フライデーナイトアベニュー
10月の4回目の金曜日 その(3)





 夜中に目を覚ました。携帯電話のメール着信音のせいらしかった。
 隣ではすやすやとサユリが眠っている。朝まで一緒にいたいとせがまれた。荷物をホテルの部屋においているのでこのままラブホテルで朝まで過ごすわけにはいかなかった。だから俺はサユリを俺が泊まっているホテルまで連れてきた。というより、サユリの車で送ってもらったというのが正解かもしれない。
 途中でコンビニエンスストアーによってサンドイッチとビールを買い、愉快だけれどあまり存在価値の無い深夜テレビを見ながらサンドイッチをつまんでビールを飲み、交代で風呂に入ってから、もう一度交わった。
 ラブホテルでのセックスと違い、ゆったりと落ち着いた交わりだった。
 ラブホテルではお互い相手に気を使い、タップリと感じさせあげたいと思っていたのだろう。しかし、滞在しているホテルに戻ってからのセックスは、しっとりと肌を絡めあい、挿入から長い時間をかけて射精に至った。
 それはまるで、長く付き合ったカップルか夫婦が、日常的に求め合っているセックスのように思えた。激しさはない。常に隣にパートナーがいるから飢えるということがない。激しさが無いとはそういうことだ。けっして情熱がないのではない。
 ただ一時、ラブホテルを時間で借りるのではなく、一緒に宿泊するというのはそれだけで「体と心の馴染み具合」が深まるものだ。俺は改めてそう思った。
 眠る前に「ちょっと失礼な言い方だけど」と、サユリは言った。
「なんだい?」
「年齢の割にはすごく強いのね」
「そうかな」
「そうよ」
「ラブホで3回、ここに来て2回、あなたはイッテる」
 よく数えてるなあと俺は思った。
「わたしは両方で10回以上イカされたわ。強いだけでなくて、テクニシャン」
 サユリは仰向けに寝た俺の胸を撫で回しながらいった。
 妻とはいつのまにか申し訳程度のセックスしかしなくなっていた。もともとそれほど強くなかった俺が、それでさらにパワーダウンした。俺がこんなに強くなったのはアヤコと交わるようになってからだった。


 俺を起こしたメールを発信したのは、俺をこの旅に誘った岡本だった。
「別行動を取ったまま、明日はそれぞれで帰宅しよう」
 メールにはそう書いてあった。
「おまえ、どこにいるんだ?」と、俺は返信したが、答えは無かった。もう既にセックスに没頭しているのだろう。


 欲棒に強烈な膨張感を憶えて俺は目を覚ました。メールで起こされた後、寝具の海に潜るようにして目を閉じていたサユリの横に潜り込み、彼女との出会いを何気なく振り返っているうちにいつのまにか眠ってしまったようだ。
 首だけを起こすと、布団はめくられていて、サユリが俺の欲棒を頬張っていた。彼女は俺の足にまたがり、その両サイドに膝をついて、顔をこちらに向けていた。だが、下を向いているので髪が垂れ、表情は見えない。反り返って腹にくっつこうとするモノの根元を右手で握って持ち上げ、顔を近づけたり離したりしながら唇でその先端をこすっている。その度に小気味良く胸がぷるんぷるんと震える。顎の先端から雫が落ちた。サユリの汗・・・、それとも、唾液かも。

 昨日あれほどやったのに、あれからほんの数時間で回復し、俺のモノは何日も女を抱けずにいた飢えた野獣のようだ。
 昨夜、最後の一回をサユリはフェラチオで無理やり立たせて俺を受け入れた。腰には全く力が入らなかった。半立ちで相当な痛みを伴ったが、彼女のしたいようにさせていた。
 そして、今も俺は彼女にされるがままだ。
 とびっきりスケベな女が主導権を取るセックスもまたいい。
「こうやって女は男をレイプするのよ」と、サユリは言った。
 俺は後ろ手をついて上半身を起こした。
「気がついた?」
 サユリは唇を欲棒から離し、言った。
「口の中で出す? それとも、入れたい?」
 小悪魔的に笑いながらサユリは俺に問いかける。
 当たり前だが、彼女はスッピンだ。「男と妖しい関係を持つなんていつものことよ」とでも言いたげだった昨夜の濃い目の化粧とはまるっきり印象が違う。どちらかというと清純派な顔のつくりをしている。
 清純派がポッテリと瞳を輝かせて隠微な行為に興じるのはなんとも言えず俺をそそった。
 俺は「お前の中で出したい」と言った。
「いいわよ」
 彼女は膝を突いたままズリズリとベッドの上を前進し、俺のいちもつの真上にくると、腰をゆっくりと下げていった。
 サユリの蜜窪は愛液で溢れかえっている。
 最大限に膨れ上がった俺の欲棒は、それほど広くないサユリの穴をズブリズブリと押し広げるように入っていった。にもかかわらず、それほどの抵抗感は無く、未舗装道路の水溜りにうっかり足を突っ込んでしまったようなぐしゃりという感覚があるのみだ。
 そのぬんめりした膣壁が微妙に俺のペニスに絡み付いてくる。
 サユリは自由に腰を上げたり下ろしたりした。その度に快感が広がってゆく。俺はイボイボの付いた狭くて柔らかくしかも回転する筒の中に自分のモノを挿入しているような錯覚に陥った。

