アスワンの王子
凶都の7 サナとソワン 1





 

 川辺でヨウシャはひとり、佇んでいた。これまでいくつもの出会いがあり、別れがあった。それはそれぞれの土地で暮らす人であったり、別の目的を持って旅をする人だったりした。ヨウシャはヨウシャで目指すものがある。だから、別れるのは当たり前だった。だが、サナは違う。一緒に旅してきたのだ。明日の夜に迫った別離にとりわけ寂しさを覚えた。
「悲しんじゃいけない、悲しんじゃいけない」
 ヨウシャは呪文のように唱えた。
 ましてサナは、親友との再会という目的を果たすのだ。一緒に祝福してあげなくてはならない。悲しむなどという感情はいだくべきではない。
 真夜中の闇の中、幾万もの星の輝きに照らされて、小川はキラキラと細かい輝きをたたえながらゆっくりと流れている。ヨウシャはため息をひとつついて川辺に座り込んだ。本当は明日の公演に備えて、すぐに引き返して眠るつもりだったのに。
 にゃおん。
 ハックンが身体を摺り寄せてきた。暖かい。夜の空気が冷たかったことをハックンの体温で気づかされた。ふさふさと柔らかい毛。銀竜詩人の誰かが洗ってくれたに違いない。
「さ、もう戻って眠ろう」
ハックンはそういっているようだった。
「うん、わかってる。でも、もう少し」
 ハックンはヨウシャの膝の上に飛び乗った。そして、足の付け根の間をトントンと前足で踏んだ。とたんにヨウシャのヴァギナがじゅんとなった。
「する?」
 ヨウシャは下半身を覆っていた布を開いた。ハックンは顔をうずめた。
 ペロペロペロ・・・
「あ! くっ!!」
 ステージでのセックス、そしてそのあとに続く迫力満点の舞台。ヨウシャは濡れっぱなしだった。歩くだけでもぐちゃぐちゃと音がした。そして今、ハックンが迫ってきただけで、さらに濡れてくる。
「あ、もうダメ、いっちゃう・・・・」
 人間の男とは異なり、ハックンは一方的に奉仕してくれる。しかも、回数を重ねるごとにツボを心得てゆく。ヨウシャの悦びがハックンの喜びだった。見返りを求めない。ほんのわずかな時間でヨウシャを昇天に導くようになった。どうしても我慢が出来なくなって短い時間でイってしまいたいときは、ハックンに頼るのがいいな、などと思っていると、最高地点へあとわずかの所でヨウシャは水をさされた。
「やっと見つけたぞ」
 得体の知れない男に声をかけられたのだった。
 こんな夜中に? こんな場所で?
 男はさっさと下半身剥き出しになり、「猫なんかより俺の方がずっといいぞ」と、怪しげな目を光らせた。その不気味さにヨウシャは背筋がゾクリとなったが、犯される悦びが全身を包み込みつつあった。風が吹き、木々の枝葉の擦れ合う音が無気味に響いた。

