Boy Meets Girl
「side KYRIE」

1.Coda

「タクトぉーっ!! だめぇーっ! 目を開けてぇーーっ!」
 あたしはタクトを抱き上げて泣きじゃくった。タクトはうっすらと目を開けているだけだった。
「タクトあたし……ねぇ……死んじゃ……ダメ……」
 あたしは強くタクトをゆすり続けた。なのに、タクトの目は微笑みながら光を失う。
「か……ぁ……さ……ん?」
 もうタクトにあたしは見えてない。

 いつかは、なくなる地球だった。

 必要な遺伝子だけを隔離して、新しい星が生まれた。あたしは要らない遺伝子だと言われた。同じ形は二つと要らないんだって。

 そんなに遠くない未来。地球はなくなって、タクトのいたレプリカ(新地球)がやがてオリジナル(今、あたしのいる旧地球)と呼ばれるだろう。

 それでもいいって思ってた。でもね……でもあたし……タクトに会ってから初めて思ったンだ。もしもタクトと一緒にココを出られたら?

 判ってた。行けない……あたしはタクトと違って価値がない遺伝子だから。だから、あンたに返事できなかったんだ。本当は、すごく嬉しかったのに。

 あンたのお母さんにはなれない。だけど、だけど、満たしてあげられるかもしれない。

 あたしの涙が、タクトの頬や額にポタポタと落ちる。まだ艶々としたキレイなピンクの……こんなに温かいのにもう起きてはくれない。

 タクトを抱きしめて、あたしのブラウスは鮮血に染まる。胸もお腹も真っ赤っ赤。手の平だって、絵の具をべったりと塗りたくったように。人の血って、もっとどす黒いっておかあちゃんから聞いてたのに。こんなに透けるような赤もあったんだ。

 タクト……タクト……キスをしてあたしに触れて"あたしのなか"に入っただけなのに……なんで……なんで……

 "違反行為"をしたタクトの家には通達が届くだろう。「オリジナルの風俗を乱した」と。「直接性行為を行うと遺伝子が乱れる」と。"愛し合っただけ"でどうしてタクトを殺したの? やむをえなかったと言うだけであっさりと人を殺しちゃう。こんな地球に生まれたくなかった……生まれたくなンて……

 ヤツらがあたしをタクトから引き離そうとする。
「ねぇちゃん、そんなに良かったのかぁ? 泣くほどよぉ」
「腰が抜けるほどヤったんじゃねぇのぉ?」
 嘲笑。それでもあたしは座り込んで離れなかった。
「よぉ……昨夜は何発ヤッたんだ?」
「男狂いの……アバズレめ……」

 あたしを罵るコトバには不自由はしないみたい。それでも、夜毎あたしたちを当てにしてるあんたたちは、一体ナニサマなのよ?

「タクトと離れるくらいなら……あたしも一緒に殺して……」
 あたしはタクトを抱きしめ顔をあげた。

 涙はいつ枯れるのだろう?

 舌打ちをしながらヤツラの囁きが聞こえる。一手間増えたと思って面倒くさそうな顔をしている。
「薄汚い売女のクセに…」

 あたしは、血のこびり付いた両手をそっと胸の前で組む。
「キリエ・エレイソン……クリステ・エレイソン……」
 主よ、哀れみ給え……キリストよ、哀れみ給え……

 そう、あたしの名前は"キリエ"。おかあちゃんが昔聞いた"レクイエム"からつけられた。

 銃口が再びあたしに向いた。生まれて初めて神の名を呼んだ。

 あまねくいっさいをてらす神がいるのなら……

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