アスワンの王子
海岸の3 砂浜の村3






 どこに光源があるのだろうか? ぼんやりと薄明るい。
 砂に飲み込まれたヨウシャは、もがきにもがいたけれども、抵抗むなしくズルズルと引きずり込まれていった。
 何とか助かろう、そんな気持でもがいたのではない。迫り来る圧迫感と隙間無く肌に触れる砂の感触、そして、どこまで深く砂の中に落ち込んでいくのかを知覚する事が出来ないために生じる恐怖心。
 それらがないまぜになって、無駄な抵抗とわかってはいたものの、身体がもがくことを要求した。
 しかし、それも長くはもたなかった。
 どうすることもできないという絶望感がヨウシャを支配した。どうしたって助からない、助かりっこない。そんな想いが本能による抵抗すらも抑止してしまったのだ。
 生きる事への欲望を失ったとき、あるいは、生きることを諦めたとき、人は意識を失う。一番楽だからだ。
 だが、ヨウシャは絶命することなく、いま、意識を取り戻した。
 ぼんやりとはしていたが、思考を取り戻し、目を開けた。
 炎もなければ明かり取りの窓もない。しかし、辺りを見渡すことが出来た。歩き回るのには支障がない程度の、ほんのりとした優しい明るさに空間は包まれていた。
 ヨウシャは横になっていた。仰向けになったまま掌を地面につけてみる。ざらざらした感触は砂だろう。だが、凹凸がない。
 ヨウシャは上半身を起こした。地面は細かい砂を突き固めたように思えた。
 ぐるりと首を回し、そして上を見る。空は見えない。天井である。わずかに土色がかったグレー。壁もそうである。
 部屋と言うには広く、そしていびつだ。平らに突き固めてあるのは床だけで、天井も壁も不規則に入り組んでいた。
 洞窟らしかった。しかし、洞窟にしては広かった。村の運動会くらいできそうだ。しかも、せせらぎまである。洞窟は屈曲していて、どれだけの広さがあるのか一望しただけではわからなかった。
 ちいさな水の流れは澄んでいて、ほとりには草が生えている。所々に灌木まであった。
 ここはどこだろう?

 背後に、不意に人の気配がした。敵意や殺意といったものは感じなかった。
 「かつての砂浜の村は、地底の村となりました」
 振り返ると老人が穏やかな笑みをたたえていた。
 「ようこそ。砂浜の村へ。お嬢さん」
 背が低い上に腰の曲がった老人。何もかもを達観したような老人の目に、ヨウシャの鳥肌が立った。自分の中の全てを見透かされたような気がしたからだ。表向き穏やかな笑顔の老人だったが、目が不気味に思えた。
 となりには、若い男。背は高くもなく、低くもない。太ってもいなければ痩せてもいない。筋肉質。老人は全身に布を巻き付けていたが、若い男はお尻から布を巻き付けて前で結んでいるだけだった。男性器を隠すことさえできればそれでいいという大きさだ。結び目はちょうど性器の辺りにあり、その盛り上がりは結び目だけのせいではないようだった。ヨウシャの蜜窪がキュンとなる。
 それにしても、いつの間に? 振り返ったときは、確かに老人一人だった。
 ヨウシャはゆっくりと立ち上がった。そして、もう一度見回して、やっとその理由がわかった。
 ヨウシャが眠っていた場所は回りから一段高くなった台座になっていた。光量が少ないのと、地面の色が同じだったことで、それに気が付かなかったのだ。立ち上がることでやっと自分が周囲よりも高い場所にいて、台座のすぐ根本は視界に入らなかったのだとわかった。老人も若い男もそこにいて、ヨウシャの目覚めを待っていたのだろう。
 台座と床は傾斜のきつい階段で結ばれていて、大勢の男達が登ってくるところだった。
 (え? なに? なんなの?)
 男達は皆、同じように微かな布で局部を隠しているだけで、裸同然だった。目がギラギラしていた。
 やられる、とヨウシャは思った。ざっと数えても20人を下らない男達。これだけの人数にまとめて犯されるのは初めてだった。
 想像しただけで意識がなくなりそうになったが、それを止めたのはヨウシャの性欲だった。気が狂わんばかりに責め立てられる場面が脳裏をよぎり、とたんにアソコがドロドロと濡れ始めた。
 目を凝らすと、遠くから女達も集まりつつあるのがわかった。

