アスワンの王子
凶都の1 城壁突破1






 地底に沈められた海岸の村を脱出し、再び旅をはじめたヨウシャと白猫のハックン。
 海岸に沿ってアスワンの王子が住む王宮を目指していた。
 王宮は都を見下ろす高台にある。その後方には険しい山が聳え立っていた。
 山側はそれが自然の砦となり来るものを阻んでいたが、都から高台へはそれほど困難な道のりではない。そこで、王宮の麓の都の周囲には城壁が築かれた。こうして王宮は守られているのである。
 城壁だけではない。都に入ればそこかしこに屈強な警備隊が配置されている。
 都から王宮のある高台への取っ掛かりには「黄金門」という扉が築かれていて、ここもガッチリガードが固められていた。
 「城壁」「都の警備隊」「黄金門」
 この三つのハードルを越えて王宮に辿り着くのが如何に困難ことか。
 身分の確かなものでさえもそうなのだから、どこの田舎の村からやってきたかわからないヨウシャが、はたして辿り着けるものかどうか。
 ヨウシャはこのことをまだ知らない。

 そして、ヨウシャの身体には重大な問題が起こりつつあった。
 海岸の村でセックスの伝道師となり、続けざまに快楽の波に呑まれたせいだろう。これまでにもまして性欲が強くなってきた。
 すぐにしたくなるのだ。
 我慢しすぎるのもよくない。実際ヨウシャは、禁断症状のために身体が小刻みに震え、歩くこともままならなくなってしまう。仕方が無いのでハックンにヴァギナをしゃぶらせて、何とか均衡を保とうとした。
 イッた後も、それほどの時間を過ぎることなく、次の欲求が襲ってくる。
 (このままじゃ、いけない)
 ヨウシャはハックンにしてもらった後、すぐに食事をした。あまり食欲が湧かないけれど、無理して食べた。食べないと体力が落ちるからである。それに、「寝食を忘れてセックスに埋没し、やがて身も心もボロボロになる。にも関わらずもだえ続ける。やがて朽ちる」そんな風に教わっていたからだ。
 ハックンには悪いと思ったが、特に寝る前には念入りに舐めてもらい、疲れきってぐっすり眠るようにした。
 寝ることと食べること。この二つがかろうじてヨウシャが旅を続けるための体力を与えてくれた。

 地形は海岸段丘。
 海岸の道は、いつしか砂浜の続く広大な風景から、断崖絶壁の下に海を見下ろす荒々しいものに変化していた。段丘上は緑生い茂る林で、キノコや山菜があちこちから顔を覗かせる。林の中には家が点在していた。小さいが、粗末な作りではない。豪勢ではないにしろ、堅実な暮らしをしていくには住みやすい場所のようだ。
 茶屋と宿屋が一緒になったような店が道沿いにある。だいたい太陽が5度変化するごとに1軒の割合で現れるから、この海岸の道は明らかに街道で、旅人が日常的に行き交っているようだった。
 ヨウシャはとある服屋に立ち寄って、旅装を調えた。野生児とも娼婦ともとれるような露出の多い服装が、この道を旅するのに不適切に思えたからだ。
 厚みのあるゴワゴワした布を2枚手に入れた。一枚は脇の下を通してぐるりと上半身に巻きつける。胸の膨らみは隠せるが、肩と腕は人目にさらされ、妙に色っぽい。もう一枚は腰に巻きつけた。ひざが隠れる程度の長さである。
 いやらしい欲求が高まると性感帯を刺激するそれまでのコスチュームはとり、荷物の中に直した。
 ヨウシャを包んだ2枚の布をとれば裸である。そう思うとヨウシャは興奮した。すぐにでも誰かに布を剥ぎ取られて乱暴されたいという欲求に駆られた。
 猫は気まぐれだといわれるが、ハックンはヨウシャに忠実に付き従った。
 一人と一匹は、いつしかすっかり逞しくなって、旅を続けていた。

 「疲れた?」
 ヨウシャはハックンに呼びかけた。
 「にゃあああ」
 そうだね、と言っているようだ。
 「じゃあ、このへんで野宿しようか。でも、携帯食料も残り少ないし、宿に泊まってお風呂に入りたいね」
 「なん?」
 「そうか。ハックンには関係ないもんね。どこに泊まろうと、キミは野宿なんだから。ごめんね」
 「にゃにゃん、にゃにゃん」
 (僕のことは気にしないで)と言わんばかりに、ハックンは元気にジャンプした。
 