 男に見覚えがあった。都に入る検問所にいた。その後、城壁の中の部屋で乱交をした時もいた。だが、この男と交わったかどうかについては記憶がない。
「俺はオマエのことを狙っていたのにな。登録せずに帰っちまいやがって。ふん、まあいいさ。オマエも今更逃げたりしないだろう? オマエはあの部屋にいたクスリに頼らなくてはならないような女達とは違う。正真正銘の淫乱だ。渇きを癒すためにはネコだって構わないってんだからな」
「よしてよ。ハックンは特別なんだから・・・」
「ぐちゃぐちゃのまんこ、トロンとした目で、何を言ってやがる。欲しくて欲しくてたまらないくせに。さあ、欲しかったらしゃぶってみろ」
 お互いを尊重し、性の悦びを分かち合う。ヨウシャはそれがセックスだと最近感じている。だから、こんな台詞で男に蹂躙されるのは、悔しかった。悔しかったけれども、身体は確かに男を求めていたし、その強烈な欲望が悔しさをも押しつぶそうとしていた。
「それとも、猫がいいか? 猫でもだえるオマエを見ながら、俺は自分でやったっていいんだぜ。その顔にぶっかけてやるからさ」
 だったらわたしはハックンでいい。アンタは勝手に自分でやれば? そう怒鳴りつけてやりたかったが、別の自分が「そんな、もったいない」とつぶやいた。
 結局、ヨウシャの口から出たのは、「わたしの中で出してください」だった。
「よし。じゃあまず、しゃぶって大きくしてもらおう」
「え? 大きくって?」
 もう十分大きくなっていた。正確な年齢はわからないが、見たところ性欲をギラギラさせた若者という年ではない。にもかかわらず、せりあがったそれは男の腹にぴたりとくっついていた。茎はヨウシャの手首ほどもあり、先端は軽く臍にとどいていた。カリも傘のように大きく広がっている。
(こんなに大きいのは久しぶり・・・)
(ううん、大きさだけならオナニーの木の方がいいわ。大きければいいってもんじゃないよね)
「ほら、早くしろ。口で奉仕するんだ。残念ながらお前の中で出すことは出来ない。この大きさではな。香も焚かずにこれを受け入れられる女なんていないんだ。香の強烈な幻覚作用は肉体をも欺き、どんなものでも受け入れてしまうからな。だから香のない今、中で出して欲しいというお前の期待にはこたえられない。しかし安心しろ。口で感じさせてくれたらオマエも俺の指と口でイカせてやる」

 香とは城壁の中で乱交が行われた時に焚き染められていたアレのことだろうとヨウシャは思った。
 この男のモノがさらに大きくなるのだとしたら、確かに通常では受け入れがたいだろう。アソコは裂けて血の海になり、男も女も快感などむさぼるどころではない。しかし、香をたいて精神と身体を特殊な状況へ追いこめば受け入れられるということは、もともと女にはそれだけの能力があるということだ。
「入るかどうかなんて、やってみないとわからないでしょ?」
「クレイジーだな。だが、受け入れられたとしてもその後は使い物にならなくなるぞ。香をもってしてもだ」
「わかっててやってるの!?」
「俺にとって女は使い捨てだ。そのかわり女も一生分以上の快感にうち震える。ちまちまとエッチするよりも幸せだろう?」
「余計なお世話だわ」
「口ばかり達者な女だ。だが、俺は知っているぞ。オマエが城壁の中でさらした痴態の数々。オマエは根っからの淫乱だ。男のモノを目の前にして我慢できるはずがない。さあ、早く舐めろ。ご褒美が欲しければな」
 悔しいけれどその通りだった。淫汁がドロドロとヨウシャの股間をぬめらせていた。

