人妻涼子(1)  by AG その3





 










「涼子とうまくいっていないんです」
 後輩のKから相談を受けたとき、私は驚きませんでした。昨年の夏のことです。

 会社を辞めて起業して、2年ほどニューヨークに滞在していたKから、「帰国したので会わないか」との連絡を受け、有楽町ちかくのホテルのバーに呼び出されました。
 どうせ商売の成功を自慢されるのだろうと内心あまり乗り気ではありませんでしたが、とくにこれといって用事もなかった私は「まあタダ酒が飲めると思えばいいか」というぐらいの気持ちで、出かけることにしたのです。

 私とKはもともと同じ広告会社の先輩、後輩の間柄でした。といっても何度か仕事を一緒にした程度で、Kはまだ20代の優秀な営業マン、私はといえばこれといって取得のない中年の契約プランナーにすぎず、どうしてKが私になつくようになったのか、正直私にもよくわかりません。
 Kは会社にいたときから女子社員によくモテました。
 どことなくジャニーズタレントに似た色白で中性的な顔立ちと、スラリとした長身のKは女子社員たちから「王子」と呼ばれるほどでした。そんなKからことあるごとに「Yさん、飲みにいきましょうよ」と誘われるのは、たとえ同性であっても悪い気はしなかったのは確かです。会社を辞めて起業する、ということを最初に告げたのも私が初めてだったようでした。

「Yさんはどこか浮世離れしてるから、話してて落ち着くんですよね」
 褒められているのか馬鹿にされているのか微妙なところでしたが、Kの私にたいする親近感は態度からして嘘ではないようでした。
 おそらくは自身の上昇志向に疲れると、私のようなだらしのないうだつの上がらない年上の先輩と話すことで多少気が紛れたというのが本当のところだろうと思います。

 私がKとの付き合いを続けてきたのには、別の理由もありました。それはKの妻の存在でした。Kは会社を起業してから1年も経たないうちにニューヨークに発ったのですが、起業してまもないころに電撃的な結婚をしました。はじめて涼子を紹介されたとき、その美しさに私は自分でも戸惑うほどの嫉妬を覚えたことを覚えています。六本木ヒルズのパーティで知り合ったという涼子はそのころまだアメリカの大学から帰国したばかりで、Kの「代表取締役社長」という肩書きとルックス、Kの猛烈なアプローチに押されて衝動的に結婚した、というのはKからあとから聞いた話です。

 私は後輩の妻である涼子に、年甲斐もなくひとめ惚れしていました。
 当時涼子はまだ23歳。40歳に手が届くという自分にはあまりに年齢が離れすぎていましたし、Kと違って背も低くお世辞にもハンサムとは言えない私なんかとは到底釣り合わないことはわかっていましたが、初めて出会ったときから涼子に狂おしい感情を抱くようになっていました。結婚してから二人がアメリカに発つまでのあいだ、何度か二人の自宅に招かれて一緒に食事をしましたが、涼子とKの会話を聞きながら内心では胃の腑が燃えるほどの嫉妬を感じていたのです。
 涼子はタレントの梅宮アンナにどことなく雰囲気が似ていました。170p近い長身に、水泳で鍛えた日本人離れしたセクシーなプロポーション。どことなく女王様を思わせる涼しげな切れ長の瞳は、気弱な男を気後れさせるほどの色香を発散していました。私はKの性的嗜好を知っていたので、涼子と衝動的に結婚した理由がよく分かりました。Kは正真正銘のマゾヒストでした。私はKが池袋の有名なSMクラブに通っていることをよく聞かされていたので、おそらくは涼子ともそういったたぐいの女が集まるパーティで知り合ったに違いないと思っていたのです。

「それが……、違うんですよね」
 結婚してしばらくしてからのこと。たまたま二人で飲んでいるときに、涼子との性生活についてKが語りはじめました。
 セックスが合わない、というのです。

「え……? あの子は女王様なんだろ? だから結婚したんじゃないのか?」
 Kは溜息をつきながら首を横に振りました。よくよく話を聞いてみると、Kは外見と性格だけで涼子がSだと早合点したようなのです。

「たしかに昼間はドがつくくらいSなんですけどね。あいつもいまお店を経営してるから、忙しくてつい男っぽくなるらしくて。そういうところがたまらなく好きで結婚したのにHのほうはぜんぜん違うんですよねえ……。つきあい始めの頃はどうもムリして僕に合わせてたみたいで」
 驚いたことに、出会って結婚してからというもの、Kはまともに涼子とセックスをしたことがないというのです。私は開いた口が塞がりませんでした。
 この話を聞いたのが昨年の夏のこと。そのKがニューヨークから帰国したのです。