「昨日からずっと生だけど、大丈夫なのか?」
「さあね。でも、今さらゴムつけたって、もう遅いわよ。さんざんした後じゃない」
「そうだな。せいぜい身篭ってくれ」
「もう、冗談よ。安全日だから、安心して。でも、わからないわね。あなたのオタマジャクシ、長生きしそうだもの」
「やりすぎでもうカスも出ないな」
「嘘ばっかり・・・」
「ほんとだよ」
「気にしなくていいのよ。タップリ出して。思いっきり。あとで責任とってくれなんて言わないから」
「言われても困る」


 俺も女をずいぶんと軽々しく扱うようになったものだ。避妊をするのが当たり前だった頃が懐かしい。
 女も女だ。中出しされるのがセックスの醍醐味とでも思っているのだろうか。
 だが、素人のくせにセックスに明け暮れて様々なテクニックを身につけ、男を渡り歩く淫乱女が、ありがたくないわけが無い。
 すっかり厚顔無恥になった俺は便利女を自分の上に乗せ、感度をぐんぐん上昇させて喘ぎ声を発しながら腰を振るその女に、好きなようにさせていた。


 寝起きの一回目こそサユリに主導権をとられたが、その後はチェックアウトギリギリの時間まで俺はサユリを弄んだ。一泊を挟んだためかサユリの身体はすっかり俺に馴染み、俺が一回イク間にサユリは何度も何度も上り詰めた。
 イク〜〜〜、ヒイイイィ〜〜、あああああ〜〜〜ん、死ぬ死ぬうううぅ、もうだめ、アア〜ん、イヤイヤイヤアアア、もっともっともっと、アッ、ヒイイイイィ、あんあんあん、イクイク、もっと、もっと、モウダメエ、殺してえええええ〜〜〜・・・
 バックで俺に突き入れられたまま、サユリは何度も髪を振り乱して叫んだ。
「うーーーーん、サイコ−−−−ウ!!! ああ〜〜〜、わけわかんな〜〜い」
 サユリの頭が異常にガクガクと揺れたかと思うと、それまで突き出していた尻をガクンと落とし、激しく痙攣し始めた。サユリの吹いた潮があたりを濡らす。
 俺の欲棒は締め付けられ、搾り取られるような感覚の中で激しく射精した。引きちぎられるような痛みとめくるめく快感が同時に俺を取り込み、頭の中が真っ白になる。

 サユリの中に放出した俺は、そのまま前のめりになり、彼女の背中に体重を預けた。ネバネバした温かさの中でしばらく余韻を楽しみ、息が整ったところでサユリから離れた。
 サユリはピクリとも動かなかった。白目をむいて失神をしていた。
 俺は驚いて脈をとったが、もちろん彼女は生きていた。
 俺は彼女を仰向けに転がした。サディスティックな気分がまた俺のペニスを勃起させていた。俺はサユリにもう一度挿入した。
 意識のない女を犯すなど最低の行為だが、その最低さが俺を興奮させていた。
 突いても突いても俺は果てなかった。
 そのうち、サユリが目を覚ました。
 彼女の上に覆いかぶさって、何かにとり憑かれたように激しくピストンを続ける俺に向かって、「サイテー」とサユリは言った。  その通りだ。俺は最低な男だ。
「でも、アナタって最高よ。一生冒され続けていたいわ」