 宿についた。
 「え? 白猫? うう〜ん」
 女将というには少しばかり若い女性が、ヨウシャを出迎えてくれた。まだ30になっていないように見える。他には人の気配がしない。この女性が実質この宿を切り盛りしているのかな、とヨウシャは思った。それとも主たるべき人物が単に不在しているだけかもしれなかった。
 「犬を連れて旅する人は多いけど、猫ちゃんなんて、珍しいわね」
 「だめですか?」と、ヨウシャ。
 「あなたが泊まるのは構わないのよ。でも、猫ちゃんは、犬のように外につないで置くわけにはいかないでしょう?」
 「これまではそうしていたんですけど」
 「そう…」
 若女将は腰をかがめて、ハックンを見つめた。優しいまなざしだった。
 「でも、この子、あなたと同じお布団で眠りたいって言ってるわ」
 「そんなこと、わかるんですか?」
 「わかるわよ。長い間人間と一緒に暮らしている動物は、顔を見ればちゃんと表情で訴えかけてくるのよ」
 「そういえば、そうか」
 ヨウシャも時々ハックンに話し掛けては、ハックンの鳴き声や表情から彼の言いたいことを直感的に判断している。
 「あなたたち、特別な関係なんでしょう?」
 「え?」
 ヨウシャはギクリとした。確かに特別な関係だ。ヨウシャは身体の隅々までハックンに慰めてもらっている。ハックンの剥き出しになったピンク色のペニスを、口に含んであげることさえあった。
 そのことを見抜かれてしまった?
 「とっても仲良しなのね。この子、そう言ってるわ」
 ・・・仲良し・・・
 ヨウシャはホッとした。本当はばれているのかも知れないが、「あなた猫と肉体関係があるでしょ」などと指摘されたら、どう反応していいかわからなくなるところだった。
 「オッケー。いいわ。この子も部屋で泊まるといい。そのかわり、綺麗に洗ってあげてね。そこの井戸から水が汲めるわ」
 「ほんと? ありがとうございます」
 ヨウシャは飛びっきりの笑顔で例を述べた。
 「ただし、条件があるの。うちは一人部屋が無いので、一人旅の人には相部屋をお願いしているの。今のところあなた一人でお部屋は使っても構わないけれど、誰か一人旅の女の人が来たら、相部屋になってもらうことになるわ。その人が、猫と同室はイヤって言ったら、この子は外で寝ること」
 「はい」と、ヨウシャは歯切れ良く答えた。
 (誰も来ないうちにハックンと愛し合おう)
 「でも、まあ、大丈夫よ。このあたりの人で白い猫を嫌がる人はいないわ。幸運の運び手だから」
 「幸運の運び手?」
 「あら、あなた、そんなことも知らなかったの?」
 海岸の村でも白い猫は特別な存在だった。そして、また、ここでもそうなのか?
 「ま、いいわ。その子を洗って、早く入ってらっしゃい。その間に、人間用のお風呂も用意できるわ」

