銀河鉄道999

第5話 宇宙盗賊リゲル (後編) 

 

 カゲローがトリガーを引くより早く、車内には銃声が響いた。
 カゲローは自らの敗北を覚悟した。
 だが、痛みはない。
 意識はしっかりとしている。
 しかし、それは主観的に「時間がゆっくり流れている」だけで、実際には自分は銃弾を受け、やがて激痛に見舞われながら血飛沫をまき散らし、そして薄れる意識の中で死を実感していくだろう。
 そう考えたカゲローだったが、全ては誤った認識だった。

 カゲローよりも早く、リゲルよりも早く、行動を起こしたのはリドリームだった。
 銃声を響かせたのは、リドリームの銃だったのだ。
 リゲルの右手首から先が、吹っ飛んだ。

「油断、したわね。敵は一人じゃないのよ?」
 リドリームが冷徹に呟いた。

 そうなのだ。リドリームは時折、非情な面を見せる。カゲローはそのことに気づいていた。
 温かく自分を見守り抱きしめるような、菩薩のような印象を受けることもあれば、感情を持たぬ鬼のようになることもある。

「く! う!」
 手首から先を失った右手のその傷口を、リゲルは左手で覆うように庇う。
「えらいことです。これはえらいことです」
 駆け込んできた車掌が慌てふためいている。
 どこから取り出したのか、白い布でリゲルの傷口のすぐ上と、腕の付け根の二か所を縛り、止血を図ろうとしている。

「車掌さん、あとのことは、お任せしていいわね?」
 リドリームの台詞に車掌は、「はい、はい、あとはお任せ下さって結構です。まずは武装解除です」
「心配するな。俺の武器は、床に転がっているその銃だけだ。それも、右手を失っちゃ、もう用無しだがな」
 出血量が多いのか、リゲルの顔がどんどん青ざめていく。
 車掌はリゲルの衣服の上からあちこち触って確認し、「この男の言ってることは、間違いないようです」と言った。

「次は、負傷者の手当てです」
 そう言う車掌にリドリームは反論した。
「列車の運行を妨害したり、乗客に危害を加えた場合は?」
「あ、え、それは、銀河鉄道の規則により、車外への放逐です」
「なら、そうなさい」
「あ、はい。……いや、でも、しかしですね、この怪我では……」
「怪我をしてようと、してまいと、車外放逐のあとの運命は、同じですよ」
「そ、そうですね」

 車掌は、窓を開けた。そして、もはや座り込んで無抵抗のリゲルを、彼の背後に回って脇の下に両手を差し込み、引きずり起こした。そのまま、窓の外に放り出そうというのだろう。
 しかし、一瞬、何かを考え込んだようだった。

「待ってください。999号そのものは、予定通りの運行を続けています。リドリームさんもカゲローさんも、脅威にさらされたとはいえ、現実として危害を加えられたわけではありません」
「じゃあ、彼の乗車を認めるの?」
「いえ、それは……、不正乗車には違いありませんから……。う〜ん。とにかく、医務室へ連行して、それから本社の指示を仰ぎます」
「そう……。では、そうなさい」

 カゲローは不思議だった。どうして一乗客でしかないリドリームが、車掌に対して、このような口をきくのか。これではまるで、リドリームと車掌の間に、なんらかの上下関係が存在しているかのように見える。

「僕も、医務室へ行くよ」と、カゲローは言った。
 リドリームの一連の態度から、このまま一緒に座席にいるのが、何かしら気詰まりだったというのもある。
 そして、そう悟られないために、取り繕うように「銀河鉄道の判断と、車掌さんの行動を最後まで見ておきたいから」と付け加えた。

 それは嘘じゃない、しかし、本当はそれ以上に、リゲルと話をしてみたいと思ったのだ。
 彼のこれまでの生き様、そして、なぜ、こんなことをしなくてはならなかったのか、そういったことを訊いてみたいとカゲローは思うのだ。
「いいけど、大丈夫? 一度は、あなたを撃ち殺そうとした男なのよ」
「心配するな。俺はもう、負けを認めている」と、リゲルが言った。
「僕もそう思うよ。今なら、なんか変だけど、男と男の会話ができそうな気がする」
「男と男の会話か……。それも、悪くはないな」
 リゲルは静かに笑って、それから目を閉じた。どうやら、出血多量により意識を失ったものとみえる。