 サユリは駅まで車で送ってくれた。チェックアウトの時間を延長すると宿泊料金の50%を取られるので、シャワーを浴びることも出来なかった。
「ぐちゃぐちゃで下着がはけない」と愚痴っていたサユリは、そのままワンピースを着た。
 運転しながら彼女は「中身がドロドロ出てくるわ、もう」と呟いた。
「どれ」と、俺は彼女のスカートに中に手を突っ込んだ。
「もう、運転してるのに」
「あれだけ感じたのに、まだ感じるのか?」
「余韻、残るタイプなの。けっこう、たまらなくなってるよ」
「じゃあ、ラブホテルに寄っていこう。シャワーも浴びれる」
「まだ、するの?」
「俺はシャワーだけでもいいけど」

 セックスは1回だけに留めた。そして、昼食の出前を頼んだ。
 出前が届くまでの間にバスタブに浸かった。一緒に入ったが、今度こそ俺は立たなかった。
「ちょっと期待していたのにな」と、サユリ。
「もう無理だよ」
「そんなことないよ。フェラで無理やり立たせるの、得意。どうする?」
 そんな会話をしてると、またむくむくと馬鹿息子が目を覚ました。
「また、会える?」
 サユリがこれまでにないほどのしおらしい声で俺に訊いた。
「またあいたいと思ったら、自分から連絡先を教えるのが、フライデーナイトアベニューのルールだって聞いてるけど」
「もう、まじめなのね。いいわ。あとでメモ渡すから、ちゃんと連絡してね」
「俺も渡すよ」
「良かった。それにしても、わざわざこんなところまで、フライデーナイトアベニューなんてわけわかんない話を信じて、ノコノコやってきたわねえ。感心するわ」
「キミだって来たじゃないか」
「あたしは地元だもの。わざわざ交通費を払って、って言う意味。さっきだって、先に連絡先を教えるのがルールとか言ったでしょ。そんな噂先行の話を真に受けてさ。まるっきりでたらめの作り話だとか、疑わなかったの?」
「今回はツレに誘われたんだよ」
「だから、仕方なく来た? それにしたって、交通費、馬鹿にならないわよね。絶対出来るって信じてたの?」
「まあね」
「単なるいい加減な噂話だったらどうするつもりだった? その友達を殴り倒した?」
「いや、信じてた。初めてじゃないからね。ウチの近所にも、フライデーナイトアベニューってあるんだ」
「え? 初めてじゃない? それ、ホント?」
 サユリはたいそう驚いたようだったが、その驚きようが尋常じゃなかったので、その姿に俺の方がなお驚いてしまった。
 湯船の中で重なり合って座っていた俺たちは今にもドッキングしようかという位置にお互いの性器があった。サユリの前に回した俺の手は彼女の乳房や乳首を弄んでいた。
 その手がパアンと弾き飛ばされるような勢いで彼女は立ち上がったのだ。


 その後、サユリは無言だった。
 身体をバスタオルでゆっくりぬぐうと、ホテルに用意してあったバスローブに身をくるんでソファに座った。
 表情を見ると、「怒っている」ような様子は無い。ただ、何かどうしようもない厄介ごとをどうやって解決しようかとひたすらに考えているように見えた。
 わけがわからないが、俺も身体を拭いてバスローブを羽織り、冷蔵庫からソフトドリンクを2本取り出してから、サユリの横に座った。
「アナタ、最高だった。めちゃくちゃ感じたし、燃えた。こんな人とずーっとセックスできたらいいなあって思った」
 サユリは突然、問われもしないのに喋り始めた。
「きっと、これ以上の出会いはもうない。だから、フライデーナイトアベニューもここで終わりなの。そういう導きだったんだわ」といった。
 俺は自分のセックスを褒められていい気になりかけたが、それがフライデーナイトアベニューの終わりとは、いったいどういうことなのかさっぱりわからなかった。