 ヨウシャはハックンを洗い終えて、若女将から借りたタオルで綺麗にハックンをぬぐってから、あてがわれた部屋に入った。
 緑の草原の匂いがした。壁にも天井にも床にも、干草が敷き詰められていた。胸に吸い込む空気が身体の芯までくつろがせてくれた。
 「気持ちいいでしょう? この干草は薬草にも使われているのよ」
 「はい、気持ちいいです」と、ヨウシャは答えた。
 若女将が部屋を出て行くと、早速ヨウシャは旅装をといた。といっても、上半身と下半身にそれぞれ巻きつけた布をほどくだけである。
 バサッと布が床に落ちて、ヨウシャは全裸になった。開け放たれた窓からサワサワと微かな風がそよぎ、ヨウシャの肌を撫でた。
 「あ、ああん」
 風は官能的な刺激をヨウシャに与えた。
 (ただ、風がそよいでいるだけなのに…)
 爽やかな風に肌を撫でられるのは確かに気持ちのいいことだ。けれど、性的な快感とは本来ほど遠い。だが、ヨウシャにとって「気持ちいい」とは、もはや全て官能への誘いだった。
 恍惚に身を任せれば朽ちていく。だが、我慢をしすぎても気が触れてしまう。そんなぎりぎりのバランスを保ちながら、適度に自らを慰めつつ、完全に性奴と化すまでにアスワンの王子と交わらなくてはならない。アスワンの王子とのセックスが唯一の毒消しなのだ。
 「ハックン、おいで」
 鼻の奥まで直接刺激する干草の香りに包まれながら、ヨウシャはハックンのなすがままに身体を舐められていた。
 どれくらいの時間、そうしていただろう。
 イク寸前のことだった。部屋がノックされ、若女将の声がした。
 「お約束どおり、相部屋をお願いするわ。猫は居て構わないそうよ」
 ヨウシャは慌てて布の一枚を引き寄せ、身体の前部を隠した。
 「はい」
 扉が開き、入ってきたのは、細身で背の高い女だった。首をひょいと振り、同時に長い髪を手で背中に押しやった。
 「サナよ。よろしく。あんたは?」と、ぶっきらぼうに言うその声は低く、目つきが鋭い。
 一瞬男かと思ったが、胸の膨らみが女であることを主張していた。体つきは細いのに、胸だけが異様に大きい。
 年のころは宿の若女将とさほど変わらないようだったけれど、雰囲気がまるで違う。若女将は客商売をしているだけあって柔らかな印象を回りの人に振りまいているが、サナと名乗ったこの女はまるで女騎士のようだ。
 「ヨウシャ、です」
 「ヨウシャ、か。さっそくオナってたようだね。悪かったな」
 「いえ。。。」
 どう返事していいかわからない。
 「その若さで一人旅なら、身体もうずくよな。気にせず続けてくれ」
 気にせず続けてくれ、と言いながら、サナはヨウシャから視線を逸らさない。何かに緊縛されてしまったようにヨウシャは身体を動かすことが出来なくなった。
 きつい視線で見つめられることで、身動き一つ出来ないのに、ヨウシャは昇りつめていく自分を感じる。
 体温が上昇し、身体が紅潮する。自らの意思では動けないのに、腰がヒクヒクと痙攣し始めていた。
 「我慢しなくていい。あたいも女だ。よくわかる。それとも、手伝ってやろうか? 言っとくけど、あたいは淫の血をひく者だよ。天性の淫乱だからね。覚悟しな。これまでに何人もの男が昇りつめたまま帰ってくることが出来なくなった」
 「し、死んだの?」
 「いや、死にやしない。覚めない恍惚の中に意識がおぼれて、いつまでも目を覚まさないだけさ」
 サナはヨウシャの唇に自分の唇を重ねた。
 触れたか触れてないかわからないくらいの、優しく切なく、かすかなキスだった。にもかかわらず、ヨウシャは身体の芯を電流が駆け抜けていくのを感じた。
 サナの短いキスは幾度となく繰り返された。
 その度に、ほんのわずかずつ、時間が長くなり、唇を押してくる力が強くなる。
 唇が触れ合っているだけ。ただそれだけのことなのに、身体がとろけていくのをヨウシャは感じていた。ヴァギナから汁が溢れ出してくる。
 「ヨウシャ、あんたも相当な淫乱だな。わかるよ。あたいの身体もビンビンに感じてきたよ。ほら、触ってみな」
 ヨウシャは導かれるままにサナの乳首に触れた。硬くとがっている。そして、太い。これに比べたら自分の胸などまだまだ幼い。
 けれど、わたしはここまで熟れた女になれるかしら。旅に失敗すれば、熟れるどころではない。ただ命を落とすだけだ。
 「女の経験はあるかい?」と、サナは訊ねた。
 「いえ」
 「女の身体は女が一番知っている。あんたはあたいの指で、未知の境地へ誘われることになる」
 このとき既にヨウシャは、現実感を失っていた。どこか遠くから神の啓示を受けるような夢見心地で、サナの言葉を受け止めていた。サナの声は、耳から伝わってこない。身体全体にうっとりと響き渡ってきた。
 ヨウシャのヴァギナにサナの指が触れた。
 「ああああ〜!!」
 いつものイクという感覚を凌駕していた。既にイッている。常にイッている。その目くるめく恍惚の中でさらに昇ろうとしていた。