 久しぶりに再会したKは相変わらずの男ぶりで、すれ違う女たちが時おりチラチラとKのほうを見ているのがわかりました。
 慣れているとはいえ、同じ男でどうしてこうも不平等なのかとあらためて思ったものです。
 ニューヨークでの仕事は順調にいっているらしく、涼子も東京とNYでちいさなアパレルショップを展開しているとのことでした。仕事の話が一段落すると、自然に話題はKと涼子との夫婦関係に移っていきました。

「お互い別れるつもりはないんです。二人とも親がうるさいし……」
 夕暮れ時のホテルのバーはまだ人もまばらで、私は久しぶりに飲む高価なシャンパンに心地よく酔いはじめていました。
「でもあれだろう? 涼子ちゃんにも他に彼氏くらいいるだろう?」
 私は内心の不安を押し隠しながらKに尋ねました。

「それはないと思いますね。だいいちあいつ仕事が忙しすぎてそんな時間ないはずですよ。しかもあいつああ見えて恋愛に関しては外人アレルギーだし」
「だとしたら、お前と出会って結婚してから3年ちかく、殆どしてないってことになるぞ」
「たぶんそうだと思いますよ」
 悪びれもせずそう言って面倒くさそうにグラスに口をつけるKを見ながら、私は思わず殴りつけたくなったほどでした。
 Kが言うには、涼子は自分のからだをもてあまして、時おり玩具を使っているというのです。あの涼子がまさかという気持ちと、ひとり寝のベッドのなかであの最高の肢体を悩ましくくねらす涼子の媚態を思い浮かべただけで、私は思わず生唾を飲み込みました。

「Yさんに相談なんですけど……」
 Kが口ごもりながら言ったその内容に、私は自分の耳を疑いました。
「……あいつと……付き合ってやってくれませんかね」

 Kからの申し出はこういうことでした。
 Kには現在18歳そこそこの愛人がいて、その女とは絶対に別れたくない。かといって妻の涼子と離婚する気はない。涼子の欲求不満を解消してやりたいとは思うが、どこの誰かわからない男に触れた手で自分に触れられると思うと耐えられない。
 私はKが極度の潔癖症であることを思い出しました。

「面倒なのは嫌なんですよ。金はあるし、親ともうまくいってるし。トラブルは避けたいんです。Yさんだったら僕も知ってるし、涼子とそういう関係になってもいろいろ聞けるし、まあいいかなって」
「お前本気かよ……。だいたいおれなんか、涼子ちゃんのほうで嫌がるだろう?」
 私は本心を必死で押し隠しながら強がってみせました。

「それは大丈夫だと思います。あいつは僕とおなじでMなんですよ。自分ではノーマルだって言い張ってますけどね。いちど抱かれてしまったら、たぶん涼子のほうからYさんに溺れてくはずですよ。それは間違いないです」
 Kもまた、私の変態性欲をよく承知していました。私は長身で美脚の女王様タイプの若い女に目がないのです。
 Kは私の涼子にたいする気持ちを察していたようでした。

 私はKが本気で言っているとは信じられず、ただ呆然としていました。
「そのかわり……涼子とのセックスの一部始終を……ビデオで録画してほしいんです」
 Kの顔に冗談めいた素振りは微塵もありません。私は彼の被虐願望の根深さをみる思いでした。涼子が私に犯されるところを想像して、毎日オナニーをしているというのです。

「来週、伊豆の別荘に遊びにきてほしいんです。僕はひと芝居うって東京に戻ってますから、別荘には涼子ひとりしかいません。そのあとはお任せします」
「お任せしますって……何を?」
「だから、2日でも3日でも涼子を満足させてやってください。抵抗するようなら縛るなり何なりして無理やり自分のものにしてください」
「そんなこと……ムリだよ……」
「できますよYさんなら。そのかわりちゃんと録画すること忘れないでくださいね。隠しカメラの位置、教えますから」
 まるで仕事の打ち合わせのように淡々と話すKを見ながら、私は無性に喉が渇くのを止められませんでした。

 翌週の水曜から週末にかけて、私はKから言われたとおりに仕事を休むことにしました。といってもフリーランスのプランナーである私にとっては、まとまった仕事があるわけでなし、元から特に予定が入っていたわけではありませんでした。
 Kにはその後何度も電話をして本気かどうかを確認しましたが、「Yさんを騙すメリットがないでしょう」と一笑に付されるばかりでした。