「フライデーナイトアベニューには、あなたが知っているルール以外にもまだ決まりがあるの」
「そう」
 ただならぬ雰囲気を感じて、俺は相槌だけを打った。
「フライデーナイトアベニューってね、女性だけの会員制の秘密のセックスクラブなのよ。全国ってわけじゃないけど、あっちこっちに会員がいて、会員数は35人」
「35人?」
「そ、まさしく秘密クラブっぽいでしょ?」
「そうかな・・・」
 特定の場所に35人ならクラブとして成立するだろうけれど、あっちこっちにメンバーが散らばっていたら35人なんてないに等しいのではないかと思うが。まあ、どうでもいい話だ。俺がそのクラブを運営するわけではない。
「で、会員が会員のために男を見繕って紹介してくれるのよ。その日のために自分の周囲になんとなく噂を事前に撒き散らしておいて、あのコにはこの人なら紹介してもいいなって男の人がいたら、その人に地図を渡すのよ。『ここが噂のフライデーナイトアベニューよ。あたし、先週、ここでメイクラブしちゃった。あ、でも変な男の人がいっぱい集まっても困るから、誰にも言わないでね』とかなんとか言ってね。で、つぎの金曜日に、メンバーの女の子がそこへ行くのよ。自分のために他の会員が選んでくれた男の人って、どんなひとなんだろうとか、楽しみにしながらね」
「そ、そうなんだ・・・」
「もちろん、男の人がそれを信用せずにやってこなければ、それまで。女の子は待ちぼうけ。でも、それでもいいの。確実にセックスがしたいわけじゃなくて、セックスもしたけれどもっとドキドキしたいって女の子の集まりだからね」
「誰が、どうやって、そんなクラブ始めたんだよ。それに、メンバーの募集は?」
「うーん。あたしのね、大学の先輩が始めたんだけど、ヤリコちゃんと思える子を少しづつ、声をかけてね。別にメンバーを増やすことが目的ってわけでもないから、のんびりしたものよ。そのうち、就職とかで地域が広がって行ったの」
「ふうーん・・・・」
 俺はなんだか信じられないような気がしていた。噂そのものからは「フライデーナイトアベニュー」が壮大なスケールを伴ったものに感じられる。しかし、実際はこんな手作り的なものだったのだ。
「で、あなたが知らないルールに、『同じ男の人がターゲットになったら、その時点でこのサークルは解散』っていうのがあるのよ」
「解散しなくてもいいのに」
「ううん、しなくちゃいけないの。これは、結局、『いつかどこかで白馬に乗ったステキな王子様に出会いたい』っていうロマンなのよ。一種の空想物語。男の人は、物語の中の登場人物。別々の物語に同じ登場人物が出てきたら、それで終わりなの。いつまでも夢見るためのクラブだから、もし連絡先を教えあってお付き合いが始まったら、そのコは退会しなくちゃいけないっていうルールもあるのよ。そうそう、男の人が自主的に付けない限りコンドームを要求してはいけないって言うのも実はルールなの」
「どうして?」
「白馬の王子様に『避妊してください』っていう女の子、いると思う?」

 なんだか、わかったようなわからないような話だった。
 ともかく、俺とサユリは連絡先を交換した。
 フライデーナイトアベニューが終わろうが続こうが、いずれにしろこれでサユリは退会しなくてはならい。会の運営が『男の一本釣り』で相手を探す、というのであれば、今後俺がターゲットにされることもないだろう。だから、フライデーナイトアベニューがどうなろうと、もうどうでもいい話だった。
「あれ? だけど・・・」と、俺はふと疑問が沸き、サユリに質問をした。
「俺が最初にフライデーナイトアベニューに遭遇したとき、俺は地図なんて誰からももらわなかったぞ。向こうから地図を持った女の子が来て、声をかけてきた」
「ああ、それはゲストの女の子なのよ。メンバーの女の子が、『ああ、このコなら』って感じたら、ゲストとして認められるの。同じルールを使って地図を渡してあげるの。で、それなりの結果が出たらそのコも仲間に誘うのよ。そのとき、同時にその女の子に会わせる男の人も選定されていて、そのひとの手元にも地図は渡される」
「俺はそんな地図はもらわなかった」
「だから、その女の子がアナタと引っ付いたために、本来そのコと出会うはずだった地図を持った男性は、すっぽかされる結果になったのよね。でも、ま、だからどうってことはないと思うわ。でたらめな地図を渡されたって思うだけでしょうから。でも、とにかくアナタが介入したおかげでそれなりの結果が出なかったってことになってクラブには誘われなかったんでしょうね」
「多分そうだろうな。そんな話聞かなかったものな」
「てことは、その出会いの後、付き合ってるの?」
「男と女としての付き合いは既にない。けれど、まあ、知り合いって言うか、仕事がらみって言うか」
 性格には俺の仕事にはからんでいない。古い友人の仕事にそのコが関係し始めたというだけだが、そんなことはサユリには関係ないだろう。
「それにしたって、不思議な話だよなあ。前回はそのゲストの女の子が本来無関係な俺と出会ってしまった。そして、今回は、俺はただ同僚に連れてこられただけだ。2回とも俺自身がそのセックスサークルの『お相手』とは認定されたわけじゃない」
「別にいいじゃない。いろんな男の人が世の中に入るんだもの」
「まあ、そうだな」