 「酒は百薬の長、というんだ。知ってるか?」
 「いえ」
 「何にでも効く薬、ということだ」
 ヨウシャはサナにたっぷりと可愛がってもらい、天上の悦びを授けられた。そして、二人で風呂には言った。
 風呂から上がると、夕食だった。
 海で採れた魚と、野に生えるキノコや山菜が運び込まれた。
 「酒はあるのかい?」というサナに、若女将は「ええ、ありますよ」と、澄んだ透明の液体を運んできた。米から作った酒らしい。
 サナはヨウシャにも酒を勧めた。
 「でも、こんなの、呑んだこと無いし」と、躊躇するヨウシャに、サナは「酒は百薬の長」と言った。
 「ヨウシャ、あんたは記憶に無いだろうが、あたしゃ全て聞かせてもらったよ」
 「え? 全てって?」
 「あんたの身体がどういう状態で、なんのために旅しているのか、全て」
 ヨウシャはそんなことを語った記憶は確かになかった。
 「寝物語。身も心も許しあった相手に、無意識のうちに全てを打ち明けてしまう」
 「そう・・・」
 サナが出鱈目を言っているとはヨウシャには思えなかった。
 「呑みすぎは良くないが、適量の酒はあんたにかけられた呪いをやわらげてくれるだろう」
 「の、呪い、なんですか?」
 「呪いか魔術かなんだか知らないけどな。あんたにとっちゃ呪いのようなもんだ」
 母から教わったのは伝説であり、結婚以前に結ばれてはいけないという戒律だった。戒律を破れば封印が解け、性奴への道を転げ落ちる、と。
 それは「血筋」だと母は言った。呪いとは言わなかった。
 だが、愛する人と心のままに結ばれることが許されないというのは、確かに呪わしいことではあるとヨウシャは思った。
 そういえば、地底探検を共にした月光は「月から生命エネルギーを得ている」とか、「太陽の神と契約した」とか、「月光の血筋、太陽光の血筋、淫の血筋、その他にいくつもの特殊な血筋が存在する」などとも言っていた。
 海岸の村の長老は「この世のバランスが神で、神の使いが悪魔」と説明してくれた。同時に、「悪魔すら存在しない、ただの概念」かもしれないと教えてくれた。
 全てがどこかで繋がっているような気がしたけれど、どこでどう繋がっているのかはわからなかった。
 薦められるままに酒を飲み、酔いが回ったせいだろう。ヨウシャは雄弁になった。
 これまでの旅の過程を残らずサナに告白していた。
 「結論はひとつだよ、ヨウシャ」と、サナは言った。その表情からは、女騎士を想像させるような険しいものはなくなっていた。
 「ひとつ?」
 「そう。この世には、人の力の及ぶものと及ばないものがある。けれど、この世に起こったことは全てこの世で解決できるということさ。要は、がんばれ、ということだな。運命は立ち向かうものじゃない。ただ、切り開くものなんだ」

 語り明かす、とはこのことだろう。
 ちびりちびりと酒を飲みながら、ヨウシャとサナはどれくらいの時間を過ごしただろうか。二人が眠りについたのは、太陽が顔を出す直前だった。
 ヨウシャが目を覚ましたとき、太陽は日の出から30度ほども高く上がっていた。
 「今日はのんびり過ごそう。ここでもう一泊しよう」と、サナは言った。
 「でも、わたし、急がないと」
 「あんたの事情はわかってる。だが、体力が落ちている。酒のおかげで呪いの進行は止まっているように思える。心配しなくてもいい。ここは食べ物もおいしいし、栄養もある。部屋中にめぐらされた干草は薬草で、身体を浄化する働きもある。女将は親切だ。もう一日泊まろう。大丈夫だ」
 サナに「大丈夫だ」と言われると、本当にそんな気がする。
 このことをサナに告げると、「本当にそんな気がする時は、気がするだけじゃない。本当にそうなのさ」と、サナは言った。
 「人の行動や身体を支配するのは、全て『気』だからな」
 「わかりました」
 ヨウシャは素直になれた。
 「よし、いい子だ。じゃあもう一泊して、明日、一緒に旅立とう」
 「一緒に?」
 「イヤか?」
 とんでもない、とばかりに、ヨウシャはぶんぶんと首を横に振った。
 「あたいも、都へ行くんだよ」
 女将に昼ご飯を注文した。それは昨夜のものと全く変わらなかったが、美味しくて食が進んだ。やはりサナは酒を頼んだ。
 そして、サナは自分のことを語り始めた。