 ヨウシャは唇を開いたりすぼめたりしながら男の亀頭を摩擦した。無理をすれば全体を咥えることも出来たけれど、口の中で膨張されたら顎が外れてしまう。アソコと違って収縮性がないのだ。
 亀頭は脈打ちながら膨らんだ。多少の弾力性があったが、それはやがてカチンカチンの石になった。もはや性器という気がしなかった。ただの物体だ。ヨウシャの口唇マッサージによって男の出すうめき声がかろうじてそれが性器であることを示していた。
 もはや先端部分だけですら口の中に含むのは困難になってきた。ヨウシャは両手で茎をつかみ、思い切り力をこめて上下動させた。「あお! あお! いいぞ、いい。とても、いい・・・・」
 男は愉悦の声をあげた。「こんなのははじめてだ。やはりオマエは男の全てを心得ている」
 現実離れした怪物ペニスではあるが、それを責めることによって男が悦べば、ヨウシャも感じる。ヴァギナの奥がキュウウンと締まる。同時に膣壁は伸びるために柔らかくなっていった。
 ヨウシャは舌で傘の部分を念入りに舐め、カリの突端から裏側に回った。
(あ、あれ?)
 そこはそれまでの部分と違って、まるで経験のない男のそれのように、綺麗なピンク色をしていた。指先でツツツーっとなぞると、男は「あひゃああ!」と叫びながら腰をピクピクと震わせた。少し力を入れると「い、いたい。もっと優しくしろよ」と文句を言う。
 異様なまでの巨根がごくノーマルな愛撫に悲鳴を上げていた。
(そ、そうか!)
 これだけ傘が出っ張っていれば、挿入しても、傘の裏側は膣壁のどこにも触れない。だから、この部分だけが童貞と同じ状態なのだ。刺激に対して全く免疫がないのだった。
「ねえ、もう入れていいよ」
 普通ではない持ち物のために、普通のセックスが出来ない男。女を使い捨てるその男のやり方には反感を覚えるが、ヨウシャはこの男が気の毒になった。
「バカ。香を嗅いでもいない女の中に入るわけない」
「入るわよ。香なんか使わなくても。女は、好きな男のモノなら受け入れることが出来るの。だから、卑怯な手なんか使わずに、ちゃんとひとりの人を愛するのね」
 ヨウシャは四つん這いになってお尻を突き出した。
「さあ、入れて。私なら大丈夫」
「でも、もっと舐めてくれないと、俺のが濡れてない」
「わたしはタップリ濡れているわ」
 男はおそるおそる先端をヨウシャの穴にあてがった。すると、まるで吸いこまれるように、するすると男のペニスはヴァギナの中に引きこまれた。巨根を受け入れるために目いっぱい広がったヨウシャのソコは、次にギュウッと締め付ける。
「おお! おお! おおおおーーー!!!」
 ろくにピストンすることもなく、男はあっという間に果てた。ヨウシャは久しぶりに受け入れる異形のものに興奮曲線を急上昇させ、男とほぼ同時にイクことができた。普通でないということに興奮の高まりを覚えるのを自覚していた。
 ありきたりのセックスでは感じなくなる日がすぐそこに来ているのではないか? ヨウシャは不安にとらわれた。宿に戻ったら、ホトケノに抱いてもらおうと思った。むやみなセックスは症状を進ませるだけなので控えねばならないが、かといって一回や二回でどうということはないだろう。それよりも今の不安の方が大きかった。普通のセックスに感じないかもしれない、という不安が。だけど、ホトケノに抱かれて、この不安が的中したら、どうしよう? いっそ、知らないままでいる方がいいのかもしれない。目指すアスワンのいる王宮はもうすぐそこだ。残り9日間の公演をこなしたらすぐにでも王宮に向かおう。それで間に合うはずだ。そして、アスワンの王子とセックスをすれば全ては終わる。今、危機的な状況にあったとしても、あえてそれを認識する必要はないじゃないの。
 ヨウシャはそう結論を出した。にもかかわらず、不安は拭い去れない。
 ホトケノに抱いてもらうか、否か。
 しかし、結局その日は、別の男に抱かれることなく眠るしかなかった。ホトケノはサナとやっている最中だったし、他のメンバーは既に眠っていた。ヨウシャも眠ることにした。公演中であっても昼間は厳しい練習に費やされるのだ。

