語り部は由美
大学2年生 純愛(4)





 春休みが終われば、前年度の成績発表や履修単位の登録などが始まる。色々やることもあるし、それぞれに締切りがあって慌しい。けれど、だからといってとりたてて忙しいというわけでもない。
 大学は「いったいいつのまに始まったんだろう」って感じだ。高校までのように「始業式」なんてのもないしね。
 もちろん、新入生の入学式はあるのだけれど。

 結局あたしと直也が念願の二人きりの旅行に出かけたのは、その春休みの終わりと新学期の始まりのちょうどボーダーあたりだった。
 あたしの翻訳の仕事が、なかなか進まなかったからだ。直也はもう十分な資金を稼いでいたけれど、あたしのバイトにあわせて延長していた。
 翻訳と同時並行で夜のバイトもしていたから、相変わらずあたしと直也はセックスレスだった。

 金沢へ。
 あたし達は出発を明日に控えて、いそいそと準備をした。JRのみどりの窓口で特急のグリーン車を確保した。
「学生なのに贅沢かな?」とあたしが言えば、「自分へのご褒美なんだから、いいんじゃないの」と直也が答えた。
 頬が自然とほころび、笑みが漏れる。明日からの旅のことを想うと自然とそうなる。遊びの準備でウキウキしているあたし達。切符を発行してくれている駅員さんはまじめに仕事をしているわけで、なんだか申し訳ないような気持ちになったが、「気をつけてご旅行を楽しんできてください」と切符を手渡され、ますますあたし達は盛り上がらずにはいられなかった。

 宿の予約は今朝、済ませてある。名の通った旅館だ。しかも、離れ。小さいながらも専用の露天風呂まである。
 列車の切符も買って全ての準備を整えたあたし達は、駅近くの小さな喫茶店に入った。
「贅沢だよね。あたし達の身分で泊まれるような場所じゃないよね」
 嬉しくて仕方なかった。
「いいんだよ。自分へのご褒美だよ」
 あたし達は何度、同じ台詞を繰り返したろう?
 2泊3日。ひと時の夢に酔うのだ。
 味には定評のあるこの店は、マスター一人が切り盛りしている。店内はどこかかび臭く薄暗い。インテリアも古ぼけている。アンティークを演出しようとして、マスターのセンスの悪さを露呈する羽目になったと口の悪い友人は言うが、あたしは好きだ。
 純粋に静かにコーヒーを飲みたいという客しか来ないので、どんな時間帯でも落ち着いている。一人でこなすには若干客席が多いような気がするが、長居の客が多いのでマスターが忙しそうにしている姿はあまり見ない。
 一人になりたいときにたまに使う。

 直也をここに連れてきたのは初めてだったが、今の二人にはぴったりだった。
 明日からの旅行を待たずに、これまでエッチのお預け状態だった二人には……。
 向かい合って座ったあたし達は、ゆっくりと顔を近づけて、キスをした。カップから立ち昇る芳しい香りと同じ味が直也の唇から伝わってくる。彼の舌先がチロチロとあたしの唇を舐める。あたしはゆっくりと唇を開いた。その中におずおずと進入してくる直也。
 あたしは舌を直也に挿入せず、彼のそれをねっとりと受け入れた。
 官能的なキス。
 どこか朴訥な感じのする直也だけれど、どう舌を動かせば女の子の興奮を呼び覚ますことが出来るか、ちゃんと理解しているみたいだ。
 ふたりの間にはテーブルがあり、その上にはカップやシュガーなどが置かれているから、お互いを抱きすくめるなんてことは出来ない。上半身を乗り出し、顎をあげ、唇を突き出したキス。チラリと見ただけなら、まるで嘴をついばむ鳥の親子のように見えるだろう。その実、舌を絡めあった濃厚なキスなのだ。
 早くもあたしは濡れ始めていた。