 男達は台座に上がりきると、ヨウシャと老人、老人の側に立つ若い男を取り囲んだ。等間隔に円状に並ぶ男達のその姿に、ヨウシャは祭礼の儀式を連想した。
 老人の横に立っていた男が一歩前へ進む。ヨウシャに近づいたわけだ。
 「目を、閉じて」
 感情があまり感じられない、抑揚のない声で男は言った。ヨウシャは目を閉じた。
 次に何が起こるのか、ヨウシャには簡単に理解できた。キスされるのだ。
 恋人アクアロスとの愛の営みは、まずヨウシャが目を閉じ、そして唇を重ね合うところから始まった。ヨウシャが目を閉じるのが合図だった。
 だから、わかったのだ。
 だけど、男性体験を重ねたヨウシャは、既に心得ていた。このありきたりなキスで始まるセックスが、ロマンチックな感情を盛り上げることもあるが、同時に初心者的な愛し方であることを。
 もっと野蛮で荒々しくて、時に奇怪と思えるような迫り方の方が、熱く激しく燃えるのだ。
 20人ほどの全裸に近い男達に取り囲まれていることがそもそも異常なのだから、逆に乙女にとっての王道のようなキスに、とても違和感を覚えた。20人に一斉に飛びかかられる方が、ここにいたっては正常であるような気がした。
 男のキスは、そっと唇を重ねただけで終わってしまった。
 なんだか儀式的だなと思えたが、まさしくこの多人数プレイは儀式だったのだ。
 「ハナウです」と、男は言った。そして、ヨウシャの背中に優しく手を回し、もう片方の手で胸を揉んだ。
 男の掌はヨウシャの胸にしっとりと張り付いた。手の動きそのままにヨウシャのオッパイは形を変えた。
 情熱のカケラも感じないキスに白けかけていたヨウシャだったが、男はテクニシャンだった。たかが胸の愛撫にどうしてこんなに身体が反応するのかわからなかった。
 トロリとした心地よいものが身体を包み始め、溢れ出た愛液が太股の付け根から垂れ始めた。
 ハナウによって違和感無く脱がされた衣服が、床に落ちる。静止した空気とわずかな風が触れあうような音がした。
 両手できっちりとハナウに支えられながら、徐々にヨウシャは力を抜いていく。膝を折り、腰を低くして、背中を支えるハナウの腕に体重をかけると、彼は上手に誘導して、ヨウシャを横たわらせた。
 完全に息の合ったコンビネーションにまわりからは見えただろう。

 ハナウはヨウシャの隣に胡座をかいた。
 胸に当たられた両手は、ゆっくりと下へ向かった。
 脇腹とお腹をふんわりと撫でられて、ヨウシャの背筋はヒクヒクとなった。ひとつ間違えば「くすぐったさ」に通じるような愛撫は、その瀬戸際を保つことによっていままでにない快感をヨウシャの肌に伝えていた。
 ハナウの掌愛撫には緩急がない。一定のリズムで動いている。にも関わらず、ヨウシャは時として声を出さずにいられないほどの強い快感に襲われる。
 「あ、そこ。もっと」
 しかしハナウは、ヨウシャの注文には応じず、全くのマイペースだった。
 「ねえ、焦らさないで」
 ヨウシャは哀願した。
 「焦らしてなんかない。これが女の身体が持つ本来の性感を引き出すベストな方法だ」
 ヨウシャはハナウの言っていることが理解できなかった。
 今までヨウシャの身体を通り過ぎていった男達と根本的に違うからだ。そう、これまでの男達は、ヨウシャのより感じるところを見つけてはそこを攻め、感度が高くなってくると刺激を強めていった。やがてそれは乱暴とも思えるほどに激しくなってくる。その頃にはヨウシャも十分高まっているから、その行為は乱暴ではなくて「激しく責め立てられて幸せ」と、心までもとろけていくのだった。
 だが、この男は違う。一定のリズムを繰り返しだけ。
 焦れったさに身もだえをしながら、それでもヨウシャは、自分の身体が変化していくのがわかった。激しさがなくても、どんどん感じてくるのだ。それも何カ所かの感じやすい場所だけではない。気が付くと身体中全体がカーッと燃え上がっていた。
 ヨウシャは狂おしさにたまらなくなって、自分で胸をつかんだ。ハナウの愛撫が足に移ったため、上半身がさみしくなったのだ。
 するとどうだろう。わずかに触れただけで極度に感じるほど高揚していたのに、いつも自分でする時のようにきつく鷲掴みにしたからたまらない。最初、身体が溶けてしまいそうなほどの恍惚がおとずれ、その直後に電流が駆けめぐった。
 花が出す甘い香りや蜜は虫達を惹きつけるもののはずなのに、あまりにも魅惑的だったので、自らの花びらを誤って溶かしてしまう。それに似ていた。
 限りない自滅への快感である。
 ヨウシャの手は、自分の身体を愛撫し続けた。胸や腰、そしてお腹。息が荒くなり、小刻みに神経が律動する。
 普段のセックスなら、自らの快感を呼び覚ますことに酔いしれているこの手は、相手の男性への奉仕に使われていた。男達を感じさせ、悦ばせる。その姿態をして自らもまた感じる。
 ところがいまは違う。相手と自分、合わせて4本の手がヨウシャを責め立てる。二人の男性に同時に愛されているのに等しい。それどころか、ヨウシャは受け入れるだけだったから、全神経が快感を受けることに集中していた。愛し、愛され、肉体と時間と場所を共有しているんだという「心」の快感はなく、全てが肉体的な悦びだった。
 だから、4本しかない手が、10本分くらいの悦びになっていた。5人の男に寄ってたかってなぶり者にされているのに等しかった。
 まわりを5人もの男に取り囲まれれれば、自分から彼らに何かをしてあげるなどということは確かに不可能に違いない。
 ハナウは太股を入念に撫でた後、両手をお尻の下に持ってきた。そして、ヨウシャの肌に初めて唇をつけた。唇をわずかに開き、舌先を唇と同じ高さに出して、肌の上を移動していく。唇だけを尖らせるのではなく、舌で舐めあげるのでもない。同時にみっつの刺激を受けて、ヨウシャのクリトリスは一気に膨れ上がり爆発寸前になった。
 足を乱暴に開かれて激しく心棒を突き立てられたい!
 肉と肉の擦れ合いを切望した。ヨウシャの性器はせっぱ詰まっていた。一時の我慢もできないくらいに熟れていた。