「ロセリ、今日はヨウシャと一緒に街に出て、新しい女の子をスカウトしてきて欲しい」
朝、軽い食事をしながらのミーティングで、スズナスが言った。
「あたいの代わりを探すのか?」と、サナ。
「そうだ」
「すまん。わがままを言って」
「いいってことよ。もともと我々が無理やり仲間に入れたんだから」
「ああ、そうだったな」
「サナ・・・・」
ヨウシャは何か言葉をかけてあげようと思ったが、思いつかなかった。名前を呼びかけるのが精一杯だった。ヨウシャは改めて「今日でお別れなんだな」と思った。
「新しい女の子、二人も探さないとね」と、ロセリが言った。
「二人? ・・・そっか。わたしの代わりも必要ってことよね」と、ヨウシャ。
「そうだよ、ヨウシャ」と、スズナスは優しく微笑む。「我々に義理立てする必要はない。今だ、と思ったらいつでも出て行くがいい。タイミングを逃すんじゃないぞ」
「うん」
 気にせずいつでも出て行っていい。その気遣いは嬉しいが、あっさり言いきってしまわれるのは寂しかった。
 ヨウシャの心情を読み取ったのか、ロセリが付け加える。 「私達はね、いつでも別れの準備は出来ているのよ。だから、いつ会えなくなってもいいように、毎日、一生懸命その人と接するの」
「・・・・うん」
「それから、サナ」と、スズナス。
「おう」
「キミは今日はむやみに出歩くな。練習もしなくていい。会場へ行くまで、ここで気配を殺してじっとしていてくれ。詳しくはわからないが、昨日、会場で、不穏な空気が流れたようだ。脱走隊員への追跡と制裁は厳しいと聞く。まして、都にいるとなれば袋のねずみだ。今夜には会えるんだろう? 焦ってつまらない行動をしないように、くれぐれも注意するんだな」
「ああ、わかっている」
「それから、機会を逃すな。キミの友人が楽屋を訪ねてくればすぐに一緒に逃げろ。ここを訪ねてきても、そうだ。今夜の公演を待たなくていい。我々に言葉をかけなくてもいい。キミ1人くらいいなくても舞台に穴は開かない。別れの挨拶は、今、済ませておこう」
「世話になった。みんな、ありがとう。それから、ヨウシャ、元気で目的を達成してくれ」
 別れの挨拶は済ませておこうと言うスズナスに応じて、サナはあっさりと完結に、言葉を述べた。
「あ、ああ、サ、サナァァァ・・・・」
ヨウシャはサナに伝えるべき言葉を思いつかなかった。ただ、名を呼ぶだけだ。
「ハコベ、ホトケノ。良く聴いておいてくれ。これから新しい曲を披露する。この曲に詞をつけるか、踊りを付けるか、つけるとしたらどんなのがいいか、後で感想を聞かせてくれ」
 スズナスは自分の分の食事を口の中に放りこみ、飲み物で喉の奥に流し込むと、一足先に朝食を終える。そして、銀竜という竜の形をしたギターに似た楽器を取り出した。
「食べながらでいい。聴いてくれ」
 凛とした静寂が流れた。もちろんそのときも、食器がテーブルに置かれる音、誰かが何かを噛む音などは響いている。静寂とは、スズナスが発する空気のことである。まわりがどのような状況であっても、それを取り込んで自分の世界で包み込んでしまうだけのパワーがスズナスにはあった。
 そして、演奏をはじめるスズナス。
 ヨウシャがこれまでに聴いた銀竜詩人の曲は、個性の違いはあっても、全てどことなく幻想的な感じのするものだった。しかし、これは違う。哀愁などは全く帯びない、ひたすらに明るいイメージの曲だ。テンポも速く、次から次へと音が紡ぎ出される。ひとつひとつのフレーズの意味を噛み締める暇などない。どんどん先へ進んでいく。何も考えることが出来ない。ただ、リズムに合わせ、もっぱら感性で受け止める。自然に身体が踊り出しそうになった。
 耳障りの良い幸せな音楽は、どこか遠くにある理想郷をイメージさせてなどくれない。この世こそが一番ハッピーなんだと主張する。
「どんな詞をつけるか、どんな踊りを付けるか」と、スズナスは言った。
「なんでもいい。なんでも許される」と、ヨウシャは思った。
 メロディーに合わせて軽く身体をスイングさせるのもいい。曲を食ってしまうほど激しい踊りを見せつけるのもいい。歌うのもいい。どんなに不幸で呪われた詞でも、この曲に合わせれば、「でも、すぐそこに幸せがあるよ」と教えてくれそうだ。この曲をBGMにエッチをすれば、きっと元気な子供が生まれてくるな、とすら思った。

