。
 ヨウシャは身構えた。スズナスには穏やかな口調で話をしていたが、それは彼がスズナスに一目置いているからに過ぎないだろう。ヨウシャに対してはどんな態度で迫ってくるかはわからない。用心するに越したことは無いのだ。
 「かわいそうにな。おまえは俺達のオカズなんだよ。もうすぐ検問官交代の時間だ。そしたら可愛がってあげる。それまでおとなしくしているんだよ」
(おかず?)
 真意はつかみかねたが、自分がどんな目に遭うのか、おおよそ予測がついた。勤務が明けたこの男たちに輪姦されるのだ。
 ヨウシャはヴァギナがうずき、いやらしい汁が湧き出してくるのを感じた。久しく男に弄ばれていない。サナとのレズとオナニーでかろうじてほてりを静めてきた。本物の男達に犯されるんだと思うと、悦びの電流が身体をかけ抜けた。
 と、同じに、戦慄も。
 身も心もどんどん淫乱になっていくヨウシャ。男に抱かれるごとに快楽を享受してきた。戦慄が走るなどということはこれまでになかった。
 なのに、なぜ?
 少し考えて、これまでは全て「自分が望んだセックス」だったことに気がついた。自分たちの職務を利用して有無を言わさず女をものにしようなどという連中に出会ったのははじめてだった。だからある種の恐怖心を感じるのだとヨウシャは思った。


 「そう震えなくてもいいよ。怖いことは何もないからね。きみだけじゃないしね。他にも女の人はたくさんいるから」
 夜間でもあり、また月明りの届かない城壁にうがたれた重厚なトンネル内でもある。検問官のいる周辺には灯りがあるものの全体を見通すには暗すぎた。だが、目を凝らすと、若い娘がそこここにいるではないか。うつむいたまま立ち尽す者もいれば、ひざを抱えて座っている子もいる。悠然とタバコを吸っている娘はどことなく商売女の雰囲気を持っている。知らぬ男たちに乱暴されることなどなんとも思っていないのかもしれない。
 誰一人として、逃げ出そうなどと思っている様子は無かった。隙を伺おうとすればそれなりに神経を張り詰めないといけないし、周りの様子を探ろうとするはずだ。ここにいる女の子達はまるで運命を受け入れたかのような潔さがある。
 ヨウシャはハッとした。逃げても無駄だとみんな知っているんだと思ったからだ。
 検問官による娘狩りは公然の事実なのだろう。そして、おそらく警備隊とも結託し、隊員が検問所を取り囲んでいると考えるべきだ。なぜなら、検問官は逃げた娘を追跡して持ち場を離れるわけにはいかないだろうから。
(何が王政の廃止よ。何が議会制よ)
 王より委譲された権限をいいように使っているだけじゃないの。