 喫茶店を出たあたし達は、直也の希望でランジェリーショップに向かった。あたしにエッチな下着をプレゼントしたい、けれど一人ではそういう所へは入りにくい。直也がそう言ったからだ。
 あたし達は小声ではしゃぎながら、ああでもないこうでもないと物色した。
「穴が開いてるわ。これだと履いたままできるね」とか、
「こんなに細かったら、食い込むよね? 僕のが入るありがたみがなくなるよな」とか、
「透けてる! こんなの履いてても意味ない〜。見られるだけでハズカシ〜」とか、
「どれもこれも由美ちゃんにはかせてみたい」とか。
 カップルで来た客がひそひそと、でも嬉しそうにこんな会話をするのは珍しくないのだろう。顰蹙モノのように思えたけれど、店員は何も言わなかった。というか、見て見ぬ振りをしてくれている。
 最終的には、パンティを直也が何点か選んだ。どんなものを選んだか、あたしは知らない。旅行の初日の夜にプレゼントしてくれるというので、彼に任せることにしたのだ。彼のチョイスがどんなものなのか、旅行の初日の夜、ラッピングをとくまでわからない。ちょっと、楽しみ、かな。
 まあ、そのあと、どうせすぐ脱いでエッチをするんだけどね。

 そのあと、ポルノショップにも寄った。
「百戦錬磨の由美ちゃん相手だから、僕一人では荷が重い」と、直也はバイブを買った。
(百戦錬磨、かあ)
 あたしは心の中で呟いた。
 すぐに男と寝るとか、遊びまくっているとか、噂程度のものなら彼は知っている。けれど、それが実際どの程度のものかは知らない。きっと知ったら傷つくだろうなあ。
 あくまでそれが噂であり、無責任なものだから、彼は冗談めかして言えるんだ。あたしはそう思った。
(ごめんね)
 あたしは直也に寄り添った。
 あたしはあなたと付き合ってからも、ママさんに頼まれて太田という男と寝てしまった。しかも、それだけじゃない。「男と寝るのは割りのいいバイトでしょ」なんて酔いの回った耳元で囁かれ、3人の客に抱かれた……。
 高級旅館も、グリーン車も、その稼ぎのおかげ。
 直也には「翻訳って結構、いいお金になるのよね」なんて言ってあるし、彼もそれを信用しているけれど、それがなんだか気の毒だなと思った。
 悪い、とは思わずに、気の毒と思うあたし。売春しても何も感じない。
 けれどね、直也。あなたのことが大好きなこの気持ちはホンモノなの。

 狭いショップに並べられた陳列台や棚の間で、ギュッと身体を押し付けるあたし。直也のズボンはパンパンに張り詰めている。あたしはそっとソコに手を触れた。
 ちいさく声を漏らす直也。
 あたしはたまらなくなって彼のズボンのファスナーを下ろし、トランクスの中から彼のモノを引っ張り出した。童貞だと言われれば信じてしまいそうになる彼の外見とはウラハラに、男の塊がそこにはあった。照明を跳ね返すほどのテカリをたたえたそれは、決して未経験の粗末なモノではない。
 何人の女の子と交わったの?
 つい口に出しそうになって、あたしは慌てて別の台詞を選んだ。
「いつからこうなってるの?」
 彼は何も答えない。
 今朝からずっとだよとか、キミのせいでこんなことになったんだ、責任とってよとか、そういう種類の言葉を直也は口にしない。
 だからこそ、彼と愛し合った女の子たちがどんな人なのか気になった。
「お、おい。こんなとこで」
 あたしの指先と掌で弄ばれながら、彼は狼狽した。
「大丈夫、ここはそういうお店なんだもの」
 慣れたそぶりをわざと見せる。あたしだって、ポルノショップの経験はほとんどないんだけどね。

 彼のモノを口に含むと、さほどの時間もかからずに、大量の、まるで固まりとでも呼びたくなるような白濁液がドンと口腔内に吐き出された。
 あたしはそれを飲み込み、彼の先端部分を綺麗に舐めてあげた。彼のモノは小さくはならず、それどころかあたしの舐めが刺激になって第2弾まで発射する。
「すごいね」
「ずっと、してなかったから……」
「ごめんね。明日からタップリしようね」
 