 サユリに駅まで送ってもらい、ちょっとした会話の後、俺はすぐに改札口に入った。
 上越新幹線に接続する特急の発車時刻が迫っていた。喫茶店かベンチか、そんなところで長々と会話をするのはちょっと気が進まないなと思っていたところだったので、すぐに列車が出るのは幸いだった。
 なぜサユリとの会話を億劫に感じたのかはよくわからない。お互い住所交換は済ませているから、きっと今後も連絡を取り合って肌を重ねるだろう。別にそれは嫌なことじゃない。アヤコと別れた今となっては、新しいセックスフレンドが出来たのは、むしろ好ましい。
 ただ、なんとなくけだるかったのだ。多分そうだろう。きっとそれだけのことだ。
 フライデーナイトアベニューの真実を知らされて、ちょっとがっかりしたというか、気が抜けたというか、ともかく心弾ませてウキウキと喋りたい気分ではなかった。
 それは「白馬の王子様に『コンドームをつけてください』と頼み、雰囲気をぶち壊してしまう」のと同等のものかもしれない。フライデーナイトアベニューという限りなきロマンを種明かしされて、しらけてしまったのだ。
 ともあれ、東京と金沢だ。一種の遠距離恋愛。積極的に会う意思がなければ長続きしないだろう。そして、実際に長続きするかどうかは、俺にもサユリにもわからない。
 サユリがどんな仕事をしていて、彼女の懐具合がどんなものか、俺には想像できないけれど、来週か再来週あたり、「出てこないか」と誘ってみるのもいいだろう。あるいは、どこかの温泉でも予約しておいて、現地でおちあうなんてのもいいかもしれない。
 フライデーナイトアベニューという出会いのロマンは終わってしまったが、既に出会った二人がロマンチックな物語を紡ぐことはこれからもずっと出来るのだった。

 特急の座席に座ると、携帯電話が鳴った。
 別れたものの未練タップリにサユリが電話してきたのかと思ったら、発信人はアヤコだった。
 受話器を上げるマークのボタンを押しながら、座ったばかりの座席を立ってデッキへ向かう。
「どうしたの?」と、俺が言うと、「いま、どこにいるの?」とアヤコが囁いた。
 客室とデッキの間の自動扉が開く。デッキに出た俺は車両の出入り口近くに立ち、外の風景を眺めながら、ようやく普通の音量で喋った。
「電車の中。家に帰るところ」
「ふうーん。あと、どれくらいかかるの?」
 俺に会いたくなって急に電話をしてきたのだろうか?
 彼氏が出来たから俺とはもう関係を持たないと宣言したばかりなのに。
 まあ、いいか。彼には悪いが俺はモラリストなんかじゃない。抱かれたいと言って来る女は片っ端から抱いてやる。昨晩からやりまくってヘロヘロのはずの欲棒がニョキニョキと反応をし始めた。
「実はさ、犬のお散歩ボランティがなんだか急成長して、手が足りないのよ。もしよかったら、今日だけでもいいから手伝って欲しくって」
 なあんだ。セックスのお相手ではなく、犬の相手か。
 しかし、それも悪くない。アヤコの始めたことがさっそく世間に認められたのだ。
 それで俺の人生に何らかの変化があるわけじゃないし、ましてや俺の功績などそこには微塵も存在しない。にもかかわらず、アヤコが望んだことが一歩その方向に前進したんだと思うと、なんだか嬉しかった。
「いいよ。ちょっと遅くなるけど」
 俺は到着予定時間を告げた。
「わかったわ。それを前提にちょっと段取り組んでみる。また、連絡するから」
「ああ」
「お礼は何がいい? ボランティアの活動だからたいしたことは出来ないけど」
「お礼なんていいよ。じゃあな」
 そんな、悪いわよ・・・というアヤコの声が、電話を耳から話そうとしている俺に届く。
 俺はそのまま電話を切ろうとしたが、「そうそう」と、思い出したように言葉を継いだ。
「どうしてもお礼がしたいってんなら、セックス一回」
「彼氏が出来たからもうしないって言ったでしょ。・・・・ま、どうしてもっていうんなら、それでもいいけど。だけど、・・・・一回だけよ」
 俺は返事をせずに電話を切った。




「フライデーナイトアベニュー」おしまい。

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