ピアス

 

 

 最近、向かいの席のK君があたしのことを時々眩しそうに見つめている。

 視線を感じたわたしは、でもしばらくは気が付かない振りをする。
 そして、パソコンのモニターからおもむろに視線を外し、顔をあげる。K君はあたしと視線が交わる直前に顔を背ける。


 今の座席配置になって8ヶ月が過ぎようとしていた。あたし達の部署にはあたしなんかよりずっとキラキラしているOLが何人もいる。というより、一番地味でつまらなそうな女があたしだった。
 向側に座ったからといって恋愛が実るわけじゃない。けれど、どうせなら綺麗で明るくて可愛らしくて愛嬌があって楽しい、そんな女の子が前に座った方がいいに決まっている。あたしのことなど歯牙にもかけていなかったK君は、あたしが自分の正面に座ると知って、あからさまに落胆した。

 あたしは傷ついた。
 彼ががっかりするのは構わない。それは彼の勝手。けれど、わざわざ落胆した表情をあたしに見せるなんて、ひどいと思った。
 あたしを一人の女としてすら見ていない証拠だった。


 あたしはずっと、身だしなみとしての最低限の化粧しかしていなかった。それは今も同じだ。けれど、さえない制服を着てすら、お手洗いの鏡の前に立つと、「前とは違う自分」に出あうことが出来る。
 輝いている。
 イイオンナだ。
 うん、合格。

 K君のあたしを見る目が変わってきた。
 現金なやつだ。
 復讐してやろうと思った。


 K君は単純だった。彼の目の前で何度か髪をかきあげると、即座に反応した。
「河合さんって、処女耳なんだね」
「処女耳?」
「ピアス、してないから」
 そう言われてみれば、あたしの周りの女性はほとんどピアスを開けていた。
「ピアスしてるオンナが好きなの?」
「まあ、好きかな。でも、河合さんの耳、綺麗だから、そのままの方がいいかも」
 K君の手が伸びて、あたしの髪に触る。耳たぶが露出する。

「処女だなんて言われるの、悔しいから、開けようかな……」
「開けたら、見せてよ」
「だ〜め。人と同じことしたくないから、やっぱり耳には開けない」
「じゃ、じゃあ、どこに開けるの?」
「秘密」
「どうして? 教えてくれてもいいじゃん」
「教えたって意味ないでしょ? 特別な人にか見せない場所に開けるんだもん」


 次の日、あたしの耳を見たK君は、「なあんだ、やっぱり耳に開けたんだ」と、ちょっと安心したように言った。
「左右ふたつづつ。合計4つ」
「思い切ったことしたね」
「本当は5つ開けたんだけどね」
「え?」
「安心して。キミがそれを目にすることは無いから」


 この日から、五つ目のピアスを見ようと、K君のアプローチが始まった。
 でも、あたしは、落ちない。
 失礼な男を相手にするほど、あたしは飢えていない。

 

もどろっか

それとも、先に進む?