余韻    あとがき

 

 音(ノート)の減衰していくさまを思い描きながら。あらゆる細胞に染み込んだあ なたを思い出す。

 初出は2001年の夏。
 もどかしいほど薄皮をまさぐり続けていたわたしが、ふと皮膜に爪をたててしまっ た。この口にできない焦燥感の全てを露にしてしまおうと、思うままを書いたのが 『余韻』でした。
 ただ、わたしはくすぶる思いを綴っただけだったのですが、賛否両論見事に分かれ た作品でもありました。この一作でそれまでご贔屓に頂いていた方からあらゆる苦言 を受け、「エロはお手軽」とまで言われ、皆離れていったこともありました。
 たしかに、お手軽なのかもしれません。言葉やお国柄が違えども、セックスは全世 界共通の関心事だとも言えるのだから。安易なコトに手を伸ばしたと言われる覚えは ないけれど、キライな人にはしょうがないかな、と少し寂しかったあの夏を思い出し ます。

 実は『結婚二回説』を強く推奨しているのですが(笑)つまり、女の悦びを知るに は手練手管に長けた年上の情人と睦みあうに限るということ(これは極論。あくまで 一つの見解として)そして、導き出された女は、今度は未熟な若いだけの男と契るこ とで、自分の知りえたものを施す……そんな輪廻で性の深遠に近づけるんじゃないか な?と思っています。たしかに、男性は女性よりも少しだけ、寿命が短いのですか ら。

 狂おしいほどに。
 どうしようもないほど異性を求めたこと、誰にだってあると思います。なかには世 間で許されない、あるいは法律ではどうにもならない恋慕もあるでしょう。もしかす ると男も女も根幹はさほど変わらないんじゃないかな?……と思うようになったのは わたしが三十歳を迎える頃からだったでしょうか?
 男性だけをズルイと思うことは全くありません。もしも手ひどい結果になっても、 目の前で抱き合う限りそれは「本当」なのだから。
……というのはわたしの「ささやかな希望」かもしれません。それでも「信じたい」 という、わたしの甘い乙女心でしょうか(笑)
 異性を思えば、醜い心がいくらでもわき起こります。嫉妬や独占欲……あって当た り前という思い上がり、いたわるという思いやりさえなくなり、見返りのないことに 腹を立ててしまう……。

 同時に同じだけ複数を好きになるって有り得るんじゃないかな?とも思うんです。 けれど、どうしたって、わたしはわたし。女のわたしには男の性は永遠のブラック ボックスです。解き明かせるはずなどありません。それはわたしのオーガズムを導き 出せる男が本当にいないのと同じことなのです。いえ、わたしがまだ本当の「無二」 に出会ってないだけなのかもしれません。

 いくらでも淫らになれるのは、自分の悦びだけではなく、愛しいあのひとの悦びだ と信じているから。苦痛も辱めもいとわないのは、自分ひとりじゃない……あのひと がいるから。
 そんな共犯者めいた同盟というか、シンパシィでもって口はばかられる蜜月を重ね るのですが、菫子の求める「かけねなしの証」と祐一の間の道のりは腐敗するだけの 絶望的な関係でした。

 祐一と汀(みぎわ)。
 菫子が翻弄される相反するタイプの二人の男。

 祐一は細かな設定がないのですが、会社の上司で菫子とは親子ほど年の離れた存在 です。まぁ、この頃の世間では珍しくない不倫のモデルケースみたいなものでしょ う。
 未熟だった菫子の蕾を開かせたのも彼。だから、菫子は彼から離れられないんじゃ ないかな?とか。夜の相性が絶妙だと錯覚してしまった菫子にとって祐一は、一生日 陰のままでもいいとさえ思ったに違いありません。本当に結婚を望んでない女もいる でしょうが、全くゼロじゃないことだけは女ならシンクロできる部分だとわたしは思 うのですが?

 もっとも、体を投げ出した時点で女は安く叩かれるものだと相場は決まっていて、 祐一にとって菫子は具合のいい性具とかわりがなかったのでしょう。いつだって手を 伸ばせばその体を味わえるのだから。ペットを愛するのと差異はなかったかもしれま せん。
 しかし、それは家庭があるからこそ……全て捨ててまでゲームに没頭するバカはい ないということ。
 ささやかな日常への一粒のスパイス。

 そんな祐一の対極にあるのは汀の存在です。彼もわたしの理想が込められていて、 愛情=セックスという図式への熱烈な信奉者の典型みたいな存在。まだ色恋を知りえ ない無垢な存在であるからこそ菫子に献身的であるという……もちろん、そこには愛 されたいという心が全くないわけじゃないのですが、その気持ち以上に「菫子さんの ために」という自己犠牲が常に発動しています。

 この二人の男性のどちらが正解か? なんて検証が一番滑稽であることは読者の皆様 がご存知でしょう。光と影・陰と陽……どちらか一方だけでは世界が成り立たないよ うに。その都度、菫子にとって、なくてはならない存在であったとわたしは思うので す。
 永遠の約束は有り得ないけれど、目の前のあなたを愛すること、それだけは嘘じゃ ないということの証として。

 

 

 

 

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