 ヨウシャは昨夜、寝物語に自分のことを全て喋った。だが、サナは喋らなかった。
 だが、身も心も許さなかったからではない。
 「あたいは、そういう訓練を受けているのさ。こんなことを喋るのは、多分これが最初で最後」
 ヨウシャの見立てた通り、サナは女騎士だった。都を守る騎士団の一人だった。
 サナには「占い」という特殊能力があった。このため騎士団の魔道部隊に無理やり徴発され、そこで特殊な訓練を受けたのだ。
 訓練は厳しかったが、生活環境は整っていた。飢饉の年でも、食べるものは十分あった。しかし、個人の自由は存在しなかった。あくまで隊員の一人なのだ。
 都を護る騎士団は、いわばエリートである。多くの者は、その騎士団の一員であることに誇りを持ち、騎士団としてのみ自分の存在価値があることに満足していた。身分も高いとされていたし、生活も保障されていた。だから、個人の自由などという概念を思いつくことは極めてまれだった。
 その稀な一人がサナであり、親友のソワンであった。
 サナとソワンは、声を出さずに会話をすることが出来た。相手の脳に直接語りかけることが出来る能力を持っていた。そのせいもあって、二人はことさら親しい関係だった。
 サナは占い師であり、ソワンは魔術師であったが、こういう特殊能力者はいくつもの能力を併せ持つことが多い。
 サナは占いに関してはAAA(トリプルエー)、召還魔術A、交信術C、物理剣術AA、魔剣術Bなどの資格をもち、どちらかというと武闘派であった。
 一方ソワンは、召還魔術AAA、交信術B、妖精師AA、占いBなどのランクで、戦いの時には魔物や妖精を召還することはあるものの、どちらかといえばそれらを使って情報を収集することのほうが得意であった。
 そして、二人は、このような特殊技術を駆使して国を護る隊員としての生活よりも、普通の村人としてささやかに暖かい家族を持ち、畑を耕したり狩をしたりして、暮らしていきたいと願っていた。
 二人は脱走をこころみた。
 若さゆえに思い上がっていたのだと、サナは告白する。
 「あたいとソワンが組めば、何でも出来ると思っていたのさ。そういう能力を使って生きるのがいやで逃げ出そうとしていたのに、そのために能力を使おうとしていたんだね」
 脱出は失敗だった。彼女達の訓練を受け持っていたトレーナーの一人に、交信術AAAの術者がいて、彼女達の脱走計画は事前に漏れていたのである。
 物理剣・魔剣ともに長けていたサナはかろうじて追っ手を下して逃げ出したがおたずねものになり、ソワンは脱出すら出来ずにとらわれの身となった。
 「必ず助けに来るから」と、サナはソワンに意識を送った。
 「ああ、やめて。こっちにはトリプルエーの交信術者がいるのよ。そんなことをしてるとあなたまでつかまるわ」
 「わかってる。これが最後だ。もう交信はしない。だが、必ず助け出す。迎えに来るからな」
 「ああ、早く逃げて。お願い。もう語りかけないで。全てわかっているから」
 あれから7年。サナは一度もソワンと交信していない。
 「じゃあ、生きているか死んでいるかもわからないの?」と、ヨウシャ。
 「そうだ。だが、ソワンは生きている。どんな辛いことがあっても、あたいが来ると信じて、生きて、待っている」
 「助けに行くのね」
 「そうだ」
 「でも、あなたもおたずね者なんでしょう? 捕まったりはしないの?」
 「そのための7年間だった。修行をした」
 「修行?」
 「もちろん闘うための術も磨いたが、あたいは今、匂いや気配や雰囲気といったもの全てをコントロールできる。だから、都の誰も、あたいがサナだとは気づかないはずだ」
 「え? でも、それじゃ、ソワンさんも気がつかないよね。それとも、彼女の前だけではコントロールを解くの?」
 「そんなことをしたら、一発で二人とも捕まってしまう。都には特殊能力者がうじゃうじゃいるからな。あたいやソワンほど、色々な能力を使えなくても、一つのことにかけては極めた奴らばかりだ。それが束になってかかってきたら、とてもかなわない。だから、コントロールは解かない」
 「じゃあ、やっぱり、彼女もあなたに気づかない?」
 「そんなことないさ。賭けだけれどね。心を通わせた者同士は、どんなにコントロールしたってわかり合える。今はそう信じるしかない」
 自信に満ちたサナの瞳が、ヨウシャにも「そうよね、ふたりはきっと思いを遂げる」と確信させた。
 「幸いあたいは、サナとは全く異なる人格として、一流の占い師との名前がとおっている。今回も都の身分の高い貴族から依頼を受けて訪ねていくところだ。証明書もある。だが、ヨウシャ、きみは何も持っていないだろう? それでは都には入れない。証明書は簡単には取れない。簡単に証明書を手に出来るのは、代々続く商家に勤める商人ぐらいのもんさ。だから、あたいと一緒に来るといい。あんたはあたいの助手であり見習だ。そういうことにしておこう」

 

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