 あたしと直也はショップの入り口を出たところで、右と左に分かれた。あたしのカバンの中には翻訳済みの原稿がある。大学の同級生であるかおるがアルバイトでやっている仕事の一部を回してもらったものだ。何度かやり直しを言い渡されたけれど、これが最終稿だ。
 この原稿をこれからあたしはかおるの元に届ける。
 さらに「やり直し」になる心配はない。本当なら前回でほとんどOKだった。「あと少しだけ気になるところがあるけど、どうする? わたしが手を入れてもいいし、由美が最後まで仕上げてもいいよ」
 そのときは、何を意図してそんなことを言ってくるのかあたしにはわからなかった。
 ポカンとしていると、かおるが説明してくれた。
「この先もこの仕事するなら、自分の手で最後まで仕上げた方がいいと思ったから……」
「この先も何も、これっきりでしょう?」
「う〜ん、由美がその気なら、編集に紹介してあげてもいいけど。なかなかセンスいいし」
「そ、そう?」
 それなりに悪くないと思った。これまで知的作業でお金を稼ぐなんてことはしたことがなかったけれど、それなりに楽しかった。
「じゃあ、最後までやるよ」
「オッケー。じゃあね、直して欲しいのはこことここと、それからここ」
 あたしは原稿を持ち帰り、かおるに指摘された場所を、指示通りに修正した。そして、今度こそ完成した。
 あとは届けるだけである。
 
「初仕事完成、おめでとう」
 かおるは受け取った原稿を確かめもせず、あたしにそう言葉をかけて、ワインを一本プレゼントしてくれた。ドイツ製の甘みの多い白ワインだと言った。
 あたしはそれを受け取ると、まっすぐ部屋には戻らずに、少し夕食の買い物をした。念願だった二人きりの旅行の前祝に外食するのも悪くないなと思っていたけれど、手に入ったワインをレストランに持ち込むことは出来ないし、自分の部屋で、手料理で、直也と過ごす夜も悪くないと思ったからだ。
 直也も歓迎してくれた。
「お腹、すいてない?」
「すいてるけど、由美ちゃんが作ってくれるんだろう? だったら、待ってるよ」
 直也は文句も言わずにテレビのスイッチをつけた。
 メニューはビーフシチューにプレーンオムレツ、そして野菜サラダ。ドレッシングも自分で作った自慢の作品だ。トマトを潰して塩と胡椒をしたシンプルなものだ。油を全く使っていないし、トマトの酸味を利用して、酢もビネガー入れない。これが美味しいのだ。
 テレビは何かのドラマをやっていたけれど、ずっと見ていたわけでもない連続ものだし、とりたててごひいきの俳優が出演しているわけでもない。
 いつしかただのBGMになっていた。
「カンパイ」
「うん、カンパイ」
 どちらからともなく、グラスの縁をあわせる。カチンと乾いた音が微かにした。

 食事を終え、あたしが片付け物をしている間に、直也はお風呂の準備をしてくれた。洗い物には思っていたよりも時間がかかり、終わった頃にはバスタブに湯は満たされ、直也はテレビの前に座っていた。
 ちょうど歌番組が始まったところで、わりとあたしのお気に入りのジャンルのアーティストが何組か登場していたこともあって、直也と肩を並べて座り込んでしまった。
「お風呂、入らなきゃね」と、あたしが呟くと、「明日の朝までタップリ時間はあるんだし、別に急がなくてもいいんじゃない?」と、直也が言った。
 そして、「由美ちゃんの好きそうな人がでてるんじゃないの」と付け加えた。
「まあね」
 直也の手があたしの腰に伸びる。
 くすぐったいのに、ほんのり気持ちがいい。このとき、あたしは少しだけ酔っているのに気が付いた。肌の表面がふんわりと浮き上がっているような感覚にとらわれる。
 目を閉じると耳の奥に素直にテレビからの音楽が届く。上等のスピーカーじゃないから臨場感には程遠いけれど、さざなみのような揺らぎがあたしを包み込んでくれる。
 気配を感じて瞼をあけると、今にも直也がキスをしようとしているところだった。
 あたしはもう一度、そっと目を閉じた。
 唇と、唇が触れ合う。
 そして、すぐに離れる。
「汗くさくない?」と、あたし。
「気にならない」と、直也。
「お風呂、入ろうよ」
「ああ」