 銀河鉄道本社の判断は、「放逐」ではなかったが、「放置」だった。
 応急手当のみを施して、リゲルが軌道を守る無限シールドを破壊して999号に横付けした「一人乗りの小型宇宙船」に再びリゲルを乗り込ませ、999号から切り離した後は「知らんふり」というわけである。宇宙空間に放り出されるよりもマシと言えばマシだが、999号には「自動防衛システム」があるから、許可なき何かが車両に触れれば、その瞬間にシステムが作動する。
 それは物理的な破壊ではく、大容量の電流であったり、電磁波であったり、放射線であったりする。これにより、小型宇宙船は運航のためのコンピューターシステムなどが破損しているはずだ。したがって、実態は宇宙を漂う棺桶になる。手動で制御できる範囲でもがくことができるが、助かるかどうかは運と手腕しだい、というわけだ。
「放逐」が、宇宙に放り出されて「即死」の運命をたどるのに対して、「放置」はいわば「なぶり殺し」なのである。

「ふ。それでもいいさ。チャンスが与えられたんだ。やれるだけ、やるさ」と、止血の応急処置を施されたリゲルは言った。
「再び999号に危害を加えようとしたら、SPPが出動しますから、大人しく999号から離れてくださいね」と車掌。
「SPPって、なに?」と、カゲロー。
「なんだ、小僧、SPPを知らないのか? スペースパンツァーポリス。空間装甲警察のことさ。この宇宙空間で、無敵の武装を誇り、敵の殲滅を目的として、特殊な訓練でありとあらゆる攻撃方法をマスターした命知らずだけの特殊警察だ」
「あ、それなら!」
 カゲローもかつて父から聞いたことがある。
 しかし、父が宇宙開発で窮地に立たされた時も、SPPの助けは結局来なかったし、そもそもSPPという存在が架空のものであるとか、ロボットの集団であるとか、噂ばかりが飛び交っており、その実態は知れない。
「負けは負けだ。いまさら、あがくつもりはない。それより、傷の手当、礼を言うぞ」
 医務室のベッドから立ち上がろうとするリゲルに、カゲローが声をかけた。

「で、これから、どこへ?」
 リゲルは上半身だけを起こして、カゲローの目を見て、そして、笑った。
「決まってるさ。自分の星に帰るんだ」
「自分の星? 個人で星を持っているの?」
 カゲローが目を輝かせる。
「かろうじて、な。資源商社に騙され、政府にも裏切られたが、かろうじて本拠地の星だけは、取り上げられずに済んだ。そこには、13人の妻と、48人の子供たちが待っている」
「13人の妻? 48人の子供?」
 カゲローは驚いたが、車掌には心当たりがあったらしい。
「もしや、アナタは、リゲル鉱物商会の?」
「そう。創始者で、元社長の、リゲルだ」

「小僧、男と男の会話をしたいと言ったな……。だが、そんなものは、ちっぽけな塵のようなものだ。俺も塵だし、お前も塵だ。世の中の大きさに比べたら、な」
 世捨て人のやさぐれた台詞のようなものを聞かされて、カゲローは熱くなった。
「まあ、待て。おまえさんのことだ、どうせ『俺は塵なんかじゃない。誇りも矜持もある1人の男だ』。そう言いたいんだろう? 俺だって、そうだ。だから、戦った」
「戦ったって? 誰と?」
「さあ、誰だろうな。システムに守られて、何も考えずに、のうのうとしている連中や、システムを作って、何も知らない人々から搾取しつづけている連中、かな」
 カゲローには、リゲルの言っていることが、よくわからなかった。

「よくわからないって顔をしているな。しかし、世の中、そんなものだ。いいか、よく聞けよ。これこそ、男と男の会話だ」
 そう言って、リゲルは自らの運命を語り始めた。

 世の中には、3種類の人間がいる。搾取する側の人間と、そのことに気づいて立ち上がる人間、そして、何もしない人間だ。何もしない人間には、世の中の仕組みに気づいている人間と気づいていない人間がいるが、気づいていようといまいと、立ち上がらない限りは搾取し続けられる。結局は同じことだ。唯一、違う点は、気づかない人間は幸せだ、ということだ。なにしろ、それが当たり前と思って、受け入れているんだからな。そこには不条理も不満もない。ささやかな幸福を探すだけの人生を送れるんだからな。
 しかし、気づいて、立ち上がった人間は違う。徹底的にやっつけられるんだ。搾取する側にとって、気づいて立ち上がる人間ほど、邪魔な者はないからな。