(もしKが私をからかっているとしても……)私には何ら失うものもなく、ただ暇な平日休みを伊豆の瀟洒な別荘で過ごす、というだけの話です。期待をするな、という心の声とは裏腹に、私は水曜の来るのが待ちきれず夜毎涼子の悩ましい裸身を思い浮かべながらベッドでのたうちまわりました。

(涼子は僕とおなじMなんですよ……)
 伊豆へと向かう夜の電車のなかで、車窓の向こうの過ぎてゆく街灯を眺めながら、Kの言葉が私の頭のなかを何度もよぎりました。Kが言うには、涼子は高校生のころからアメリカに留学していたわりにセックスに関しては外人アレルギーで男性経験が極端に少ないらしいのです。
「まさか、あれほどのルックスでそんな……嘘だろ?」
「本人が言ってるんだから間違いないです。もちろん処女じゃないですけどね」

 涼子は草食系の優男が好みらしく、しかしセックスに関していえば「いじめられてみたい」願望があることをKに洩らしたことがあるらしいのです。
 またKに言わせれば、私が何度か自宅に呼ばれた際に涼子は私のことを性的に意識していたはずだ、とも言いました。

「Yさんがダメでもいずれ他の男が涼子をものにするでしょう。その前にってことですよ」
 Kは、私のオスの本能をわざとそそりたてるように呟きました。

 伊東市をすぎて駅に到着した私は、再度Kの携帯電話を鳴らしました。時刻はすでに午後10時ちかく。駅のまわりにはあらかじめ予約しておいたタクシーが一台ハザードランプを点灯しながら止まっているだけです。人気も少なく、夜の闇があるばかりでした。
「ああYさん、無事着きました?」
 電話越しのKの声は心なしか興奮でうわずっているように聞こえました。

「着いたけど、今、どこにいるんだ?」
「例の愛人の家にもうすぐ着くとこですよ。僕もついさっき東京に戻ってきて」
「じゃあ涼子ちゃんは……」
「さっきも怒りまくって電話してきましたよ。急な出張ってことにしてあるんで。Yさんが行くから接待よろしくって言っときました」
「で、涼子ちゃんは何て?」
「僕からYさんに断りの電話を入れることになってますけど、そのままYさんが行ってしまえば追い返すわけにもいかないでしょう。……聞いてます?」
 私は、あたりの夜の色が一気に紅く染まっていくような錯覚を覚えました。

 Kの別荘というのは西伊豆の山奥にあります。
 父親から譲られたという2階建ての瀟洒な西洋風の建物で、Kの独身時代に私も何度か行ったことがあるため、地の理は多少知っていました。駅からタクシーで40分ほど山を登らないと辿り着けないのですが、あれほど時間が長く感じられたことはありません。タクシーのなかで、私の胸は早鐘のように高鳴りました。運転手も、ひっきりなしに煙草を吸っては落ち着かない様子の私にあきれたのか、しばらくすると私に話しかけるのをあきらめたようでした。

「だめ。つながんないっぽい……」
「そうか……」
 西伊豆の山奥の、周りに人家のない別荘で、私は憧れの涼子とふたりきりでした。
 玄関のドアを叩くと、涼子は心配していたのが拍子抜けするほどあっさりと私を家のなかに招き入れました。

 セミロングの前髪をかきあげながら、すこし照れたような仕草で再会を喜ぶ涼子を見ているうちに、私のなかの緊張が一気にほぐれていきました。
「信じらんないですよね、携帯もつながんないし、何考えてんだろあいつ!」
 テーブルのうえには、飲みかけのシャンパンが冷やしてあるのが見えました。どうやら、ひとりで別荘に残された涼子はやけになって酒を飲んでいたようでした。心なしか頬のあたりを赤らめている理由がそれでわかりました。
「でも良かったあ、Yさんが来てくれて。ひとりでこんなとこいたくないもん」

 何度もKの携帯を鳴らしながらそわそわとリビングを歩き回る涼子の後姿を眺めながら、私は思わず生唾を飲み込みました。2年ぶりに見る涼子は以前よりもまして匂うような色香を発散していました。サーフ系の爽やかなオレンジのTシャツに、デニムのホットパンツというラフなスタイル。健康的に黒く日焼けした肌。まるでスーパーモデルのように長い脚……。
(何ていい女なんだ……)
 私は不審がられないように注意しながらその肢体に粘っこい視線を這わせていきました。
(心に残る最高のセックス掲示板より 2010年12月21日 )

 
 人妻を旦那さん公認で……。うわ〜。次回に続きま〜す。

 
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