 間もなく交代の検問官が現れた。
「よし、ついて来い」
 上官がどこに向かってということなく、声をかける。立っていた者は男のほうに向かい、座っていた娘たちはノロノロと腰を挙げた。上官の回りに集まってきた女たちはヨウシャを含めて全部で16人。例外なくうつろな目をしている。さっさと済ませてくれといったすさんだ雰囲気さえヨウシャは感じ取った。
(こんなセックス、良くない)
 セックスは歓喜に満ち溢れたものでなくてはならない。
 トンネルの壁にうがたれた扉を上官は押し開けた。奥は人ひとりが通れる程度の狭い通路だ。なんとこの城壁は、外と都をつなぐ検問用のトンネルばかりでなく、城壁の中にも通路や部屋があるのだ。
 シルエットの有る無しでようやく自分の進む道がわかる程度の明るさは、ポツリポツリと設置されたランプによる。振り返ったヨウシャは、そこにいた検問官とは違う制服の男と目が合った。慌てて視線をそらし、再び行進のスピードに合わせて前に進む。検問官とは異なる制服。おそらく警備兵だろう。威厳に重きを置いた検問官のそれとは異なり、身軽に動けそうだ。背中に長剣、腰にサーベル、そして胸元に短剣。手にはめたグローブは堅そうで、これで殴ればかなりの破壊力がありそうだ。視線にさらされないところにはさらに飛び道具が用意されているに違いない。とっさの観察でそこまで読み取れたのは、身体中に武器をまとったサナと同行したからだ。武具をまとった人間は独特の殺気を振りまく。もちろん訓練された人間はその殺気を消すことなどたやすいが、その必要性を今、彼らは感じていないのだろう。
 やがて辿りついた広間は、古草の匂いがした。土間の上に草を堅く固めた絨毯を敷き詰めてあるのだ。
 さらに、甘い香りが徐々にたちこめていく。傍らで香がたかれていた。
 人が出入りする以上どこかに換気穴はあるだろうが、それほどの能力があるとは思えない。こんなところで香を焚くとは、その影響を人体に及ぼす目的以外にありえない。
 行進中、ヨウシャの前を進んでいた女が口を開いた。細身で際立った美形の。かみそりのような美しさだとヨウシャは思った。
「あなた、はじめて?」
「はい」
「そう、怖がらなくてもいいわ。すぐ、良くなる。すごく、良くなる」
「あの、あなたは、はじめてじゃないんですか?」
「そおよォ。最初は怖かったけれど、病み付きになるわ。最高よ」
 香が焚きこめられ、空気がよどんでゆく。甘い香りが濃密に充満する。ヨウシャに話し掛けてきた女も、既に服を脱ぎ始めていた。口元も目もトロンとしている。検問官も、警備兵も、どんどん武装解除して全裸になっていった。
 タン、タン、タン、タン。
 どこからか太鼓の音。テンポは単調だが、ひとつひとつの音がリズミックに踊っているようだ。
 タン、タン、タン、タン!
 タン! タン! タン! タン!!
 リズムと香り、そして閉ざされた空間、酔った人々。
 踊りだす者、床に横たえる者、もだえる者。反応はさまざまだが、その弛緩した表情から徐々に陶酔しつつあるのが見てとれる。
 ヨウシャも最初は冷静な観察者であったが、ある時を境にふっと意識が飛んだ。それは気を失うのではなく、まさしくフワリと浮いた感覚。快感が鋭く全身を貫いて足の先までピンと突っ張り、なのに同時に骨も筋肉もぐんにゃりととろける。
 あふれた愛汁がトロトロと太ももに絡みつく。
 ヨウシャは自分が立っているのか座っているのか横たえているのか、それすらもわからなくなってきた。
 フワリ、フワリ。フワリ、フワリ。
 タン! タタン! タン! タタタン!!