 ヨウシャは足をきつく閉じた。自らの肉体でクリトリスに圧迫を与えた。そうせずにはいられなかったのだ。
 感度と硬度を増していた突起は突然の攻めに悲鳴を上げた。腰が痙攣し、子宮と膣が収縮した。
 待ちきれなくなったヴァギナは小刻みな運動を開始した。洞窟は固く閉じていたため、異物が進入して動くのと同じ快感を得ることが出来た。
 ああ、イッちゃう。
 「もういいだろう」
 どこかから声がした。神の啓示のようだった。霞がかかっていて視界が全くない、にもかかわらず光の溢れた世界。その世界を遠くから包み込んで見つめている絶対者の声だった。
 声を発したのは老人だと気が付いたとき、ヨウシャのきつく閉じられていた両足が、そっと男の手によって開かれた。
 ヨウシャは目を開く。
 男はヨウシャに身体を重ねて、進入してきた。
 あっという間の出来事だった。
 暖かい布団の中で幸せな夢を見ているようだった。
 男は2・3回も腰を動かしただろうか。
 ヨウシャの中に熱いものが噴出した。
 こんなに短い挿入は初めてだったが、ヨウシャはイッた。
 しばらく余韻に浸っていたかったが、「交代」という老人の声で、男はヨウシャから身を離した。
 交代?
 見回すと、台座の上では多くの男女が重なり合っていた。
 20人ほどもいた男達はよってたかってヨウシャを餌食にするためではなく、後からやってきた女達とそれぞれ交わっていたのだ。
 ヨウシャを抱いた男を目で追うと、違う女の上に重なった。そして、ヨウシャの所には別の男がやってきた。
 「前戯はいい。すぐにはじめなさい」
 何かを考える時間は与えられなかった。
 二人目の男はヨウシャに挿入した。やはり何度か腰を振っただけで、終わってしまった。ヨウシャが感じる暇もない。
 え? え? え?
 また、交代のかけ声がかかる。3人目。交代。4人目。
 ヨウシャの蜜窪は濡れたままだったが、すっかり気持は冷めてしまった。呆気にとられたと言ってもいい。
 20人もの男達は次から次へ、射精するためだけにヨウシャにまたがった。
 まわりの女達はそれを当たり前のように受け入れていた。疑問を抱いたのはヨウシャだけだった。
 はじめ、まるで儀式のようだと感じたのは、まんざら見当違いではないのではないかとヨウシャは思った。こんな数をこなすだけのセックスなんて、儀式でなければどんな意味を持つというのだろう?
 全てが終わったとき、ヨウシャの腰は砕けたように疲労感が蓄積していた。
 立ち上がろうとしても力が入らなかった。
 「旅のお嬢さん、無理をさせてしまったな。少し休みなさい」
 ヨウシャは老人の言葉に甘えることにした。
 ここはいったいどうなっているんだろうと思ったが、答えは出なかった。眠ってしまったせいもあるが、考えたってわかるわけないとも思った。

 

 

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