 ヨウシャとロセリは、スカウトのために都をぶらぶらと歩いた。
「旧市街は、何度も何度も区画整理が行われて、一応、商業区、工業区、住宅区、官庁街、学術地区と分かれているわ」
歩きながら、サナはヨウシャに都の説明をする。
「でも、都の拡大につれて官庁街が狭くなってきたのよね。だから、王宮をさらに山の奥へ拡大して、中枢を奥へ移転、それにともなって麓の部分に余裕が出来たから、そこへ官庁街をもってきたの。だから、旧市街の元官庁街は、歓楽街になっているの」
「歓楽街?」
「遊ぶところよね。広場があってバザーが行われたり、劇場があったり、賭博場があったりね。男の人が女を買うところもあるわ」
「ふうーん」
「私達が公演する場所もそこにあるの」
「気がつかなかったわ」
「そりゃあそうよ。ここからここまでは旧市街です、なんて表示はどこにもないんですもの」
「じゃあ、新市街っていうのは?」
「城壁の拡大で広がっていった場所のことよ。区画整理が追いつかないから、なんだかんだと混ざり合ってるの。もっともその方が便利だから、わざと手をつけていないんだと思うけれど」
「便利?」
「だって、住んでいる所の傍に、色々あったほうがいいでしょう? 買い物をしたいのに、お店やさんが遠くに固まっていたら、そこへ行くだけでも大変だもの」
「それから、外市街ってのもあるの」
「外?」
「城壁もね、長い間にほころびが出るわよね。そこから外へ出入りできるの。その外側に、もぐりの商人が集まってくるのよ」
「だったら城壁や検問の意味がないじゃない。修理はしないの?」
「修理は何度も行われたわ。でも、そこだけ、どうしてもすぐに崩れてしまうの。人の力の及ばない場所なんでしょうね」
「だったら、検問で待たされて、苦労して入らなくても、そこから出入りすればいいのに」
「そう、だから、一時期は検問が意味をなさなくなって、都は大混乱したわ。そこから出入りする商人のために、都の物流は乱れて、物価が極端に上がったり下がったりしたし、治安も悪くなってね。どこかで悪いことをしてそこにいられなくなった人たちも入りこんできて、そういう人たちはここに来てもやっぱり悪さをするの。だから、城壁に自由を奪われていると感じていた市民も、やっぱり城壁は大切だってことに気がついて、いまでは自主規制が行われているわ」
「自主規制?」
「そう。都の住人は出入り自由。けれど、外の人は入れない。つまり、検問が行われているのと一緒」
「だったら、既に自由ではない?」
「ううん、都に住んでいる人にとっては自由よ。もともと住人には身分証明書なんてなかったの。外から入ってくる人には許可証が必要だったけれどね。だけど、人口も増えたし、そういうものも必要かなということで、王宮が発行をはじめたわ。だから、これを持っていれば、出入り自由なの。検問官は民間人ね。王宮から補助金は出ているけれど」
「そんなんじゃ、無理に入ってくる人もいるんじゃない?」
「たまにはね。でも、そんなことがあると、結局、都の暮らしが乱れるってみんな知っているから、あっという間に警備兵に通報されて、つかまっちゃうわ。それに商人の目的は、品物の売買であって、都にはいることじゃない。だから、城壁のほころびの外に、外市街なんていうのが発達したのよ。そこは平穏じゃないし、荒っぽいけれど、とても活気のあるところよ。自由市って感じ。それとも、闇市かな?」
「行ってみたいなあ」
「それは無理。だって、出ることは出来るけれど、入って来れないもの」
「そっか。身分証明書、ないもんね」
「もっとも、私達は都での公演を終えたら、次は外市街で公演するんだけどね」
「へえー、いいなあ」
「外市街も流しの商人が行商する場所から、だんだん人が住みつくようになって、娯楽が必要になったのよ」
「そっちへは城壁は広げないの?」
「さあねえ。けど、都に取りこんだら、外市街の意味がなくなっちゃうし、新たに別のところにそういうのが発達するでしょうから、わざとしないんでしょうね。それに、検問所に続く街道のように秩序は守られていないし、とにかく荒っぽくて治安が悪いから」
「だったら、そんなところに買い物に行く市民がいるのって、不思議だけど」
「安くていいものがある。税金がかからないから。それから、異国の珍しいものもある。盗品をさばいているやつもいる。ね、魅力的でしょう?」
「うーん、よくわからない」
「あらゆるテクニックを身につけたあばずれ女もいるわ。男の人には嬉しいでしょうね」
 それは少しわかるような気がした。
「それと、男も売っている。女が買いに行くの。ホモのための男も、レズのための女もいる」
「都では認められていないのね」
「そうよ。きちんとしたところほど、保守的なものなのよ」