 リズムにあわせて、あるいはリズムを無視して、身体の芯、奥深いところに、快感が注ぎ込まれていく。誰かが挿入しているようだ。快感の塊はまばゆい光を放ちながら大きくなってゆく。
 そのごくそばに、もうひとつの悦びが芽生え、膨らみ始めた。人のものとは思えないくねりと激しい振動。アナルになにか性具を突き刺されたようだった。肉襞がひくひくと悲鳴を上げ、自虐的な愉悦に身が沈んでいくようだった。
 ゾワゾワゾワ〜と胸からお腹にかけて虫唾が走った。吐き気がするほどの嫌悪感。だがそれはすぐに恍惚へと変化する。乱暴に胸をつかまれ、乳首を吸われ、そしてへその周りを舌が這っていた。指や掌はそこかしこにある。そのうちのいくつかが茂みに近づいてくる。そして、さらに割れ目へ。しかし、そこには既に誰かの根が突き刺さっていて、深く浅く前後に動いている。ふたつの物体はヨウシャのアソコで合流した。いったいそこで何がおこっているのかヨウシャには知覚出来ない。ただ、熱く激しく燃え上がるように炎がたちこめ、底のない谷間に飛び込んでしまった。いつまでも、どこまでも、続く、落下感と加速感。ふわふわ漂うような急激に奈落へ放りこまれたような、わけのわからない状態。
 ズチャ、ズチャ、ズチャ、ズチャ。
 ヨウシャのヴァギナの中が音をたてる。堅く大きく膨れ上がった男性器がぐっちょりと湿って感度を上昇させた穴の内側を摩擦する。子宮口を突き上げられる度にヨウシャは声にならない声をあげ、腰がキュンとなるのを感じた。男がうめき声をあげて腰の動きを止める。ヨウシャは自分でも最大限締め付けているのを自覚した。どくどくとザーメンがヨウシャに注ぎ込まれる。
(もうちょっとでイケたのに・・・)
 爆発寸前にまでヨウシャの身体の中心で膨れ上がった光の玉は、ザーメンをかけられて熱さを吸い取られてしまった。
 だが、今日の相手は1人や二人ではない。たったひとりを相手のセックスでも十分感じるのだ。四方八方から手が伸びて身体のあらゆるところを愛撫されればたちまち昇り詰める。耳たぶと乳首を噛まれ、足の指と指の間と太ももの付け根を舐められ、お腹にペニスを擦り付けられ、わきの下とお尻に指を這わされ、もう片方の乳房をもみくちゃにされる。
 左右それぞれの手には大きさの違うものを握らされた。きつく握ったまま同じリズムで上下させる。
(ああ、いったいわたしは今、何人を相手にHをしているのだろう?)
 宙に浮いた意識はクルクルクルクルと回り、血が逆流する。
 香は極端に酸素を消費するらしく、息苦しく、それが心地よい。深く息を吸うほどに、香の怪しげなエキスが脳の髄まで染み込んでくる。
「ゲホッ!」
 喉に何かが詰まってむせた。さっきまでネットリと舌を絡められていたが、いつの間に男性器を咥えさせられていたのだろう?
 意識が行ったり来たりした。
 腰にガクガク振動を伝えられて我に返ると、1人の女の子と足を交差させながら股間を密着させていた。ヨウシャよりもまだ3つは幼い彼女が性の悦楽をもとめるその表情はいたいたしくもあった。だが、それがそそる。ヨウシャはサディスティックな気持ちになった。
 少女のクリトリスと自分のそれとが密着するように、腰の位置をずらして、ぴたりとフィットしたところでぐいぐい押しつける。
 あふれ出る蜜を塗りつけるようにして、ヨウシャは少女のクリトリスを責めたてる。
「ああ、ああ、こんなのはじめて。素敵」
 陰核同士で摩擦しあうのはヨウシャにとってもはじめてのこと。直感的に「感じるところ」と「感じるところ」を重ね合わせ、こすり付けていた。
「あ、あ、すごいです。すごいです」
 少女は、あう、あう、と声を漏らしながらイッた。