 ぬっと立ち上がった直也は、あたしがテレビのスイッチを消している間に、もう脱いでしまっていた。キスだけで大きく反り返ったペニスをさらして、タオルをさっとつかむ。彼がここで暮らすようになってどれくらいになるだろう。もうすっかりどこに何があるか熟知していた。
 あたしも服を脱ぐ。バスタオルを手にしたけれど、今更どこかを隠すのも妙で、そのままの姿で洗面所に向かい、籐の籠にそっと入れた。
 あたしの部屋のお風呂は、狭いながらもトイレと一体型のユニットバスではない。洗面所兼脱衣所があって、そこから先、トイレと風呂場に別れている。
 あたしはユニットバスの部屋じゃなくて良かった、と思った。
 だって、二人では入れるからね。
 湯を張ったまま蓋もせずにしばらく放置しておいたせいで、浴室には湯気が立ち込め、ほんのりと暖かくなっていた。
「洗ってあげるよ」と、直也は言った。
 
 彼は両手いっぱいにボディーシャンプーを泡立て、それであたしのうなじに触れた。ゆっくりと肌の表面を撫でながら、肩へと掌がおりてゆく。
 シャンプーを介して滑りが良くなった手での愛撫は特別だ。気持ちがよくて、ゾワゾワと鳥肌がたち、ついでに乳首がにょっきりと突き出してくる。
 肩から腕、掌、そして指先まで。
 直也はいつくしむように丁寧に手を滑らせてゆく。ゆっくりと、そして、時々少しだけ早く。
「うん、あ……」
「なに? もう感じてるの? 早いなあ」
「そういう直也だって……」
 あたしは自分の肌に取り付いているシャボンを指ですくって、その指先で彼の一番敏感な場所に触れた。
「いきなり、そこから洗うの?」と、直也。
「いや……?」
「ううん、好き」
「じゃあ、触らせて」
「じゃあ、もっと触って」
 玉袋の後ろに指先を伸ばして、表面をなぞるようにしてゆっくりと指を曲げる。そうして再び、伸ばす。
「あ、う……。由美ちゃん、気持ちいいよ」
「うふ」
 思わずあたしは笑みが漏れた。
「由美ちゃんて、そんな顔、するんだ」
「ごめんね、エッチで」
「エッチな女の子、好きだよ」
 意外だった。直也に朴訥な印象を持っていたあたしは、彼が快感を与えられて、もっと戸惑ったような表情をすると思い込んでいた。
 だけど、普段の表情とエッチのときの態度は違ってても不思議はないよね。まじめっぽいからエッチがつまらないとはイコールなんかじゃない。
 そんなことを考えながら、あたしは徐々に手の位置を前へ持ってくる。そうしてペニスの付け根から先端に向かって、娼婦が「おいでおいで」するときのように指を動かしてゆく。
「あ、う」
 シャボンにまみれていたけれど、彼の先端からは彼自身によって分泌されたとろりとした液体が流れ落ち始める。
「あたしの身体も洗ってくれるんでしょ? 手、休んでない?」
「あ、そんなこと言うんなら、真剣に洗うぞ」
 
 直也はちんちんをおっ立てながらも、再びあたしを洗い始めた。
 胸やアソコは触っている時間が長かったけれど、それでもそこだけに執着することなく、全身をくまなく愛撫してくれる。
 彼にとって、それは愛撫だったのだろうか。それとも、真剣なボディーウォッシュだったのだろうか?
 よくわからない。

 それからあたしたちは泡をシャワーで洗い流し、湯船の中で挿入した。
 直也が足を伸ばしてすわり、その上にあたしが同じ格好で重なった。お湯の中での背面座位。さすがにあたしは足を曲げていたけれど。
 直也が湯に浸かるのを待って、すぐにそのあとあたしが肩を沈めけれど、その状態でごくごく自然に、すっと挿入された。

 お風呂の中ではゆっくりと結合を楽しむまでには至らなかった。だって、のぼせそうになったから。
 あたし達は大きなバスタオルで身体の表面を被った水滴を拭い、裸のままで身体が冷めるのを待って、そのままベッドインした。
 明日からの旅行の、それは前夜祭だった。