 その頃。警備兵の詰所では、脱走兵捕獲隊隊長ゴーギが、司令長官から叱責を受けていた。
「脱走兵を見失うばかりか、部下まで失うとは、なんたる失態!」
「申し訳ありません」
 隊長の自分が黙っていれば昨夜のことはバレないと思っていたのに、どうして・・・・?
 不可解に思うものの、もちろんそんなことは質問できない。
「お前の見立てによると、老師が絡んでいると?」
「ど、どうして、それを!」
とうとう質問してしまった。
「忘れるな。お前の思念は常に能力者によってモニターされている」
「は、はああ!」
 ゴーギは床に頭を擦り付けた。恐れ入りました、とでも言うより他にない。だが、それとは別の感情もあった。隊の中で最大の能力を誇る自分。だからこそ、隊長なのだ。それが自分が自分である証。誇り。けれども、さらなる能力者が自分を監視していた? ならば隊長の意味はない。監視者こそが隊長になればいいじゃないか。
 ゴーギのプライドは傷つけられたのである。
 しかしよく考えると、その監視者が隊長となったところで、さらに監視者がつくだろう。ここはそういうところだ。
(自分の裁量などというものはないのだ。常に監視されたコマのひとつでしかない。ああ、今ごろそんなことに気がついても遅いんだろうな)
「隊長を解任する。かわりにジャグラスがその任につく。お前はこの男の下で励め」
「ははー」
 頭を下げたものの、ゴーギの心中は穏やかでない。ジャグラスはかつての部下なのだ。それがあるとき、転任になった。人事官からは「特命にあたるため」としか説明を受けなかった。きっとその能力を認められ、どこかで特別な訓練でも受けていたのだろう。
 能力・・・それは、生まれついてのもの。訓練によって能力値を高めることは出来るが、もともと持っていなくてはならない。そう、かつてジャグラスが自分の部下だった頃から、ゴーギは彼の持つ能力に嫉妬していた。いつしか追い抜かれるのではないかと、危惧していた。だからこそ、せめて階級ではヤツの上を行こうと、忠義を尽くしたのだが。
 いかに忠に励もうと、失態を犯しては何もならなかった。

「何をキョロキョロしておる」
 ヨウシャは不意に腕をつかまれた。
「い、痛い!」
 手を振り解こうとしたが、腕を動かすことも出来ない。見えば、小さな老人ではないか。ヨウシャを掴んだ手には、筋ひとつ立っていない。つまり、いかほどの力も入れていないということだ。
 なのに、なぜ、自由がきかない? 相手は腕力に任せているわけではないというのに。
「どうしたの? あ・・・」
 前を歩いていたロセリが振り返り、そして、老人を見て、凍りついた。
「ろ、老師・・・」
「お嬢さん、久しぶりですね。ですが、その名で呼ばんで欲しい」
「ごめんなさい。けれど、わたしも、王の娘という立場は捨てた身です。お嬢さんはやめて頂きたいわ」
「それは失礼した」
「それはそうと、何のご用ですの? あなたがこんな所におられるなんて・・・」
「女を抱きに来ただけじゃよ。それより、注意をすることだ。あんたらの仲間が探している女は、わしの所にいる。今夜、二人は再会を果たすだろう。だが、その後、逃げおおせると思うな。脱走隊員の捕獲のために恐ろしい男が投入された」
「じゃあ、二人は会わないほうがいいの?」と、ヨウシャ。「せっかく、会える日をずっと楽しみにしていたのに」
「いや、方法はある。わしの所に身を隠すのじゃ。そして、技を磨けば良い」
「まだ、自由にはなれないってことですか?」と、ロセリ。
「自由とは厳しいもんじゃ。もっとも、本当の自由なぞありはせんがな。ま、とにかく、今夜の二人の再会には立ち会おう。少なくとも邪魔者を退けることくらいしてやれる。おっと、そんな顔はせんでいい。わしはわしのためにするだけじゃからな。二人がとっつかまってみい、わしの存在までおおっぴらに知られてしまうからのう」
 ほっほっほ、と老師は笑った。なぜおかしいのか、ヨウシャにはわからなかった。
「そうそう、新しい団員探しなら、気にしなくて良い。今ごろ、銀竜詩人の門を叩くものが来ていよう。だから、うろうろ街を出歩かん方がいい」
 

 

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