 不思議な浮遊感に取り囲まれて、全身の神経は恍惚と溶けていく。ヨウシャはもはや全身が性感帯、いや、性器そのものだ。
 香のせいで麻痺した感覚。どんな体位なのかは全くわからないが、性的な神経だけが研ぎ澄まされている。ヴァギナとアナルにペニスを受け入れながら、その周囲やクリトリスをさっきの女の子に舐められているのがわかった。彼女の舌はヨウシャだけでなく、ヨウシャに挿入している男たちのものも舐めている。
 ヨウシャはついにイッた。これまでにない強烈な快感が走りぬけた。身体の全てがキーンと反応する。時々意識の片隅で自分が激しく痙攣しているのがわかる。こんな状態がいつまでも続いたら身体が壊れてしまう。そんな思いもすぐに快感の渦の中に消えていく。
 これまでのセックスの「イク」状態と同等の快感は既に何度も何度も押し寄せてきていた。でも、イカなかった。さらに昇り詰めるからだ。どこまでも昇天し続ける自分の淫乱さかげんにまた興奮した。そして、ついに迎えた絶頂点。これまでにないほどの長時間に渡ってヨウシャはイク感覚を味わい続けた。


 お腹の下にひんやりとした感触。いつのまにかヨウシャはうつぶせになって眠っていたらしい。身を起こすと、周りにも同様に裸の男女。ボツボツと目を覚まし始めているが、まだ床に横たえたままの者もある。
「どう?」と、声をかけてきたのは、カミソリのような印象を受けた美女だった。第一印象に比べてゲッソリとやつれている。ヨウシャは一瞬誰かわからなかった。
「はじめてなのに、もうお目覚めなのね」
「え?」
「あの妙な薬、結構きついのよ。失神したらなかなか目覚めないわ」
「あれはいったいなんなのかしら?」
「最高級の薬草茶を煎じつめて、必要な成分を抽出したとかって聞いたわ。でも詳しくは知らない」
 最高級の薬草茶?
 それって、銀竜詩人の人たちに振舞ってもらったあのお茶だろうか? あれは心にも身体にも頭にも安らぎと活力を与えてくれた。その同じ物が? でもありえるとヨウシャは思った。良く効く薬ほど両刃の剣、副作用があるのだと母に教わったからだ。
「慣れると失神しなくなるそうよ。そして、悦楽の境地を醒めないまま漂いつづけるの。死ぬまで、ね。自分が死んだかどうかもわからなくなるって噂。それって、素敵でしょう? そのためにあたしはここで男に玩具にされまくるの。あ、そんな悲しそうな顔をしないで。もう決めたことだから。生きてたってろくなことないし。それに、もう今更もどれないの。どっぷり中毒してるから」
 しばらくすると警備兵の制服をまとった男がみんなを叩き起こし、身繕いをととのえるように命令した。

 苦悩の叫び声をあげて頭を抱えたり、立ち上がろうとして何度もひっくり返ったりする者がいるのは、「初心者だからよ」と、カミソリ美女が教えてくれる。ということは、平然と起き上がった人たちは既に中毒症状になっており、破滅への道を歩いているということになる。
 ヨウシャは思った。自分は性行為に埋没してやがて朽ち果てる運命を打破するために旅をしている。なのに、セックスに狂い死にすることを自ら望んでいる人たちがいるなんて。
 結局、5人の女達はとうとうまともに歩けないまま、警備兵や検問官にひきずられるようにして、部屋を後にした。