 そして、俺は立ち上がった。
 幸い、会社経営の才覚があった。
 度胸も人より少しはあっただろう。

 大きな勢力にぶつかるには、金がいる。仲間を集めるには信望も必要だ。だから俺は、真面目一途に会社経営をして、組織を大きくした。組織は大きくしたが、搾取はしなかった。全て従業員に還元したよ。
 そんなんで、戦うための金が貯まるのかって? 違うね。金は貯めるもんじゃない。正しく使うもんだ。そうすれば、もっと多くの金が集まってくる。だが、誤った貯め方をしたら、組織も大きくならないし、もっと多くの金が集まるということもない。わかるか? これが経営の才覚というものだ。まあ、今はわからなくても、そのうち、わかるだろう。

 俺はそうやって、宇宙を開拓して、必要な鉱物を採取し、販売した。
 開拓といったって、危険なことはしない。最前線の開拓者に「命懸けでやれ」なんてのは政府だけだ。俺は安全第一でやった。もちろん、それでも最前線の開拓者は過酷な環境が強いられる。それを極力緩和した。
 そんなことをしていたら、経費がかかってしょうがない、販売価格が跳ね上がるというのか?
 それも、違う。搾取をせずに、必要な経費をかけただけだから、政府価格よりも少し値が高い程度のもので済んだよ。しかも、より良い労働環境をできるだけ保とうとする経営者の元で働くんだ。従業員のモチベーションは高くなる。当然、良質のものが提供できる。質が良ければ、多少値段が高くなっても、売れるのさ。

 当局にとっては、それが面白くない。なにしろ、私企業が流通させている政府価格よりも高いものが、バンバン売れるんだからね。
 面白くないだけじゃない。それをそっくりそのまま召し上げたら、政府にとって、こんなに楽なことはない。
 だから俺は、騙されたんだよ。そうして、何もかも、取り上げられた。

 だが、俺は俺で生きていかなくちゃいけない。今度は俺が搾取をする番だ。体制側に属するものなら、なんでもいい。俺は宇宙盗賊となって、非合法活動を繰り返した。
 最初は一人だったが、虐げられている連中があちこちにいることを知った。出会う度に妻にした。
 ああ、体制から虐げられている連中なんてゴマンといるさ。だが、全員の面倒をみれるわけがないだろう? だから、愛することのできる女だけ、俺の元に置くことにしたんだよ。子供たちは全て連れ子だよ。俺自身の子はいない。会社経営が忙しくて楽しくて、結婚なんて考えもしなかったからな。
 愛することのできる女だけを手元において面倒を見るなんて、傲慢かい?
 傲慢だよ。確かに傲慢だ。

 だが、俺はボランティアじゃない。やれることなんてたかがしれている。だから、基準は自分で決めるしかない。愛せない女の面倒まで見れない。だが、愛する女のためだったら、命を懸けることができる。基準なんて、そんなもんだ。自分中心でいいんだよ。

 今回のことの目的かい?
 別にどうってことはない。999号を奪い、自分の宇宙船として使おうと思いついただけだ。
 1人乗りの宇宙船じゃ、妻と子を星に残したままにしなくちゃならん。999号手にしたら、移動手段としても、防衛のための武装としても、役に立つからな。

「リゲルさん、これから、どうするの?」と、カゲローが訊いた。
「世の中というのは、卑劣なもんさ。全てを取り上げられて、辺境の星で盗賊暮らしをしている俺からですら、搾取しようとする連中がいる。防衛手段は必要なんだ。だが、右手がこれでは、もう大したことはできない。でもな、息子たちは力強く、たくましく育っているし、娘たちも家庭を守ろうという自覚が芽生え、やはりたくましい。俺は父親として、何がしてやれるか、ゆっくり考えることにするよ」
「そう。がんばって」と言おうとして、カゲローには言えなかった。
 自分のような若輩者が、リゲルのような男に、何か言えるはずもなかったのだ。

 リゲルの宇宙船は、999号から切り離された。
 手動でどこまで制御できるかわからない船。自分の星に帰れるかどうかもわからない。
 だが、きっとリゲルは家族の元に帰り着くだろう。
 そして、リゲルは父親として、子供たちに生きる術を授けるに違いない。
 そう思うカゲローを乗せた999号は、次の目的地へ向けて疾走していた。