コウモリとかめ 

  
第1章
卒業制作に取り組もう


 しばらく疎遠だった、トシアキから「一緒に、卒業制作、やろう」と、持ちかけられたのは、意外だった。
 しばらく疎遠、どころか、かなり長い間、トシアキとは口もきかなかったなと思った。
 小学校から高校3年の今まで、クラスが同じになったり別々になったりしながらも、学校が同じだった。
 けれども、確か小学校の終わり頃から、トシアキは変わりはじめた。何かまわりを相手にしなくなり始めるのだ。
 もともと僕は、トシアキとは仲が良かったし、その距離感が開きはじめるのは、他のクラスメイトなどに比べると遅かったけれど、どうも記憶をさかのぼると、その現象は小学校の終わり頃に始まったのではないかと思う。
 トシアキは普通に学校にきて、普通に授業を受けていたから、いわゆる自閉症というのではないのだと思う。でも、まわりを相手にせず、自分の世界の中で生きるようになる。最初は、まわりからあれやこれや話しかけられたり、相手にされるのが、とてもうっとおしそうにしていた。この時僕は、まるでカメだなと思ったものだ。つつかれると引っ込める。
 そのうちまわりも相手にしなくなっていく。そのことに僕が気がついたとき、彼のそばには僕しかいなくなっていたし、僕も、徐々に彼から離れていくことになる。
 塾やクラブや友達つきあいに忙しいし、偏屈者になってしまった彼とばかり付き合っていられないのだ。
 といっても別に、彼のことを疎んじていたとか、そういうことはいっさい無い。
 トシアキは自分から他の者へのアプローチをいっさいしなくなっていたし、僕は僕で、自分の回りのことをひとつひとつ解決して行かなくてはならない。僕のトシアキに対する気持ちとかは変わらなかったけれど、ゆっくりとそして確実に僕のまわりの世界からトシアキはいなくなってしまったのだ。
 進学をして同じ学校になったり、進級して同じくラスになったりすると、僕はただその事実だけを認識していた。
 だって、そうだろう? 用事が無くなってしまったのだ。僕たちの間には。いっさいの用事が。
 その彼が、今になって卒業制作を一緒にやろうなどと言ってきたのは、僕にとって嬉しくもあり、不思議でもあった。
 これで、空白だった僕たちの時間は、すぐに取り戻せそうな気もしたし、それでもやはり永遠に取り戻せない時間の穴のような感じもした。
 卒業制作、とは僕たちの高校の3年生にかされる課題である。進学や就職という問題を目の前にして、さらにこのような課題がのしかかってくるのはかなりの重荷なのだけれど、総合的な人格形成や教育には必要なのだそうだ。
 このシステムについて、入学前は親たちは高く評価し、自分たちの子供が3年生になると、とたんに批判をはじめる。そして卒業を迎えると、また高く評価するのである。
 もちろん僕たちは、親が何と言おうと現場にいる当事者であり、逃れることなど出来ない。
 発表方法はいくつかあり、人気があるのが学園祭での舞台発表である。注目を浴びるし、成功してもしなくても、それっきりで終わりである。発表演目は何でも良い。芝居でも、音楽でも。ひどいのになると、詩の朗読で終わらせてしまう。一夜漬けで詩を作り、マイクを前に朗々と語って、それで終わり。
 人気がないのは、制作発表であり、これは「提出」という形を取るから、一定期間展示されるし、作品が悪ければ恥ずかしいし、もっと悪ければやり直しを命じられる。
 作る物は何でもいい。どこにでも悪知恵の働くやつがいて、パソコンのゲームを少し改造しただけで、オリジナルだと称してフロッピーの形で提出したりしたのだそうだ。
 どこをどう改造したかというと、キャラクターのネーミングとゲームのタイトルらしい。
 僕はもう安易に、身近な自然の写真集とかいって、その辺の木や草や花や虫を撮ってアルバムに納めようかなどと考えていたところだった。
「で、何をするつもりなんだよ」
「バンドをしようと思って。カワラはピアノが弾けただろう?」と、トシアキはいった。カワラとは僕のことだ。
「うん、まあ。でも最近は練習とかしてないし、好きな曲を適当に弾いて遊んでるだけだぜ」
「俺もその程度だから、それでいいんだよ」
 俺もその程度、か。トシアキも何か楽器が出来るんだ。全く知らなかった。この時僕は、トシアキの出来る楽器が何なのかきちんと訊いておくべきだった。それがわかっていたら、きっと僕はバンドを結成したりしなかっただろう。
「で、どっちの部にするつもりなんだ?」と、僕は訊いた。
 学祭での発表は、有志の部と卒業制作の部に別れる。
 卒業制作の部は全生徒が見ることになるけれど、それがどういうものかみんな承知しているので、手を抜けるし、見る方もいい加減だ。基本的に卒業制作はこちらで発表することになる。
 有志の部は、同時進行で各クラスごとの出し物や模擬店などを、教室やグランドでやっているので、見る人は少ない。そのかわり、クラブ活動などの発表の場でもあり、見る人もバンドや演劇を楽しみにしているから、それなりのことをやらないと恥をかく。採点もされる。もともと3年生の有志が学祭で何かやりたいが、これと卒業制作を兼ねることは出来ないかという要望があり、それが認められる形で、希望すれば有志の部に出演できるようになった。
「やるからには、有志の部だろ。せっかくやるんだ、観客は少なくてもちゃんと見て、聴いて欲しい」