 検問所まで戻ってくると、「登録を希望するものはここに署名すること」と上官がみんなに呼びかけた。
「登録?」
「検問所を通過した『イイ女』だけを乱舞に連れこむ。そして、終わった後に登録希望者を募る。あんなセックス、他では出来ないからね。みんな登録するよ」
「登録すると、どうなるの?」
「乱舞は一日4回、検問官の交代の後で行われる。それにいつでも参加できる」
 カミソリ女が言ったとおり、記帳のためのデスクを取り囲んだ女は4人。ヨウシャとクリトリスを愛撫しあった幼い少女もいる。あとの女達は既に登録を済ませているのだろう。そこかしこに佇んでいた。警備兵が送り届けてくれるのを待っているのだ。ヨウシャは「登録」には興味が無かった。だが、銀竜詩人のメンバーがどこにいるかわからない限り、勝手に行動できない。警備兵が送迎に頼るしかない。そのためには全員の記帳が済むまで待たなくてはならないだろう。
「登録、しないの?」
「強制ではないんでしょう?」
「そうだけど、もう2度と声をかけてもらえる機会は・・・・」
「いいの。わたし、もっとすごいセックス、いっぱい経験してるから」
 嘘ではなかった。驚異的な大きさの玩具を挿入されたり、植物の根にいじめられたり、あげく性器がドロドロに混ざり合ったり。香などに頼らなくても日々感度は上昇しているのだ。狂い死にするほどに。
 大勢の男達に取り囲まれて、表面の皮膚を覆い尽くされ、穴という穴に挿入し尽くされるほどの、舌と指とペニスを同時に感じたのは今回が初めてだったけれど、運命の呪縛から解き放たれさえすれば、いくらでもそんなことは出来るだろう。いや、それよりも、たった1人の愛する人と性技を尽くし、二人で一緒でないと辿りつくことのできない桃源郷に遊ぶほうがよほど素晴らしいと思う。
 それにしても困ったなとヨウシャは思った。登録のための記帳をしようとしないヨウシャを、まわりの者たちは妙な目で見ている。登録は強制ではないとカミソリ女は言ったが、どうもこのままでは済まされそうにない。考えてみれば、王政が廃止され権限が各部署ごとに委譲されたからといって、こんなことがおおっぴらに見とめられるわけがない。「登録」という形式で、彼らは女達の口を封じようとしているに違いない。登録しないということは、つまり部外者。この乱舞とやらが表ざたになっても不思議ではないのだ。
 登録をすればいつでも自由に参加できるとカミソリ女は言った。つまり、いついつに参加しなくてはならないということではない。そのときになって員数が足らなければ、こいつらはどうせまた新人の女を強制的に連れこむだろう。登録したからと言って泥沼に落ち込むとは限らないのだ。自分さえ近づかなければそれで済む。
 仕方ない、その場しのぎではあるけれど、わたしも登録しておくか。
 そう思ってヨウシャがデスクに歩み寄ろうとした、そのとき。馬に乗ったサナが現れた。
「迎えに来た。乗れ」
 ヨウシャは踵を返して、馬に駆け上がった。
 サナは一瞬の早業で馬を反転させ、急発進させた。検問所のトンネルを抜けると、明るい陽射しが目を射る。太陽はほぼ南中している。いったいどれくらいの時間セックスをやりまくり、そして気を失っていたのか?
 とにかく暗くてじっとりとした空間を脱出できたのだ。ヨウシャは馬の背中にいることを忘れて大きく背伸びした。とたんにバランスを崩しあわや落っこちそうになる。
「しっかりつかまれ。飛ばすぞ」
 ヨウシャはサナの腰に抱きついた。
 ぐにゃ。
 密着しようとしたサナの背中とヨウシャの胸の間に、暖かくて柔らかいものが飛びこんできて、二人の間に挟まれた。
 にゃ〜おん。
「ハックン! 久しぶり。無事だったのね!」
 ヨウシャの声が弾んだ。


「私が都に入ると、すぐにソワンが交信してきた。都の現状とか、あらゆる情報を教えてくれた」
「え? じゃあ、ソワンさんと連絡が取れたのね。もう逢ったの?」
「いや、まだだ。ソワンの所在はつかめない。彼女は交信術を磨き、この日を待っていた。今ではAAA(トリプルエー)の術者を越える技術を持っている。私の力を持ってしてもソワンの居所は特定できない。都のどこかに隠れ住んでるのは確かだけれどね、誰にも発信場所が特定できないように特殊な技術を使って交信して来る。もちろん『盗み聞き』の技術を持つものは多いから、交信の中で自分の居場所を知らせることもしてこない」
「だったら、会えないじゃないの」
「いや、必ず会える。ソワンはわたしに探せと言った。探す。なんとしても見つけ出す。必ず」
「でも、だって、それだったらいつになるかわからないわ」
「時間は問題じゃない。気持ちの問題だ。強く望めば願いは叶う」
 サナの背中にしがみついているヨウシャには彼女の表情は見えないが、容易に想像することが出来た。サナは今、さぞかし凛々しく、颯爽としていることだろう。信念に裏打ちされた人間は強い。
(その通り。強く望めば願いは叶うさ)
 ハックンが鳴いた。
 え?
 確かに耳には「にゃおん」としか届かなかったが、ヨウシャの心にハックンの言葉が響いてきた。
(人間の言葉がわかるの?)
(ヨウシャ、キミともっと仲良くなりたいと思ったら、人間語が理解できるようになった。強く望めば願いは叶うよ。本当さ。だって、おいらがそうだもの)
「わかったわ!」
 ヨウシャは激しい蹄の音に負けないくらいの声量で叫んでいた。
 
 

 

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