 いつものトシアキからすると、別人のような発言だった。何者も自分から遠ざけてきたトシアキ、それがどうして?
 卒業制作の部なら、客席でみんなはおしゃべりをして、僕たちの音楽などやり過ごしただろう。その方が楽に決まっている。
「わかった。で、他のメンバーは?」と、僕。
「それは、カワラで探してくれ」
「え? アテがないのか?」
「アテなんかあるわけがない。俺が今親しく口を利けるのはお前だけなんだよ。それも、長い間、自分の殻に閉じこもっていて、いきなりこんな事を言うなんて悪いと思っているけれど、どうしてもお前とやっておきたくてさ。まあ、二人で漫才もいいだろうけど、どうせなら音楽がいいかなとか思うし」
 どうせなら、か。でも、お前とやっておきたい、というフレーズに心が動かされる。トシアキは言わなかったけれど、「最後に」という台詞が聞こえたような気がした。
「おまえなら、つきあい広いだろうから、何とかなるだろう?」
 情けないけど、その通りだった。つきあいの広いのが何故情けないのか。あっちこっちで愛想を振りまいて、まるでコウモリだな、と自分でも感じているのだ。
「わかったよ。で、俺がキーボードを担当して、おまえは? それがわからなきゃ、他のメンバーの集めようがない。」
「おれは、ハーモニカ」と、トシアキがぽつりと、だが明瞭に言った。
 僕は耳を疑った。
「え、ハーモニカ?」
「そう。ブルースハープ」
 ........
 ピアノとハーモニカで、どうやってバンド組むんだよ、全くもう。
「まあいいか。あと、ギターとベースとドラム、探さなくちゃな。出来ればその中で、ボーカルが出来るヤツがいればいいんだけど」
「まあ、な。でも、トシアキが歌ってもいいんだ。」
「馬鹿馬鹿しい。俺に歌えるか。それならまだお前の方が、ましだ。小学校の音楽の時以来、お前の歌は聴いてないけどな」
「ハーモニカはボーカルが出来ない」
「あ、そうか。そりゃそうだな」
「じゃあ、頼む」
「わかった。当たってみる。」
 そうはいったものの、学校からの帰り道、僕は色々と打ち合わせ不足を痛感していた。
 トシアキはどういう音楽をやりたいのか。
 これがわからなければ、人を集めようがない。やりたくない音楽のために、人は集まったりしない。
 そして、具体的な選曲。(まさかオリジナル曲、何てことはないだろうな)
 練習をいつするのかということや練習場所の確保。
 卒業制作に何をするのか、ということを決定して担任に提出するのが、6月末日。あと、半月しかない。
 既に、動き始めている人も多いはずで、今からメンバーが捕まるかどうかも怪しい。もっとも、魅力的なプランなら乗り換えてくれる可能性も高いから、これはあまり心配しなくてもいいかも知れない。
 学祭は11月だから、練習期間はまだ充分ある。今から段取れば、問題ないだろう。ちなみに提出作品の場合は、10月末が締め切りで、学祭の時に展示されることになる。
 さて、誰がメンバーに最適だろうか。
 僕はともかく、トシアキと合いそうなヤツでなくては。
 順番に、頭の中に、顔を思い浮かべるうちに、家についてしまった。
 その時ひらめいたのが、ケイコ。
 ギターについてはまずまずやっていたような気がするし、小学校の時から僕と同じ学校だったということは、トシアキのことも知っているはずだ。
 小学校の頃、ケイコとトシアキは、知り合いだったのだろうか?
 少し考えてみるけれど、思い出せない。
 とにかく電話してみることにする。
 電話の向こうで、ケイコはトシアキのことはまるで記憶に無いと言った。
 一度や二度ぐらい同じくラスになっていてもいいはずだが、と僕は言ったが、そうかも知れないけれど、記憶にはない、と言った。
 なるほど、そうかも知れない。でも、それならそれで、かえって好都合かも知れなかった。
 卒業制作として、学祭でバンドをやらないか、と僕は誘った。
「面白そうね。いいわよ」
「もしかして、何をするか、もう決めてた? だったらゴメンなんだけど」
「一応ね。でも、なんとなく、つまらないなとか思ってたし、わたしもバンドやりたかったけれど、一からメンバーを集めるのはだるかったしね」
「いや、それがさ。そのメンバーがまだ集まってないんだよ」
 僕とケイコとトシアキ。僕は詳しく説明した。
「変なメンバーと組むぐらいなら、3人でいいんじゃない? ボーカルなら、わたしやりたい。」
「いや、でも、それじゃバンドにならないし。。。」
「大丈夫よ。オリジナル曲作って、アコースティックなアレンジにすれば」
 は?
 オリジナル曲を作るだって?
 アコースティックなアレンジをするって?
 誰が聴いてもなじみのある曲を、市販のスコアを買ってきて、やるんじゃないのか?
「だ、誰がそんなことするって言った」
「誰も、言ってないけど、どうせするんだったら、そこまでやりたいじゃない」
「じゃあ、任すけど、....」
「任すなんてダメよ。みんなで力を合わせないと、いいものは出来ないんだから」
「わかったよ」と、僕は言った。
 なにがわかったかというと、これ以上メンバーは増やさない方がいいっていうこと。
         

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